流れザメ
2025-08-17 10:43:41
2853文字
Public ビマヨダ
 

花の命は短くて

ドゥリーヨダナ相手に慎重になってたら、せっかくのビマヨダチャンスを逃してしまったビーマの話
ビマ(→)←ヨダ前提。

ビーマがドゥリーヨダナから想いを告げられたのは、三週間ほど前の事だった。
半ば事故のような成り行きで告白をさせられ、顔を茹でダコさながらに真っ赤にしながら『さっさと返事を寄越せ!』と怒鳴ったドゥリーヨダナに、ビーマは静かに首を横に振った。

「信じられない」

散々俺たち兄弟を謀り、貶めようとしてきたお前の言葉を、今更何の疑いも待たずに素直に受け取る事など出来ない。
だから、時間が欲しい。
お前の言葉に偽りが無いか、見極める時間が。
周囲が凍り付く中、真正面から瞳を見つめ返してそう言ったビーマに、ドゥリーヨダナは今にも泣きだしそうな、しかしどこかホッとしたような表情を浮かべた。
その日以降、ビーマは遠巻きにドゥリーヨダナの行動を観察するようになった。
結論から言えば、ドゥリーヨダナが何かを企てているような様子は無かった。
マスターの指示には文句を垂れつつ従い、カルデアでの素行も特段目立った所は無い。
時折賭け事関連で騒ぎを起こす事はあったが、それも拾った聖杯で特異点を作るような問題児サーヴァント達に比べれば些末なもの。ここでは良くある事だとマスターが苦笑していた。
かつて自分達に向けられていた病的なまでの嫉妬深さも、このカルデアでは多少なりを潜めているようだ。
見られている自覚があるから今の内だけ大人しくしている。
そう考える事も出来るが、そんな事を言っていたらいつまで経っても監視を終わらせる事が出来ない。
土台ドゥリーヨダナを心の底から信じるなんて無理なことなのだ。ここいらが潮時だろう。

「まぁ、何かやろうとしたら殴って止めりゃあいいか」

三週間の監視経て、ビーマはそう結論付けた。
こうして怨敵ドゥリーヨダナの想いを受け止める事を決めたのである。
思い立ったら即実行がビーマの信条だった。
早速部屋を出てドゥリーヨダナを探す。
マスターにリソース集めの周回に連れ回されていない日は、ドゥリーヨダナは基本的に悪・混沌属性のサーヴァント達とつるんでいる事が多い。
カルデアでの自分の立場を盤石なものにする為、色々と根回しをしているのだろう。
張角や徐福といった術者系サーヴァントが魔術工房を構えているエリアへと足を運べば、案の定ドゥリーヨダナと鉢合わせた。

「おぉ、ビーマよ!丁度良い所に!」

自分の顔を見るなり表情を明るくしたドゥリーヨダナに、ビーマは頬を緩める。
一度愛すると心を決めてしまえば、生前自分に辛酸を嘗めさせてきた男の笑顔も愛おしく思えてくるものだ。
いつも憎悪を滲ませて睨み付けてきていた瞳を嬉しそう輝かせ、痩けた頬を赤く上気させているドゥリーヨダナを眺めつつ、ビーマは早速本題に入ることにした。

「この前の告白の事なんだがよ……
「あぁ、その事はもういいぞ」
「は?」

お前の想いを受け入れる。
そう告げようとしたビーマの言葉を遮り、ドゥリーヨダナは晴れやかな笑顔を浮かべる。
心底嬉しそうな笑みに、ビーマは自分の身体から血の気が引いていくのを感じた。

「もういいって、どういう事だよ」
「うん?言葉通りの意味だが?実はお前に意図せず告白してしまった日に、頼りになる術者にある物を頼んでいてな。つい今しがたそれが完成したのだ!」

そう言ってドゥリーヨダナが見せてきたのは小さな木製の箱だった。
手のひらに収まる程度の大きさで、少し細長い。これと言って何の特徴も無いただの箱だ。
その筈なのに、箱を眺めていると胸の辺りがゾワゾワとしだして、どうにも嫌な気分になってくる。

