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片桐
2025-08-18 23:14:56
5745文字
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【あんスタ・紅敬♀】正解と不正解の間
※女体化 ES1年目、何故か膝枕をされることになった鬼龍くん。
何故、こんなことになっているのか。
ここは寮の旧館の一室、鬼龍の視界にあるのは机の足、という謎な光景。頭の下には柔らかな感触があり、細い指が優しく髪を梳いてくる。
「ふふ、おまえがこんな風に甘えてくるなんてな」
「
……
、おぅ
……
」
上機嫌に髪を撫で続けてくる恋人に、そうじゃねぇんだけどなぁ、とほんの少し羞恥心と罪悪感の入り混じった複雑な感情を浮かべ、歯切れの悪い曖昧な返事をする。
蓮巳が満足してるのなら、それでいいか。いや、よくないだろう。と相反する気持ちがぐるぐると巡っている。鬼龍は小さく、ため息をついた。
ことの発端は一週間前。蓮巳が事務所に呼び出されたところから始まった。仕事の話と言っていたから、必要なら共有してくれるだろうと、その時は気にせずに自分の仕事に向かったのだが。
その夜、蓮巳は部屋で寛いでいた鬼龍を共有ルームへ呼び出すと、満面の笑顔でこう言ったのだ。
「さあ、鬼龍! 合宿をするぞ!」
「
……
げぇ」
可愛い恋人の笑顔が、この時ばかりは悪魔のように見えた。
蓮巳の言う合宿というのが何か、もう説明されずとも嫌というほどわかっていたからだ。
社会人になってからもはや何度目になるだろうか、歴史番組やらクイズ番組やら出演が決まる度に実施される、蓮巳による勉強漬けの日々。勉強が苦手な鬼龍にとっては苦行のような時間だった。
「今回はいつもより短期間で範囲も広いからな。早速始めるぞ」
「おまえ俺を殺す気かよ」
今日は夕方で仕事も終わり、明日の仕事も昼前に出れば良いから、夕食と片付けを終えて一息ついたこのあとは、寝るまで裁縫でもしようかと考えていたのだ。いや、依頼などではなくただの趣味ごとだから、今やらなければいけないものではないのだが。
何を作ろうか楽しみにしていた気持ちは一気に消え、地獄に突き落とされたかのような気分になった。
「勉強で死ぬわけないだろう、馬鹿者」
「俺が馬鹿なのはよぉくわかってんだろ」
「貴様はやればできるのに」
呆れたように肩を竦める蓮巳に、何を言っても無駄だろう。口では勝てないのだし。
「
……
はぁ」
身も蓋もなく言えば、鬼龍にとっては殴る蹴るの暴力を受け続けるよりもよっぽど拷問だと思う。それほどの苦痛だ。
毎度、時間とともに詰め込んだ知識はこぼれ落ちている気もするし、紅月三人の中で一番頭の出来が悪いのは隠しようもなく、ファンも視聴者にもバレてんだろ、なんて諦めも混じる。が、ユニットのイメージや次につながる成果などを、蓮巳が求めているのも理解している。
やるからには結果を残したい、勝負事に手を抜きたくない。それで自分も忙しいなかで、鬼龍のために時間を割いてくれているのだ。
「わかったよ
……
」
紅月のリーダーであり、恋人である蓮巳がここまでしてくれているのに、投げ出すわけにはいかない。わかっている。わかってはいるが、苦手なものはそう簡単に得意に転じたりしないし、毎度パンクしそうな頭を抱える羽目になっている。
それでも言われた通り勉強の支度をして旧館へ移動し、その日は就寝時間まで日本史を解くことになった。
鬼龍は眉間の皺を深くして問題集と向き合う。前にもやった気がするけれど、もう忘れている。いつもそうだ。数日はなんとか最低限のところくらい覚えていられるけれど、終われば抜け落ちてしまう。継続して勉強していればもう少し残るのかもしれないが、そこまで向き合う気力もない。
みっちり、二時間と三十分。もうすぐ二十二時になるところだ。鬼龍が寝る時間には少し早いが、シャワーを浴びて明日の支度もしなければならないから、少し早めに終わった。ようやく解放された安堵と、明日からもこの続きをやらなければならない憂鬱さと。閉じた問題集を睨むように見つめていると、蓮巳は眉をひそめた。
「鬼龍、顔が怖いぞ」
「もともとだろ」
不機嫌に、八つ当たりをしているつもりはないが、眉間の皺はそう簡単に取れない。
蓮巳はまた、呆れたようにため息をついて、それから鬼龍の額、いや、眉間のあたりにキスをしてきた。
「貴様は世界一いい男だ」
「
……
あのなぁ」
しれっと告げる蓮巳に、鬼龍はがっくりと項垂れた。
蓮巳はじっと鬼龍を見つめている。早いともう寝ているときもある時間だが、今日はまだ眠くもなさそうだし元気だ。旧館は人も来ない。蓮巳の、寮監という立場を良いように使っているとは思うが、鬼龍にとっても悪いことばかりではない。
