【スタゼノ】コーラ・バブル・キス

スタゼノワンドロワンライ第215回お題「コーラ」
キスをしてくれないスタンリーにゲームをしかけるゼノの話。

 研究がひと段落ついて、頭を休めるためにベッドに寝転んだ時のことだ。同じくベッドに寝転んで、愛読の武器雑誌を眺めていたスタンと目が合った。僕たちは偶然触れるくらい近くにいて、頭と頭がくっついちゃいそうで、偶然唇を触れさせようとした。いつものように、まるで、紐でつながれたおもちゃがクルクル回るみたいに、地球の引力で月が僕たちのまわりを回るみたいに自然に。
 でも、スタンは離れてしまった。その少し前、僕が気付くか気付かないかの些細な感じで、ほんの一瞬、彼はこちらから視線を逸らした。その瞳に何か言いづらそうな影がよぎった気がして、僕は胸がざわついた。だというのにスタンは何も言わず、新型の銃のページを閉じて、僕と入れ替わりになって、ベッドの端を軽く蹴るようにして立ち上がって部屋の隅に置かれた、ガレージセールで買った小さな冷蔵庫に向かってしまった。僕は正直動揺した。今のはキスをする流れだったんじゃないかって、そんなふうに。そう、胸の奥に小さな棘が刺さったような気がしたのだった。いつもなら彼の唇が自然に触れるはずなのに、今日は何か違う。そんな不安みたいな、くすぶった何かが頭をよぎった。だというのにスタンは顔色一つ変えないで、昔のソーダボトルみたいなデザインの冷蔵庫をさり気なく開けた。そしてそこからコーラの瓶を取り出して、僕に向かって放った。僕は慌てて身体を起こして落とさないようにそれを受け取り、そして冷えた瓶を手の中で転がした。
「疲れただろ。頭が回んないって顔してんぜ」
 スタンはあくまでも優しく言った。僕のことを思っているみたいに、僕のことが心配で、気遣ってくれているみたいに。けれどキスを避けられたのは事実だったし、だから僕は少しばかり憤慨して、だっていうのにそれを悟られるのは嫌でいつものように取り繕った。
「あれくらいで僕の頭が疲れるとでも? 大学じゃあもっとぶっ通しで研究しているのに?」
 僕はジーンズのポケットから『我々は神を信じている』っていうアメリカ人のモットーが書かれたクォーターを取り出し、それで瓶の蓋を開けた。ぱちぱちと泡が弾け、汗をかいた表面にカラメル色の液体があふれる。それを慌てて口で吸うと、彼が放り投げたせいだっていうのにスタンは笑って、さっきまで僕が使っていた机の端を使って自分のコーラの蓋を器用に開けた。
「あんたならそうだろうね」
 スタンはそう言うと、またベッドに身体を乗せた。僕が座ってる側に身を寄せて、また引力でくっついてしまったみたいにして、肩を寄せた。するとベッドのスプリングが小さく軋んで、狭い部屋に響くその音が、僕たちの鼓動と重なるようだった。いや、彼がどう思っているのかは、正直なところ僕には分からなかったけれど。
 口の中が甘い。なのに悔しい。さっきは確かに甘い雰囲気になったのに、スタンはいつものようにはキスをしてくれなかった。僕はキスがしたくて、いつもなら与えられるそれが貰えないことに腹を立てていた。スタンは僕とキスがしたくないんだろうか? 今日はそんな気分じゃない? 今日は週末で、まだ昼過ぎで、僕達には沢山時間があるのに? 時間がない方が良かった? 忙しなくキスする方が良かった? それとも、僕のことを焦らしている? だったら、僕にだって考えがある。僕だって、君をそういう気分にさせられる。このままじゃ悔しい。いつもならスタンがリードしてくれるけど、今日は僕が彼をその気にさせてやりたい。だから僕は頭をどうにかこうにか巡らせて、そしてこんなふうに口を開いた。
「そういえば、大学で流行りのゲームがあってね」
「へぇ、何?」
 あ、乗ってきたって僕は思う。
 スタンは元々ゲームというか、賭けに乗り気なところがあって、僕達もよく研究の成功を賭けて取り引きをした。だからなんだろう、彼は黄金色の目を興味深そうにしばたいて、そしてコーラの瓶に口を付けた。
「コーラの泡のキスって言うんだけど、グラスにコーラを注いで、その泡の数だけキスをするんだ」
 僕がそう言うと、スタンはちょっとだけ驚いた顔をして目を見開いた。もしかして、ことはこちらに優位に働いている?
 そう思っていると、スタンは腰を据え直して、僕をじっと見た。そしてこう言った。すごくリラックスした表情で、僕が何よりも好きな正面からの顔を見せて。
「なんだ、キスしたいん?」
 スタンはそう言って、僕にぐっと顔を近づけた。唇が触れそうになる。引力で、引力よりも強い力で、皮膚と皮膚の間に数ミリしかないくらいの距離に僕達はいた。重なりかけていた。
……もう、ずっと瓶の中でぱちぱち言ってる」
 喋ると、それだけで唇が触れそうだった。甘ったるくて、とろけそうな時間が流れて、僕はどうしようもなくなる。早くキスがしたい。弾ける炭酸よりもずっと多く、スタン、君とキスがしたい。
 剥がれた壁紙、傷だらけの床、さまざまな機材が置かれた狭い部屋の、そのまた狭いベッドで僕達はよくキスもした。もちろんファックもしたけど、それよりもずっと長く時間をかけて、キスをしてお互いを確かめ合った。偽造IDを使って借りたこの部屋は、僕達の秘密基地みたいなものだった。僕達は子供だったけれど、大人ぶって、大人よりずっと深く恋人と交わり合っていた。
 スタンの唇が近付いて来る。僕も首を傾げて、彼が具合良く触れられるように協力する。そして僕達はキスをする。甘く長い、そんなキスをする。どこまでも甘い、そんなキスをする。
「な、ゼノ。あんたってコーラの泡のキスしたん?」
 唇を離して、またくっつけて、その隙間の時間にスタンは囁いた。僕はそれに答えようとしたけど、スタンはすぐにまた次のキスを仕掛けて来た。段々、手足や身体の奥が痺れてくる。スタンはそれを見計らってか、コーラで冷えた舌を絡めて、僕の息が上がっても、まだ駄目って言わんばかりにキスを続ける。
「俺以外とキスした? ゲームでキスした?」
 スタンはそんなふうに言って、僕の唾液を啜った。サトウキビが入ったコーラの、甘い味を楽しむようにして、僕の口の中の粘膜をしゃぶった。スタンは自分から僕に質問したくせにそんなふうにこちらを追い詰めて、そして答えさせてくれなかった。下半身に熱が溜まる。早くそれに触れたい。君も興奮しているはずだ、だから早く、もっとキスをして、欲望に忠実になって、恋してすぐにするキスみたいに夢中になって、君とファックしたい。
「スタン……
「ゲームでするキス、俺とするのより良かった?」
 真剣な顔でスタンが言う。彼は僕からコーラを奪うと自分のそれを並べてベッド下に置く。そして僕を押し倒し、たくましい身体でのしかかって、何度も何度もキスをしてくる。彼は唇を重ね、離し、輪郭からあふれる唾液を啜り、粘膜をしゃぶった。スタンの金髪が天井のみすぼらしい明かりを受けてきらきらと光る。頬に生えた産毛も、やっぱりきらきらと光る。僕はそれに胸を締め付けられる。僕にはこの男しかいない。初めて握手をしたのも、初めてキスをしたのも、初めてファックをしたのもこの男相手だった。僕は彼しか知らなかった。僕は彼のことしか、本当に知らなかった。
「どっちの方が良かったか、後で教えてよ」
 スタンがそう言って、僕のジーンズに手をかける。ようやくその気になったのか、僕が身体のうちに感じている熱に触れてくれる。あぁ、もう駄目だって僕は思う。彼をからかいたかったけど、そんなのは無茶な話だったんだって思う。僕達は下半身をこすりつけ合う。唇と唇が触れているだけなのに、まるでコーラを注ぎ込まれているような気分になる。口の中で炭酸が弾けて、僕達はそれを追いかけて、でも、それよりずっと多く、長くキスをする。甘ったるくて爽快感のある、この季節にちょうどいい具合の冷えたキスをする。多分、コーラの泡みたいに、僕たちの関係は弾けては消えて、また新しく湧き上がる。そんな繰り返しが、僕には愛おしかった。
 
