ロンド
1871文字
Public くにぐに
 

じゃれつき(ぽるまか)

お疲れな話。ぽるまか。

「いやぁ、ほんま疲れたわー」
 玄関扉をくぐるなり、力尽きて廊下に倒れ込みそうなポルトガルを、マカオはあっと支えた。後ろ手に鍵をかけるのも忘れなかった。
「ポルトガル氏、せめてベッドまでは歩いていただけますか」
「きゃーマカオに襲われるー」
「馬鹿おっしゃってないで、ほら、肩貸してさしあげますから」
 ごとんごとんと二つの鞄が床に放られる。これは翌朝まで置きっぱなしになるだろう。革靴を両方振り落したついでに靴下も脱がし、全体重をのしかかってきているポルトガルを引きずるようにマカオは廊下を進み、靴下を脱衣所の洗濯籠に投げておく。ゲストルームは一階奥だった。
 ドアを蹴るように開けて灯りをつけ、ポルトガルをベッドの端に下ろすと彼は仰向けの大の字で寝転がった。このままではジャケットがしわくちゃになる。たとえそのジャケットが質は良くとも三十年物で、ちょっとばかしくたびれて薄くなっているとしても、無視してしまうことはどうにもできない。
 マカオは脱力してまぶたをつむっているポルトガルの腕から袖を抜く。右の次は左も。ごろんと横に転がしてジャケットは抜き取り、ハンガーにかけて皺をのばしてみる。無心でベルトとスラックスもすっぽ抜いてこれもハンガーにかけ、ネクタイを解いてやる。ふたたび仰向けになったポルトガルを股に挟んで乗り上げて、ワイシャツのボタンをはずしていくと、ポルトガルはくつくつと笑った。
「マーカーオ」
「起きていらっしゃるなら自分で脱いでくださいよ」
「ふふ。甲斐甲斐しゅうて、ママイみたいやんなぁ、と思うて」
「私は貴方のお母さんではありません。と、いいますか、たとえ母親でも着替えを手伝わせるのはいかがなものかと。もう自力で着脱できない服ではないんですから」
「昔はコルセットひとつとってもたいへんやったもんなぁ……苦しゅうてごはん入らへんやもん……やけどあの重みはほんまええもんやったわ……
 遠い昔の栄光を思い出してもらうのは構わないが、日中で汗をかいているのだから元気があるならシャワーを浴びてもらいたいものだ。マカオの思いとは裏腹に、ポルトガルはなにやら思い出し笑いをしている。
 すっかり下着姿になったので、マカオが洗濯物を回収して立ち去ろうとすると、ポルトガルはずるずると這って爪先までベッドの内側に収まって、肘をついてぽんぽんと自身の横を叩く。マカオは肩をすくめた。来客用のシングルベッドなのだ。
 ただ、ひとつ息をついてマカオは反対側に回った。ジャケットとワイシャツを脱いで、自分のものなのでポルトガルのものにするよりは乱雑にハンガーにひっかけ、ベルトだけは床に落とした。ふちにすとんと腰かけて上半身をひねってポルトガルを見下ろすと、彼はにやにやと口角を震わせていた。
「添い寝してくれへんの?」
「私はシャワーを浴びたいので。ご希望を叶えるにしても、少々お待ちいただけませんと」
「あかんわあ。俺寝てまう。いま超眠たいんねん。でもマカオ抱きしめないと寝れへん」
「矛盾してますね」
「んー? そやっけ?」
 とろんと甘いエメラルドグリーンの瞳がいたずらっ子に輝く。ベッドに置かれているマカオの指を、指先だけでそうっと撫でさする仕草はまるで猫だ。神妙な顔つきで飼い主の前にやってきて「いまからねんねですよ」と丸くなり、飼い主が撫でてあやしてくれるのを待っている。
 もっとも、マカオがポルトガルの手綱を握れた記憶はないのだけど。飼い主よりは下僕寄り。それも猫らしいかもしれない。
「抱き枕なんかなくても、貴方は眠れるでしょう? いい大人なんですから」
 ふふ、とポルトガルがいっそうまなじりを伸ばして笑む。
「ええ大人でもひとさみしいときはあるんよう。……な、マカオ」
 好いたひとに憂いた目で誘われてしまえば、あらがえない。
 マカオは肩をすくめて、眼鏡を外してサイドボードの上に置いた。狭い隙間に横たえると、すぐさま手足が絡みついてくる。色気よりもほんとうに猫がじゃれているような仕草だった。マカオの胸をあたりのいいクッションにするように頭がすりつけられる。汗とウッディなコロンのにおいが鼻をついた。あまりがちがちに抱きつかれているので、マカオは変に肩の骨が食い込んでしまっている。
 ひとさみしいと云ったわりには、ものの数秒ですこやかな寝息が聞こえてきた。よほど疲れていたらしかった。マカオはひと息をつき、なるべく居心地のいい抱き枕にてっして、自身もひと眠りのためにまぶたを下ろした。