頑張ったんだから少しくらい、何かご褒美があってもいいんじゃねぇの。そんな気持ちも込めて唇にキスをすると、大人しく受け入れてくれた。けれど、もう少し先に進もうとその柔らかな唇を舐めてみれば、ぐいっと胸を押し戻されてしまった。
「嫌なのかよ」
「嫌ではないぞ。勉強せずにこんなことをしていても貴様が高得点を取れる自信があるのなら、私は構わないが」
「はあー?! 無理に決まってんだろ」
「そっちを自信持って言うんじゃない! まだ余裕そうだし、今日のノルマを追加してやろうか」
「
…………
、大人しく帰ります」
許してくれる時もあったけれど、今回は駄目らしい。もう頭を使いたくないので、その日は諦めて自室に帰ることにした。
それから一週間、時間がある時はこうして旧館に籠もり、問題集と向き合わされた。恋人と二人きり、しかもほとんど誰も来ないしベッドもある個室という逢引には最適な環境なのに、何事もなく。いや、そんな目的で借りていないし、そういう使い方はよくないのはわかっているが。ずっと恋人と近い距離にいるのだから、多少はそういうよからぬことも考えてはしまうだろう。
鬼龍が休みで蓮巳が仕事の時は、帰るまでにやっておけ、とかなりの範囲を出されてしまった。それでも、鬼龍なりにすべて解いた上で、食事や普段の筋トレをするくらいの時間は充分残っていたので、綿密に計算して課題を出してきたのが伺えた。
「なんつぅか、妙にきっちりしてるよな
……
」
そういうところも含めて蓮巳らしいし、可愛いとは思うけれど。
蓮巳の帰りを待つ間、鬼龍は備え付けのキッチンで夕食の支度をしていた。
旧館のキッチンは本館の寮室のものより狭く簡素だが、実家とはいい勝負だ。二人分の料理をするくらいなら困らない。午前中は自室でやっていたし、食材や調味料は昼に本館のキッチンで下準備して持ってきていたので、調理するだけだ。米を炊いて、おかずは少しずつ余っていた野菜やきのこを豚肉で巻いたもの、それとシンプルな野菜スープにした。本当はもっと手の込んだ物を作ってやりたかったけれど、与えられた課題を終えてどれくらい時間が残るかもわからなかったから、簡単にできる範囲で用意した。
もうすぐここに来ると連絡があったから、それに合わせてで出来たてを食べられるように準備してやる。一日仕事で疲れてるだろうし。
……
触れさせてもらえなくても、せめて食事くらい一緒にとりたいし。
「
……
」
食事のあとは蓮巳による今日の範囲のチェックと、間違えたところの復習タイムになるだろう。
この勉強漬けの日々も納得した上でやっている、けれど、やっぱり寂しさのようなものは感じてしまう。
いや、もっと自分の頭の出来がよければ、こんな風に時間を割く必要もなかったんだ。蓮巳だって、忙しい中で付き合うこともない。もっと、蓮巳のやりたいことだってしてやれた、のに。
思考が悪い方向に向かい始めた時、扉が開く音がした。
「ただいま。いい匂いがするな」
微笑む蓮巳に、鬼龍ははっと我に返った。それから自分も笑みを作って、調理の続きをする。
「あぁ。もうすぐだからよ。支度手伝ってくれや」
フライパンにタレの調味料を入れれば、じゅう、と音が立つ。蓮巳は手洗い等を済ませて机を拭いたり食器を出したりしている。
……
足を引っ張るわけにはいかない、よな。
期限まで、残り半分は切っているのだ。頑張ろう、と自分に言い聞かせ、その日もなんとか乗り切った。
泣き言は
……
少しは言っているかもしれないが、それでもやっていれば終わりは来る。
「やっと
……
終わった
……
」
ここまでと決められた範囲を予定期間内にきっちり終え、鬼龍は机に突っ伏した。
「よく頑張ったな、えらいぞ鬼龍」
蓮巳作の小テストは合格点ギリギリだったが。無事に目標を達成できて蓮巳は上機嫌だ。
今日の蓮巳は休みだからか、いつもと違う格好をしている。暑いからって珍しくポニーテールにして、シンプルなブラウスとショートパンツという組み合わせだ。ほどほどに筋肉はあるがそれでも細身な白い足を惜しげもなく晒して、それで隣にずっといられるものだから。
つい、視線が吸い寄せられて、慌てて目を逸らした。
今回は勉強漬けの間、強制禁欲生活する羽目になったのも相まって、色々と、気になるのは仕方ないだろう。
触れたい、撫でたい、という衝動に耐えつつ、蓮巳に与えられたノルマはこなしたのだ。
……
途中でそんなことをしたら間違いなく今頃説教をされていただろうし。
「これで今日はゆっくり眠れる
……
」
