望月 鏡翠
2025-08-14 22:44:56
884文字
Public 日課
 

#1813 「掻き消す」「チャウシェスク」「葉」

#毎日最低800文字のSSを書く


 首筋に牙を立てられる瞬間、死んだようにどろりとした目を開けている子供も、最後の抵抗を見せる。信じられないくらいに大きな声をあげ、それは他に泣いている子供がいたからといって掻き消すことができるような代物ではなかった。
 あの痩せ細った体にどこにそんな力があったのかはわからないが、命の力強さには毎回驚かされる。
 だからといって焦る必要はなかった。
 職員は、子供の誰かが助けを求めていても出てこない。きっと彼らもいなくなってくれた方が都合がいいのだろう。子供の数が多すぎるから、食料も足りないし面倒を見切れない。食わなかったとしても、少しずつ弱って死んでいき、運が良かったものか人よりも食料を奪う力が強かったものしか、大人になれないのだ。
 数人減ったところでわからないのだと思っていたが、むしろ子供の数を減らして感謝されているのだと気づいた。望まれず親に見捨てられ、施設で持て余した子供たち。正確な記録は残っていない。というより、残すと死んだ数が露見するから、記録を故意に取り忘れたり紛失したりしているのだ。
 私が本当は施設の子供ではないということも、わかっていたはずだ。私は常に満腹になるまで食べていた。他の子供と比べてあまりにも健康な見た目をしすぎていた。
 いつまでも子供のままだから、ひと所に留まるわけにはいかなかった。
 私が子供を食べていることに、内心で気づいていたであろう大人が、知らない場所に紛れこむヒントを教えてくれた。
 チャウシェスクの置き土産だと言えばいいのだと教えてくれた。
 そういえば、身元を証明するものがなくとも、咎められることはない。
 授けられた知恵を頼りに、ポプラの葉が落ちるころ、施設を出た。流石に食べすぎて、施設の子供は半分ほどに減っていたからだ。しかし残った子供は、食べ物を奪い合わずに住むから、それなりに健康に育っていた。
 自分たちを食べる猛獣と同じ檻で過ごしていた人間がどんな大人になるのか、楽しみだ。私ならその人生が終わるころに、彼らがどんな人生を歩んだのか、自分の足で確かめに行くこともできるだろう。