ずっと書きたかった話
これまでの要素が沢山出てくる
◆出てくる人達
「ねえねえアーちゃん、バツー様にはいつ会いに行くの?」
「今ピーターが先に村に行ってるから、私も明日向かうわ」
麗らかな日和、フォーファーの庭園でアズィーザとアガタはお茶を楽しんでいた。
皇帝とカンバーランド女王という二人を守る衛兵達が控えていたが、二人の仲の良さは既に周知されており、空気を読んで植木の影の見えない所に隠れてくれている。
ピーターは用があると言い残し、ダグラスに到着してすぐにアズィーザ達とは別行動をとっていた。先にバツー達のいる村へ向かうそうだが、何の用事なのか聞かされていなかった。
(それにしてもピーター、折角お姉さんに会えるのに、すっ飛ばして先にステップに行っちゃうなんて
……)
「いいな~! 私もお会いしたいわぁ」
「
……アガタっちってほんとにバツーおじさんのことが好きね。どこがいいの?」
アズィーザとアガタは歳が離れていたが、明るい性格で馬の合う二人は互いにあだ名で呼び合えるほど仲が良かった。腹違いのピーターと同じ美しい金髪を湛えた彼女は面倒見が良く、国の代表という垣根を感じさせない懐の広さに、アズィーザはすぐに心を許したのだ。
「え!? とっても素敵な方じゃない! サラサラの黒髪、クールな態度、凛々しい瞳に眉
……特にあの八重歯がたまらないわ~!」
「
……八重歯がいいの?」
「うん! 狼みたいでカッコいいでしょ?」
「まあ、狼っていうのは分かるけど
……」
まだアキリーズが在位していた頃、アルタンとファティマ、そしてバツーがカンバーランドに招かれたことがあった。アルタンと知り合いだったウルバンとピーターの計らいで、王に即位したアガタに顔を合わせる私的な懇親会が催されたのだ。
ピーターからバツーのことを隙あらば聞かされていたアガタは、どうしても直接礼が言いたいと常々思っていたそうだ。満を持して対面すると、精悍で野生的な見た目に一目で恋に落ちたらしい。当のバツーは暴言を吐かないようにひたすら押し黙っていたそうなのだが、それが寡黙で知的な印象を与えてしまったようだ。
いきさつを最近聞いたアズィーザがバツーの人となりを訂正しようとしたが、既に惚気まくっていた彼女に説明がちゃんと届いたかは分からない。
「アキリーズ陛下も雰囲気が似てたでしょ? お二人が揃うことなんかあったのかしら」
「へ、陛下と
……? うーんあまり仲が良くなかったから滅多になかったけど
……たまに村の中で鉢合わせて睨み合うことはあったわ」
たまたま遭遇した子供の頃の記憶が蘇ってくる。
大の大人が正面から向き合い、無言でガンを飛ばしながら、まるで肉食獣がグルルルと威嚇し合うように睨み合っている。一触即発の空気にアズィーザは動けなかったが、やっとこちらの存在に気付いた二人は子供の前ではよそうと思ったのか、互いにフン! と顎をしゃくり、別方向に去っていった。
当時のアズィーザはアキリーズにぞっこんだったため今になってやっと冷静に俯瞰できるのだが、雰囲気だけでなく性格や言動も似ていたのだと気付く。
「そうなの!? いいなぁ見たかった~! たまらないわ~!」
「
……何が?」
「だってアキリーズ陛下はライオンみたいで、バツー様は狼でしょ。それにアルタン様はイタチみたいだし、三人が並ぶともう動物園みたいで可愛くて~!」
「ど、動物園
……」
思わず三人を動物に変換して想像してしまう。
ターバンを巻いた狼とイタチに、バンダナ片眼鏡の目つきの悪いライオン。
……意外としっくりくるような気もする。
「懇親会の時にファティマ様にもお会いしたけど彼女もコアラみたいにおっとりしてて美人で可愛くて
……アーちゃんはペガサスみたいに飛んでいきそうだし、きっとダヤン君も可愛いのでしょう
……! はぁ~ステップサファリパークたまらないわ~!!」
動物園からランクアップしてしまった。以前アズィーザは長い三つ編みが馬の尻尾のようで可愛いと言われたことがあるが、父に似たのか無類の馬好きな為、不快にはならなかった。何故ペガサスなのかは分からないままだった。
カンバーランドの民は高身長が多く、アガタもその例に漏れない。世界的に見ても平均身長の低いノーマッドのことを、いつも動物のように例えて愛でているのだ。
「はあ、次はいつお会いできるのかしら
……」
「そうね
……連れて来られたらいいんだけど、今ステップ中を駆け回ってるみたいでなかなかつかまらないの」
「
……お忙しいのね。でも国の為でもあるもの、応援しなきゃね」
「うん。
……アガタっち、やっぱり寂しい?」
「そうね
