【クラシエSS】お花見とクラシエのはなし

没にしたものですがもったいない精神でひっそりサルベージします/👿くんとクラシエの話/ep3の後ぐらいのイメージです

お花見に行かない?と言われたのは、眠る直前だった。ようやくひとりの時間を得られたそのタイミングで、彼は当然のような顔で窓から部屋に入り込んでくる。
シエロモートが騎士を務める国に来て数週間。ようやく国の地理や法律も覚えてきたところのクロードは、その提案に眉根を寄せた。
「花見?」
「そう。せっかくだからみんなも誘って。みんなで綺麗な風景の中にいたら、きっともっと仲良くなれると思うんだ」
はぁ、とクロードはため息にも近い声を漏らす。シエロモートの誘いは大抵誘いになっておらず、(自分が押しに弱いせいもあるのだけれど)半ば強制的である。ここで反抗しても意味はないと早々に結論づける。
「いつ行くんだよ」
問えばシエロモートは、「明日」と事も無げに答える。もう数時間後には日付も変わるというのに、明日?
「急すぎだろ」
「えっ、でもちょうど綺麗にお花が咲いてるしそれに明後日はもしかしたら雨が降るかもって言ってたし、それから
「あーもう分かった」
まぁいいや、とため息をつけば、シエロモートはにっこり笑う。
「じゃあ僕、これからみんなを誘ってくるね!」
「は?これから?」
「うん!クロードくんは寝ていてもいいよ」
じゃあおやすみ、とマントを翻しながら部屋を出ていく天才騎士をクロードは呆然と見送った。


翌日、待ち合わせ場所には、ひとりの騎士が不満げな顔で佇んでいた。
クロードが「よぉ」と声をかければ、君のせいだと言わんばかりに、クラークステラはにらみをきかす。
シエロモートは?」
「あ、ちょっと遅れるって
「はぁ?無理矢理約束しておいて遅刻って
苛立ちをクロードにぶつけるクラークを、どうにかなだめるように話題を変える。
「今日ルタールは?」
「仕事。というか、僕も仕事だったのに」
え、と問い返せばクラークは聞きたいことが分かったのか、不満げな顔をますます強めた。
ルタが行っておいでって言うから」
「あぁ
そっか、とつぶやいてそれからシエロモートの言っていた「みんな」を思い浮かべて周りを見渡す。
「お前、ひとり?」
「ひとりだけど。何?他にもまだぞろぞろ来るわけ?」
「いや――わかんねえ。シエロモートが『みんな』を誘うって言ってたからてっきり
「ふーん
なんだか面倒くさそう、とつぶやいたクラークだけれどその手には甘い香りをまとったバスケットがある。クロードの視線に気づいたクラークは、少し慌てたように口を開いた。
「これは、ルタに持たされただけだからね!僕は何にも要らないって言ったんだけど、せっかくだからみんなで食べてねってルタが……
「お、おう
とにかく落ち着けって、となだめているとようやく今日の発起人が姿を現した。
「おはようクロードくん、クラーク!いいお天気だね!」
……おはよう」
「おう
「じゃあさっそく移動しようか。綺麗に桜が見られるスポットがあるんだよ。わあ、クラーク。何か甘いものを持ってきてくれたの?君も楽しみにしててくれたんだね!」
「ルタが準備してくれただけ。それよりさっさと行ってさっさと帰りたいんだけど」
不機嫌そうなクラークの言葉にシエロモートは「ふふ」と笑う。それから、当然のように彼の腕に自分の腕を絡めた。クラークもそれを嫌がる風もなく、はあ、とため息をついて受け入れて歩き出す。
……あ?」
なんだこれは、とひとりぽかんとしているのはクロードだけだった。距離感が近いシエロモートがやたらと人に触れたがったりするのはいつものことだけれど、警戒心の塊のようなクラークがそれを気に留めていないのは意外だった。普段ルタールと触れ合うことが多いから、あまり気にしないのだろうか。
「ところで結局僕たち3人なわけ?」
「うん。ウィルとミュンナにも声をかけたんだけど忙しいみたいで
「僕だって忙しかったんだけど」
再びため息を吐き出すクラークに、「それでも来てくれたんだね、ありがとう!」とシエロモートは明るい声を上げる。
ふとこちらを振り返ったクラークは、「何してるの」とまだ立ち尽くしたままのクロードに声をかける。
「行くよ」
クラークはそう言うとはしゃぐシエロモートに「落ち着いて」と声を掛けながら再び歩き始めた。慌ててクロードは2人の後を追う。僅かにクラークがシエロモートを見て笑みをこぼしたような気がしたけれど、錯覚かもしれなかった。


