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桜霞
2025-08-19 20:38:07
12961文字
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【RKRN】しのぶれど【雑夢】
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【RKRN】しのぶれど【ZAT夢】12
※つどい設定があります。
※捏造がたくさんあります。
※なんでも許せるひと向けです。
誤字脱字がありましたら、該当箇所のみ教えて頂けると、大変助かります。
よろしくお願いします。
タソガレドキ忍軍事件帖 開幕! なんつって。
戦から戻ってきたら、お前に言おうと思っていたことがあったんだ。
◆ ◆ ◆
とある昼下がり。
忍術学園では昼休みの時間を迎えていた。めいめい食堂で昼食をとった生徒達が、少ない休み時間を利用して宿題をしたり、遊んだり、委員会活動に専念したり、次の授業がどこで行われるのか暗号文を解いたりしている。
保健室には、善法寺伊作保健委員会委員長と、鶴町伏木蔵、そして乱太郎を始めとした一年は組の姿があった。保健医の新野や、は組の担任である山田と土井も集まっている。は組のほとんどは外で遊んでいた。こども達の合間に、タソガレドキ家臣は目付を生家とする彼女の姿もあった。
キャアキャア言いながら追いかけっこをしたり、しゃがみ込んで地面を覗き込んだりと忙しない彼らとは対照的に、しんべヱは彼女が持参した土産の饅頭を美味しそうにもぐもぐと食べている。その隣に、伏木蔵を膝に乗せた雑渡が座している。
伊作は、彼女が先日世話になったお礼にと保健委員会に贈った薬草や包帯を仕分けしていた。と言ってもほとんど種類別に懐紙に包まれていて、どれがどの植物かを示す薄い木札もあったので、大した手間ではなかった。
楽しそうにはしゃぐこども達、穏やかにそれを見つめる担任や伊作達、そしてそこに混じっている曲者を、食満留三郎は二度見した。伏木蔵が当たり前のような顔をして大柄な男の膝の上にちょこんと収まっている。
「
……
」
「あれ、食満先輩」
「留三郎? どうかしたのかい?」
二の句を失う留三郎に、しんべヱと伊作は至極いつも通り声をかけた。嘆息仕掛けたのをグッと堪えて、留三郎は口を開いた。
「いや、新野先生に
……
、って、そこで何をしているんだ、この曲者は
……
」
留三郎の方に視線を向けて、曲者、もとい雑渡は「やあ」と片手を上げた。
「雑渡さんは、姫さまの護衛でいらっしゃったんだ」
「姫さまの護衛?」
怪訝そうな声を上げる留三郎に、土井があの方だよと指し示す。そちらに視線をやって、こども達に混じって元気よく遊んでいる女性を見やり、ややあって、ああ、あの姫さまかと留三郎は当たりをつけた。確か、伊作が、タソガレドキの方から逃げてきた姫を保護したとかなんとか、話していた気がする。
「食満留三郎くんだっけ」
雑渡の声に、留三郎は視線だけを寄越した。
「怪我でもしたのかい」
「違う。忍務のことで、新野先生と伊作に用があったんだ」
「へえー。毒かな?」
「これ以上は言わん」
ふん、と留三郎はそっぽを向いた。あらら、嫌われちゃったなあ、と雑渡は別段気にしていない素振りでいけしゃあしゃあとそんなことを言う。それと比べれば、彼女のは組との打ち解けようは比べるべくもない。
「随分と懐いてるな
……
」
「そうだよねえ。姫さま、すっかり人気者ですね」
「うん。昔から、ああいうところがあるらしい」
おかげさまで嫁入りの際に本気で泣いただろう娘が数人いるんだよね、と雑渡が内心で呟いているとは露知らず、伏木蔵としんべヱは「へえ〜」と感嘆するような相槌を打った。
「雑渡さんも、姫さまのことが好きなんですか?」
「ん?」
ヒョッ、と縁側が息を呑む。
