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彌夜
2025-08-17 19:28:14
3846文字
Public
景丹
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朝に溶けるシナバー
閲覧ありがとうございます。
拙作は景元×丹恒です。時間軸はオンパロス前狼狩り後想定。なのちゃん視点です。
以前掲載したのを手直ししました。珍しくいちゃいちゃ風味ですが、何もしてません。列車組集まってご飯食べる約束していたので、昨夜は手加減したけど…なお話。直接的な表現はありませんが、薄っすら行為の仄めかしがあるので苦手な方はご遠慮ください。
【朝に溶けるシナバー】
「居た丹恒
…
あ!!」
すっかり慣れ親しんだ羅浮だからと、各々自由に過ごし、朝市で集合した星穹列車の面々。寝惚け眼で灰色の髪も梳かさぬままの友人を引っ張り、蒸したての餡饅片手に待ち合わせ場所へ着いたなのかは可愛らしい花桃色の髪をこてんと揺らす。
疑問符の先には、頼りになる護衛の姿。
長椅子へ腰掛ける彼は、普段通りな無表情を手許の書物から上げず、時折湯気を立てる器を片手に取っては音を立てずに茶を啜る。極上の白玉から彫り出したように涼やかな横顔は目立たぬながらも端正で、幽谷に滾々と湧く清らかな水面を眺めている心地にさせた。だが凛とした雰囲気が余人を拒んでいる。
なのかはこんな時丹恒の愛想が悪くて良かったと思うのだ。
朽ちた竜宮で妙なる正体を暴かれて以降、憑き物が落ちたのか肩の荷が下りたのか。ふとした瞬間。無垢で無防備な隙を見せるようになってしまったのだから。
まあ、列車組の家族やごく一部の例外の前でだけだから、基本的になのか達がしっかりしていれば良い話だ。
好都合にも星核事変やら狼退治諸々で、矢面で体を張った星やなのかは民衆にも広く顔が知れている。自分達が傍から離れなければ、龍師とかいう組織や水龍の前世を咎める持明も魔の手も伸ばしづらいだろう。丹恒は罪の償いも過去もすべて背負うと角冠を戴き、古海を割った。でもその魂の水源が何であっても、なのか達にとっては冷静で面倒見が良く、意外と面倒くさがりな大事な家族なのだ。所詮人間は自分勝手同士。なのかの優先順位は今の丹恒が上だから、昔の災禍に胸を痛めても、それを理由の毒牙はお触り厳禁と決めている。
それに丹恒には秘密だけど、カンパニーと金人巷でまたしてもやりあったからか、わちゃわちゃする所を微笑ましげに見守ってくれる住民が多いのも助かった。偶に蜜を求めるようにふらふら近寄るつわものも、あっという間に親切な隣人の手で離れた屋台へ招待されるのだから。
だがこうしてなのかが素っ頓狂な声を上げたのは、ちゃんと理由があった。
彼の特徴でもある左の目許にだけ刷いた魔除けの紅。古風すぎると仙舟でも廃れ気味のそれを毎日律儀に化粧っているのに、珍しく今朝はしていない。お陰で濡れたような黒檀の髪が、睡眠を取った筈なのに、やや窶れた風情ある雪の素肌へ艶めかしく貼りつくコントラスト。神秘的な容貌が朝の光に照らされ、内側で庭を養う美しく澄んだ碧の瞳を冴え冴え映えさせる。それだけならまだ良かった。駄目なのは。時折伏せては開く瞼の翳り。赤がない分、何処となく愛された後独特な残り香が薫っているのだ。
これはいけない。
女のなのかでも胸を騒がせる清艶な色気が駄々洩れだった。普段は鮮やかな朱墨の方が印象的で、周囲に対して威圧にもなるのに。
饅頭を親友の口へ突っ込み、何か代わりになるアイシャドウでもないか懐を探っても、あれほどくっきり鮮烈な赤は、頑張ってもなのかには似合わないから手頃な化粧品は見当たらない。深紅が似合う大人の女性代表な姫子は列車で留守番だ。
どうしよう、どうしよう。まだ朝靄に紛れて人波は少ないけれど。じきに往来が始まってしまう。そうしたら、目立つなのか達の集団へ目を遣る観光客も増えるだろう。もし。もし、こんなに何時もより付け入られそうな丹恒を見られてしまったら。本人は特に羅浮での人付き合いを好んでいないのに、悪目立ちし嫌な想いをさせかねない。そんなのは避けたいのに。
「なの?」
「やっと起きたか、寝坊助さんっ。早くあんたもどうしたら良いか案を出してよ!」
じりじり焦りが湧き上がる。
せめてと細い体全体で通りから自分の体で丹恒をガードし、ポケットの中身をごそごそひっくり返すなのかの手を、饅頭を咀嚼しやっと目覚めた開拓者が握った。なのかの一方的な危機感は当たり前だけど分かっておらず、理不尽に当たりそうになった所で、増えた足音と人影に止められる。
現れたのは箱膳を携えた壮年の眼鏡の男と、同じ物を抱える天の舟の守り人だ。
「もう来ていたのか。お腹は空いてないか?目に付いた美味しそうな物を片っ端から買ってきた、好きに摘みなさい」
「最近出た露店の目玉商品もあるよ。是非ご賞味あれ」
「ありがとうヴェルト、景元。わあ好い匂い。ご飯ご飯」
「落ち着け星。
…
ありがとうございます、二人共。でも、買い物には俺が行きましたのに」
「場所取りを御願いしたじゃないか」
「気にしないでくれたまえ、ヴェルト殿と積もる話もあったからね
…
それに」
銀髪を緩く編んだ美丈夫が意味ありげにウィンクする。この場の誰よりも年上なのに、瑞々しい仕草が似合う不思議。平時の将軍は権謀術数を操る策士らしからぬおっとり加減だが、その手腕は遍く行き渡っている。手足の一挙一動、声の余韻さえ大局を従えるのだから。
今その片鱗は唯一人にのみ仄めかされる。
腰を庇い、気怠げな君を行かせるわけには行かないと。言外の睦言。さっと血の気が陶磁器の頬を彩った。
「あ、あっ、あぁ〜!!」
思わず絶叫するなのかへぎょっと視線が集まる。だってしょうがないじゃない、と内心で言い訳。だって、だって。この男にちょっかいを出された所為で、兄のような彼が余計に、愛らしくなってしまったのだから!
