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2025-08-13 22:07:17
8796文字
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リクエスト 潜入キィニチと雑女装するナタ男子たち


 異常性癖おじさんの館からどう脱出するべきか。キィニチの小目標は、ここ1週間ずっと変動なしだ。
「マルセルくんはまだ若いのに働き者で偉いねえ」
「はいっ! ありがとうございます!」
 脚立の下からの猫撫で声へ、口調ばかりハキハキと返す。目深に被ったキャスケット帽の下では、完全に目が死んでいた。
「でもちょっと働き過ぎじゃあないのかい? 心配だなあ、ちょっと休憩しないか」
「いえっ、僕なんかまだ全然ですのでっ!」
 両腕を目いっぱい動かして、刈込鋏で樹の形を整え続ける。出来るものなら、ねとねと甘ったるい声もちょきんと切り落としてやりたいものだが。
「親方みたいな立派な造園師になるためには、休憩なんてしてられません! あっ、お気遣いありがとうございます! せっかく声をかけていただいたのにすみません!」
 しゃきん、しゃきんと鋭い音を立てながらキィニチは、「田舎から出てきたばかりの、朴訥で夢見がちな造園師見習いのマルセルくん」を演じる。憧れの仕事に邁進しているだけで、その下心が見え見えの誘いにはまったく気付いていませんよ、といったてい
 すっかり騙されたか、脚立の足元から未練がまし気な猫撫で声が這い上がってきた。
「庭師の修行に思う所が出来たらすぐに言ってくれていいよ、マルセルくん。旦那様も、君のことを気に入ってらしてるからねえ」
「お引き立てありがとうございます! 親方もきっと喜びます!」
 仕事ぶりを喜んで貰っている、と信じて疑っていない口調に──本当のところは完全に疑っているのだが──キィニチの下にじっとりへばり付いていた黒服の男が渋々と離れていく。だが、監視眼はまったく剥がれない。館のあちらこちらから、獲物を狙う視線が体中に纏いついている。
 軍手で汗を拭うふりをして、溜息を隠す。後はここから出るだけなのに、チャンスがない。



 事の発端は1カ月前のことになる。
 炎神マーヴィカに呼び出され、談義室に出向いたキィニチは「ナタ人が数名フォンテーヌ廷で失踪している」と告げられたのだ。
 国外に出ることが許されなかった邦人たちが、初めての他国でアクシデントに遭う……さもありなんな話ではある。だが、失踪はスメールの砂漠や雨林、璃月の山岳部や稲妻の海といった難所で起こったものではない。人でごった返す、フォンテーヌの首都で行方不明になったとすれば──それは人の手によって起こされた事件である可能性が非常に高い。
 キィニチは早速フォンテーヌへと渡り、失踪事件の調査に乗り出した。結果どうやら、行方不明者全員がとある金持ちの館に軟禁されているらしいと分かったのだ。
 しかし館があるのはアッパークラスの集まる地区。旅行客がうろうろしていい場所ではないし……ナタ人はただでさえ目立つ上、キィニチに至っては先だっての密輸事件で紙面に顔まで載せられている。門番やマシナリーによる警備網を躱しながらの内偵は現実的じゃない。どうすべきか、と思案していた所で発見したのが、当の館へ入っていく庭師の一団だったのだ。
 水の国フォンテーヌでは、マシナリー技術を使った噴水が不動の人気を誇っている。上流階級ともなれば、こぞってそれを自宅に据えて自慢の種としようとする。そしてそれを造り付けるのが、造園技能士たちの仕事なのだ。
 キィニチは一団の最後尾をのろのろ歩いていた少年に目をつけ、隙を見て交渉に乗り出した。憧れの仕事に就いたというのにつまらない雑用の日々、夢見ていた華々しい才能の開花どころか碌な給金すら貰えない現実にすっかり辟易していた真・マルセルくんは、差し出されたモラにすっかり心を奪われて名前と立場を売り渡したのである。今はフォンテーヌ廷を遠く離れて故郷に戻っている頃合いだ。