「うん、好きだよ」
あっさり答えた雑渡に土井は目を剥いて二度見し、山田は茶を咽かけ、新野は薬剤を取り落とし、伊作と留三郎はずっこけた。しんべヱはニコニコして、伏木蔵が一人、「ロマンスだ〜!」キャッキャとはしゃいでる。
「ふ、伏木蔵
……
雑渡さんにそんな失礼なこと聞いちゃいけないよ
……
」
なんとか持ち直した伊作が伏木蔵を力無く諭す。しかし伏木蔵はキョトンとして、雑渡も「気にしてないよ」あっさりとしたものだった。
しかし、好きとは。雑渡の言葉に、伏木蔵を除いて、保健室の縁側には気まずい雰囲気が流れた。
こどもの言葉にてきとうに応じただけなのかしらんと山田が分かりにくく矢羽音を独りごちれば、土井が同じようにあの雑渡さんですよと返す。また雑渡の言葉を本心かどうか計りかねた伊作と留三郎も、思わず顔を見合わせた。しんべヱはそろりと饅頭を食べた。
「そうだとしたら、護衛が雑渡さんだけなんて、サスペンスですねえ〜」
大人達の疑念を、伏木蔵がのほほんと口に出す。再び音を立てて固まった縁側の空気とは裏腹に、日の当たる外では、は組と彼女が一緒になって遊んでいる。
「
……
あの、
……
ほんとに大丈夫なんですか?」
「? なにが」
代表して手を挙げた伊作に、雑渡が不思議そうにして返す。伊作はなんとか言葉を捻り出した。
「その
……
姫さまには、侍女の方とかはいらっしゃらないので
……
?」
「あぁ、うん。いないし、大丈夫、心配いらないよ」
「
……
?」
その心配いらないよというのは一体どういうこっちゃやねん、と伊作達が顔を見合わせる。
「どうして心配いらないんですかあ?」
「ミステリーだねえ」
撓む隻眼に、伏木蔵だけがまたも楽しそうにきゃっきゃとはしゃいだ。
不意に、ゴーンと鐘の鳴る。始業の合図である。ぴょん、と伏木蔵が雑渡の膝から降りた。
「お前達、授業が始まるぞ」
山田の号令に、えーっ、とこども達が声を合わせる。
「えーっじゃない!! 駆け足!!」
顔を大きくさせてこども達を叱り飛ばした山田に、は組はピャッと首を竦ませたが、すぐに彼女に笑顔を向けた。
「姫さま、またね!」
「今度、お話の続き、聞かせてください!」
「しんべヱ、行くぞ!」
「はーい! 姫さま、おまんじゅう、美味しかったです! ごちそうさまでした!」
「お粗末さまでした。あっ、喜三太くん! ナメ助!」
「あーっ、忘れてた!」
彼女の手のひらから、ぴょんと小さなナメクジが喜三太の持つツボの中に飛び込んで行った。
「ありがとうございます、姫さま。またね!」
あっという間に駆けていくこども達を、彼女は手を振って見送った。
「それじゃ、私どももこれで」
「またいつでもおいでください」
「ありがとうございます」
土井と山田も踵を返す。新野は留三郎を促し、職員室の方へ移動して行った。
「じゃ、そろそろ帰ろうか」
「はい、あなた」
───あなた?
見送ろうと腰を上げかけて、思わず固まる伊作。ほへ、と雑渡を見上げる伏木蔵。
「ん? あぁ、そう」
雑渡が彼女を掌で指し示す。
「奥さんだよ」
「───えええええーっ!」
静かに絶叫する伊作に、伏木蔵は「ロマンスだ〜!」と目を輝かせた。
伊作と伏木蔵に他言無用と言って聞かせ、二人は馬に乗って帰路を辿った。
「随分と仲良くなってたね」
「はい!」
よほど楽しかったのか、昼間一緒になって遊んだのを思い出したらしい彼女が、くすくすと忍び笑いを零す。
「いろいろと教えて頂きました。こどもというのは、可愛いものですね」
「そうだねえ」
夕暮れ時、陽が沈む前に屋敷に帰ると、尊奈門達が二人の帰りを夕飯と共に待っていてくれていた。尊奈門と高坂に忍術学園であったことを話していると、あっという間に時が過ぎる。その傍で山本が雑渡にこそりと耳打ちをするのに彼女は気がついていたが、きっとこれからもその内容を知ることはできないのだろうと、彼女は内心嘆息した。
◆ ◆ ◆
