もち屋
2025-07-31 00:51:47
1704文字
Public ファイモス
 

蜂蜜のパンケーキを君と

ファイモス
8/31(日)OtGで発行されるありかさんの黄金食堂本に寄稿させていただいたお話のサンプル。
素敵なこ゚本のサンプルはこちら(https://www.pixiv.net/artworks/133300289)

年上×年下でモーディスがファイノンの誕生日祝いをどうしようかなって悩む話です。何卒よろしくお願いいたしますー!

「誕生日に欲しいもの? 特にないかな」

 欲しいものがあったら買ってるしなぁ、と続けてファイノンは考えるように顎に手を当てる。
 元より無欲と言っていいほど物への執着が薄い男だ。尋ねてはみたものの、内心そうだろうなとも思っていた。普段、共に過ごしている時にも、この男のこだわりのなさを痛感することが多いからだ。流石に仕事道具へのこだわりは多少あるみたいだが、食堂で働き始めたばかりの頃なんかは、丸底鍋ひとつで全ての料理を作ろうとしていたこともあると聞く。

「あ、でも。僕の故郷では誕生日のお祝い用の料理があってね――

 本人から欲しいものを聞き出すより、自分で奴に合うものを見繕ったほうが早いな、と思考を切り替えかけたところで、そういえば、と明るい声が返ってくる。

「誕生日には、村のみんながお祝いしてくれたっけ。母さんは、腕によりをかけて料理を作ってくれて……

 と、はにかみながらファイノンは眉尻を下げた。空を映した瞳が柔らかく細められ、懐かしむようにいくつかの料理の名を口にする。お祝いの料理を作ってもらうのが好きだった、と続けられた言葉には少しばかりの郷愁が混ざっているように感じられて。また食べたいなぁ、とほとんど聞こえないほど小さく落とされた音を、モーディスは聞き逃さなかった。
 ファイノンの誕生日はとうの昔に過ぎている。といっても、一度しか聞いたことはないのだが。モーディスがファイノンと話すようになってすぐの頃、雑談の中で、故郷で飼っている犬の誕生日が、一週間しか違わないのだと笑っていたことがあって。その日付が、モーディスが働き始めるより少し前だったから、なんだか印象的で覚えていた。
 それを聞いた時は特に何の感情も抱かなかったけれど、季節が二つほど過ぎてファイノンと恋仲になり、モーディスの誕生日を二人で祝って。そうして次は彼の誕生日を祝う番だ、と思った時に、はたと気づく。ファイノンは一体どう祝われたら喜ぶのだろうか。
 きっと、本人に聞いても「君が祝ってくれるのなら、なんでも嬉しいよ」と返してくるだろう。その声音や表情まで想像がついて、モーディスは小さく唇を噛んだ。
 自分事として置き換えてみても、誕生日に特別な思い出はない。厳しい家で育てられ、窮屈だと感じることはあったけれど、物心ついたときからそうだったからさして気にしたことはなかった。家族よりも、幼馴染たちから祝われる方が嬉しかったのを覚えている。
 かといって、ファイノンの誕生日が近づいてから直接要望を聞くのはなんだか白々しいと感じた。むしろ誕生日が近い時に聞けば、絶対余計なことを言ってくるという確信めいた気持ちさえあって。お祝いの日にまでケンカをしたくはなかったから、自身の誕生日を祝ってもらった翌週に、なんでもないような顔をして聞いた。その結果が最初のやり取りだ。
 好きな飲み物は水だと答えてくる男はやはり無欲だな、と思い直したところで、ファイノンの口から出てきたお祝い用の料理の話。
 そういえば、食堂で働き出して間もない頃、エリュシオンの郷土料理を専門としていたファイノンに、メニュー開発の一環としていくつかレシピを聞いたことがある。実際に作ってもらって口にしたこともあるし、自分で作ったりもした。けれど、ファイノンが口にするそれは、モーディスがその時に聞いたものからそうでないものまで多岐に渡っていて。自分が彼から教わったレシピはほんの一部なのだと痛感させられた。なるほどたしかに、そんなにたくさん作るのなら、料理長を任されるほどの腕前になるわけだ、と感心したのも記憶に新しい。
 けれど、モーディスも料理人だ。ファイノンに言わせれば、自分は味覚が鋭い方なのだという。他人と比較するようなものでもないから自覚したことはなかったが、食べたことのある料理の再現や、狙った味を作ることには長けている自負があった。エリュシオンはオクヘイマから少し遠くはあるけれど、調べて何も情報が出てこないほどの田舎でもない。

 もうすぐ、彼と出会って一年。徐々に、ファイノンの誕生日が近づいていた。



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