井見
2025-08-18 22:00:21
6050文字
Public 真Ⅳ・真ⅣF二次
 

執行猶予

ガストン文です。ルート分岐直前の小休止。どちらを選んでもペナルティなしタイプの主人公。
でもこの主人公はガストンを助けたり信頼を感じたりしたことがありそう? 仲良し(?)
リクエストありがとうございました!

 少年は、真っ直ぐに一点を目指した。錦糸町の地下、階段を下って奥の奥。勝手知ったる自分の部屋。どこか急ぐようにその扉を開け放つと、背負う刀やスマホ、ベルト、膝当て、靴、身につけているものを片っ端から床にぼとぼとと捨て始めた。
 彼の後を追ってきたガストンは、溜息をつきながら部屋の扉を施錠した。彼がこうして装備品を全て外すのは、仮眠を取ろうとする合図だ。彼の落とし物を踏み潰さないようにしながらガストンがソファへ辿り着いたと同時に、ばふ、と跳ねるような音が響いた。思わずガストンは「おい」と声を上げるが、ベッドの上に身を横たえた少年からは、寝息だけが返ってくる。もう手遅れだ。ガストンは鼻を鳴らしてソファにかけ、暗い天井を見上げた。
 つい先程まで神々と死闘を繰り広げていたのが嘘のように、静かで、平和だった。しかし宇宙の卵での戦いはまだ終わってはいない。ダグザからの問いかけを保留しているだけの、短い休息。少年が神の問いに答えたが最後、今までで最も熾烈な戦いが起こるだろう。だからこそ、全員ができる限りの準備をしなければならなかった。
 ハレルヤとナバールは戦闘に必要な物資の買い出しへ。ノゾミ、トキ、イザボーは装備の調整や新調。そして少年‪──ナナシとガストンは……自由行動。万一の強襲に備えて二人以上で行動することを取り決めとしているため、自然このような割り振りとなった──というのは、今回ばかりは嘘だろうとガストンは予想している。
 おそらく、ノゾミとダヌーを中心に、今後待ち受ける戦いの打開策を練っているはず。そこに彼がいてはいけない。彼が知ったことは、全てダグザに筒抜けになる。だから彼は準備から除けられていて、それを彼自身もわかっている。そして彼を監視するのは、なるほどガストンの仕事だ。そんな暗黙の了解で、現在に至っている。
 
 さて、ノゾミたちの用が終わるまではまだまだある。ガストンは立ち上がり、ベッドへと近づいた。少年は微動だにしない。眠っているのだろうか、目を閉じているだけなのか。巧妙に背を向けて丸まっているため、頬の傷から漏れる緑の光が見てとれるだけだ。ガストンはベッドの傍に少年が集めている不用品の山から端切れの布を取り出し、なるべく上等なところだけを選んで、何枚か千切った。そして槍を手にして再びソファへ腰掛けると、何度行ったか知れないメンテナンスをいつもと同じように始めた。
 オーディンから得た槍、グングニル。神の槍は分解しようがないため、そのまま穂を慎重に拭う。刻まれたルーン文字、如何なる敵をも貫く加護の源を、ガストンは布越しにそっと撫でる。
 しかし神の槍に一体何の汚れがあろうか、稲光を放つような穂先からその輝きが失われることは決してない。ガストンがかつて手にしていたミカエルの槍も、その身に祝福を受けていたため、本来はどんな手入れも不要だ。だがガストンにとって、いずれの槍であってもやることは同じ。槍術訓練で学んだメンテナンスを繰り返す。それが槍との対話であり、己との対話でもある。
 とはいえ物資は限られてるから、その場で手に入れられるものを使う応用性が問われた。特に悪魔から得られるものを上手く使えるか‪──最近のガストンの気に入りは専ら神樹の油だ。悪魔ユグドラシルに遭遇したときは、殺す前に幹を削ぎ、そこから滲み出た油を瓶に詰めておく。神話の繋がりによるものなのか、これが一番グングニルに馴染むように思えた。