戦から戻ってきたら、お前に言おうと思っていたことがあったんだ。
一緒に暮らさないかって。
◆ ◆ ◆
タソガレドキ家臣団が一人、岩室源太夫が不慮の病で急死を遂げた。
漣のように知らされた訃報に、岩室源太夫と同時期に城に勤め始めた若侍達は皆一様に瞠目し、それぞれ念仏を唱えに岩室の城下の屋敷を訪った。
岩室源太夫は、タソガレドキ家臣団の中でも重役が特に気に入って手塩にかけていた若者だった。目立った功績や活躍などは無いものの、よく気が利いて、戦場でも物怖じせず積極的に動き回った。小頭や組頭にはいささか家格が足りずとも、彼らの補佐には密かに熱望される程に、彼の実力を認める者は多かった。
仲間と連れ立って岩室の屋敷を訪れた朔之丞は、ふと「所用を思い出した」と言って仲間達を先に城へ帰させた。視界の端を、暗がりの装束がサッと移動する。
影を追いかけて、朔之丞は死角から「義兄上殿」と声をかけられた。今更驚かないが、心臓に悪いなと思いながら、「雑渡殿」と声のした方に向き直り、目礼する。
「いかがなされた」
「いえ。岩室のご子息とはお知り合いでしたか」
「まあ
……
、
……
この度亡くなった真哉とは、同じ時期に城に上がったのです。勤め始めたばかりの頃は、共に仕事をすることもありました」
「左様でしたか」
ではこの屋敷にもお詳しい、と雑渡が言葉を続ける。朔之丞は瞬いて、眉を眇めた。
「詳しいというか。何度かお邪魔させていただいたことはあるが」
「では屋敷内の人間などに顔はききますか」
「うん
……
?」
今度こそ、朔之丞は怪訝そうに首を傾げた。話が全く見えない。
「実は、殿の命を受け、少々調べをしておりまして」
「、
……
」
朔之丞は虚をつかれた心地がした。同輩の死を、何故殿が訝り、忍軍に調べさせているのか。
「真哉殿が亡くなられる前に何を食されたのかなど、下女なりにお聞きいただけますか」
仔細はまたその時に、と言い置いて、朔之丞が待ったをかける間も無く、雑渡の気配が姿と共にふつりと掻き消える。朔之丞は嘆息したいのを堪えた。足音がはっきりと近づいていた。
「あ
……
朔之丞さま。まだいらっしゃったのですか」
何かを探すように現れた屋敷の下女に、朔之丞はなんと言ったものか、しかし表の顔には何も出さずに「まあな」と言い切った。
「真哉と共にこの辺りで、今となってはつまらぬ話などしたなと、ふと思い出してな」
真哉とは、源太夫が元服する前の、まだ前髪があった頃の名前だった。
「左様でございましたか」
すっかり納得した素振りの下女の声が震える。袖で目元を小さく拭った下女に、どうやら先程までの会話は聞こえていなかったらしいと踏んで、朔之丞は「ところで」と切り出した。
「真哉が病を抱えていたなど、初耳だったが」
「私どもにとっても、青天の霹靂でございましたが。医師や薬師なども呼びよせている様子はございませんでしたが。ご主人さまも、奥方さまも、何も仰せになりませぬで」
「そうか。では、誰ぞと諍いがあったというわけでもないのだな」
「はい。一度は、私どものご用意したお食事に、毒でもあったのかとお調べがありましたが。奥さまが、そのようなことはある筈がないと仰ってくださって」
下女の頬を、光る物が伝う。
「ほんに、せめて亡くなられた由さえ分かれば良いものを。トキは、悔しゅうございます」
「
……
そうだな」
気をしっかり持つようにと言い含めて、朔之丞は今度こそ屋敷を後にした。
城に戻ると、女中の一人が朔之丞を呼びに来た。仕事に戻る間も無く先導された部屋に通されると、そこには父と雑渡、そして黄昏甚兵衛が座していた。朔之丞は、慌てて片膝を着いた。
「これは、
……
ご無礼仕る」
「良い、楽にせよ」
「は」
手招きされ、朔之丞は膝を進めた。女中が静かに襖を閉める。よく思い返せば、あれは確か、いつだったかに見察の仕事で一緒になった雑渡の配下の顔と同じだった。
「岩室の様子はどうじゃった」
