電気を消した部屋の中。テレビの明かりに照らされながら、二人並んでソファーに座ってる。いつもなら敬一君はオレを置いて寝室に引っ込んでしまうような時間帯。なのに、今夜はなぜだかさっぱり眠気が訪れないらしい。特にやりたいことも、やらなきゃいけないこともなくて、本当は寝ようと思えば寝れたんだけど、時間潰しに二人で映画を観てる。一緒のベッドでオレが先に寝ちゃったら、多分、一人で居るときより寂しくさせちゃいそうだから。
サブスクの一覧から選んだのは古いホラー映画で。アクションは目が冴えそうだし、サスペンスは頭を使いそうだし、最終的には夏だしっていう雑な理由で決めた。途中で寝落ちてもそこまで支障がなさそうだろ。
オススメで出てきた映画は半分以上過ぎたけど、いまいち盛り上がりにかける。洋画じゃなく邦画にしたから派手さがないのはさておき、起用されてる若手俳優がヘタクソとまでは言わないが共演陣から浮いてしまってるのが原因だな。
敬一君はスタートからここまで体勢を崩すことなくキープしてる。体幹、しっかりしてるもんな。オレはと言えば、段々と体が傾き、肘掛けにもたれるように寄りかかっていた。この体勢も長時間続けていると腰にくるだろう。体の支えにしていた腕を解いて、座面に寝そべる。両脚は敬一君の膝の上。
敬一君はチラリと物言いたげな視線を寄越したが、またすぐにテレビ画面へと戻す。いまいちなのにストーリーを追う姿勢は律儀だなと思う。最終的にどんでん返しや伏線回収が仕込まれてる作品もあるから気持ちは分からなくもないけど。そんな律儀な敬一君をもってしても、時折うつらうつらと頭が揺れてしまうんだから、よっぽどだなコレ。今、この部屋の中でオレが見るに耐えうるのは敬一君くらいなので、ようやく少し眠気が訪れ始めた様子を眺めてる。
映画はクライマックスなのか主人公が息を殺して身を縮めてる。もう少ししたら見せ場で諸悪の権化な怨霊みたいなやつが出てくるんだろう。
「ねえ、敬一君」
暗い部屋の中、強弱のついた光に照らされてる敬一君に話しかけた。
「なんだよ」
映画の途中だけど、敬一君も半ば惰性で観てるから、話しかけてもムッとはされない。
「敬一君って幽霊見たことある?」
「ねぇーな。居ねぇだろ」
「分かんないじゃん」
「ならオマエは見たことあんのかよ」
「ない」
「ほら見ろ。オマエが見てないものは存在しねーんだろ?」
少し適当でおざなりにあしらわれてる感じ。
「ちょっとニュアンス違うんだよなー」
そこまで真面目に議論する話じゃないと思ってるからか、敬一君の視線は画面に向けられたままで、オレは横顔だけ眺めてる。
「今まで見たことないのと存在しないはイコールじゃないぞ?」
「あー、なんだっけ。悪魔の証明、だっけか?」
「そうそう」
「にしたってよ、オレやオマエが幽霊見たとか居るとか騒いだらお医者様が頭の調子疑ってくんぞ」
それは確かに。いや、慮りを覚えた今の礼二君なら真っ向から否定せず、そのままさり気なく専門の機関へ斡旋しそうな気もする。どうだろう。まだ無理か?