 ガストンは懐からその瓶を取り出し、蓋を開いた。新しい布にその油を染み込ませ、穂の根に当てる。稲妻の形に合わせながら、ゆっくりと伸ばす。それを全体にわたるまで繰り返す。手仕事はガストンの思考を透明にしていく。
 意味のない手入れはもはや儀式だが、決戦の前であればこそ、ガストンには殊更にこの時間が必要だった。休んでいる彼が目覚め、全ての準備が整ったら、あの卵の最奥に赴くだろう。そしてきっと、そこで全ての決着がつく。
 何が起きようとも、鈍るわけにはいかない。
 敵を見誤ってはいけない。
 たとえ相手が‪──誰であっても。この槍で貫かなければならない。
 ガストンは槍を軽く振った。少し力を込めると、ルーン文字が淡い光を帯びた。
 この槍がはらわたを抉る様を思い浮かべる。
 貫かれているのは誰だ。
 白い布に沁み渡る血は、己のものか。
 或いは、軽い骨。緑の光。
 最悪の想像。
 有り得ないなどと思考を止めることはできない。
 ガストンは跳ねられるようにして立ち上がると、槍を手にしたままナナシの眠るベッドへと近づいた。
 小さな背が僅かに上下を繰り返している。三年前の自分はこんな姿だったろうか、とガストンは首を傾げた。物資の乏しい東京で育ってきたからなのか、ずいぶん貧弱な身体だと思う。細い腕では槍を振るうのも難しそうだ。身体も肋が浮きそうなほどに薄い。ガストンはグングニルの穂と見比べた。この半分も無いかもしれない。
 ガストンは再び溜息をつくと、手の内でくるりと槍を翻した。
 槍先でそっとナナシの額に触れる。このまま振り下ろせば、容易に彼の頭骨を割れる。
 しかし彼は動かない。ゆっくりと息を吐き、ゆっくりと息を吸う。何も変わらぬ日常のように。
 勿論たとえここで彼を殺しても、ダグザが何度でも彼を黄泉帰らせるだろう。だから意味はない。もしそうでなくても、やはり意味はない。
 だが何故、とガストンは呟いた。
 気づいているはずだ。常に危機に晒されてきた東京の民は、深く眠るということを知らない。何故払い除けない。何故反撃しない。武器は一つも持たずとも、その身には悪魔の技がある。槍が無くとも、彼は指先から雷を放つことができる。もし本気で殺されると感じたら、大人しくその通りにしてやるような奴ではない。相手が誰であっても容赦なく応戦するだろう。しかし彼は何もしない。むしろ次の行動を待っているようにも思える。わからない。彼の出方も、私のこの行動も。
 ‪──一体、私は何を期待しているのだろう。
 ガストンは諦めて、槍を再び回転させた。
「いつまで寝ている」
 石突で乱暴にナナシの肩を突く。ナナシは瞼をもったいぶるように開いた。その中で緑色の瞳だけがぐるりと回り、ガストンを捉えた。
「冷たい」
「何がだ」
「グングニルが」
 ガストンは唾を飲んだ。ナナシはごろりと寝返りをうち、ガストンを見上げる。
「冷たい。ちょっと気持ちがいい。少しピリピリしたけど」
 なめらかな非難だ。
「退ければよかっただろう」
 ガストンは謝罪せず、むしろ彼を責めてみた。
「どうなるだろうと思って。
 ガストンは何がしたかった?」
 責められるべき謂れのない彼は、ゆっくりと上体を起こし、片膝を抱えた。光る目からは表情が見えない。もしかすると怒っている? 当然だ。眼前に武器を突きつけたのだから。
「おれを殺すなら絶好のチャンスだったな」
「フン、誘っていたのか?」
「おれは死なないのを忘れてるのかな、って思ってた」
「私がそれだけ馬鹿であったら、君は黙って殺されてやったのか?」
「ガストンだし、まあ一回くらいは仕方ない。ここで戦いたくはないし」
 ナナシは手を広げ、指を一本ずつ内に折る。
