バラ肉
2025-08-15 19:35:48
4598文字
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あなたのタイプ

「好みのタイプ」の意味を取り違えるタツノリとサダハルの話。

キン肉星の爽やかな日常を切り取った妄想です。
短くても、こんな甘い日々を送っていたらいいな。

夜の部は誰か想像してください。

キン肉星の統治者として君臨するタツノリと、その弟サダハルが、久々に兄弟揃って王都の視察に出た日のことだった。

市井の人々と言葉を交わし、商人から職人まで、あらゆる階層の声に耳を傾け、民の置かれている現状を確認する。
それは宮殿で政務と訓練に明け暮れる二人には滅多にない公務であり、神経と足を使う中々に骨の折れる仕事でもあった。

「ふぅ。すまんな、サダハル。お前にまで付き合ってもらって」

宮殿を出てからずっと歩き通しなことに気付いたタツノリは、申し訳なさそうに隣のサダハルを見上げた。体力的には問題ないが、人との関わりが少ないサダハルのことだ。精神面では確実に疲れている筈。そう思い、労いがてら肩を叩く。しかし、律儀な弟は静かに首を振るだけだ。

「いえ……兄さんとこうして二人で歩けるだけで、俺は満足ですから」

「おいおい、そんなことを言っても何も出んぞ? ……まあ、私も同じだが」

辛いどころか、逆に嬉しいと語る弟の健気さに、タツノリは照れ臭そうに肩をすくめた。その表情には、普段の威厳ある大王の面影はない。

様々な政治的思惑により、彼ら兄弟が仲良く公務に当たることは、実のところ極めて困難だった。特に近年は、サダハルの能力の高さを危険視する重臣たちの視線が厳しく、二人が共に公の場に立つこと自体が稀になっている。

だからこそ、こうして一緒に街を歩ける機会は何よりも貴重だった。

今日は王都ということもあり、大通りを中心に飲食店に八百屋やパン屋、雑貨屋に装飾系の店などの人々の暮らしを支える商店を見て回った。
豪華な反面、冷たく重苦しい宮殿とは対照的に、城下の人々との交流は温かく、穏やかで。
最初は強張っていたサダハルの表情も、店を出る度に徐々に和らいでいた。

***

一通り回り終えた彼らは、街の外れにある大きな木の下にある石造りのベンチへ腰を下ろした。
一緒に、『どうぞお納めください』と受け取った贈り物でぎゅうぎゅうになった袋を、そっと足元に置く。
中身は主に採れたての果物や野菜、それに評判の菓子や開発したばかりの酒といった飲食物。また、それらと一緒に数枚の衣類も丁寧に包まれていた。

『私、サダハル様が小さい時からのファンなんです!』

両手を顔の前で組み、これでもかと目を輝かせた服屋の女店主は今日一番のインパクトだった。
そしてそこで『サダハル様が視察にいらっしゃると聞いて、寝ずに作った服があるんです!もしよろしければ』と、半ば押し付けるように手渡されたものだ。
試着は時間の関係で叶わなかったが、チラリと確認したところ、さりげない刺繍と上質な質感が窺えた。
本来なら、周囲への配慮から献上品は丁重に断るサダハルだが、店主の目の下にうっすらと隈が見えては、その好意を無下にすることはできなかったのだろう。戸惑いながらも、最後には素直に「ありがとう」と受け入れた彼を見て、隣のタツノリも嬉しそうに微笑んでいた。

***

そうして民の声とは別の収穫も得た兄弟は、ベンチで腰を落ち着かせ、小腹を満たそうと、直前に訪れたパン屋から渡されたバゲットを手に取った。
生地に自信があるのだろう、トッピングはチーズとベーコンという簡潔な組み合わせだ。しかし噛む度に広がる甘みと、ハードな食感のバランスは絶妙だった。

