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もち屋
2025-07-04 13:12:53
3655文字
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ファイモス
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#598:まずはお皿を洗ってからね
ファイモス
3.4とファイノンのキャラスト3前提
食を疎かにしがちなことを嗜められる話。こういう時もきっとあったの祈り。
天を引き裂くような咆哮が聞こえる。雷鳴が轟き、来訪者を拒むように稲妻が地面を打ちつけた。狂王が、怒っている。
それは果たして何に対しての怒りなのか。世界の果てで、暗黒の潮を止めていた守護者。決して倒れぬ不屈の王。
モーディスの怒りが空に轟き、大地を揺らしている。
幾度となく繰り返した輪廻の中で、彼が半神を継いだ後に狂ったのは初めてだった。
もしかしたら、自身が輪廻に足を踏み入れるきっかけとなった一番はじめの時も、彼は世界の果てで同じような末路を迎えていたのかもしれないのだけれども。
守るべき民も、世界も認識できず。クレムノスと共に移動し、都市国家を蹂躙する獣。
神話で語られる狂王ニカドリー。そんな姿に成り果てた彼を、こうして目にするのは初めてだった。
これまでは、話し合いによって火種を譲渡してもらったり、返還される前のものを先んじて集めてきた。彼らの手によって返還される前に手に入れてしまえば、皆が余計な苦痛を味わうこともないからだ。きっと、それが互いにとって一番良いのだとも思う。神託のままに進んだとして、待ち受けているのは苦しみだけなのだから。
けれど、輪廻の中で全てが同じように事が運ぶわけではない。
歴史の流れは定められていて、どれだけ自身が干渉しようとも、奔流の中に飛沫を作る程度にしかならないからだ。
説得が間に合わず、半神となったかつての仲間と対峙することも多かった。そうなることも、織り込み済みではあった。仕方のないことだとも。
再創世の神託
――
それが彼らを動かす原動力だし、かつての自分もそれを信じて突き進んでいたのだから。自分のような存在がいくらそれを否定したとして。個の主張よりも伝えられてきたタイタンの神託を信じるのは自明の理だ。
だから、597回目の世界もそうなるのは当然の帰結だったのかもしれない。自身の言葉は彼らに届かず、黄金裔は自らの意思で火種を返還し、神権を担っていった。
そうやって半神となった世界では、クレムノスで門番を務める。それがどの輪廻においてもモーディスが最終的に選択する道だった。
クレムノスの民を、ケファレの火種を、世界の救世を
――
その世界に生まれた自分、ファイノンに託して。
だから、クレムノスにいる彼と対峙することそのものは想定の範囲内だった。596回のうち、少なくとも550回はそうやってきたのだから。
けれど、どの世界でも彼は理性を保っていた。暗黒の潮に浸されようとも、彼は守るべき対象と矛を向ける先を違えない。
高潔で、多くの人の理想足り得る英雄。ファイノンの良き好敵手であり、憧れの存在。
多くの火種を身体のなかに取り入れ、既に感情というものが希薄になった自身でさえも。輪廻の中で彼と言葉を交わすことを好ましく思っていたのだろう、おそらく。
そうでなければ、彼が狂王と成り果てたことに対して、感情の揺らぎが発生することなどないのだから。
狂王の咆哮は悲痛に満ちているように感じられて、ヘリオスを握る手に、知らず力が込められる。
「メデイモス
――
僕を覚えているか」
問いかけた言葉に返ってくる声はない。雷を纏った槍が天高く掲げられる。
言葉が通じないのか、それとも問答などいらないということなのか。振るわれる槍を避けて、カスライナは大きく息を吸い、ヘリオスを狂王へと振り下ろした。
◆
「おい、火追いの救世主」
彼の声を耳にして、そっと顔をあげる。やや不機嫌そうに眉を顰めたモーディスは、言葉を失っている僕に対して小さく鼻を鳴らした。
ああ、まずい。少しばかり意識が飛んでいたみたいだ。慌てて表情を作り、へら、と笑う。せっかく彼が朝食を作ってくれたのに、このままでは機嫌を損ねてしまう。
598回目の輪廻は、1回目と同様に交渉が成立した世界だった。早くから火追いに参加した自分は、こうして過去をなぞるように一時の安寧を享受している。
火種はそれぞれの黄金裔に返還してもらい、最後の火種と共に渦心から全てのそれを回収する。彼らには伝えていないけれど、そうすれば最小限の犠牲で火種を手にすることができるだろう。犠牲を少なく事を運ぼうとした回は過去に何度もあった。
