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2025-08-13 22:15:28
2156文字
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シー・サイド

全年齢┊バキサム┊夏だ!海だ!キスだ!!




 視界にはなにも映らない。ただ、瞼の向こうに明るさを感じるだけ。ギラギラと降り注ぐ陽の光をカラフルなパラソルが遮断しているのだ。頬を撫でる生ぬるい風と鼻腔を擽る潮の香りは、たとえ眠っていたとしてもここがどこだかを教えてくれる。遠くの方で聞こえる馴染みの声に頬が緩んだ。
「あそこに行かないのか?」
「俺はいい」
 目を瞑ったまま短く返して、隣に座ってこちらを見ているであろう男に右手を挙げる。砂の上にシートだけとはいえ、寝心地はいい。
「こんな風に出掛けることになるなんてな」
 イザイアは最初からこの旅行に乗り気ではなかった。ヴァレンティーナの策略でニューアベンジャーズとなった自分たちを許さなかったのはサムだけじゃない。中でもイザイアは激しくバッキーを非難したし、今こうして隣に座っているのはほとんど奇跡みたいなものだった。
 確かに自分たちは無謀だと思われることをしている。実際、十四ヶ月経ってもヴァレンティーナを弾劾できていないのだ。それでも、今まで通り勝手なことをされるよりは自分たちが監視できる環境にある方がマシだ。そういった説明を幾度となく繰り返し、納得とまではいかないものの、当初のギスギスとした空気がなくなった頃にこの話が持ち上がった。誰が言い出したか、互いのことを知るために旅行しようという提案は馬鹿らしいと一蹴されるかと思いきやトントン拍子で話が進み、そうして今自分たちは街を外れたリゾート地に来ている。
「まさか来てくれるとは思わなかった」
「サムに頼まれたら断れない」
 閉じていた瞼を持ち上げる。イザイアは海を見ながら穏やかな顔をしていた。
「そうだな」
 サムの凄さを語るのは難しい。だが、彼が今日ここに居るということがその証明になるだろう。この広大な海を前にすれば、小さく見える男に共感してもう一度目を瞑ろうとしたその時──
「ずっとここで呑気に寝てるつもりか」
 抑揚のない声が鼓膜を震わせた。言葉の意味を問うように目を向けると、まるでその視線に気づいているかのように前方を顎でしゃくった。
 体を起こすと目を突き刺すかのような鋭い光に細くなった視界の中でサムを見つけて、時間が止まった。遠くからでも見える、褐色の肌についた砂が筋肉の陰影を目立たせ、砂の一粒一粒がまるでダイヤモンドかのように輝いている。白い歯を見せて笑った顔は太陽そのものだ。高くあげた手には数時間前に奪われたアームが握られていて、こちらの視線に気付いたサムが笑みを深めて走り出した。ほとんど反射的に立ち上がって後を追いかける。後ろの方でエレーナたちがフラッグを返せと叫んでいるのを聞きながら、誰の腕でビーチフラッグしてんだと呆れつつ、しばらく走ったところでサムを捕まえた。
「っ、おい、どうして逃げるんだ」
「べつに、逃げたわけじゃない」
 肩で息をするサムからアームを奪って取り付ける。大きな岩礁にもたれかかり、息を整えているサムを追い詰めた。
「クソ、わざとか」
 体を密着させ、顔を見ると悪戯な笑みを浮かべた男と目が合った。そこで自分がまんまとサムが撒いたエサに食いついたのだと知る。
「さあ、なんのこと?」
「とぼけたって無駄だ」
 カラカラと笑ってさらけ出された喉にも砂がたくさん付いていた。じわじわと込み上げてくるものを感じて息を吐く。すると、こちらを見て真顔になったサムの唇がゆっくりと開いた。吸い寄せられるように唇を重ねて舌を滑り込ませる。サムの息遣いと舌が絡む音、それから波の音がそれぞれ耳に流れ込み、興奮してなにも考えられない。
「っ、ん……バック、こんなところで盛るなよ」
 絡ませていた舌から器用に逃れて顔を逸らした男は、下肢をぐりぐりとこちらに押しつけながら言う。バッキーは自分がどれだけ興奮しているかがよく分かっていたし、それに、間違いなくサムもそうだった。
「自分をエサにしたなら文句言わずに食わせるべきだろ」
「勘違いするなよ、バッキー」
 負けじと腰を押しつけ、岩礁にもたれかかったサムの逃げ場を腕で塞いだ。観念したかのようにため息を吐いた男がぶっきらぼうに唇を押し当ててくる。キスと言うには色気のないソレに疑問符を浮かべる隙もなく、あむ、と上唇をまるごとやさしく噛まれて、目を見開いた。
「そろそろ戻らないとみんなが怪しむ」
 このままどこか二人きりになれる場所へ行って、互いに求めているものを与えあいたいと思っていたのに、サムは何事もなかったかのようにそう言ってバッキーの肩をポンポンと叩いた。さっきまでの行動とは真逆に思えてなにも言えないでいると片方の口角がくいっと上がる。
 これは絶対なにか企んでる顔だ。そう思って身構えたが、耳元で「夜、続きをしよう」と囁かれてまんまと情けない顔を晒してしまった。それに満足したのか、くふふと笑ったサムが水着のウエストゴムを引っ張って弾く。パチン、と乾いた音がしたのと同時、痛みが走った。痛みから眉間に皺が寄り、そのままサムを睨みつけると、いつの間にか腕から逃れて砂浜を走っている。
「おい……! サム!」
 もの凄いスピードで駆けていく男の背中はもう遠い。振り向いて笑うサムの顔は、海が弾く光よりも眩しかった。