「は。御内室により、万事、恙なく取り計らわれております」
「病というのは真であるか」
朔之丞は言葉に迷ってチラリと父の方を見たが、しかしすぐに「なんとも申し上げようがございませぬ」と答えた。
「我らから見ても、源太夫に病の気配はありませんでした。また、屋敷に勤める下女も、医師や薬師の姿は見ておらぬと申しております。源太夫の病死は、家中の者どもにとっても突然のことだったようで
……
死因は知らされておらぬと申しております」
「左様か」
甚兵衛が雑渡の方を見遣る。
「遺体の様子からして、おそらくは何かしらの毒物が用いられたかと。どのように混入したかは不明でございます」
「、
……
」
朔之丞は声を上げかけて、咄嗟に口を噤んだ。
「これで何度目じゃったか」
「三度目かと」
「そんなに少なかったか?」
「
……
断定できぬものも含めれば、八度目でございます」
「アカトキの方はどうじゃった」
「隼隊と黒鷲隊に探らせておりますが、今のところ動きはございませぬ」
甚兵衛が再び朔之丞を見た。
「聞いての通り、我が城下で他殺と見られる不審死が相次いでおる。村下に情報を流した者が遠因ではなさそうじゃが、このままでは家臣の後継が須らく途絶えることになりかねん。疾く下手人を突き止めよ」
「はっ!」
低頭した目付と雑渡に、甚兵衛は満足げに「うむ」と頷き、部屋を後にした。
甚兵衛の気配が遠くなって、朔之丞はジト目で雑渡を見やった。
「雑渡殿」
「はい」
「
……
そんなことになってたんですか?」
「はい」
「
…………
」
嘆息が堪えきれない。雑渡は飄々と小首を傾げている。
「あの。最近、こういうことが増えてませんか」
「こういうこととは」
「詳細を告げられずに仕事だけぶん投げられるのが増えているんです。困惑するので、お控え頂きたい」
「しかし、城下に我らの瓦解を目論む下手人がいるのも事実。そう易々と情報を口外することは致しかねます。それに、朔之丞殿はいつも我らの意図を汲んで動いてくださる。有難いことに、支障ございませぬ」
「いつか私がやらかしたらどうするんです」
「やらかすのか? 朔之丞」
父が横から口を挟む。朔之丞は息を吐いて押し黙った。
「誰が裏で糸を引いているか分からぬ。くれぐれも他言無用。また、朔之丞は主に黒鷲隊、及び隼隊へ便宜を図るように」
「
……
かしこまりました」
目付当主が立ち上がって部屋を後にするのに続いて、雑渡も姿を消した。誰もいない廊下で一人、朔之丞は特大の溜息をついた。かつて、忍軍と目付がいがみ合っていた理由の一端に触れた気がした。
雨が上がった。灰色の雲と湿った空気は、まだ町に居座っている。夜になって空気が冷えたら、また降り出すだろう。タソガレドキ城下小間物屋の主人は、寄り合いからの帰り道、嘆息しながら水溜まりを避けた。
町内で定期的に開かれている主だった店の主人たちの寄り合いが、今日に限って遅くなってしまった。白松という武家の屋敷に奉公に出ていた、おさちという娘が手打ちにされたらしいという噂、もとい情報で、寄り合いは終始騒がしかった。武家の都合で町民や農民が死ぬことはままあるが、このところ随分と似たような話が増えていた。
おさちを手打ちにしたのは白松の北の方である。なんでも、おさちが白松家の次男を弑し奉ったのだとか聞いて、小間物屋は仰天した。
「まさか。おさちはそんな性質ではなかっただろう」
「応サ。しかし、色恋は人を狂わせるだろ」
「なに?」
「おさちと白松の次男がな、親しい仲であったらしい」
潜めた声で紡がれる噂に、小間物屋は眉間に皺を寄せた。町民と武士では、身分に違いがある。大抵、恋慕など成立しない。よくて側室か、愛人の扱いしかされない。おさちはその辺りが分からぬ娘では無かった筈だ。
「しかし、どうして慕った相手を殺すのだ」
「北の方が言うにはな」
北の方の傍で仕えている町人か誰かの言だろうと、小間物屋は内心で付け足した。