「本を持ってきたんだよ。君がこの間面白いって言っていた物語の続編」
ほら、とシエロモートが分厚い小説のようなものを取り出せば、クラークは嬉しそうにそれを受け取る。
「へえ。今度の舞台はまた別の場所なんだ」
「うん、そう。でも前のお話の登場人物も出てくるよ」
「ふうん」
このあたりでいいか、と適当に腰を下ろせば確かにそこには美しい風景が広がっていた。ごつごつとした無骨で暗い色の幹に映える淡い色の桜。時折落ちてくる花びらの繊細なピンク色は、クロードに何かを思い出させる。
クラークは早々にバスケットを開けて、一口サイズにカットされたホットケーキや焼き菓子を取り出す。ルタールが作ってくれたというクッキーの中にはチーズと黒コショウが入っているものや、ジンジャー入りのものがあった。辛いものが好きなクロードくんにと作ってくれたそうで、その気づかいにクロードは嬉しくなる。うまい、と一口食べて言えば「そうでしょう」とクラークは胸を張って顔を綻ばせた。
「僕も何か食べたいな。ねえクラーク、おすすめは?」
「この間アンタがおいしいって言ってたミルククッキーがあるよ」
本当、とシエロモートは嬉しそうな顔をして、それから口をぱかりと開ける。クラークは特に驚く様子もなく、クッキーをひとつつまむとその口に放り込んだ。
「うん、やっぱりおいしい」
「ルタが作ってるんだもの。当たり前でしょ。もうひとつ食べる?」
……ちょっと待ってくれ」
「何?君もミルククッキー食べたいの?」
まだたくさんあるけど、とクラークはバスケットの中を示す。そうじゃない、とクロードは小さくつぶやいて、それからぺったりとクラークに身を寄せているシエロモートを見た。
お前ら、そんなに仲良かったか?」
そう問えばふたりはきょとんとした顔をして見せる。それからシエロモートはにっこりと笑って「僕たちは仲良しだよ!」と声を弾ませた。
「ねえクラーク」
「まあ?仲良しっていう定義が何かによるけど。何が聞きたいわけ?」
「いや、だってまるでお前たち付き合ってる、みたいな距離感が近いし
「付き合ってる
ふたりは顔を見合わせる。
「いや、変なこと言って悪かった。けどなんか思ったよりこう親密っていうか」
「なるほど!」
ぼそぼそと話すクロードにかぶせるように急に声を上げたのは、シエロモートだった。
「僕たちは付き合ってるっていう関係なのかもしれないねクラーク!」
そうなの?そもそも付き合うって何?」
「お互い好きだなあって思う人同士で一緒にいるってことだよね?クロードくん」
……え、わかん、ねえけどたぶん
だったらそういうことだね!とシエロモートははしゃいだように言って、クラークは否定せずに「ふーん」とだけ言葉を落とす。
「僕たち付き合ってるんだって」
ふふふ、と嬉しそうに言ったシエロモートは、ぎゅう、とクラークに抱き着く。クラークはそれを留めるでもなくチョコレートでコーティングされたクッキーを手に取るだけだった。
「待ってくれ、お前たち本当に?」
「クロード、そもそも君が言ったんでしょう?それとも何?カマをかけたわけ?」
呆れたようにクラークに言われてクロードは焦る。そんなつもりはなかったと言えば「まあどっちでもいいけど」と彼は面倒くさそうに言うだけだった。大切そうにクッキーを口に入れると、「やっぱりルタの作ったクッキーは美味しい」と嬉しそうに小さくつぶやく。
クロードはぽかんとしたまま、距離感の近い、けれどいつもと同じようにも見えるシエロモートとクラークを見る。にこにこと笑って魔法瓶からコーヒーを注ぐシエロモートは、特に問うでもなくクラークの紙コップに角砂糖をふたつとポーションタイプのミルクを入れる。クラークはそれを受け取って、シエロモートが先ほど渡した本を開き始めた。
(まじか……
付き合っているみたいな距離感とは言ったものの、ふたりの間から甘い雰囲気は一切感じられない。そもそもふたりとも距離が近いだけで言っていることもやっていることも普段と何ら変わりないのだ。
……その、いつから
「さあ。いつからだっけ」
「僕は初めて見たときから君のことが好きだなって思っていたよ」
シエロモートは嬉しそうに言って、クラークの水色の髪を撫でる。クラークは特に照れる様子も嫌がる様子もなく淡々と「へえ」とだけ言った。そしてまた本に目を落とす。
「どうしたのクロードくん、なんだか疲れた顔をしているけれど。あっ、もしかして昨日楽しみで眠れなかった?お昼寝する?」
「いや……。うん、でもまあ少し、休みたいかな」
そう、とシエロモートはにこにこと笑って「お布団を魔法で出してあげようか?」と問う。それを固辞してクロードはごろりと芝生の上に寝転がった。
(意味わからん
目をぎゅっとつぶれば、ふたりのささやき声が少しだけ耳に届く。
「僕たち付き合ってるんだね」
らしいね」
「クロードくんに教えてもらっちゃった」
シエロモートの声に、本をめくるような音が混じる。
「僕も本を読もうかな。こっちもおすすめなんだよ。ミステリーなんだけど」
「ふうん。じゃあ読み終わったら次貸して」
「もちろん」
それからは、お互い本を読んでいるのか沈黙が訪れる。クロードはなんだか不思議な気持ちを抱えながら、もしかしたら今俺は夢を見ているのかもしれないとぼんやりと思った。