 
 それから、僕達はセックスをして、裸のままベッドに寝転がった。スタンはぬるくなってしまったコーラを飲みながら、僕はまだ身体に残る痺れ、ちょうどコーラの炭酸みたいな痺れに身を任せながら寝転がって、天井の明かりを見つめた。
「な、ゲームでするキスと俺とするキス、どっちが良かった?」
 スタンがコーラを飲み干して言う。僕はまだあの誘い方が気に入らなかったのかってぼんやりした頭で思ったけれど、正直なところあれは売り文句だったというか、僕はスタン以外と、ゲームでもキスをしたことがなかった。あれはゼミの学生から聞いた、恋人との可愛らしいエピソードだって息も絶え絶えになりながら(それはほとんどスタンのせいだった!)彼に言うと、黄金色の瞳は輝き、いたずらっぽく細められた。僕は悔しくて、またやられたって思った。でも、スタンはまた僕にキスをして、今度は体温が伝わる、でも甘いキスをして、そして僕に額をこすり付けた。
……不安だったのかい?」
「そりゃあ、少しはね。あんたって超絶クールでいけてっから」
 スタンが笑う。僕はそれに等身大の彼を見た気になって、そして気分良く恋人に腕を回す。もう一度ってねだる。コーラの泡のキスじゃなくて、君がくれるキスの方が断然いいはずだって思って、彼しか知らない唇で僕はキスをする。いつものように、まるで、紐でつながれたおもちゃがクルクル回るみたいに、地球の引力で月が僕たちのまわりを回るみたいに自然に。今度はスタンもキスをしてくれる。自然に、僕達は唇を触れさせ合う。
 ねぇ、スタン。僕には君しかいないよ、僕が引力を感じるのは君だけだよ、神なんて信じないけど、僕は君を信じている。多分、それが僕にとっての真理なんだろうな。
 僕達はまた抱き合う。ゆったりと、忙しなさなんてなく、秘密の部屋で静かに。そして僕達は口付け合う。恋人同士になって初めてキスをした時のような、切実で、でもどこまでも甘ったるい、そんなとろけるようなキスをする。
 そう、コーラの泡が弾けるように、僕達の唇は触れ合っては離れ、また触れ合うのだ。その度に、甘くて少し痛い、炭酸みたいな刺激が胸に広がってゆき、僕達はそれに溺れるのだ。



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