雪華
2025-08-15 20:29:50
5092文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】八百長試合

サ先生がオルに八百長試合をさせる話です。お題箱にもらったお題『暇潰しのために腕相撲をはじめて、サイラスがズルい手段で恋人に勝つ話(要約)』でした!楽しく書けました、お題ありがとうございました!

サイラスがアトラスダムを発ち、早数ヶ月が経過した。様々な場所に足を運ぶ間に、七人と一匹の旅の連れ合いを得た。それぞれ得手不得手が異なる仲間たちと一緒にいれば、どんな困難も切り拓いていけるだろう――それが人の手の成せる範囲なら。
残念ながら、人間が太刀打ちできない場面も往々にしてある。今まさに、サイラス達はそういう状況に直面していた。窓の外を見れば、昼間だというのに夜中のように暗く、激しい風が白い雪を吹き上げている。雪嵐という自然の檻は、これから二日ほど猛威を振るう見込みだ。

「はあ~……すっごい天気ね。外にいたらどうなっちゃってたんだろう……
「これだけ吹雪いていると方角が分からなくなるし、リンデの鼻も役に立たないだろうからな……
「一晩かけてゆっくり凍死の恐怖を味わうか、視界が悪い中で滑落死でもするか……どっちがマシかって話だな」
「こ、怖い……! どっちも絶対嫌……!」
「おいおい、あまり怖がらせてやるな」

ぶるぶると震え出したトレサの肩に、オルベリクは自分の膝の上にあった毛布をかけてやった。幸いにも旅人達は天候が悪化する前に町に立ち寄り、こうして宿のロビーで暖を取れている。一応各人に個室も宛てがわれているが、防寒対策を万全に施された部屋は天井がやけに低くて、寝台が設えられているだけの窮屈なものだ。更に熱を逃さないようにするために壁が厚く作られているのか、周囲の音が全く聞こえない代わりに、自室では妙に音が響く。そのため皆早々に部屋を出て、ロビーに集っているという訳だ。宿泊客が自分達だけということもあり、店主からも好きに寛いで良いと許可を取ってある。
仲間達の談笑に耳を傾けながら、サイラスは本のページを捲る。足止めを食ってしまったのは不運だが、ゆっくりと読書をする機会を得たと思えば悪くない。そうしている内に彼らの声は遠くなり、本の内容に集中していく――

「よっしゃぁ! 見たか~?! 俺の勝ちだ!」

次に意識が引き戻された時には、何やら楽しげに片腕を天に向けて突き上げるアーフェンの姿と、その向かい側でぶすくれているテリオンの姿があった。テリオンは未だ眉間に皺を深く刻んだまま、おもむろに左腕を出して机に肘を突いた。

……次は逆だ」
「へへっ、何回やっても結果は変わらねぇって」
「いくわよ、三、二、一……はじめ!」

硬く握り合った彼らの拳にプリムロゼが指を添えて、合図とともに手を引く。ぐっと力を込めた時に、得意げだったアーフェンの表情が変わった。先程は勝利を収めたはずなのに、今はアーフェンの手の甲側に傾き始めている。

「あれっ、ちょっ、ま、待てよ!」
……待たない」
「押されてるわよアーフェン! もっと力込めて!」
「込めてるって……!」

手の甲が机につくすれすれまでアーフェンは粘ったが、テリオンが僅かに歯を食いしばって更に力を込めると決着が付いた。アーフェンは犬のようにはあはあと息をつき、机に突っ伏す。

「ちくしょう……! そういやおたく、両利きだったな……
「そういうことだ」
「じゃあ二人は互角か~」
「いや、もう一回! もう一回やろうぜ!」
……何度やっても結果は同じなんだろ」

自分が言った言葉を返されると、若い薬師は悔しそうに唸って額を机に擦り付けた。外は相変わらずの空模様だが、建物が頑丈なおかげかどれだけ風が吹き付けてもびくともしていない。室内にいれば確かに安全だが、若者が退屈を持て余してしまうのは仕方がないことに思えた。

「何をしているのかと思えば腕相撲か。なんだか久々に見た気がするよ」
「そう? 酔った大人たちの定番だと思ってたけど、アトラスダムは違うのね」
「まぁ、客層によるんじゃないかしらね」
「わたしはしたことがありません……
「ほんと? あたしとやってみましょうよ!」

