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小話倉庫(深上)
2025-08-17 13:05:28
2989文字
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悠アキ/haruwise
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未来理想図(悠アキ/haruwise)
リンちゃんが結婚して子供がいる時空の悠アキです。
小さな命がすっぽりと両手の中に収まっている。それは飼い猫を抱いた時に覚える温かさとはまた違う、小さな感動をもたらす。
「か
……
っわいい」
手のひらから伝わる呼吸の振動が、この命が確かにここで生きているということを教えてくれる。ぱっちりと開いた目は親の遺伝をしっかりと継いで、ターコイズブルーの輝きを灯している。
「あ、アキラくん、ちょっと僕手が震えてきたから代わって」
「またかい? 慣れないね、君は」
そっと赤子をアキラの腕に渡すと、悠真ははあっと息を吐いた。何度抱いても慣れないものは慣れない。アキラの腕の中で、赤子は先ほどと同じように目をぱっちりと開いて、じっと悠真を見つめている。見つめ返していると、にぱ、と無邪気に笑われて悠真は胸を押さえた。
「
……
やばいさすがに死ぬかも。尊くて死ぬ。僕の墓碑には「幸せすぎて死にました」って彫っといて」
「こらこら、死なないでくれ。縁起でもない」
二人のやり取りが面白いのか、アキラの腕の中できゃきゃきゃと赤子は楽しそうに体を揺らす。まだ人になり切れていない生き物。愛情を注がれてすくすくと成長する様を思い浮かべて、悠真は自然と笑みをこぼしていた。
しばらく赤子に構ったりおむつを取り替えたりして二人で甲斐甲斐しく世話をしていると、玄関の扉が開く音がしてバタバタと足音がリビングに近付いてきた。
「ごめんねー、二人とも。見てくれてありがとう」
大きな袋を二つ抱えたリンがリビングに飛び込んできた。テーブルに荷物をどさりと置くと、そのまま慌ただしく手を洗いに行く。戻ってきた彼女に、悠真はにこりと笑いかける。
「お帰り、リンちゃん。荷物重くなかった?」
「ぜーんぜん! その子に比べたら軽い軽い。そっちは大丈夫だった?」
いつの間にかアキラの腕の中で眠ってしまった赤子をそっと受け取りながら、リンが二人に問う。アキラと顔を見合わせると、悠真は己の所感を述べる。
「大人しくて全然泣かないし、手もかからないいい子だね」
「確かに。リンと同じようにお転婆になるのかと思ったけど、今のところその気配もない。大人しい子だ」
「お兄ちゃん私のことそんな風に思ってたの? っていうか、たぶんその態度、二人にだけだと思うよ」
ベビーベッドに寝かせて毛布を被せ、リンは荷物の片付けに入る。てきぱきと冷蔵庫や棚に購入物を仕舞いながら、リンは言葉を続ける。
「なんかねえ、お兄ちゃんと悠真には懐いてるみたいなんだよね。その代わりパパが抱いてもギャン泣き。何かコツとかあるなら教えて欲しいんだけど」
「僕らは特に、何もしてないよ。悠真がずっと可愛さに悶えているくらいだ」
「ちょっとちょっと、他にあるでしょ言い方」
「尊くて死ぬとか言ってたのはどこの誰だったかな?」
「大げさだねえ、悠真は。そっか、特にコツがないなら、二人の空気が安心するのかも。この子には」
コーヒー飲む? と聞かれたが、いいよと首を横に振る。結構長居しているし、赤子もすうすうと眠っている。そろそろお暇しても良い時間だ。そんな空気を醸し出しても、リンは名残惜しいのか、それとも話し足りないのか、さらに言葉を重ねる。
「でも私も、二人が一緒にいるのを見るとなんか落ち着くんだよね。今みたいに言い合ってても、全然ピリピリしてないでしょ?」
「それは自分たちじゃわからないなあ。そうなのかな?」
「どうだろう。僕たちといる時間が長すぎて、リンは感覚が麻痺しているのかもしれないよ」
「もう。私の自慢のお兄ちゃんたちなんだから、妹の賞賛には堂々と胸を張ってくれないと困るなあ」
まったく、と腰に手を当ててリンは大袈裟に呆れた態度を取る。どれだけ年を重ねても彼女の本質は変わらないことに安堵を零し、そうだね、と悠真は笑った。
結局何かを理由をつけてリンは二人を足止めし、夕暮れの朱色が空に満ちる頃になってようやく二人は帰路についていた。アキラと並んで歩きながら、悠真は何気なく呟く。
「赤ちゃん、可愛かったね」
するとアキラは、ふ、と口元を緩めて揶揄するように言葉を返してきた。
「リンの家にお邪魔した後、君が零す言葉はいつもそれだ」
「え、そう?
