望月 鏡翠
2025-08-17 23:21:41
945文字
Public 日課
 

#1814 「わじわじ」「記す」「ほととぎす」

#毎日最低800文字のSSを書く


 古びた紙をひっくり返し、ようやく目当ての記述に辿り着いた。
 ――今日の異変について何かの助けになるかもしれないと思い、記す。
 古びた日記は途中からそんな文言が挟まっていた。それまでは、業務日報という趣で読むべきものはほとんどなかった。肥料の配合や雨の頻度、気温や水温、作付けの時期や、草取りなどの作業内容。そういうものが淡々と書いてあった。
 これを書いた男は、農業に従事していたらしい。しかもそれは生計のためというよりは、収穫量を上げるための研究であることも窺いしれた。田畑はいくつかあり、番号を降り、それぞれに環境を変えているらしかった。
 途中から様相が変わったのは、業務日報以外に個人的に記録を残す習慣がなかったからだろう。
 ともかく、手近にある紙に書かなければ気が済まなかったし、その人物の手元にあるまとまった紙は業務日報に使っている日記帳しかなかったのだろう。
 彼はほととぎすを飼っていた。
 異変はそこから始まっていた。
 鳥は一切鳴かなくなった。春を迎えても囀らず、ただわじわじと鳥籠の隅で慄くばかりであった。病かと思った。時を同じくして、隣家の吠え癖のある犬が騒がしかった。犬の声がしなくなったあたりで、ほととぎすは怯えなくなった。しかし相変わらず囀ることはなかった。
 隣家の犬は、行方知れずになったらしい。首輪だけ残して、どこかに消えていたのだという。ちぎれても解けてもいなかった。彼はそのことを、犬を探し歩く隣人から聞いたらしい。
 数日後、ほととぎすは再び何かに怯えるようになった。
 外では、犬を探し歩く隣人の声が夜中までおぉいおぉいと聞こえていた。朝早い仕事をしているので迷惑だったが、やめろと言うわけにもいかなかった。
 ほととぎすが緊張を緩める頃、隣人が消えていた。
 なんの痕跡もなく、全くの行方不明だ。
 異変の記録を始めたのは、ほととぎすからだ。
 しかし、彼はその前からなんとなく不安を感じていたらしい。夜中に出歩かなくなったのはそのせいだ。
 この日記の中には、かつてこの地域を襲った怪現象を解き明かすヒントが眠っている。そんな気がした。
 男は数日後、消えたはずの隣人の声を聞いた。
 暗闇の中から、おぉいおぉいと呼んでいた。