「白松の次男は、近く他領へ婿に行く予定だったらしい。それを聞いたおさちが、妬み嫉み、逆恨みで、次男の常用していた薬を毒にすり替えたのだと仰せだ」
「まことか?」
「まことも何も、次男は死んで、おさちも死んだ」
北の方の怒りは凄まじいものであったのだという。必死に否定するおさちを一顧だにせず、その場で家臣に斬り捨てるよう命じたのだとか。口さがないものは、婿に入れば多額の金子が動いて懐が潤うはずだったのだから、そりゃあ不満だろうと憚りもせず口にした。
「それはそれとして、残された老体の両親へのしばらくの先立つものと、もうすぐ十になる、おさちの弟の奉公先を世話してやらねばならぬ」
「おさちはこの辺りの出身ではないだろう」
「あすこでは丁稚を抱えられる店などありゃせん」
しばらくは誰がその、白松家に睨まれているだろう家のこどもを丁稚として抱えるかで揉めた。結局は、武家地から離れた場所で仕事をするのが良いだろうと、馬借が受け持つことになった。
「それにしても、おさちがそんなことになるとはなあ」
「あぁ
……
ちっさい頃は目付の姫さまの真似をして、可愛らしいもんだったじゃないか」
「色情とは、いや、おそろしや」
「天罰かもしれんな」
誰かがぼそりと言った。魚河岸の御店を一手に取り仕切る老隠居であった。店が忙しい若旦那たちの代わりにこうした寄り合いに出るのが隠居した者の務めでもあった。
「最近、京から来たという陰陽師が、近所で起こる厄介事を次々と言い当ててな
……
殿の悪行に、この地を治める神が怒っているのだとか」
物々しい老爺の言い分に、店主たちは顔を見合わせた。
なにぶん、その陰陽師とか言う者が胡散臭いことこの上ないが、しっかりしたひととなりで通っていた老隠居がこんなにも真剣に言うのだから、眉唾とも言い切れない。
「まあ
……
、天罰かどうかはさて置いて」
老隠居は片眉を跳ねさせたが、それ以上は何も言わなかった。
「こんなことが立て続けに起こったとあっちゃ、他に奉公に出てる者にも、気を付けるよう言った方が良いでしょう」
「そうですな」
誰も何も言わなかったが、思うところは同じであった。
上に何か起きて、はっきりと下手人が見つからないのであれば、手近の弱者に罪を着せるのが手っ取り早く事を解決できる。
しかし、ただで冤罪を着せられて斬り捨て御免になるわけにもいくまい。武士だろうが町人だろうが、一皮剥けば、皆、同じ肉塊である。
「城に上がった成正だって、またいつ面倒事を起こすか」
「いやあ、あいつはもう三年も務めてる。いくら気が短くて武士嫌いだからって、揉め事は早晩起こるまい」
「それに、城中はそれこそ甚兵衛様の御膝元どころか御懐だ。何か起こるわけもあるまいよ」
「だが、こうも立て続けに人死にが出るとはなあ」
「皆で集めて貯めてる金も、これ以上耐えられるかどうか
……
」
皆、一様に不安を抱えていた。不安を抱えていると、どうにも話どころか、顔色も、空気も暗くなってゆく。どこかどんよりと落ち込んだ空気に当てられて、うつむきがちに、店主は小間物屋の暖簾を潜った。
「あ! おかえりなさいまし」
丁稚が駆け寄って、店主から荷物を受け取る。奥に戻るついでにと店を眺めやって、店主は小さく瞠目した。店の軒先では、弥太郎が、最近仕入れたばかりの香を、元目付の彼女に勧めていた。店主の記憶では、自分が出かける前に、弥太郎は誰ぞに呼ばれたと言って出かけていた筈である。
「なんだい、弥太郎。おまえ、帰ってたのかィ」
「エ、」
はい、まあ、と煮え切らない返事をする弥太郎に、店主は揶揄うように笑った。弥太郎がどうしてこそこそと人目を忍ぶようにして出かけているのなんか、店主にはお見通しだった。
「奥方からも、一言、言ってやってくんなさいよ。こいつったらね、一度しか来ていないようなお客さんから馴染みの娘にまで、みぃんなに文を寄越させるんですから」
「親父さん!!」
「あらあらまあまあ」