「ガストンがおれを殺す。ベッドが汚れる。おれは死体。ダグザが嫌々おれを黄泉帰らせる。そしたらお小言だ」折り込んだ指をパッと広げる。「勘弁してほしいな」
「それだけか? 目の前に君を殺した張本人がいるわけだが」
「表に出ろ! とか、やりたいのか?」
 彼はくすりと笑った。まるで何もかもどうでもいいと思っているような軽い冗談に、ガストンは閉口した。渋い表情のガストンを見ながら、彼は「腹じゃなくて頭なら、即死できるかな」とさらに物騒なことを言う。ガストンはたまらず声を上げた。
「やめろ。全く面白くないぞ」
「悪い、ガストンが面白いから」
 右目にかかった髪をかき上げるのは、手で表情を隠すためだ。それも面白くない。髪の間に収まったままの右腕をひっ掴んで無理やり引っ張り上げた。軽い身体は少しよろめきながら、二本の足でバランスをとりつつ、不平を漏らした。
……熱い」
 何のことだ、と思ったが、彼の視線は裾が捲り上げられた右腕に向けられていた。ガントレットを装着するための手袋ごしに、彼の剥き身の腕の感触がある。
「なるほど、人でも神でもなく、温度計になることに決めたか」
「それもいいかもな。みんなが風邪引いたときが出番だ」
 彼は掴まれた腕に視線を固定したまま、ガストンの指を摘む。
「うーん、ガストンは発熱しているようです」
「ズルをするのに便利じゃないか」
 布が隔てているせいで、彼の体温は感じられない。しかし彼は熱を感じている。
 ああそうだ‪──彼はいつも冷たい。どんなときも手足は冬空に晒されたように冷え切っている。ただの冷え性、筋肉不足、そう言ってしまえるくらいのもの。だが電気屋を漁って拾った体温計でいつか測った結果は、周りのそれよりも如実に低い。
 ガストンは左手を離すと、槍を持ち替え、浮いたままの彼の指先を、布の覆っていない右手で掴んだ。流水に手を差し出したような冷たさだ。
「ああ、これは風邪だな。冷たすぎる。君はもう少し着込んだ方がいい」
 そんな訳がない。
「今日のガストンは、ほんとに面白いな。なんで?」
 彼は曖昧な笑みを浮かべる。しかしガストンが答える前に、「あっ」と手を叩いた。
「着込むで思い出した。
 みんなが戻ってくるまで、まだもうちょっとあるよな」
 そう言うと、ベッド脇の箱の一つをずるずると引き出す。衣服用の収納のようで、中には普段着のつなぎの隣に、見覚えのあるミカドの服が一着。それを無造作に取り出すと、ガストンへ向けて突きつけた。
「あげようと思って、売らずに取っておいたんだ。でも忙しくてそれどころじゃなかったからさ」
 白い上下の揃いに、深い青空色の上着‪──サムライの服。イザボー達が着用しているものと同型で、覚めるような青がはためく様は民の憧れの的だった。
「何故君がこんなものを」
「ガストンに会いにいったとき一瞬着た。でもおれにはちょっとサイズが合わないし、多分もう着ないし。
 コートはともかく、インナーは今着てるのと同じだろ? 替えにしたらいいよ」
 一部の言葉が無闇に強調されていたが、大方は彼の言う通りだった。ガストンのマントは東の十字軍にいた頃のものだが、中の服はみな同じだ。
「ちなみにこのコートまでセットで着ると、ナバールが変な顔になる」
「君にはまるで早すぎるからな」
 かつて着ていたサムライの服自体に思うところもあるだろうが、そもそも十八歳用の服を着る十五歳の姿は、端的に言えばちんちくりんだ。
「でもガストンがこれ着たら尚更変な顔するかもな。いや、むしろ喜ぶ? 着て出迎えてみないか?」
「絶対にお断りだ」
 残念、と彼は呟き、白い上下服だけをガストンに差し出し直した。使えるものを断る理由もないので、ガストンも大人しく受け取った。しかしさらに彼は「洗ったままだから綺麗なはず」「今着てる服、前に洗ったのいつ?」と付け加え続けた。
