外を見れば清々しい青空が広がっている。一歩外に出ればその清々しさからはほど遠い猛暑が襲ってくるだろうが、冷房の効いた自室から出ることのないサクラには関係のない話だ。
朝から夏休みの課題に取り組み少し休憩しよう指を組み手のひらを前に押し出して身体の凝りをほぐしているとスマホから軽やかな通知音が鳴った。
ちらりと横目で見ると親友であるいのからだった。
【今年の花火大会どうすんのよ?】
その一文に現実を思い出しサクラは項垂れた。
※※※
サクラにとって地元の花火大会は、幼い頃から行っている夏の風物詩の一つであると同時に幼馴染であり初恋の相手であるうちはサスケとの思い出の一つだ。
幼い頃はよかったもう一人の幼馴染ナルトもいたがサスケと一緒に花火大会行っていたがここ数年はいのを含めた女友達としか行っていない。それでもいのは毎年こうやってサクラに確認するのは訳がある。
小さい頃は幼馴染三人で行くことが定番だった花火大会がいつの間にかバラバラに行くようになったきっかけは正直覚えていない。小学校に上がり男女間の特有のあれやこれが原因かもしれないが、サクラがサスケと花火大会に行った記憶は幼少期で止まっている。
別にそれを良しとしているわけでは断じてない。ただ毎年サクラはサスケを花火大会に誘ってもすげなく断られるのだ。ある時は、眉間にしわを寄せて、ある時は、舌打ちをされて、ある時は「うざい」と言われ断られる。普通の女の子ならベッキベッキに心が折られる所だが、対サスケに関して異常なあきらめの悪さを発揮するサクラはそれでもめげずに誘い続けた。そして惨敗したサクラを慰める&労わる意味を込めた女友達との花火大会がここ数年のお決まりのパターンだった。ただ、今年に関してはサスケを誘うことすらできていない。
「あんなの見たあとにどうやって誘えってのよ」
数週間前の出来事を思い出し、サクラは深い深いため息をつき机に突っ伏した。
私立の中高一貫校を受験したサスケとそのまま地元の中学に進学したサクラは同じ地域に住んで居ながら驚くほど会う機会が減ったが少ない接触を無駄にしないと町でサスケを見つけるたびに声をかけることに余念がなかった。それは高校生になった今でも変わらないサクラの決まりごとのようなものだ。
その日もショッピングモール内で向かいのテナントで買い物中のサスケをみつけ『このまま、買い物デートなんて』と嗜好を巡らせながらサスケへと足を向ける前に別の声がサスケを呼んだ。
サクラのうすぼんやりした色の髪と違い鮮やかな赤色の髪を靡かせ髪と揃いの眼鏡をかけた女の人がサスケの腕にしがみつき何かを話しかけその体勢のまま受け答えするサスケを視界に納めてからの記憶は曖昧でどうやって家に帰ったのか覚えていない。
パーソナルスペースが人よりも広く女の人に対して塩対応がデフォルトのサスケが女の人しかも同年代に身体の接触を許している事実を加味してサクラの優秀な脳が導き出した答えは【二人は恋人同士】というものでサクラには絶望しか与えない答えだった。
※※※
「そりゃ毎年毎年めげずに誘ってきたわよ。流石にうざいって言われた年はショックで来年からは誘うのやめようかと思ったけどそれでもあきらめきれずに誘ってきたけど、今年は……恋人がいる人を誘うほど図太くないわよ……もし、誘って恋人と行くから行けないって断られたら、サスケくんの前で大泣きする自信しかないわ。幼馴染の恋を祝福できなくて目の前で泣く女なんてサスケくんの嫌いなうざい女の典型でしかないわよ。幼馴染ってポジションも剥奪案件よ」
『それ、サスケくんに直接聞いたわけじゃないんでしょ?』
「聞かなくても見たものが答えじゃない。あのサスケくんが女の人と腕を組んでたのよ! それだけで答えを出すには十分じゃない」
『あんただって、腕組んでたじゃない』
「いつの話よ! 小学校も低学年のころの男女間の境なんて曖昧な時期の話なんてノーカンよノーカン!」
『その頃からサスケくんが好きだった女の言い分じゃないわね』
「……っ!」
『まぁいいわー今年は意気地なしサクラの今までお疲れ様会って名目でパーッと遊ぶわよ。花火大会も今まで以上におしゃれしてきなさいよ。じゃあねーデコリンちゃん!』
「あ、待ってイノブタ! って切られた! おしゃれしても意味ないじゃない……」
通話の切れたスマホは悲痛な面持ちのサクラの顔を映すだけだった。
サスケに断れようがサクラは花火大会では気合を入れて臨んでいた。サスケと一緒に行けなくてもたまたますれ違うかもしれない、ばったり会うかもしれないそんな希望を抱いて未練がましく着飾って出かけるが願い空しく花火大会当日にサスケに会ったことはない。