 さてそんな一番の下っ端の入れ替わりに忙しい職人たちが気付くはずもなく、竜狩り人は至極あっさりと獲物の巣穴に侵入した。
 ラッキーなことに、工事期間中は館の一角を貸し与えられ寝起きを許されていたので、軟禁されていた行方不明者たちとの接触も容易だった。彼らは皆、騙されてとんでもない所へ来てしまったと憔悴していた──まさかこんな服・・・・を着ての仕事を強いられることになるなんて、と。
 事件は明らかになった。後はこれを法の目に晒すだけ。わざわざパレ・メルモニアまで出向く必要もない。街の方々ほうぼう闊歩スキップしているメリュジーヌに通報すれば、そのまま執律庭に話が通るはずだ。
 ……だというのに。



 職人たちが庭園の中央で噴水の施工をしている間、「見習いのマルセル」は現場から離れて庭木の刈込みに精を出す。キィニチの身体能力があれば、人目のない間に塀を飛び越し通報するなんて容易い仕事だ。そのはずだったのに。
 刈込鋏の嚙み合わせを確認する素振りで、磨き上げた金属面に映る景色を確認する。緑の木々の中に、黒服の男がそっと姿を隠すのが見えた。
 1週間前から、キィニチにああした見張りが付くようになったのだ。最初は内偵がバレたのかと思ったが、それにしては対応がおかしい。疑わしいから捕まえよう、というよりも──疑いを持たれないようにしながら、見習いの小僧っこを捕まえようとしているようにしか見えない。
 がしゃん、がしゃんと重い足音が背後から近付いてくる。鋏の角度を変え、そちらを映す。やって来るのは二足歩行のマシナリーだ。敷地内を警備する姿を何度も確認している。……何度も、その姿を見ている。キャスケットの影の中で、キィニチはうんざりと目を細めた。
 フォンテーヌ廷を警邏するマシナリーと型は同じだ。だがあれらとは姿が違う。金持ちの中には無骨な見目を嫌い、オーダーメイドで好みの警備兵を造る層もいるのだ、と以前世話になったリオセスリに教えて貰ったことがある。この館の主もその手合いだ。
 がしゃん、がしゃんと警備ルートをマシナリーが歩む。その外装は──膨らんだ青い肩に、フリルを模した金属の飾り、胸部から足関節まである白い装甲はエプロンに似せてある……その様子はまるで、メイド服を着せられているかのようだった。
 奇妙な格好をしているのは、機械ばかりではない。庭園の池に睡蓮と一緒に浮かぶアヒルたちも、ホワイトブリムやピンクのエプロンを被せられ。尻尾を振って庭を歩く犬も、館の出窓で丸くなる猫も、それぞれ可愛らしい色合いのエプロンドレスを着せられていた。
 当然、館の中で働く使用人たちもメイド服だ。年若い少女も、妙齢の女性も、経験豊富そうな淑女も皆、ひらひらふわふわしたフリルと色とりどりのスカートを棚引かせている。
 そして…………肩幅もがっちりした若い男も、腹の出た中年男も、腰を庇うお爺さんも、ふわふわ可愛いメイド服を着用していた。ひまわり色のスカートの下からムキムキの素足を晒し、腹回りをパニエで更に膨らませ、薄い白髪にホワイトブリムを乗せて、死んだ目つきで働いていた。
 そう。ここは人攫い軟禁屋敷にして、メイド服狂いの異常性癖おじさんの館だったのだ!
 ──そして今キィニチは、その人攫い軟禁異常性癖おじさんの標的にされている。
 例え巨漢に無理やりに腕を引っ掴まれようと、日々大剣を振り回してきた竜狩り人が後れを取るはずもない。が、「らしからぬ」抵抗をすれば内偵が露見する。ここまで警戒されずに来たというのに、最後の最後で台無しにする訳にはいかないのだ。
 刈込鋏を持ち直し、再び庭木の枝を落とす。実直な仕事ぶりは正体を隠す隠れ蓑であり、拉致に対する自衛手段でもある。真面目な人間が仕事を放り出して急に消えたら騒ぎになるから狙いにくい。……まあ、それ以上のものでは決してないのだが。
 シャキシャキと音を立てつつ、これからどうするべきかを考える。こんなことならアハウを連れてくればよかったか。僅かにでも不審と思われてはまずいからと、箱に詰めて潜伏場所に置いてきたのだ。犬猫ではないから死んだりはしないが、めそめそ泣いてはいるだろう。
……いや、そろそろ回収されている頃か?)