……手紙のお返事は貰えないって分かってるし、私が王じゃなかったら気軽に会いに行けたのかなって、たまに思うこともあるわ」
アガタは懇親会で直々に手紙を送りたいと伝えたが、文字が書けないから手紙の返事は返せないと言われた。それでもいいからと、承知の上で愛をしたためた手紙を送り続けている。世間一般でいう普通の愛か、動物愛護の方なのかアズィーザは知る由もなかったが。
「アガタっち
……」
「でも、バツー様とお会いできたのも王族の血を引いてたからだし、これで良かったのかなとも思うのよ」
「
……今のままでいいの?」
核心を突く問いに、アガタは肩をすくめて苦笑した。ティーカップを持ちながら物想いに耽るように打ち明ける。
「もし両想いになれたら、もし結婚できたら
……一番いいわよね。でも立場的に難しいって分かってるから
……私はいいのよ」
「
……っ、ごめんなさい」
もしかしたら、恋愛が難しい立場が動物として愛でる方へ舵を切らせているのかもしれない。そういう感性なのだと思っていたが、アズィーザは配慮の足らない失言を後悔した。
「謝らないで! アーちゃんだって悩んでるんでしょ」
「
……うん
……」
両親のように普通に愛し合って子供を授かり、幸せな家庭が築けるものだと思い込んでいた。でも皇位継承したことで、実現が不可能に近いということは理解している。もしクジンシーのように襲撃された時に身重であれば、まともに対抗できないかもしれない。
「アメジスト様も独身だったし、私がしてもいいのかどうか
……」
「何も前例に倣わなくっても、あなたが初めてになればいいじゃない。後々また女の子が皇帝になった時、あなたが実績を作ってくれてたらきっと心強いと思うわよ。それに私は大賛成なんだけどね、ピーターがここまで元気に育ったのはあなたのおかげだし。何もあなたが全て背負わなくても、ピンチの時は周りにも手伝って貰えばって、私は思うけどな」
「うん
……そう、よね」
皇帝が結婚を考えても良いのか、アズィーザはずっと先送りにしていた。
自分の決断で、陛下や先帝たち、今は賜姓降下した王家の人々が守り続けた帝国が滅んでしまったらと考えてしまう。
もしも女としての生き方を完全に諦めた時。そんな時が訪れた時、この人のようにずっと想い続ける関係でも良いと、割り切れる時が来るのだろうか。
「陛下!! 姉上!!」
「あらピーター!
……え!? あなた戻って来たの!?」
植木の向こうからステップに行っていたはずのピーターが走ってくるのが見えた。アズィーザの心臓は大きく脈打ち、アガタは驚いて立ち上がった。
きっと全速力で馬を飛ばし、ここまで走ってきたのだろう。普段は整っている髪や外套が大きく乱れ、ゼェゼェと息も絶え絶えな様子だった。
「実は、預かった、ものがあって
……大急ぎで
……帰って来たんです。これを」
何とか息を整えて、大切に抱えていた小さな木箱を姉に差し出した。アズィーザも気になり傍へ歩み寄ると、アガタの後ろから覗き込んだ。
ピーターに中を開けるように催促された。アガタはゆっくり蓋を開けると、そこには簡素な封筒が一通。
「これは
……?」
「バツーおじさんから、ですよ」
「
……え?」
アガタは石化した。そのままふらっと後ろに倒れそうになるのをアズィーザが咄嗟に受け止めた。
(状態異常!?)
(どこかに敵が!?)
ピーターとアズィーザは周囲を警戒したが、魔物の気配など勿論あるはずもない。
「アガタっち! しっかり!」
「姉上!」
魂が抜けかけているアガタの肩を二人でゆさぶると、石化が解けたように目を覚ました。
「はっ! え、えっと、ごめんなさい、バツー様からの手紙
……なの?」
二人はほっとして胸を撫で下ろした。どうやら魔物のせいではなかったらしい。
「そうです。実は先にアルタン様から報せを受けていたんですよ。バツーおじさんが渡したいものがあるそうだから、先にステップに寄ってくれないかと。遣いに託そうかと考えていたらしいのですが、大切なものなので信用の置ける人間に預けたいと仰っていました」
アガタは震えながら手紙を慎重に取り出し、空になった箱はピーターが受け取った。皺にならないように両手で胸の前に手紙を押し当てる。
「バツー様っ
……」
何度か深呼吸して息を整え、意を決したように封を開けにかかる。アズィーザとピーターは急かすことなく、それでも息を呑みながら見守った。
破裂しそうな程心臓が早鐘を打つが、アガタは何とか一枚の紙を広げた。
アガタ女王へ
ずっと返事が出来なくてすまなかった
少し文章が書けるようになってきたので文を送る
間違いがあるかもしれないが許してくれ
元気でな
(たったの五行
……!!)