撮影の本番は明後日だ。明日は午後から仕事だが少しは休める。もう何も頭に入らない。すでにこぼれ落ちてしまいそうなくらいだ。レッスンや筋トレよりもよほど疲労を感じていた。思考がうまく回っていない気さえする。
「一週間よく頑張ったな。やはり貴様はやればできる男だ。そうだ、ご褒美をやろう。なんでもいいぞ」
ご褒美。なんでも。
回転の鈍った頭が、それでも単語を拾う。
蓮巳の足綺麗だなとか、言ったら怒られそうだけど触りてぇなとか、疲れたから今は少し休みてぇ
……
とか、色々頭の中で入り混じった結果。
「
……
膝枕」
自分でも無意識に、口からぽろっとこぼれ出た声。
「ん?」
「
……
は? え、ちがっ、今のは」
そんなことを言うつもりはなかったのに予想外の言葉が飛び出して、酷く動揺したまま鬼龍は跳ね起きた。
けれど蓮巳は、くす、と笑みを浮かべるだけだった。
「いいぞ、ほら」
そう言って正座したまま、自分の太腿をぽんぽんと叩いてくる。
なんだか後には引けず、されてみたいという誘惑にも抗えず、素直に従うことになったのだ。
そして、冒頭に至る。
「よしよし、可愛いなおまえは」
膝枕の状態で子供をあやすみたいな調子で頭を撫でてくるので、嬉しいような素直に喜べないような複雑な思いで、されるがままになっている。
鬼龍の言葉を、蓮巳はどうやら違う意味で受け取ったらしい。それはいいのか悪いのか。けれど今更、甘えたかったわけではなくその足に触れたいなんて助平心だった、などと言えるわけがなく。ただ机の足を見つめながら頭を撫でられている。
鬼龍はちらりと蓮巳を見上げる。蓮巳は微笑んだまま、首を傾げた。動きに合わせて、ポニーテールの先がふわりと揺れた。
……
まあ、いいか。
鬼龍は考えることを放棄して目を閉じた。
心地いいのは確かだ。蓮巳も満更でもなさそうだし。自分ではなく蓮巳の気が済むまでこうしていることになりそうだが、ありがたくもお互い多忙になってきた今、こんな風に穏やかに過ごせることもあまりないのだから。
しばらく、静かな時間が続いた後。
「しかし、意外だったな」
不意に蓮巳が口を開く。
「なにが?」
振り向いて問えば、蓮巳はくす、と笑っている。
「なんでもいいと言ったのだから、もっと違う要求をされるものかと」
「違う要求ってなんだよ」
「さあ、なんだろうな」
鬼龍はしばし考える。どうやら蓮巳には何か求める答えがあって、自分はその答えを間違えたらしい。今こうなっているということは及第点だったのかもしれないが。
答えもヒントもくれないのだから、これは自力で正解に辿り着かないといけないのだろう。
でも。個室に二人きりだってわかってて、こんな風にいつもと違う格好で、そんな風に言われて。自分にとって都合の良い答えばかりが浮かんでしまう。
「間違っても怒らねぇ?」
「怒られるようなことなのか?」
「いや、わかんねぇけど。
……
俺のこと、誘ってた、とか」
そう言いながらそっと膝を撫でれば、蓮巳はじっと鬼龍のことを見つめてきた。
「
……
こういう格好はあまり貴様の好みではなかったか?」
鬼龍は首を振る。好みかというとわからないが。蓮巳ならなんでも可愛いとしか思わないし、見慣れないけれど、よく似合っている。
「いや。可愛いと思うぜ。でも俺以外の男に見てほしくねぇな」
「そうか、ならいい」
言葉は素っ気ないくらいだけれど、どこか嬉しそうに見えた。
「合宿と言ったのは自分だが。毎日こんなに近くにいるのに、おまえに触れられなくて、寂しかったんだ」
だから気を引きたかったのか。それなら充分すぎるほど効果はあったと言えるだろう。
……
今の状態は、想定外だとしても。
「俺だってそうだよ」
蓮巳は手を伸ばしてクリアファイルを引き寄せると、中から紙を取り出した。自作の小テストを入れていたものだから、深く気にしていなかったけれど。取り出された用紙は見覚えのあるもので、鬼龍は目を瞬かせた。
「ここに外泊届が二枚ある」
「は、流石、用意周到だな」
「使うことになるかと、思っていたのでな」
それは、朝までの時間を貰っていいと、そういうことだろうか。
旧館のこの部屋は明日まで押さえているけれど、立場もあるし朝まで二人でいるわけにはいかない。それにほとんど人は来ないと言っても、可能性はゼロではない。だから、ずっと一緒にいるのなら、外泊することになる。
鬼龍は差し出された用紙に必要事項を記入して、蓮巳に返した。蓮巳も隣で、同じように記入している。
それから部屋を綺麗な状態に戻し、二人は一度自室へ寄ってから外に出た。
朝まで予約された部屋からは誰もいなくなり、月明かりだけが薄らと照らしている。長い夜は静かに、けれど昼の熱を残して、更けていった。
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