「ほう」
……美味い」

決して王宮では味わえない庶民の素朴な味に、二人は空腹も相まって、あっという間に平らげてしまう。

「「ご馳走様でした」」

揃って律儀に手を合わせた瞬間、そのタイミングの良さに自然と視線が重なり、共にはにかんだ。兄弟の息がぴったり合うことが、素直に嬉しいのだろう。

「兄さん、口の端に少し付いていますよ」
「んっ? ああ、すまんすまん」

大きな口で欲張ったせいか、口の端にくっついていたチーズを、サダハルの指が優しく取って自分の口に運ぶ。

「ふふっ。気をつけてください」

注意の言葉とは裏腹に、楽しそうに、嬉しそうに笑う姿は、いつもの精悍さとは打って変わって愛らしい。

「全くだ。お前の前だと、つい気が緩む」

その雰囲気につられて、タツノリも困ったように頭を掻く。玉座での堂々とした態度とは一転した気さくさは、弟の前だからこそ見せる素の姿だった。二人だけの時間は、知らず知らずのうちに彼らを解放的にしていく。

だからか、いつもは考えないようなことを考えてしまう。




(そういえば……

サダハルの脳裏に、ふと、あの服屋の女店主から貰い受けた衣装が頭をよぎった。
チラリと見えたデザインは、普段の自分の服装とはまるで違っていた。いつも彼が身につけているのは、王宮規定の装飾過多なフリル付きシャツや、派手でごてごてした衣装ばかりだ。対して貰った服は、爽やかな色使いに繊細な刺繍、そして少し大人びた印象を受けるデザインだった。

(俺には似合わないのではないか……

後ろ向きな感想が頭をもたげる。
縋るようにタツノリへと視線が向く。

(兄さんは、どう思うだろうか?)

自分では判断しかねるが、兄なら的確な助言をくれるに違いない。自分よりも自分のことを知ってくれている。誰よりもこの身を気遣い、見てくれている。
何より、相手の好みを知ることができれば、今後の参考にもなるはずだ。

「兄さん」
「ん?」

呼びかけに、笑顔をたたえたまま顔が向く。

「あの、少し伺いたいことがあるのですが……

言いながら、サダハルはどう切り出すべきか少し考えた。そもそも服のことなど話題に出したことはない。
普段とは違うテイストの服について、兄は驚かずに話を聞いてくれるだろうか。いつもの豪快な笑みで不安を払拭してくれるだろう。
願いじみた思いを込めて、サダハルは口を開いた。

「兄さんは、どんなタイプがお好みですか?」

……うん?」

投げた問いはあまりに率直で——意味を頭で理解した途端。タツノリの笑顔が、一瞬で凍りついた。

タツノリは言わずもなが、キン肉星の大王である。
数々の苦難を乗り越え、試練をくぐり抜け、裏でどれだけ謗られようとも決して折れない鋼の精神を持つ男だ。文武両道、剛健実直。彼を讃える言葉は尽きることがない。まさに『キン肉王家きっての名君』と呼ぶに相応しい。
当然、そんな彼は、たとえ自身より聡明な弟の質問であっても、全力で答える用意がある。兄として、君主として、その度量と知識は十二分に備えているつもりだった。

しかし、まさか真面目一徹な弟の口から、『好みのタイプ』などという言葉を聞くことになろうとは、夢にも思わなかった。まさに寝耳に水である。

ギギギ……とブリキのおもちゃのように、ぎこちなくサダハルの顔を見上げる。すると、普段と変わらぬ澄んだ眼差しとぶつかった。真っ直ぐこちらを見つめる瞳はいつものように、怖いくらいに透明で。決して冗談で聞いたわけではないようだ。

「兄さん?」

むしろ、やや頬を染めて首を傾げる姿に、タツノリは思わず身震いした。

(なんという顔をするんだ、サダハル……!)