「この箱が何だってんだよ」
「ふふん。これは呪術の込められた箱でな、これを使えばあの時の記憶をカルデアに居る全員の頭から消すことが出来るのだ。つまりは、あの告白を無かった事に出来る」

ドゥリーヨダナの言葉を聞くないなや、ビーマはドゥリーヨダナの手から箱を叩き落としていた。
けたたましい音をたてて箱が床へと落ちる。
床にぶつかるなり箱は壊れ、バラバラになって二人の足元に散らばった。
箱の中には何も入っていなかったらしく、残骸は数枚の木板と小さな木屑しか見つからない。
散乱した箱だった物を無言で見下ろし、ドゥリーヨダナが静かに凪いだ瞳でビーマを見つめた。

「何故だ?お前だって迷惑していただろう?」
「勝手に決めんじゃねぇ!俺は──!」
「まぁいい」

自分から聞いておきながらビーマの意見などさして興味は無いか、再びドゥリーヨダナがビーマの言葉を遮る。
その声の落ち着き具合がますますビーマの不安を掻き立てる。
どういう仕組みだったのかは分からないが、箱は壊した。
取り敢えずはこれで安心な筈だ。小さく息を吐いたビーマの胸の内を見透かしたかのように、ドゥリーヨダナが喉の奥で声を殺して笑う。
細められた瞼の奥で爛々と光る赤い瞳に射抜かれ、ビーマの背中を冷や汗が一筋流れた。

「このわし様が何の備えも無しにお前に手の内を明かすとでも?既に術は仕掛けた後だ」

ドゥリーヨダナが悪辣に嗤う。それと同時に、何処か遠くの方で時計が正午の鐘を鳴らした。
途端、ビーマは激しい目眩に襲われる。世界がグルグルと回り、ビーマは堪らずその場にしゃがみ込んでしまった。
時計の鐘が聞こえる度に、無遠慮に脳を掻き回されるような痛みと不快感が頭に走る。
両手で頭を抱えながらビーマは叫んだ

「テ、メェ……ッ!なに、しやがっ……、ぐぅッ!!」
「心配するな、記憶を弄っているだけだ。激しい頭痛は有るだろうが、命に別状は無い」

淡々と告げると、ドゥリーヨダナはビーマの横を通り過ぎていく。
激しく揺れる世界の中、視界の端に翻った帯の端をビーマは咄嗟に掴んだ。

「待て!俺はお前を!」

激しい頭痛に耐えながら顔を上げる。
視線の先で、ドゥリーヨダナは酷く冷めた顔をしていた。
怒りも嘲りも無い、ただ興味の失せた物を見下ろしているだけの眼差し。そこにはビーマに対する愛情など一切感じられない。

「もういいと言っただろう」

静かに呟き、ドゥリーヨダナは帯の端をビーマの手から抜き取った。そして床にうずくまるビーマをそのままに立ち去っていってしまう。

「待っ……ぅぐぅッ!!」

追い縋ろうとしたビーマを一際激しい痛みが襲う。
その痛みの波はビーマの頭の中から三週間前の記憶を根こそぎ奪っていく。
見開かれた紅紫の瞳。ドゥリーヨダナの真っ赤に染まった顔。しどろもどろに紡がれた告白の言葉。
そして、その時に感じていたビーマの密かな喜びさえも、まるで浜辺に打ち寄せた波が砂を慣らして引いていくかのように、綺麗に頭の中から持ち去っていってしまう。

……ゃ、めろ……!」

遠くで時計の鐘が鳴る。
規則正しく、正確に、ただ単調に鳴り続ける。

「やめてくれ……っ、奪わないでくれ!やっと…………っ!」

必死に記憶を繋ぎ止めようとするビーマの抵抗虚しく、最後の鐘の音が今鳴り止んだ。