 潜入前に本国へ送った報告書には、行方不明者の居所を突き止めたことと、そして万が一が起こった時の対処について書きしたためておいた。想定より大分時間が掛かってしまっているから、ナタから送られてきた人員が潜伏場所に到達している可能性は高い。
 ……後は彼らが、こちらに接触できるかどうかだが……
「すまない、ちょっといいだろうか」
「!」
 脚立の足元から掛けられた声に、ハッとして顔を上げる。
 しまった、考え込み過ぎて周囲に対する警戒がおろそかになっていた。キィニチは「庭師見習いのマルセル」の仮面をかぶり、慌てたふりで下方に顔を向け、
「あっ! すみません、集中していて! 何かごよッッッ⁉」
 そして、衝撃のあまり勢いよく仰け反った。
 反動で脚立ごとブッ倒れそうになったが、バランスをとって持ち直す。歴戦の竜狩り人ともなれば2m以上ある脚立だって自分の足のように扱えるのだ。
「おいマルセル! 何してる!」
 ガッタン!という大きな音を聞きつけてか、庭木の向こうから親方の大声が飛んできた。こっちに来られたらまずい。
「すいません親方! 脚立の金具が片っぽ外れちゃいました!」
「あぁ⁉ おい落ちなかったろうな⁉」
「大丈夫です! 脚立直してから仕事続けます!」
 脚立から飛び降り、地べたに引き倒して寝かせる音を立ててやれば、聞き取れない程度の音量の声だけが返ってきた。何か言いたいが言い聞かせたい程ではない時の、親方の癖のようなものだ。あれで気が済むだろう。
 キィニチは金具を直す素振りでうずくまり、深々と溜息をつき。
 そしてキャスケットの影から、声を掛けて来た連中を睨み上げた。
……で、お前らはここで何をしてるんだ」
 質問というより、尋問と呼んだ方が良さそうな声色に対する反応は、それぞれ違いが見て取れる。一番最初に応じたのは、謝罪と呆れの声だった。
「あぁ、そうなるよな。本当に悪かった。ほら見ろ、これのどこが冴えたやり方なんだ、きょうだい?」
「実際誰にも見咎められなかっただろ。これこそ、たった一つの冴えたやり方って奴だ」
 首を垂らした難詰には、胸を張った答えが返る。更には甲高い声がそれを誉めそやした。
「ハハッ、サイコーだな、きょうだい!」
「何がサイコーだ! おいこのバカアホニチ! おめーの所為でこんな間抜けな作戦を決行する羽目になったんだぞ!」
 最後は顔を真っ赤にした糾弾。見慣れ聞き慣れた反応に安堵するよりも、まず苛立ちが先行する。それくらい、ひっでえ恰好だった。
 最初にイカれたメンバーから紹介しよう。上からイファ、オロルン、カクーク、アハウ。
 次にイカれた格好の紹介である。上から、萌黄色の振袖と膝丈の袴に全力ふりふりエプロンを着けた稲妻風メイド服、薄紫や水色やピンクを掛け合わせたゆめかわサイケ萌え袖ミニスカメイド服、赤と黒の布地に銀色のトゲトゲした鋲を打ちまくったボンデージ風メイド服、白と黒のエプロンドレスのメイド服である。8bitの平板が一番マシだなんて、酷い世界もあったものだ。
 頭が痛くて仕方ない、と言わんばかりに首を垂れたキィニチに、振袖稲妻メイドが言い訳がましく口を開く。
「きょうだい、俺だって考えなおせって言ったんだ。だけどオロルンの奴、巫術だけじゃ無理だって……
「あぁ、その通りだ」
 萌え袖ミニスカメイドが、自前のケモミミを揺らして頷く。男らしく大股に開いた両足は、これまたゆめかわ柄のタイツに包まれていた。生足でなくて良かったと胸を撫で下ろすべきか、それともぱっつんぱっつんの淡い色合いに浮かぶ農作業用筋肉の陰影にげっそりするべきかは議論の余地があるだろう。珍妙な格好に眉間を押さえるキィニチの内心も知らず、オロルンは威風堂々シャーマンとしての見解を述べた。
「人間だけなら巫術だけで騙せる。だけどマシナリーには効きが悪いんだ。彼らに見咎められて警報を鳴らされたら、もう誤魔化しきれなくなってしまう。せめても違和感のない姿を取る必要があったんだ」
「ラッキーなことに、と言うべきなのか……ここの主人は堪え性がないらしいな。すぐに人を攫って来るから、俺たちも新顔だと思われて簡単に入り込めた」
「やばすぎるだろ」
 イファのフォローは頭痛を強めるだけに終わった。どうしてこんな激ヤバな変態が今までのうのうと地上で息吸ってられたんだ。しっかりしてくれフォンテーヌ。
「そして、何をしているのかというと……
 頭を抱えている間に、オロルンが芝居がかった動きで口元に人差し指を当てる。そしてキリリとした表情でのたまった。
「『シー! 助けに来た‼』……って奴だ」
「映影の真似は止めろってば!」
 女装姿でシリアスな映影のワンシーンを真似る男に、同じく女装姿の男が突っ込む。喜んでるのは女装姿の竜くらいだ。
「おぉ、友よ! 助けに来たぞ!」
 胡乱な眼差しで、パタパタ羽ばたくケッタイな様相を見上げる。この小さくて丸い体に合うのは、このトンチキな衣装だけだったのだろう……とは最早言い切れない。この異常性癖屋敷なら、カクークでも着られるメイド服の10着くらはありそうだった。
……まさかとは思うが、お前に着れるようなものまであったのか?」
 平たい龍をじろりと見遣る。あったらだい~ぶアレである。有難いことに、アハウは四角い両手を振り回して否定してくれた。
「ンな訳あるか! 大体あったとして着るか、こんなイカれたセンスの服なんか! これは我輩の手製だ!」
 見せつけられる、頭より小さな胴を飾る四角四角したエプロンドレス。色合いは大人しく、珍妙なデザインでもない。
 一番身近な相手がまともな感性を持っていることに安堵するべきだろうか?
