9/21 TOKYO FES Sep. 2025内 GROUND ZERO
にて頒布予定の新刊冒頭サンプルです。
ここから始まる闇オークション物になります。
捕まったリンさんを奪還するために奔走するライトさんの話
痛い描写はほぼないので、全年齢物でどなたでも購入いただけます。ご縁があれば当日会場でお待ちしております。
窓を開けたビデオ屋の社用車で郊外の道をのんびり走っていると、街とは違う乾いた風が頬を撫でて気持ちがいい。どうして、一人で車を走らせているかと言うと、シーザーへ秘密のビデオという名の恋愛映画を貸しに行くためにカリュドーンの子のみんなの拠点へ向かっているから。そんな風にビデオの貸出を言い訳にしつつ、いつもは街までやって来てくれる彼女たち全員に会いたいと思って広い道を走っている。何キロ出ているのか分からないようなアイアンタスクと違い、街の法定速度を守って広い道をのんびり進んでいると、不意によく聞き慣れたエンジンの音が聞こえてくる。そして、すぐに窓の向こうへ現れたのは赤土の郊外でもよく目立つ赤いマフラーを靡かせた男の人。
「ライトさん!」
ハンドルを握る手を離すわけなもいかないから大きく名前を呼べばしっかり届いたらしい彼は、私とは真逆に慣れた手つきで片手を離すとひらりと手を振った。揺れることもなくバイクを乗りこなす姿に感心していると、ライトさんは肩を竦めて溜息を吐くようなジェスチャーをしていた。その意味はたぶん「仕事中で残念だ」のはず。どこかへ出掛ける時にはいつも乗せてもらっている彼の後ろは、私の代わりに配達物らしき箱が乗っている。腕っ節を生業にするチャンピオンも彼の大事な仕事ではあるけど、そもそも運送会社の一員でもある彼が今からどこまでバイクを走らせるのかは分からない。だけど──せっかく久しぶりに会えた恋人には出来れば夜までに帰って来て欲しい。そんな願いを込めて笑顔のまま大きく口を開いてバイクの音に負けないようにしっかりと声を出す。
「お仕事頑張れー! 早く帰ってきてね_!!_」
手を振る代わりに響かせた渾身の一声は彼のやる気をしっかりと引き出したらしい。ピッと前進の手信号のように指を振った彼が繰るバイクは、あっという間に速度を上げて私がのんびり運転する車を追い越して行った。
「普段がどれだけ安全運転かよく分かるね」
二人乗りをする時には絶対に出さないスピードで遠ざかっていく後ろ姿を見ながら呟いた言葉を聞いていたのは、のんびりかけたラジオのパーソナリティしかいなかった。
私にとって郊外はすっかり慣れた土地になっていた。
だから、ここがしっかり法整備の整った場所じゃないことを呑気な私は──ぽっかりと忘れてしまっていた。
昼と夜の境の時間を逢魔時というらしい。なんとなく薄暗くて、近くに忍び寄ってくる物の顔の影がハッキリとしない時間帯。お互いの仕事を終えて、せっかくなら夜からでもデートをしようと約束したライトさんとの待ち合わせ場所はいつもの「ピース」の近くだった。郊外の神様が収まっているらしいサボテンの傍は夜になると人の姿も疎らになる。遠くに見える大きなホロウの形を見ていると少し落ち着かない気持ちになるのはこの世界に住む人間なら誰でも分かる感覚だろう。
だから、先にサボテンの下へ着いてしまったせいで起きたほんの少しの手持ち無沙汰を理由に道路の方へ足を向けた。
町の看板が見える範囲で、ピースのある場所からは少しだけ見えない岩場の裏になにか面白いものがないか気になった。とか……
放棄されて古ぼけた車を越えてみたら意外と楽しかった。とか……
風に流されてコロコロと転がるタンブルウィードがその後ろへ消えていったから。とか……
大した理由もなく彼との待ち合わせ場所から離れてしまったのを悪い神様はしっかりとホロウの中から見ていたのかもしれない。
岩場の裏へ顔を出した瞬間に影から伸びてきた手に首を掴まれる。ひゅっと息を詰めた私の口に布を当てる相手は見知らぬ男。ニヤニヤと笑う口元にぞっとして、隣にいるもう一人がなんの感情も持たない目で品定めするように見るのが気持ち悪くて仕方がない。
「この女、そんな高値がつくようには見えねぇけどなァ」
「見た目で買われる訳ではないんですよ。ここの覇者のお気に入りで、あれこれ見透す目が良いとか……なんとかかんとか、付加価値というものです」
「金になんなら何でもいいか」
耳に聞こえる会話に悲鳴をあげて助けを呼ぼうにも、スマホで連絡を取ろうとしても、口も手も自由が効かない私には何も出来ない。だから、せめてもの抵抗にじたばたと暴れた。
知らない男の足を踏んで脛を蹴る。
ぶんぶんと首を振ってとにかく抵抗する。
嫌だ嫌だ! あんた達なんか知らない! 付加価値なんて言われたくない!
ずるりと布がズレた隙に、口を押えていた男の手にがぶりと噛み付いた。その瞬間に大きな舌打ちの音と、首の裏をゴンと殴られる衝撃が伝わって──私の視界はくらくらと黒に沈んだ。
「顔がメインではないとはいえ売り物ですよ」
そんな言葉が遠くに聞こえる。そして、それに怒鳴り返す声も聞こえる。でも「ライトさん」と呟いた声がちゃんと音になったのかだけは分からない。最後に古いテレビの電源が切れるみたいにプツンと意識が落ちた。
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