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紫輝
2025-08-16 09:17:30
4405文字
Public
リオヌヴィ
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虹架ける人
くっついたばかりの二人と応援部隊の空くんフリちゃまと虹がかかりっぱなしになっている水の国の話です。ヌ様の性質(感情と空模様関連)に独自解釈を含みます。
「と言うわけでこれは俺からのちょっとしたお祝い。これからも頼りにしているので二人で助けてください」
「話が見えないんだが」
挨拶もそこそこに璃月の名茶店(と聞いた。鍾離先生が言うのだから間違いない)のパッケージを差し出して言うと、偉丈夫は首を傾げる。まあそれはそうだろうな、と、空は生ぬるく笑った。
虹架ける人
「
…
虹が、消えないんだ」
虹を凶兆とする国柄ではないけれど、さすがにこれを奇妙と感じる人間も増えてきた。科学院も動き始めたみたいだけど、これは観察と計算で解明できる現象じゃないんだ。何せ犯人はあそこにいるから
――
カップを前にため息をつきつつそう話してくれたフリーナの細い指が指したのはこの国の政を司る白亜の城だった。
「
…
なにか進展あった?」
つい声を潜める。そんな必要もないのに。
空の問いかけにフリーナはこくこくとうなずいた。
「大進展」
くっついたみたいなんだ。
予想していたステップを三段ほどすっ飛ばした報告をもらって目を見開く。
白亜の城の(現在の)主が、深海の領主に想いを寄せていることを空たちは知っていた。深海の領主が口にはしていないものの同じものを向けていることもだ。普通ならお互いそうと言えば済む話なのだが、片や人間の感情について本腰を入れて学び始めた元素龍、片やそんな元素龍に
裁かれて
赦されて
から一途に元素龍を想い続けてきた人間である。「多分あのひとは友情と愛情の違いがわかってない」「ちょうど感情揺さぶられた時に近くにいたのが俺だっただけ」などと宣うのを空も、フリーナも、元素龍の愛らしき眷属たちも信じられない気持ちで聞いた上でそっと額を押さえていたわけだが、どうやらこのたび無事に「くっついた」らしい。
天穹を見上げたフリーナがぴっと人差し指を立てる。
「ヌヴィレットが雨を喚ぶのは知ってると思うけど、あれ、あいつの精神が大気中の水分に干渉してるからみたいなんだ。だから喜怒哀楽、どれに振れても天候に影響が出る可能性はあってさ」
彼女に倣って空を見上げる。海を映したような澄んだ青、そこに輝く虹。これが彼の精神状態を投影しているとしたら。
「
…
今のヌヴィレット、めちゃくちゃご機嫌麗しいってこと?」
「そう」
それはもう、物凄く。こんなの見たことない、前代未聞。
こっくりとうなずかれて思わずおおと呟いてしまった。フリーナをして『前代未聞』クラスの好天。これまで馴染みのなかった感情に名前をつけて、悩みながらも大事に育ててきたそれが花開き、しかも開いた花を受け取ってもらえたのだ。確かにそれはとても喜ばしいことなのだろうなと、何度か「不明瞭な胸の裡の言語化」に手を貸してきた経験を思い返しつつ考えてしまう。
「お祝い行ったほうがいいかな」
「君がよければそうしてやってくれ。あっ、手土産は甘くないものにして、紅茶には砂糖を入れないことをオススメするよ」
にこ、と家族を思うかに微笑んだフリーナが少しだけ遠い目でくれたアドバイスになんとなく色々察して、空は「そうする、ありがとう」と笑みを返したのだった。
――
パレ・メルモニア。手土産と紅茶の並ぶテーブルを前に聞いたよと、良かったねと笑った空に、ヌヴィレットが伏し目がちに笑む。うむ、と組んだ指に力を込めて小さくうなずくさまに領主絡みでしか見られない可愛げを見て思わず浮かんだ笑みはきっと妹に向けるそれと同じだっただろう。
「色々作戦立ててたもんね。上手くいって良かった」
領主の方からは絶対に動かないのだろうと確信があった。紅茶を一口。ちなみにどれが「当たった」の?と首を傾げてみれば、何故かヌヴィレットは視線を彷徨わせる。「実は」。小さな声が空気を揺らして。
「口を、滑らせてしまって」
思いもかけない台詞が飛び出してきてぱちりと瞬いてしまった。
「ヌヴィレットが?」
傾けかけたカップをそっとソーサーに帰して紡ぐと、彼はこくりとうなずく。
「
…
疲れてた?」
「いや。ただ
…
その、リオセスリ殿と会うのが久方ぶりで。気は、抜けていたかもしれない」
そんなまさかを脳内で渦巻かせつつ重ねた言葉に返った答えとうろうろとティーセットを撫でる視線に苦笑する。気が抜けていたというか舞い上がっていたんだろうなあ、と気づいたからだ。ヌヴィレットという龍は彼が好ましいと思った存在に対して極端に心の壁が薄くなるようだと、『友情』を深めてきた過程ですでにわかっている。『愛情』を抱いている存在に対してのそれはあってないようなもので、彼が領主へ向ける信頼と親愛はどこまでもまっすぐで純粋だった。彼がごく普通の情緒を有していたならすぐにでもその想いを領主へ差し出していただろうが、生憎そうではなかった。だから問題が複雑になったとも言えるし、だったからこそ彼が彼のままここまで来られたという点で良かったとも言える。多分考えたって答えは出ないのだろう。ともかく
――
彼が「口を滑らせた」事により、彼が丹精込めて育てた恋の花はそれを手に取るべき人に無事に捧げられ持ち帰られた。今はそれを寿ぎたい。