 女装用の衣装を手作りしてまで助けに来てくれたことを感謝するべきだろうか?
 キィニチにはどちらも出来なかった。疲れ果てた溜息を細く漏らす他ない。
 ……そう、そうだ、考えるべきは知り合いたちのとんでもねえ恰好のことではなかった。こいつらだって、伊達や酔狂で女装して潜入してきた訳ではない。炎神様からの指令でもって、キィニチを助けにやってきたのだ。
 竜狩り人は──大分気力を使って──まなじりをキリリと決し、ミニスカシャーマンに視線を向けた。
……俺は一時的にこの館を抜け出して、執律庭へ通報に向かいたい。その後は何食わぬ顔でここに戻り、警備隊の訪問を待って行方不明者たちと共に脱出するつもりだ。通報の間、ここに俺がいるように見せかけられるか、オロルン」
「可能だ」
 六英傑が一人、「献身」が「廻炎」に頷いてみせる。
「君の不在を誰にも気づかせたりしない。安心してくれ」
「ちぇっ! 何だ何だ、そのせせっこましい作戦はよ!」
 それにヤジを飛ばすのは、ぺったんこの聖龍サマだった。
「今すぐに叩き潰しちまえばいいじゃねえか! 我輩の力をもってすれば、こんな見た目ばかりの家なんぞあっという間に更地だぞ⁉」
 ドットのホワイトブリムの向こうでトサカを逆立て、顔を真っ赤にして喚く。大方ここで大暴れして、長い間閉じ込められていた鬱憤を晴らせると踏んでいたのだろう。しかし従者が提示したのは、大暴れどころか更に時間をかけるまだるっこしい案だった。いい加減にしろと騒ぎたくなる気持ちも、まぁ分からないでもない。キィニチだって、ナタであればアハウのプランを採択しただろうが……ここは他国だ。
「事を荒立ててメロピデ要塞に収監されたいのか? お前がこの間ボコボコにした奴もまだ入ってるんだ、顔を合わせたら気まずいぞ」
「なんだとコンニャロー‼」
 流石にうるさいな、ミュートにしとくか……と左手首を見下ろすが、そこにいつもの腕輪はない。目立つから外して隠しておいたのだ。腰に巻いた道具入れに手を突っ込んで腕輪を探す間に、喧しい龍へと苦言を呈すが。
「おい、静かにしてろ。いい加減バレ……
「おい、何をしている⁉ お前らは誰だ!」
 完全にフラグだった。声を荒げる黒服の出現に、キィニチはハッと振り返る。ちなみに彼らは館の主である異常性癖おじさん直下の部下らしく、メイド服は着ていない。
 革靴でずかずかやって来る黒スーツの男に緊張が走る。だがオロルンは慌てず騒がず、空っとぼけてそれに答えた。
「ここで仕事をするよう言われて、昨日入ったばかりなんだ。今は見習いの子の様子を見てくるよう言われて来た」
「なんだそうか」
 黒服は一瞬で矛を収めた。は? なんだそうか??? 何納得してるんだコイツ。どんだけザルな仕事してるんだ? 頭使って潜入したのが馬鹿みたいじゃないですか。
 キィニチは閉口したが、これも巫術の効果によるものだろうと自分を納得させた。そんな渋い顔をしている「マルセル」に、黒服は猫撫で声で話しかけてくる。
「いやあすまなかったねマルセルくん。びっくりさせてしまったかな? でも彼らは皆、理解してこの仕事をしているんだよ? 何も心配することなんてないさ」
 いや無理があるだろ。ウィッツトランのキィニチとしてはバッサリ行きたい所だが、今の彼は「見習いのマルセルくん」である。「は、はい」と素直にこっくり頷くしかない。スーツの男は満足げに頷き、メイド集団に視線を向けた。
「お前たちは屋敷の中での仕事をしなさい。あまり庭に出てこないように……いや待て! それは何だ!」
 だがその時、黒服の男に電流が走った! 驚愕に目をみはった彼は、腕を跳ね上げ鋭く指を突き付ける。