……
だって、可愛いものは可愛いじゃん」
分析されたことに気恥ずかしくなって口を尖らせながら、しかし素直な言葉を吐き出す。子供は可能性の塊だ。蒼角の成長を傍で見ていても思ったことだが、無知な子どもが世界を知り、大人になっていく様子を見るのがどうやら自分は好きらしい。
赤子は言うなれば白紙の日記帳だ。何も知らない世界を一つ一つ、親に愛情を注がれながら自分の中に取り込んでいく。あの小さな子どもの白い世界が、次第に綺麗な色で彩られていけばよいと本気で思う。
「アキラくんだって結構、親馬鹿ならぬ伯父馬鹿醸し出してたけどね」
「そうかい?」
「アキラが来るたびおもちゃが増えるって、リンちゃん苦笑してたよ」
「
……
それは否定しない」
すくすくと成長してほしいと思っているのはお互い様だ。こんな世界であればなおさら。彼と同じ気持ちでいることに誇らしく思っていると、アキラは少しだけ声を低くして、静かに呟いた。
「子どもが、欲しいと思うかい?」
ちらりとアキラを見ると、笑みを浮かべるでも苦渋を滲ませるでもなく、彼はフラットな状態だった。純粋な疑問か、はたまた未来を見据えた相談か。うーん、と考えて、悠真は口を開く。
「どうだろ。僕、あんたと一緒に居てそこまで考えたことないんだよね」
「君、子ども好きだろう。そういう欲求はあるのかと思ってた」
「正直に言うとないわけじゃないけど、今の僕の描く未来にその状況はないな」
アキラが足を止めて、悠真を見据える。
「可能性を捨てた、という話ではなく?」
「違う違う。考えて、一番望む方を選んだってだけだよ」
アキラと共に歩むことを選んだのは他でもない、自分の意志だ。その時点で他の可能性は消えている。子どもの未来が可能性に満ち溢れているのであれば、いくつかの岐路で道を選んできた今の自分は、その先の一本道を歩いているだけだ。時々現れる脇道にそれることはあれど、再びその大通りを歩き出す。
正しい、間違っているという話ではなく、「選んだ」
――
ただそれだけだ。
「アキラくんの方こそどうなのかな。後悔してない?」
「するわけないだろう」
「即答じゃん。でも、僕も同じだよ」
するりと彼の手に自分の手を絡める。付き合ったばかりの頃はこういう触れ合いだけでもびくりと震えていた手は、動揺もせずに握り返すまでに成長している。
相手に対して掛けた年月、それはもはや宝だとすら思う。そんじょそこらの宝石以上に価値のある宝を持ってこの先も共に歩めること、それ以上の幸福を悠真は知らない。
「あー、ラーメン食べたくなっちゃった。帰る前に錦鯉寄ろうよ」
「先月の定期健診で、ちょっと数値が悪かったと言ってなかったかい?」
「一か月で回復してるって。お医者様に言われた通りの薬も飲んでるし」
「
……
信じるよ」
「うん、信じてよ」
身を寄せると、夕日に照らされて伸びる影が一つに重なる。歩幅を合わせてゆっくりと、とりとめもない言葉を交わしながら二人で六分街までの道を歩いていった。
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