弥太郎が真っ赤になって言わんでくださいよと身を乗り出す。彼女は小さく目を丸くして、口元を袖で隠し、くすくす忍び笑いを零した。
やれやれと、弥太郎が嘆息しながら、ちらりと奥方を伺う。彼女は気付いた素振りもなく、いつも通り銭を幾らか取り出して、弥太郎に差し出した。弥太郎が銭を数えている間、彼女は店主の方に水を向けた。
「寄合からのお帰りでしょう。大変だったみたいね。またぞろ揉め事ですか」
「いやまあ、揉め事の方かまだ幾分かマシだったやもしれません」
以前、町の隅から隅にまで顔の利いた彼女には、なんでもお見通しのようだと、店主は苦笑した。
「いやね、奥方様の前で滅多なことは言えませんがね。白松の家で起こったことはご存じですか」
「あぁ
……
なんでも、ご子息が亡くなられたとか」
「へえ。それがどうやら、ここだけの話、ご子息の常用していた薬を、入れ物の箱ごと、奉公に出ていたおさちという娘が、毒とすり替えたようでして」
彼女は静かに瞠目して身を引いた。声を落として潜めていた店主は、おそろしい話ですと頷いた。
「魚河岸のご隠居など、天罰などと言い始めて」
「天罰ですか」
彼女はちょっと呆れたようだった。
「あの御老体は、昔から何かと験を担ぎますからね」
「ははあ、なるほど。それでお寺さんやお社の話を聞くのが好きなんですね」
「特に自然に左右される仕事ですから。昔から城下のご老人は大体そんな感じです」
「そうなのですか」
「それしかすることがないのです」
今度は店主が黙って目を丸くし、身を引く番だった。
「しかし
……
、そう言われると、なんだか恐ろしいような気もしてきまして」
「ま。ひとの理を越えたところから下るのが天罰でしょう」
「つまり?」
「所詮、噂は噂です。惑わされぬが一番」
「左様で」
ひとの道理で左右される天罰なら、この国の人々は自然に神を見出していないし、仏に救いを求めてもいないだろう。
預かった銭を店の奥にしまって、弥太郎が彼女たちの元に戻ってくる。入れ替わるように、それじゃ、あたしはこれでと店主が奥に消えて行った。
弥太郎が品物を風呂敷に包んで、どうぞと彼女に捧げ持つ。手を伸ばそうとした彼女を遮って、尊奈門が二人の間に割り入った。
「私がお持ちします、奥方さま」
「ありがとう」
どこかツンケンしている尊奈門をものともせず、彼女が立ち上がって暖簾を潜る。尊奈門の後に続いて、弥太郎も見送りに立った。
「いつもありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」
頭を垂れる弥太郎を傍目に、尊奈門はさっと辺りに視線を走らせた。彼の耳が、ドカカッという蹄が土を蹴る音を捉える。彼女を土煙などから庇おうと一歩外側に出ようとすると、「危ない!!」───瞬きひとつ、弥太郎が突然前に出た。音を立てて、泥濘が跳ね上がる。
「おまえ
……
」
音を聞いたのか、店の中から何人かが顔を出し、慌てて丁稚に手拭を持ってこさせるよう声を上げた。
「おふたりとも、お怪我などは、」
泥だらけになった弥太郎が息せき切って二人を覗き込む。尊奈門は、む、と眉を顰めたが、尊奈門が口を開くより先に、彼女が「ありません」とハッキリ言った。
「ありがとう。それでは」
弥太郎に手拭を渡そうと表に出てきた他の店の者たちも、頭を下げて踵を返す二人を見送った。
町の景色が途切れ、隠れ里へと続く畦道に差し掛かったところで、彼女はふと口を開いた。
「どうしたの、尊奈門」
「はい?」
「そんなにぷりぷりして」
「ぷりぷりなどしていません!!」
「してるじゃないの」
むきゃ! と肩を怒らせた尊奈門に、彼女が眉を上げて淡々と返す。尊奈門は「ではお言葉ですが」むっとした顔のまま、言葉を続けた。
「奥方さまは、あの弥太郎とかいう店員に、馴れ馴れしくさせすぎです!!」
「そうかしら?」
「そうです!!」