そのどれもうまくはいかなかったけれど、渦心から火種だけを回収する方法が一番犠牲が少なく進んだことが多かった。むやみに対立するよりはきっと、その方が何倍も良い。
「いつまでそうやって呆けている」
「あ、ご、ごめん!」
はぁ、という嘆息と共に、いちごシロップがたっぷりと乗ったハニーケーキの皿が眼の前に置かれる。甘い香りが鼻腔をくすぐって、知らず頬が緩んだ。美味しそう。
礼を言って、ハニーケーキを口にする。ふわふわに焼き上げられたそれは、口の中でとろけるようだった。
とても懐かしい味がする。モーディスが作ってくれたからでもあり、故郷を想起させるものでもあるからなのか。
598回目の世界では、らしくないことを繰り返している。とっくに人間らしい感情なんてなくなったと思っていたのに、故郷の麦を目にするとそれだけで堪らない気持ちになった。
だから、麦を持ち出した。樹庭に頼み、それを栽培してもらって。土壌も気候も違うからそこまで多く残すことはできなかったけれど。
それでも1000年、時を繋ぐことはできた。それももう、ほとんど残ってはいないのだが。
「お前の持ってきた麦も、これで最後だ」
「
……
そっか」
「クレープの方がよかったか?」
「いや、君の作るものならなんでも好きだよ」
モーディスは時折、こうやって僕の元に料理を持ってきてくれる。この世界の僕ともうまくやっているようで、ピュエロスに連れ立って行く姿を目にすることもある。
全てはうまく運んでいる。だから、こうやって僕を気に掛ける必要なんてないはずなのに、彼は僕のルトロを訪れることが度々あった。
幾度の輪廻を経て、モーディスと数え切れないくらい対峙した。同じ火追いに参加し、言葉をかわしたことだってある。そんな中、どの輪廻の彼も、その世界の僕と良い友情を結んでいた。
その上で、僕が火追いに同行している時は、何故か僕のことも気にかけた。彼が一体何を考えているのかは、正直あんまり分からない。
「
……
また夜に来る。その様子ではろくに食事もとっていないのだろう。戦士の肉体は食によって作られることを努々忘れるな」
「あ、ああ
……
そうだな。ありがとう、でも
――
」
僕のことを気に掛ける必要はない、と続けようとした言葉は、鼻を摘まれて塞がれる。こんな風に彼から接触されるのはいつぶりだろうか。
もう記憶が曖昧になっているほど前の時には、輪廻の彼にこうして接されたこともある。けれど、火追いに同行している時の多くは、気にかけて言葉を交わすことはあっても、それは道先を示すリーダーとしてのもので。個人としての気安いやりとりなんて随分としていない。
触れられたところから広がった熱は、すっと離れていって。けれど、自身の胸の裡に広がった衝撃は消えることはなかった。
「未来を知る火追いの救世主といっても、お前は奴と同じく分かりやすい」
「ええ
……
そうかな」
「お前の成すべきことが何かは知らんが
――
戦士であり続けるのなら、決して自身を疎かにせんことだ」
必要なら医者に診てもらうことだな、と続けて、モーディスは空になった皿を持ち上げる。
きっと、モーディスからすれば普段と変わらない。それこそ、この世界のファイノンに対して面倒を見るのと同じようなものなのだろう。
たとえ、その果てに何が起こると言われたとしても、同じ結末を迎えるとしても。きっと、モーディスであれば同じことをする。
どんな輪廻だろうと、自身を決して蔑ろになどしないし、人々を気にかけるのだろう。この回の彼がそうであったように。
それは、こうして交わした言葉は取りこぼすべきではないのだ、と。改めて彼に気付かされるような心地でもあって。
唇を引き結んだ自身を見下ろして、モーディスは言葉を続けた。
「暇を持て余しているのなら、鍛錬でもするといい。プライベートルトロにこもっているよりはマシだろう」
「はは、それは
……
君が相手になってくれるということかな?」
「それでも構わん。お前と手合わせをしたことはほとんどなかったからな」
にや、と口角を持ち上げてモーディスが笑う。そういえば、彼はこんな風に笑うんだったか。
はは、と返した笑い声は、心からのものだった。
「僕は強いからね。君を簡単に倒しちゃうかも」
「はっ、ならば示すがいい」
金の瞳がゆる、と細められる。挑発的な彼の視線に困ったように笑って、カスライナは立ち上がった。
そうしてモーディスの手から皿を取り上げて、午後の一時の約束を交わすのだった。
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