元凶も最初はぱちくり小動物のように可愛らしく金色の瞳を白黒させていたが、賢君らしくすぐに状況を把握してくれた。想い人を行き交う目から隠して仁王立ちするなのかと、訝しげに叱ろうかどうしようか決めかねる青年から剥がれた、白い花弁の先をほんのり思慕で浸す思ひ色。魔除けを添え忘れた繊細な面差しに、おやおやと男が肩を竦めて歩み寄る。
「丹恒殿。ちょっと目を伏せ、顔を上げなさい」
「?、こうだろうか」
「そう
…
良い子だ。忘れ物だよ、私としたことが迂闊だったね」
ほっそりしたおとがいを決して乱暴にせず、けれどつい、と意のまま上向ける完璧な御手。男に体の一部を委ね、害されると疑いもしない龍の末裔は従順だが、認めた相手以外には膝を折らない誇り高き生き物だ。猫の喉を撫でるような扱いをするのが男や列車の家族以外なら、即座に手酷く拒むだろう。
ごそり。男が片手で物入れから取り出すのは、奥ゆかしく煌めくのは螺鈿細工で造られた小さな容器。器用に蓋を外すと小指の先に掬い、慣れた仕草で、目の縁という急所へ景元は潤む紅を施す。呼吸すら止めて一心に。病や災いから守られますように、と。ウジャトの左目へ祈る信仰者に似た敬虔さで。
丹恒はじっと動かない。されるのが当たり前というより、何かと不自由な獅子を好きに振る舞わさせたいという想いを優先させている。
何時だってそう、となのかは心の中で呟いた。
なのか自身や同乗者の悪ふざけに、眉を寄せながらも、丹恒はいつも巻き込まれるのを厭わない。我は強いから嫌なことを嫌だとはっきりさせる癖に、懐へ入れた者はとことん為すことを受け入れてしまう。傲慢にどろどろと甘やかす。まるで優しく深みへ誘い、溺死させる人魚のように。
同乗者達が無事なのは、偏に丹恒の性格が庇護欲へ傾き、加減しているからだ。そうでなければ。普通の神経なら耐えられない際限無き愛情は、果てない海の赦しは心を狂わせる。その残酷さ。ひとにあらざる底無しの、純粋すぎる情を前に、晒される常人の精神は脆すぎた。
どれだけ景元の理性が信じられない程強くて大人でも、ほどほどにした方が良いだろう。
頃合いかと声をかけようとするなのかの袖をぎゅっと開拓者が引っ張った。何?と尋ねかけ、ぴたりと口を噤む。
顎から離そうとする骨張って大きな手に重なるのは、一回り小さな、でも武人のてのひら。
驚く吐息すら奪わんと、半開きな花唇から、小粒の真珠めいた歯が僅かに覗く。くうっと伸ばされる首筋へ緊張感が滲む。
まるでくちづけをねだる稚い仕草。男は心底嬉しげに破顔した。
ぱさり、本のページが閉じる。
これ以上見てはだめ。
自分から眷恋を受け入れているのなら干渉は野暮なだけ。ましてや一途な龍の求めを真正面から抱擁し、それを包み込む度量なんて誰しも有してなんていやしない。あの老獪で辛抱強く、愛情深い男くらいでなければ。
本能の忠告に従い、くるりと身を翻したなのかを、円卓に並べられた数種類もの朝餉とは思えない豪華な料理が歓迎する。
手遅れな後ろを気にしてはいけない。見て見ぬふりと他の二人に意思疎通のアイコンタクト。
それでも前菜に箸をつけながら、憤懣を小声で吐き出すことぐらい大目に見てほしかった。
「
…
何であの人、紅を持ち歩いてるの?自分では使わないのに」
「星、しーっ!わかりきったこと聞かないで
…
丹恒も丹恒だよ。私達とあの人が居るからって、油断しすぎ」
「しっかり者な丹恒先生が今朝刷き忘れたの、きっと景元の所為だよね?まだ理性戻りきっていなそうだよ。色っぽすぎてやばい」
「ゴホン。まあまあ、滅多に会えないのだから、許してあげなさい。公序良俗に反しない限りはな。ほらお前達。冷めてしまうから、先に食べ始めよう。沢山召し上がれ」
「「はぁーい」」
そもそも羅浮なのに別行動していたのは、丹恒がかの天将の御膝元。禁書庫で過ごすからと聞いていたけどすっかり忘れていたのである。
理由をなのかが思い出したのは、ぷりぷりの海老焼売を頬張ってからだった。
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