頬に指を添えて小首を傾げる彼女にすっとぼけられていると感じて、尊奈門はがなった。
「どうせなら、組頭ともっと仲良くしていただく方が良いです!!」
勢いのまま言い切った尊奈門を、彼女がまじまじと見つめる。途端に尊奈門は気まずそうに眉を寄せて、口元をまごつかせた。
「その
……
出過ぎたことを申しました」
「よいでしょう。まあ、一理あるかしらね」
尊奈門が心配してつい口を出してしまう程度に、彼女は雑渡と過ごしていない。正確に言えば、雑渡の帰宅の頻度は上がったが、それに比例して屋敷に滞在する時間がすっかり短くなっていた。
忍のことを、彼女に隠さなくてよくなったからである。深夜に帰ってきたと思ったら、食事をして、そのまま出かけることが多い。おそらく夜じゅうなにがしかの仕事をしていたのだろう風情のときも、朝方に洗濯物を持ってきて、すぐにまた屋敷を出て行ってしまう。彼女が畑の世話をしているときに帰ってきて、書置きを残していくのもざらだった。この数週間、「おかえりなさい」「食事はされますか」「お荷物は」「行ってらっしゃいませ」くらいしか喋っていない。今更驚かないが、一体あのひといつ寝てるんだろうと、心配にはなってくる。
ゆっくり休んでくれるなら、それだけでもいいのに。
話したいなんて望まないから、寝に帰ってきてくれるだけでもいいのに。
とは言え、自分の心配を解消させるためだけに無理くり屋敷に寄ってほしいと強請るのもまた筋違いの気がして、彼女は何も言えなかった。
終日伴をしてくれた尊奈門を見送って、彼女はひとり夕餉を済ませた。雑渡の帰りが目に見えて増えたから、彼女は少し夜更かしをするようになっていたが、帰ってきたら起こしてくれるのだしと眠る日もあった。この日は町と里の往復でほどよく足が疲れていたから、後ろ髪を引かれるような気もしながら、褥に潜り込んだ。
寝転がると、床の間に飾ってある夫の姿を模した人形が視界に入る。
「
…………
」
ちょっと考えて、彼女は人形を手繰り寄せた。隣に寝かせて、掛布を被せる。
───旦那の人形が、朝になったら、本人になってたりして。
ありもしないことを考えて、ふっ、と頬どころか全身が緩む。
自然と、彼女は瞼を閉じた。今日はなんだか、すんなり眠りに就けそうだった。
◆ ◆ ◆
戦から戻ってきたら、お前に言おうと思っていたことがあったんだ。
一緒に暮らさないかって。
だってお前が、楽しそうに笑うのに、すぐどこかに行ってしまいそうな気配があったから。
◆ ◆ ◆
翌朝。
ふ、と意識が浮上する。涼やかな朝の気配に、温もった体が際立って、彼女はむずがった。畳の感触は無く、代わりに温かいものに包まれている気がする。
「───
……
、」
脳みそは起きているのに、体が重くて動かない。誰かが彼女を抱いている。瞬いても視界は滲むばかりで、体の動かし方が分からなくなってしまったかのようだった。
衣擦れの音が遠く耳朶を打つ。さあっと視野が晴れて、彼女は反射的に、目の前の裾を掴んだ。
裾に触れた指先から、血の気が全身に巡って、意思より先に体が動く。
「起こしちゃった?」
囁かれて、彼女は「はい。いえ、」と掠れた声で応えた。唇は少しかさついて、口の周りはまだ強張っていた。
「たまには寝てていいよ。朝の支度は、私がやっておくから」
雑渡の声である。どくりと胸の鼓動が聞こえるようだった。掌の中を、衣が滑ってゆく。
「
……
いって、しまわれるのですか」
まだどこか、夢うつつの狭間にいるような声だった。彼女は裾を離したくなかったが、きっとこのまますり抜けて行ってしまうのだろうと心のどこかで分かっていた。
「
……
」
起き上がりかけていた体躯が、再び彼女の敷布になろうとする。逞しい腕に支えられ、ゆっくりと体を横たえられて、背を抱かれ、彼女は自然と頬を緩ませて雑渡に埋まるようにした。己の柔い肉を、硬い体にぴたりと寄せる。
好きにさせて、雑渡は昨夜梳った髪に指を通した。手慰みに遊んで、やれやれと胸中で嘆息する。