「着替えろと。言うのだろう」
 ガストンは今日何回めかの溜息を吐きながら、渡された服に手早く着替えた。「本当はそうやって着るのか」などという好奇の目が不愉快だったが、確かに新しい服にはとくべつ損傷も見当たらず、悪くない。東の十字軍のマントを被り、普段通りの格好に戻れば、着用者以外には違いがわからない。
 彼はガストンの様子を見ながら満足気に頷いた。
「一回やってみたかったんだよ、おさがりってやつを」
 おさがり。今日日聞かなくなった言葉に、ガストンには一回思考の時間が必要だった。使われなくなった兄姉のものを弟妹に渡す、あれだ。幼い頃に何かあった気がするが、ガストンは忘れたままにすることを選んだ。
……そもそも、これは君用の新品ではないだろう」とりあえず反論はしておかなければならない。
「それを言ったら東京中全部おさがりだ。死体つきの。
 もしかしてそっちの方がよかった?」
 彼はへらへらと笑いながら、貰い手のいないサムライのコートを羽織る。ちょっとどころかかなりぶかぶかだ。
「元々誰が着ていたのかはわからないけど、おれがあげたんだからおれのおさがりだな」
「代わりに君はその格好で外に出るのか?」
「まさか。ダサすぎるだろ。
 でもこれあったかいから好きだ。その分燃えやすいけど」
 そのままコートに包まれるようにして、その場にへたりこんだ。
「まだ時間ある?」
 ガストンは時計も見ずに答えた。
「もう少しかかるんじゃないか」
「じゃあ、あと五分」
 二度寝の宣言のようなものをして、床に座ったまま目を閉じる。その様子を、ガストンは何もできずに見守る。
 何分経ったのかわからないままそうしていると、彼はぽつりと言った。
「寒いのは、いやなんだ。
 からだが、つめたくなるから」
 寝ぼけているのか、半分ほど開いた瞼の隙間から緑の光がゆらめく。彼は冷えた体を温めるかのようにコートの合わせを引き寄せた。また目を閉じたのか、再びその光は見えなくなった。
 ガストンはその場で彼をじっと見下ろし続けた。五分の長さをどれくらいにするか、考えていた。

🐍あとがき蛇足🐍
・体温計の遺物で体温が少し低い説明があり、ダグザに動かされている死体なんだろうなと興奮した思い出があります。みんなふとした時に体温がちょっと低いことに気づいていてほしいです。ガストンはパワー系なのでホカホカであってほしいです。
・あとサムライの服が火炎弱点のままで嬉しかったのと、年月が経っている/東の十字軍であるせいでガストンがこの服着ていないので、着て欲しかった……。着てくれませんでした。
・人のまま生きる?人を超える?の話をしていたので、温度計になることに決めたという冗談を入れてみました。
・一回殺し合ってみるか〜?と思ったけどそうするとルート確定してしまいそうなのでやめました……ⅣF主人公くんがどちらを選ぶのか、ギリギリまでわからないでいて欲しいので 本人もわかっていないみたいです。
・ルートペナルティなしならほどほどにみんなを大事にする選択肢を選んでいるっぽいので、変な雑談を入れても許されるかな〜と思いました。
・あっちのルートだと、ガストンは最後までこっちを見ていたのが好きでした。みんなそうだけど、ⅣF主人公くんがもし……をちゃんと考えいていたんだろうな、と思うと燃えます。
・またあっちのルートだと、ⅣF主人公くんは自分はすぐさま死ぬ(作戦とか知らない)とわかっていて拒むことになるので、ときめきます。




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