(いきなり終わる!?)
後ろから覗き込んでいた二人はあまりの簡素な文に拍子抜けしたが、書いたのはあのバツーだ。人柄を感じさせない丁寧な筆跡に、必死にしたためたのだろうと想像はできたため口には出さなかった。
アガタはふるふると震え、再び手紙を胸の前で抱き締めた。
「ありがとう
……ありがとうっ
……!」
「
……アガタっち
……」
涙を流して大事そうに手紙を抱き、感謝の言葉を述べ続ける。皆を心配させぬよう、女王として気丈に振る舞ってきた彼女の素の姿だった。
ピーターは滅多に見せない姉の涙に、必死に駆けてきた甲斐があったと笑みを溢した。手紙を受け取る際、いつものようにそっぽを向いていたバツーに早く報せたいと胸が躍った。
アズィーザは震えるその背に腕をまわして親友を優しく抱きしめた。
「アガタっち、早速お返事書かなきゃね!」
「うん
……うん!!」
晴天を見上げ、遥か彼方で野を駆ける彼の姿を想う。どこかで同じ空を見てくれていたらいいと願いながら。
「バツー! アガタ様からお手紙が来てるわよ!」
「
……ああ」
背後からファティマに呼ばれ、バツーは外での作業を中断した。
「ピーターが全速力で持って来てくれたわ。今休憩してるところよ。後からアズィーザ達も来るって」
「
……そうかよ」
ピーターのことは一切構わず手紙を受け取ろうとするが、その手はスカッと空を掴んだ。ムっと眉を顰めて再び手を伸ばすが、ファティマは手紙を掴ませまいと華麗にバツーの手を避け続ける。
「~~~~っファティマ!! 何の真似だ!?」
「あら、いつもみたく私が読み上げなくていいの?」
これまでろくに文字が読めなかったバツーだが女王の好意を無碍にもできず、ファティマが帰郷するまで手紙を溜め込んでは恥を忍んでこっそり読んで貰っていたのだ。
アバロンにいる間に文字を習得したアルタンがファティマにも教えたらしく、彼女も問題なく読み書きが出来るようになっている。女王には読み書きが出来ないこと、それ故アルタンかファティマのどちらかに読んでもらうことになると、了承は得ていた。
「もう読めるし! というかこないだ送ったやつの返事だそれは! もうあらかた書けるんだよ!」
「あらそうなの?
……あなたにしては頑張ったわね」
同盟発足に駆け回るアルタンの負担を少しでも減らそうと、ここ最近バツーが猛勉強していたのはファティマも分かっていた。その飲み込みの早さに、同じ幕屋に寝泊まりしていたシゲンとハクヤクにも指導を受けたに違いないと合点がいく。
「だから!! もう読まなくていい!! さっさと寄越せ!!」
一瞬の隙を見て奪われてしまった。
「残念だわ
……読み上げてる時のあなたの反応面白かったのに」
女王からの熱烈な愛の言葉を聞かせるたび、腕組みをしながら必死に何かに耐え、上を向いたり俯いたり、謎の呻きを上げる従兄弟の観察が楽しみになっていたというのに。
「
……何かお前、性格悪くなったよな」
「そう? 私もともとこんな感じよ?」
「
……」
あっけらかんと答える従兄妹に頼んだのは失敗だったか、と後悔した。バツーにとっては拷問に近かったあの時間を、この従兄妹はきっと趣味の一つにしていたに違いない。
かと言ってアルタンに頼めば族長代理としてこき使うための出しに使われそうだし、女性の手紙を男に読ませるのは失礼が過ぎるだろうと、かつての自分の選択に間違いはなかったのだと言い聞かせる。
「いつもより分厚いわよね
……今度は何が書いてあるのかしら」
「教えるわけねーだろ! あっち行け!!」
しっしっと手で払われてしまい、ファティマは渋々とその場を後にしようとする。
「分かったわよ
……あ、辞書がいるなら声掛けてね、狼さん?」
「っ!!」
去り際にトドメの一撃を刺され、バツーは致命傷の余韻にもんどり打った。
「~~~くそっ!」
苛立ちを足で地面にぶつけるが、何の反応も返ってこないことは分かっている。
長い溜め息を吐きながら、嘲笑うかのように晴れ渡る空を見上げるしかなかった。
→
おじさんの受難
18禁 ピーター×バツー
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