おずおずと申し出たオフィーリアに、トレサが右手を差し出してみせる。よく分からないまま握手のようにその手を握った神官を笑うことはなく、プリムロゼたちをはじめとした仲間が腕相撲のルールを説明し始めた。机に肘を突き、上半身や足はなるべく動かさずに、握った手を倒し合う。先に手の甲が机に付いた方の負けだ。テクニックも多少は影響するが、基本的には力比べの一面が強い遊戯である。

「三つ数えるから、はじめと言ったら力を込めるのよ。三、二、一……はじめ!」
「いくわよ~っ!」
「こっ、こんなに手を強く握って、痛くないんですかっ?」
「平気平気! ほらほら、もっと力を入れないと倒しちゃうわよ」
「は、はい……!」

オフィーリアも奮闘したものの、ぱたりと呆気なく手が倒れた。トレサの方が年少ではあるが、毎日のように鞄いっぱいに詰めた荷物を運搬しているお陰で、筋力が増しているのだろう。

「へへん、あたしの勝ち! 簡単でしょう? 道具がなくてどこでもできるから、気軽にできる遊びなのよ」
「初めてしましたが、道具が要らないというのはいいですね。今度リアナとも試してみます」
「まあ、酒場じゃ酔っ払い共の賭け事に利用されてるがな……
「でも、あたし達だと勝敗の予想ってそんなに難しくないかも。オルベリクさんとハンイットさんだったらどっちが強いと思う?」

二人の名前を挙げながら、トレサの顔はサイラスの方を向いている。サイラスなりの予想が聞きたいのだと受け取って、手元の本を閉じて応じた。

「もっと戦略に幅があるゲームなら分からないが、単純な筋力勝負ならオルベリクが勝つだろうね。ちなみに、エアハルト殿と戦ったことはあるのかい?」
……あるにはある」
「その時の結果を教えてもらっても?」
「あいこだった。というか、机の脚が折れたからあいこにせざるを得なかった……
「はは、道理で渋い顔をしている訳だ」

よほど白熱したのか、はたまた加減ができないほど酩酊していたのか。若気の至りを告白する羽目になり、オルベリクは苦虫を噛み潰したような顔をしている。こちらに背を向けたまま、暖炉の前に寝転がったリンデの顎を撫でるハンイットにも意見を仰いだ。

「ハンイット君、キミの意見はどうだろうか? 何か異論があれば聞かせてくれ」
「いや、特にはない。単純な力勝負に持ち込まれないように作戦を練り、準備を怠らないのがわたしたち狩人だ。そういう正面勝負は苦手だと言ってもいい」
「そっか、普段から自分達よりずっと力が強い魔物たちと戦うんだものね……。じゃあ一番はオルベリクさんでしょ。サイラス先生自身はどう?」
「ふむ……

自分の腕力など、正直なところたかが知れている。オルベリクをはじめた男性陣には敵わないことは目に見えている。ハンイットには勝てそうにもない上に、もしかするとトレサともいい勝負をしてしまうかもしれない。
しかし、このまま単調な力勝負を続けるというのはいささか面白みに欠ける。それならもっと別の要素を取り入れて、筋力以外の要素を勝敗に影響させられないだろうか。未だにやけに険しい顔をしている騎士――もとい恋人に視線を遣り、ひとつ妙案を思いついた。

「では試してみようか。オルベリク、相手をしてくれ」
……俺か?」
「えーっ?! いきなりオルベリクさんと戦うの?」
「あら、大きく出たわね」
「やめとけ先生、怪我するぞ」

ほうぼうから散々な言葉が飛んでくるが、笑みを浮かべたまま右肘を机に付ける。オルベリクは渋々と言った様子で手を差し出し、念押しをするように訪ねてくる。

「本当にするのか? ハンデを付けたほうがいいのではないか……
「力試しだよ、本気で敵うとは思っていないさ。あなたも気を楽にしてくれ」
……

褐色の眼が正気かと訴えかけてくるが、変わらず笑顔で頷いてみせる。弱々しく握ってきた手を鼓舞するように、強く握り返した。どうもこの恋人は、サイラスのことを硝子細工か何だと思っている節がある。確かに鋼のような肉体を持つ彼と比べれば貧弱かもしれないが、腕相撲ごときで体を痛めるほど脆くはない。それに、真っ当な戦い方をする気は毛頭なかった。