「で、なんの話だよ」
「あー、そうそう。見たことあるなら今後も見れる可能性高いかなって思ったんだよね」
「なんだそれ。心霊企画の配信でもやんのか? オレじゃなくて天堂とか連れてけよ」
それはそれで面白そうだし、連れてくなら全員道連れにするけど、今は別の話。
「いや、もしもさ、オレが死んだら」
そんな仮定を口にした瞬間。空気がピリッと張り詰めて、敬一君の顔がゆっくりとこっちを向く。
「違う違う。すぐすぐで、そういう予定があるとかじゃないから」
そう言ってあげたら、ぶわりと逆立てていた毛が鎮まるみたいに空気が緩んだ。たぶん、ワンヘッド入りしたとかそういうことを考えたんだろう。
「別に賭場とか関係なく、死ぬきっかけなんてゴロゴロあるだろ? 原因は置いておくとして」
「なんかしらでオマエが死んで幽霊になったら?」
「そう。そしたらさ、化けて出て欲しい?」
「はぁ?」
会話を遮るように、テレビからは主人公の苦悶する声が聞こえる。怨霊は生前の記憶どころか自分が何者だったかも思い出せないみたいだ。
「あんなふうに話にならないかもだけどさ、それでも出てきてほしいかなって」
「なんで出てきてほしい前提なんだよ」
「そこは別に議論しなくても、もし会えたら会いたいだろ?」
「
……」
そこに異論はないらしい。それでも、話が通じない怨霊とかなら話は変わってくるかもしれない。
敬一君は画面の中を見る。少し目を離してる隙に、怨霊はなんかいい感じに力を抑えつけられているみたいだった。
「生霊でも悪霊でもなんでも、会いに来るってんなら、来いよ」
敬一君はあくびを噛み殺しながら答える。さすがに、そろそろ眠くなってきたんだろう。
「取り憑かれちゃうかもよ?」
「んー
……まあ、うん」
視線は見るともなしにテレビに向けられたまま、浮かんだ考えを噛みしめるみたいに小さく頷く。
「幽霊になって来ちまうってのはさ、未練があるってことだろ?」
「ん?」
「オマエがオレに、未練、残してくれてさ、死んでも死にきれねぇっつーなら、なんか悪かないかって」
敬一君は少し恥ずかしそうに、困ったみたいに眉尻を下げてそんなことを言う。眠いから、緩んだ口元が微笑んでるみたいにも見える。
迂闊すぎるよ、敬一君。オレ相手にそんなこと言っちゃうなんてさ。その言いぐさだと、オレに執着してくださいって言ってるのとイコールになんだけど分かってんのかな。
眠さが限界なのか、敬一君の体が不規則に前後に揺れ始めてる。夢うつつの中で、かろうじて意識をつなぎとめてるけど、寝落ちるのも時間の問題だろう。
「じゃあ、幽霊になったら敬一君のとこに行くね。で、そのうち時間が経って恋人とかできたら取り憑いて追い払っちゃうかも」
「おっかねぇな」
物騒な冗談に敬一君はクックッと笑い声を上げた。たぶん、それも悪くないなって思ってるかもしれない。
「居るなら居るで、せめてどっかしらは見えたりするといいのにな」
そう。オレも全く見えてないのは辛い。から、最初の話になるんだよ。
「
……っつーか、死ぬなよ」
いつの間にか映画は終わったようでテレビでは静かにエンドロールが流れてる。数秒黙り込んだあとで、敬一君はまっとうなことを言い出した。まあ、そもそも、そうだよな。
「あ?」
いきなり手を掴むと、驚いたのか短く声が上がる。大きく分厚い掌に自分のを合わせて指を絡めてみる。手のサイズはオレのより小さいけど、指は敬一君のほうが太い。絡めとった手を近くに持ってきて、そのまま唇を寄せる。一部始終を黙って見つめる敬一君に視線を合わせる。
「死にたくないって思わせるくらいに、オレのこと魅せてよ」
そのままグイッと手を引くとバランスを崩しかけた敬一君がオレの上に覆いかぶさる。吐息が頬を掠めるくらいの至近距離で見つめてたら、不意にピントが合わないくらいに近付いて、直後に温かくて柔らかな感触が唇に触れる。角度を変えて数回押し付けられたあとで、そっと離れていった。のしかかったように乗り上げられた身体はしっかりとした重みと温もりがある。
「魅せ続けてやるから、オレの成長見逃すなよ」
「どっちの成長?」
揶揄い混じりにそう聞けば、敬一君もいたずらっぽく笑ってみせる。また顔が近付いてきて、今度はその唇が耳元に寄せられる。
「全部」
そう囁いたあとで、敬一君の身体全部がオレに預けられた。多少重くはあるけど支えられないわけじゃないし、心地良さも感じる。ここからなにを仕掛けてくるのか。期待して待ってみたけど、そこから敬一君は微動だにしない。
「
……敬一君?」
返答がないどころか反応がない。
「おーい」
そうして聞こえてきたのはうんでもすんでもなく、規則的な寝息だった。まあ、ちょっとは予想してたけどさ。寝落ちる直前まで煽ってくるのもどうかと思うよ?
少し顔をずらして見たら、あどけない顔で寝てるものだから、文句も出てこなくなる。目下の問題はどうやって敬一君を起こさずにここから抜け出るかってことだろう。
寝息に合わせて敬一君の身体が揺れる。全身で敬一君を感じながら、そういえば、敬一君は幽霊になったら来てくれるのかな? なんて考える。
まずい、ちょっと眠くなってきた。このまま寝落ちたら、腕枕での痺れどころの話じゃないのに。恋人の体で圧死とまではいかなくても、なんかエコノミー症候群みたいに血栓できたりとかさ。肺に詰まって突然死とかゼロでもないだろ。
恋人の手で殺されるのもシチュエーションによっては吝かじゃないけど、どう考えてもこれは違う。なんとかしてここから逃れなくちゃ、こんなの死んでも死にきれない。
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