 指し示されたのは、サングラスを着けた黄色と緑の平板だ。オロルンの術でも、この奇妙な物体に対する違和感は隠しきれなかったか。
「あっ、え~とこれはその、新しく出たマシナリーで!」
 イファが咄嗟に言い訳の声を上げる。だが男は、それに鋭く反論した。
「マシナリーだと⁉ 俺が言ってるのはそんなことじゃない‼」
 キィニチは屈みこんだまま拳を握り固めた。いざとなったら、この男を殴り倒して身柄を隠すしかない。幸運なことに、今は凄腕のシャーマンがすぐ傍にいる。隠蔽は容易だ。
 竜狩り人の鋭い視線を知らず、黒服は糾弾の大声を上げた。
「そいつが着ているメイド服……っ! そいつは『ヴィクトリアン』じゃないかッ!」
「え? びくとりあん……?」
 急に専門用語出されて皆きょとんとする。まともに受け答えが出来たのは、指を差されたままのアハウくらいだった。
「ふむ? この装束は、ヴィクトリアンというのか? そいつらの下品で戯けた服なんぞとは一線を画する、高貴なる者に仕えるに相応しい意匠ではないか!」
 自称偉大なる聖龍はご満悦で、白と黒の角張ったメイド服を見せつける。だが男は歯噛みをし、更に怒声を上げるのだった。
「下品で、戯けただと⁉ そんな古臭くて時代遅れの作業服を着て、我ら『現代メイド派』屈指のデザインを罵倒するとは! 貴様、『古典メイド派』のスパイだな⁉」
「げんだいめいどは……? こてんめいどは……? イファ、分かるか?」
「分かる訳ないだろ、きょうだい……
 図体のデカいクソガキたちが、隠れてこしょこしょやっている。気にすべきはそこじゃないだろ。
「なっ、なっ! 古臭くて時代遅れだとォ⁉ 貴様の言う現代メイド派屈指のデザインとやらが、その上に立つべき主人の威光と威厳を激烈に損なうモンだと思わねえのか、この脳みそスッカラカンのバッタ野郎‼」
 そして気にすべきじゃないことにかかずらって、龍時代の遺物が喚き散らす。なんでそんなに異常性癖おじさんの部下と議論が出来るんだよ。頼むから「従者が着るべきはヴィクトリアンのメイド服だ」なんて寝言を言い出さないでくれよな、本当に頼むから……
「ふん! メイドの人権を軽視する古典メイド派らしい戯言だな! このマルセルくんには埃臭い作業服ではなく、ミントグリーンのジャージメイドが最も似合うんだよ!」
 一見いいことを言っているようだが発言しているのは旅行者を軟禁して女装させている犯罪者の一派である。あとジャージメイドってなんだよ。着ないからなそんなもん。
「ジャージメイドぉ⁉ ンな下々のモンが野良で着るような服で我が城の敷居を跨がせる訳ねーだろーが‼ 我が従者が着るべきはヴィクトリアンのメイド服一択だ‼」
 着ないからなそんなもん‼ キィニチは固く目を瞑った。そうでもしないと白目を剥きそうだった。
 歴戦の戦士の意識すら刈り飛ばさんとする暴言の嵐に、現代メイド派の闘士が叫ぶ。
「くそっ、話にならん! おいみんな出てこい! ここに古典メイド派のスパイがいるぞ!」
「なんだと! 殺す!」
 呼び声に応えて黒服が、木陰や館の影からドヤドヤと現れる。10人近い増援にも怯えることなく、古典メイド派の龍はちゃっちい手でシャドーボクシングをしながら吼えた。
「この聖龍クフル・アハウ様に楯突こうとはいい度胸だなムシケラども! 二度とその口利けなくしてやる!」
 そして始まる大騒ぎから、キィニチは全力で目を背けた。固く固く瞼を落としてうつむくその肩に、ぽんと大きな手が乗った。
「えぇと……キィニチ、今の内に通報しに行くか?」
 「献身」からの気遣いに、「廻炎」は弱弱しく首肯する。瞼は開かなかった。視界さえ拓かなければ、萌え袖ゆめかわミニスカメイド服を目にしなくても良いからである。


終わり