「プリムロゼ君、審判をしてくれないかい。カウントは十からで頼むよ」
「いいわよ。じゃあ、十、九……
「オルベリク」

肘を突いた手とは反対側の手の指を折り曲げ、耳を貸すように指示をする。訝しみながらも素直に顔を寄せた彼の耳に、囁くように甘い誘惑を吹き込んだ。

……勝たせてくれたら、今夜は私のことを好きにしていいよ」
「な」
「三、二……

おまけで耳朶に音を立てて口付けると、オルベリクは首まで赤くなって狼狽を顕にした。その間もプリムロゼのカウントは順調に進み、はじめの合図とともに彼女が手を離す。すっかり脱力というか、半ば放心している隙に体重をかけて手を倒してゆく。机が手の甲に付く寸前、オルベリクの指に力がこもったが、ほんの数秒にも満たない逡巡の後に呆気なく倒れた。

「ひゃー、人前でキスとはやるねぇ先生……
「そ、そういうのありなの?!」
「ルールは守っているよ。肘は離していないし、体を動かしたのも勝負を始める前だ。なにか問題が?」
「ないとは思うけど……。いや待って、それならあたしだって……

見物人からは、サイラスが彼の耳に口付けてからかった見えただろう。審判をしているプリムロゼには聞こえたかもしれないが、彼女はこういう時に沈黙を選べる賢明な人だと知っている。猫のような翠眼がやや呆れたようにこちらを見ていたが、サイラスは気にしなかった。

「よーし閃いた! ハンイットさん、あたしと勝負して!」
「構わないが……。何か秘策がありそうだな」
「ふっふっふ、コルツォーネ家秘伝の顔芸を見せてあげるわ……!」
「それを言ってしまったら、却って身構えないか……?」

しかし一家秘伝の技だけあってか、トレサの柔らかな表情筋はハンイットが笑いすぎて立てなくなるほどの様を披露した。その後の勝負はいかに相手を笑わせるかという方向になり、途中からはもはや腕相撲など関係ない、面白い話の披露会に移り変わっていったのだった。

***

サイラスは寝台に腰を掛け、頭を下げて扉をくぐる男の姿を見つめる。狭い部屋の扉を閉めるとしんと静かになり、世界に二人きりであるような錯覚すら抱く。しかし隣に座った彼は妙に渋い顔をしていた。

「どうしたのだい、そんな顔をして」
……態々あんな取引を持ちかけて、お前に何の得があったんだ?」
「ああ、それが気になっていたのだね。理由は幾つかあるが……最大の目的としては、ゲームに別の要素を取り入れてみようとしたんだ。生活の中で互いの腕力というのはある程度分かっていることであるし、勝ち目がない勝負というのも退屈だろう? 後は単純に、番狂わせを起こした方が皆も盛り上がるかと思ったからだ」
……まあ確かに、楽しそうにしていたな」

するとオルベリクの指が頬に触れ、猫を撫でるかのように顎下を擽られる。無骨な指が慎重に、丁寧に触れてくるのが好きだ。喉を鳴らす代わりに、褐色の瞳をうっとりと見上げる。

「ふふ……それに、こうして夜の暇潰しにもなるのだから一石二鳥だ。いや、あなたも楽しみにしていてくれたのなら、一石三鳥かな?」
「全く、お前というやつは……。自分がどんな目に遭うか、分かって言っているのか?」
「さあ? 想像はしているけれど、一致しているかどうかまでは分からないね。是非とも答え合わせをお願いしたいところだ」
……望むところだ」

顎を持ち上げる優しげな手付きとは裏腹に、噛みつくように唇を奪われる。荒々しく口内を蹂躙されて吐息を弾ませながら、サイラスはたくましい首に腕を回して引き寄せた。――オルベリクは勘違いしているようだが、これは彼への褒美などではない。いつもサイラスのことを慮ってくれる恋人が、その遠慮という名の枷を取り払った時にどんな様相を見せるのか知りたいのだ。純然たる好奇心に突き動かされるまま、息継ぎの合間に囁いた。

「は、っ……いいよ、もっと……

穏やかな色をした瞳の奥にぎらぎらと燃える欲望の温度を、計らせてほしい。期待にわななく腰を強く抱かれ、サイラスの胸は歓喜に疼いた。
――互いの隙間を埋めるかのように熱い肌を合わせて、二人きりの空間と時間に溺れてゆく。外界では変わらず吹雪が続いているが、恋人達には最早どうでもいいことだった。




***

感想等をいただけますと喜びます Wavebox