今日くらいは家のことを代わってやろうと思ったのに。惚れた弱味と頭では分かっていても、ちょっと寂しそうにされたぐらいでついつい彼女の布団に戻ることになろうとは。
夜も更けた頃に帰って来た時に、自分を模した人形が彼女の隣で寝て居なければ、こんなことにはならなかったものを。雑渡はさりげなく彼女の細足を自分の足の間に搦め取った。
「で、誰から聞いたの」
「何をです」
柔い声に、相変わらず眠そうな、しかしどこか嬉しそうな声が返ってくる。わざと取り出していた鬼が早々にどこかに行ってしまいそうで、私もヤキが回ったかしらと雑渡は埒外なことを思った。
「哀車だろう、今のは」
「失敬な。本心ですよ」
そっかあ、本心かあ。
雑渡は、ぐ、と喉奥を鳴らしかけた。久方ぶりに腕に抱く妻は、どうにも刺激が強い。
「あの子たちに物を教えられる頭があったとは」
「は組の子たちは関係ありませんよ。別にあの時に教えてもらったわけでは
……
、」
「ほう」
「あ」
彼女が固まる。直後、逃げを打とうとした体を抱き留めて、雑渡はわざとおどろおどろしい声を出した。
「忍の術は私情に使っちゃいけないんだよ」
「さ、さすがは音に聞こえしタソガレドキ忍軍の組頭
……
」
「今度は喜車? 私がそういうので喜ばないって知ってるくせに
……
」
胸の上にあった手を取り、泳いでいたもう片方とひとまとめにして、いっそ焦れるほどもどかしく、ゆるゆると寝返りを打つように、肢体を組み敷く。彼女はすっかり目を醒ましていて、少しだけ申し訳なさそうに眉を寄せた。
「
……
お嫌でしたか?」
「うーん」
彼女が酸いも甘いも知っているのを、知っている。穢の無い人間など存在しないことも、雑渡は知っている。けれども、忍のことを知らぬでいた彼女は、どこか邪気の無きように思えていたのも確かであった。言葉に迷う雑渡に、「ごめんなさい」と彼女が素直に謝罪する。雑渡は苦笑した。
「甘えたいなら、そう言えばいいのに」
彼女は瞬いて、目を据わらせた。そうして、くちびるをきゅむりとしまいこむ。彼女が拗ねるときの顔だ。雑渡は喉奥でくつりと柔く頬を緩ませ、彼女はどこか突き放すように「肩が冷えました」などと宣う。ハイハイと雑渡は身を沈ませた。
「手を離して」
「だめ」
「何故です」
「仕置きだよ」
「いやっ!」
身を捩ろうとする彼女を好きにさせ、はだけた襟元から覗く肌にくちびるを寄せる。軽く啄むごとに彼女は少しずつ大人しくなっていき、縋るように「はなして」と強請った。きっと雑渡の背に手をかけたいのだろう。
「だーめ」
「いじわる、」
困ったように文句を言うその声音さえ、どこか甘い。雑渡は悪戯っ子のように彼女に覆いかぶさった。彼女もいやいや言っているが、どこか楽しそうである。肌をなぞるふりで擽れば、きゃあと楽しげな悲鳴を上げた。
甘やかし、甘やかされる軽やかな声音が、朝露に混じる。霞む霧の向こうから、夜の終わりを告げる鳥の囀りが響く。
「
………………
」
不意に、雑渡がひたりと手指を止めた。男の下で、ほとんど肌を露わにさせられていた女も、ふと雑渡を見つめる。男は、どこか遠くを見ているようだった。
鳥が鳴く。ややあって、雑渡は嘆息した。
「
……
今日は、遅れて行こうかな」
「こら」
声音とは裏腹に、細指が包帯を甘くなぞった。
「何を仰せですか」
「久しぶりなのに」
「ずっと、お慕いしております」
爛れる肌に、そっと唇を寄せられて、雑渡は嘆息した。無理を押して昨日の内に帰り、今日は昼までゆっくりできると思っていたのに、これである。
急いで用意してくれた朝餉を手早く片付けて、握り飯や数日分の着替えを持って、雑渡は陽が昇り切る前に屋敷を出た。矢羽音が雑渡を急き立てる。どうやらまた一人、誰かが不審な死を迎えたらしかった。
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