今年も見てもらえるかわからないが浴衣を新調したその日にあの光景を見る事になるは、神様はとことんサクラに厳しい。
サクラはちらりと袋に入ったままの浴衣を視界に納めた。
濃紺の生地に大輪の椿が描かれた浴衣は少し大人っぽくサクラの持つ浴衣のラインナップでは少し異色だったが一目見た時、どことなくサスケを連想させるそれは気が付けば手に取っていた物だ。
「付き合ってもいないただ片想いしてるだけなのに相手のイメージの浴衣買っちゃうって、重すぎて痛いでしょ私……」
誰に聞かせるでもない言葉はただ部屋に響きとけた――
※※※
鬼が居た。
あのまま部屋にいても悲観的な思考に捕らわれ精神衛生上良くないと外に出はいいものこの炎天下でそれは失敗したと気づいたサクラは涼を求めようとコンビニに向かう途中で鬼に会った。
ここ数年で成長した身体は無駄な脂肪など一切感じさせず、シンプルなVネックのシャツに細身のボトムだけなのに様になっている。射干玉の髪と瞳はまるで美術品が如くその顔を彩り恐ろしいまでの完璧な美を追求したその人は、おどろおどろしいまでのオーラを背負ってこちらを射殺さんばかりに見つめるのはサクラの想い人であるうちはサスケその人だった。
サスケを見つけたらすぐさま駆け寄るがサクラの信条だが今回ばかりは思わずUターンして逃げの体勢をとった。想い人うんぬんよりも本能的なものが勝つ。捕まれば狩られる。考えるより足はもう動き出していた。背後でサスケの舌打ちが聞こえたような気がするが、サクラはそれどこではなかった。
――怖っ! なんでなんでなんで⁉ 怒ってるレベルじゃないわよ!
ナルトがいたずらでサスケくんのおにぎりの中身納豆に変えた時も、早朝にサスケくんに寝起きドッキリ仕掛けた時も世界終わるんじゃないかなレベルで怒って不機嫌になってあのナルトですら数日大人しくなるぐらい怖かったけどその比じゃないぐらい怖い!
えっ私何かしちゃった⁉ 考えても全然わかんない。サスケくんに元々ウザがられてはいるけどここまで怒らせるようなこと知らないうちにしたってことかしら……それなのに謝罪もせずに逃げるって私、最低じゃなっ――!
考えているうちに速度を落としたタイミングを見逃さぬようにサスケは速度を上げサクラの腕を掴んでこちらに振り向かせた。
「おい! なんっ――」
「ごめんなさい!」
「は?」
「だって、サスケくんが理由もなくあんな怒るわけないもの。私が知らないうちに何しちゃったんでしょ? でもごめんなさい心当たりが全くなくて、内容を理解してないのに謝罪するなんて失礼極まりないけどサスケくんを不愉快な気持ちにさせちゃったことに変わりないからとりあえず、ごめんなさい!」
「……とりあえず、俺は怒ってない。だからお前が謝ることはなにもない」
「え?」
腕を掴まれたままの不格好な謝罪の姿から恐る恐る顔を上げると眉間にしわを寄せて客観的には怒ってるように見えるが長年の幼馴染としての付き合いでサスケがいまどちらかというと困惑している割合が強いが先ほどまでは確かに長年の付き合いとしつこい片想いから推察して怒っていたのも事実だ。
「でも、さっきは怒ってたもん」
「怒ってないと俺が言ってるんだからいいだろ。それより、なんでさっき逃げた」
「……本能的なぁー……」
「あ“?」
「ひゃっ! いや、急に用事を思い出してそれで!」
「明らかにコンビニ目的だったのによらずにこの炎天下で、全力で、走るほどの用事がここら辺にあるのか? お前の家も学校とも正反対じゃねぇか」
「……」
先ほど上げた頭がどんどん下がりサスケとサクラの足元しか映してなかった。
幼い頃は隣を見ればすぐにサスケの顔を見れたのにいまではサクラがサスケを見上げながら目線が合わない。普段ならその身体格差にドキドキしたり目線の合わなさに物寂しさを憶えるが、今は有難かった。
どれぐらいそうしていただろうか? 数秒、数分、サクラには途方にも感じた沈黙を破ったのはサスケだった。
「……花火大会」
「……え?」
「……別の男と行くのか?」
「え!? い、行かない、行かないよ! あ、いや、いのたちとは行くけど、男の子はいないよ……なんで?」
「…………」
「サスケくん?」
「……いつもうざいぐらい誘ってくるのに今年は誘ってこないねぇか……それで――っチ! らしくねぇ」
サクラの腕を掴んだまま、反対の手で己の髪をかき混ぜる姿はいつもどこか浮世離れしているサスケとは程遠く場違いにもかわいいと思ったと同時にやっぱりうざがられていたのだと凹んだ。
「私、ずっとサスケくんが好きだよ。そこは絶対変わらない、ずっとずっとサスケくんが好きで好きでたまらないの」
「……サクラ」