「そっか。けど、もしかしたらそれで良かったのかもね。二人とも頭良いから、変に取り繕うとちゃんと気持ち、伝わらなかったかもしれないし」
例えばお互いの、お互いに対する純粋にすぎる想いが想定外の形でぶつかった場合、それぞれが相手を思って身を引こうとするまである。自分と幸せになって欲しくて身を引こうとするなんて大団円が約束されてる喜劇なら過程として最高の演出だけど、どっちに転ぶかわからない現実でそんな心臓に悪い演出はいらないし二人とも分別ありすぎるから仕事は淡々と回りそうで、いやそれはすごくありがたいしある意味当然のことではあるんだけど、でも僕としてはそんな二人は見たくないというか
――
眉を寄せつつ下げながらもにょもにょと語ったフリーナに心から同意を返したのは、『対策会議』と称して二人で囲んだ茶卓の席だった。
なにせ件の二人は大人で有能すぎるので。
想う相手のためならば、自身の想いすら身の内に沈めてしまえるのだろう。
そうじゃないんだよなぁ、が伝わらないことは、近くで彼らを見てきた自分たちがよく知っている。だからそうならないようになんとかくっつけて丸く収めたい
――
それが空やフリーナや、メリュジーヌたちの心からの願いだった。だって友人たちには幸せになって欲しいので。
残念ながら
…
いや、幸いにも、と言うべきだろうか、空回りに終わった対策会議を思い出しつつ笑った空にヌヴィレットが返してきた表情は、何故かちょっぴり不満そうだった。
「取り繕わぬでも、真っ直ぐには伝わらなかった」
くい、と紅茶を煽ったヌヴィレットの曰く。
昂った感情は恋情のそれに似ている。
あんたの
情動の振り子
それ
は動き方を覚えたばかりで、一般的な生き物からすると振れ幅に対して感情に及ぼす影響が大きいんだろう。
だからそれは俺に都合の良すぎる勘違いだ
――
「うわぁ
……
」
思わず呟いてしまう。あまりにも頑なにすぎないだろうか。頭良くて堅実で慎重だと大変だな、なんて浅すぎる感想を抱きつつ、でも最後の一言に公爵にしては珍しくうっかり本心透けてるんだよな、と、失礼ながら微笑ましく思う。舞い上がってから即感情を冷却して先の台詞を口にしたのだろう。舞台ならありがとう嬉しいよ俺もだ、と熱く抱き寄せてハッピーエンドのはずなのにこの友人たちときたら。
改めて口にしてその時のことを思い出したのだろう。らしくなくむっすりとした表情のままヌヴィレットは続ける。
「なので、そもそもその振り子とやらが揺れるのは君と対している時だけだと伝えた」
「うん」
「ら、微動だにしなくなってしまったので、無意味な反論の言葉を考えているのだろうと思った。そこで君とフリーナのアドバイスに従って彼の手を握った」
確かにそんな話をした記憶はあった。そうだった。その時の議題は『いかにしてムードを作るか』。「ヌヴィレットは真面目な印象が強すぎるから、仕事の話をしようとしていると勘違いされてしまうかもしれない。プライベートの話だとわかるように、手でも握ってから会話を始めては」とか、そんなような事を二人して彼に提案したのだった。ついでに身体的接触によって『ドキドキ』することにより、より真っ直ぐに想いが伝わるのでは
――
とかなんとか、ハタから見たら色々な意味で勝ち確だからこその発破を、
…
うん、かけたなぁ。一瞬虚空へと目をやる。公爵の動揺が(きっと全てではないけれど)手に取るように理解できてしまったので。必死に諦めようとしている意中の人にそうやって迫られたら流石の公爵でも心中穏やかでなかったに違いない。観念すればいいのに。ああいや観念したからフォンテーヌには今虹がかかっているんだっけ。
それから、と、ヌヴィレットはどこか得意げに、とどめの
一撃
一言
を口にした。
「こう言った。『私は君と言葉を交わし、視線を交わし、触れ合うためにこの形を得て生まれたのだと確信している』と」
「おお
………
」
熱烈。その一言に尽きる。あのヌヴィレットから出たとは思えない、感情がたっぷり乗った、熱くて重い言葉だ。公爵も感情が天候に影響を与えられるタイプだったらその時のフォンテーヌは猛吹雪にでもなっていたかもしれない。
あの時のリオセスリ殿は見たことのない顔をしていた。
招かれた腕の中で感じた熱と鼓動を、彼が返してくれたその想いを織り上げた言葉たちを、私は命尽きるまで忘れることはないだろう
――
くすくすと声を立ててからとろけた美貌に、空は紅茶は無糖とアドバイスをくれたフリーナへ心からの感謝を送ったのだった。
かくかくしかじか。詳細は伏せつつ語った水の上と偉丈夫の愛しの君の話に、彼は片手で目を覆いため息をついた。肩がぶるぶると震えている。噛み締めているのだろう。色々。
「気をつけてあげてね。ヌヴィレット、だいぶふわふわになってたから」
「
……
忠告に感謝するよ」
多分あれは幸せが外に漏れてる
――
「ご苦労」の言葉と共に柔らかな笑みを向けられて固まっていた共律官をついさっき見てきたばかりなのだと苦笑混じりに報告すれば、偉丈夫は氷色を瞬き、まあいいことではあるんだろうがと肩を竦める。やっぱり公爵閣下の愛は深い。
虹が消えたから何かあったのかと思って話聞きに行ったら「やっとこの幸福が時と共に薄れていくものではなく、日々降り積もってゆくものなのだと、常に抱いていていいものなのだと理解することができた。それ故だろう」って惚気られた、この僕が甘さ控えめのスイーツに手を出す日が来るなんて、とフリーナにぼやかれるのは更に数日後のことだ。
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