ただでさえサダハルに甘いのを自認している彼にとって、滅多に見せない恥じらいの表情は破壊力抜群だった。
「オホンッ、オホンッ!」と慌てて咳き込み、伸びかけた鼻の下を手で覆い隠す。そして必死に大王固有の技能である”アルカイックスマイル”で感情に蓋をした。少しでも気を緩めれば、情けない表情を晒してしまうのは明白だった。

「好みのタイプ……か」

分厚い唇を撫でながら、タツノリはどう答えるべきか思考を巡らせる。

(本音を言えるなら、「お前だ」の一言で済むのだが)

正直なところ、タツノリの”好み”はこの弟そのものだった。

強く、聡明で、優しい。おまけに幼い頃から「兄さん、兄さん」と慕ってくれる愛くるしさときたら。ましてや最近では自分よりも一回りも大きくなり、その逞しさに比例して色気まで漂わせている。特に訓練後の汗にまみれた姿などは、あまりに艶やかで、何度周囲に他の者がいないか確認したことか。

大切で可愛い弟。それがいつしか、誰よりも愛しい存在になっていた。

そうつまるところ、サダハルこそがタツノリの”どんぴしゃ”だったのである。

だが、真昼間からそんな答えを口にするのは、いささかスマートではない。タツノリは、サダハルにとって何よりも尊敬すべき存在でなければならないのだから。
もう少し、聡い彼が後々気づけるような、含みのある答えをするべきか。
そう天を仰ぐ兄の姿をどう受け取ったのか。

「すみません、兄さん。困らせたならすまない。……あの、その、少しでも……参考にしたくて……

申し訳なさそうに顔を伏せる弟に、タツノリは危うく「うっ!」と呻きそうになった。

『参考にしたい』

それは言い換えれば、兄の好みに近づきたいということに他ならない。こんなに立派な体格をして、普段は誰よりも堂々と振る舞う癖に、今は恥じらいながらチラチラと上目遣いでこちらを窺っている。なんと慎ましやかで、そして……本人には全く自覚がないのだろうが、なんと魅惑的なことか。

……サダハル」

だからこそ、タツノリはもう我慢ができなかった。

ぐいっとサダハルの身体を自分の方へ向けさせるやいなや、その両頬を手のひらで挟み込む。そして「え?」と呆然とする顔を『愛い奴だ』と思いつつも、表面上は落ち着いて不敵な笑みを浮かべた。

「そんなに気になるなら、夜まで待ちなさい。じっくり、たっぷり、ゆっくりと……細部まで答えてやるから」

(お前の知らない、深いところまで……な)

「っ!?」

大王でも兄でもない、一人の”男”の顔で密やかに囁かれ、サダハルの美しく発達した背筋がぞくぞくと粟立った。

「に、兄さん!?」

想像とは大きくかけ離れた返答に、普段の冷静沈着な顔が真っ赤に染まる。しかし、それすらも楽しそうに笑われては、たまったものではない。

「ふふっ……なんだ、聞いたのはお前だろう? 兄として、ちゃんと教えてやらねばな」

言いながら、するりと鎖骨を撫でる指先には、普段の公正な王とは違う”大人の狡猾さ”が表れていた。

「俺は、そういうつもりでは……!」

「さあ! そうと決まったら、早く視察を終わらせねばな!」

今更になって言い訳をする弟に対し、タツノリは勢いよくベンチから立ち上がる。

残すは公用施設の見回りだけだ。官吏たちが職務を怠っていないか確認すればよいだけなので、それほど時間はかからない算段である。

「行くぞ、サダハル!」

ずんずんと先を歩く背中はどことなく楽しげで、未だに顔の火照りを抑えきれないサダハルは頭を抱えた。

服のタイプを聞くつもりが、こんな展開になるとは。全く、予想の斜め上をいく兄である。しかし、この明晰な頭脳を以ってしても理解しきれないからこそ惹かれてしまう。もっと知りたいと、そう思うからこそ、側を離れることができない。

「待ってください、兄さん!」

熱い顔のまま、サダハルは意気揚々と歩く兄の背を追いかけた。

日は既に西に傾き始めている。二人だけの夜が、もうすぐそこまで迫っていた。