「でも、彼女がいる人にそんなこと思っちゃいけないっていうのも分かってるから! 今すぐには無理かもしれないけど頑張って忘れようとするし、花火大会にも誘わない! 花火大会に関しては毎年断られてるのにしつこく誘われて迷惑だったよね。一回断られた時点で察しろって話よね……本当にごめんなさい! いつか彼女さんとのこと祝福できるようになるから!」
「は?」
「あ、でも幼馴染で彼氏のことが好きだった女なんて彼女さんからしたら目障り以外何物でもないよね! やっぱり陰ながら祝福してもうサスケくんもまわり近寄らないし、視界にも入らないようにするから安心し――痛っ」
痛みの発生源を見ると先ほどからずっと掴まれた腕がサスケによってぎりぎりと仕上げられている。サクラの声に反応して少し力は弱まったがそれでも強い力だ。先ほどもしくはそれ以上に冷ややかな雰囲気をまとっていたサスケを恐々と見つめるとそれはそれは深いため息をはきだしサクラを鋭い目つきで見つめ口をひらく。
「まず第一に俺に彼女はいない。お前が何を見てそう思ったのか知らんが昔からお前は頭いいくせに思考回路が突飛なんだ。なにより、花火大会だが俺は断ってない、お前が俺の返答を聞く前に自己完結して去ってくんじゃねぇか」
「……え!? ちょっ、ちょっと待ってサスケくん、話についてけない……」
「知るか。黙って聞いてろ。確かに最初の方は断っていたがここ数年はこっちが返事する前に『人込み嫌いだから行かないよね』って勝手に決めつけるわ、ナルトとカカシの野郎も一緒だから行こうとかお前、俺と二人で行きたいじゃねのかよ。なにより俺を誘ったすぐそばで山中たちと一緒に行く計画たてんじゃねぇか。お前は俺をだしに周りのやつらと遊びたいのか、俺と一緒に居たいのかどっちだ」
「うっぇ……あっ、その一緒に居たいです」
「……フン」
サスケの話を聞いてるうちにサクラの顔は青くなったり赤くなったり忙しない。確かに、記憶を呼び戻せばサスケの口から断るとここ数年聞いていない気がする。睨まれた時も心がめげそうで先に予防線を張ったのはサクラだしその後に訂正もされなかったので断られたと自己完結した。サスケが来やすいように思ってナルトとカカシ先生に協力してもらったこともあったが裏目に出ていたとは。ここ数年断られるのが当たり前すぎて実際は断らてなかったけど、いのたちと行くことが定番化してきたのも事実だしなにより――
「サスケくん……私と花火大会行ってもいいって聞こえるんですけど」
「さっきからそういってるだろ?」
何を聞いていたんだお前はともろ顔に出しながら首をかしげるサスケに内心悶えながら『言ってない!』とは惚れた弱みで言えなかった。
その年の花火大会に、濃紺の生地に大輪の椿が描かれた浴衣を纏った薄紅色の髪の少女と紺色の生地に白の流水模様に桜の花弁が舞っている浴衣を着た黒髪の少年が手をつないで仲睦まじく花火を見上げているのを大多数が目撃した。
「まさか、サスケくんが浴衣来てくれるなんて思わなかった」
「……お前が言ったんだろ。浴衣デートしたいって」
「え……? あ! え、サスケくんおぼえて」
「お前が言ったことなら全部覚えてる」
「⋯⋯サスケくんってほんとしゃんなろーだわ」
(キャーあの二人すてき! 男の人で浴衣って珍しいしやっぱりカップルでおそろいの服って憧れるな。いつか私もサスケくんとなんって!)
(……フン)
オマケ
あの後の帰り道
「あのサスケくん、もうそろそろ腕離してもらってもいい?」
「……逃げるだろ」
「逃げないよ! ……どうせつかむなら腕じゃなくて手が、いいです」
「……これでいいか?」
「! うん!」
(恋人繋ぎ! メルヘンゲット‼)
この後仲良くコンビニまで行ってアイスを食べました。
あの光景の真相
「この間モールで赤い髪の女の人に腕組まれてたじゃない?」
「この間、赤い髪……あぁ香燐か。あれは足を挫いたというから手を貸したまでだ。その後一緒に来てたやつらと合流して預けて別れた」
「……あしをくじいた」
「とりあえず、なにかあったら俺に言え。お前が自己完結すると碌なことにならない」
「……サスケくんも口に出す努力をしてほしいです」
「……お前が人の話を聞くなら考える」
花火大会当日
「フフッやっとサスケくんに浴衣姿見てもらえた!」
「……前から見てる」
「え⁉ サスケくん花火大会で会ったことないよ!」
「……その話は、また今度だ(毎年花火大会向かうサクラを兄さんの家のベランダから見てたなんて言えねぇー)」
「えー! ならこの浴衣姿どうかな?」
「あぁ……似合ってる」
「! ……その顔は反則よサスケくん!」
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