もち屋
2025-04-30 00:42:47
4722文字
Public ファイモス
 

寝起きの君は素直すぎる

ファイモス
蘇ったばかりのモーディスのためにハニーフルーツスープを作るファイノンの話。
身体の関係はあるけど付き合っているわけではない距離感のいちゃいちゃ。

 モーディスは甘いものが好きだ。
 ステュクスから戻った時にはよく黄金のハニーケーキを食べに行っているし、果物と蜂蜜をたっぷり入れたハニーフルーツスープがお気に入り。やっぱり不死だとしても生き返るのには相応のカロリーを消費するのか、遠征帰りにもよく甘いものを口にしていた。
 好物なのかと聞いたときには「糖分は疲労回復に良いからだ」と返ってきた。身体に悪いからとネクタールはあまり飲まず、ザクロジュースに羊乳を入れたものを好んでいるあたり、健康志向というのは正しいのだろうけど、多分理由はそれだけじゃないと思っている。あまり人には言いたくないのかもしれないから、ファイノンはそれ以上追及しなかったのだけれども。
 雲石市場で果物を手に取りながらそんなことを思い出す。今日はハニーフルーツスープを作る予定だ。レシピはディアディグティオで調べたし、そう難しくはなさそうだったからファイノンでもできるだろう。今は少しでも手を動かしていたかった。
 自身のプライベートルトロに戻り、買ってきた果物を洗っていく。とりあえず目についたものを片っ端から買ってきたから、ちょっと量が多いかもしれない。モーディスはいくらでも食べてくれるとは思うけど、はりきって作ったみたいでそれはそれでなんだか嫌だ。
 洗った端から鍋に入れ、砂糖をまぶして一旦置く。水分が出たらちょっと煮て、それを薄めて味を整えるだけだ。ファイノンはさっぱりしたものが好きだけど、モーディスはちょっと濃くてどろっとするくらい煮詰めたものが好き。でも、寝起きに食べるならさっぱりしている方が良いのだろうか。どちらにせよモーディスは食べてくれるとは思うのだけれども。
 
 モーディスは今、ファイノンのプライベートルトロで眠っている。
 眠っているというか、死んでいるというか。今朝方には呼吸が戻った事を確認したから、あと数刻もすれば起きるだろう。
 先日、モーディスと共に難民キャラバンの護送へと行った帰り道に、彼は子供を庇って死んだ。朽ち果てた神殿の柱に潰されてしまったのだ。ファイノンが見つけた時には原型を留めていなくて、これってちゃんと元に戻るんだろうかと不安を覚えたほどだった。助けられた子に傷一つなかったことだけが、唯一の救いだろうか。
 幸い、オクヘイマからそれほど離れていなかったこともあって、モーディスの回収はスムーズに行われた。本当は復活するまでそばについていたかったけれど、キャラバンの食糧もあまり残っていなかったし、そんなことをすれば起きたモーディスに怒られるだろうことは明白だったので。
 そうして、モーディスを回収する頃には大分見た目も人間に戻ってきていて。今回もちゃんと死に抗っているんだな、とファイノンは心から安堵した。
 回収したモーディスの身体は、一旦ファイノンの部屋に連れ帰った。彼の部屋はクレムノスの民が守っているから、死んだ状態の彼を連れて行くのはなんだか憚られて。ファイノン自身、彼が起きるまでそばについていたいという気持ちもあったから。
 自分たちの関係は不思議なものだ。くだらないことで言い争って、手合わせをして、たまに互いの身体で欲を発散して。浪漫を介さないモーディスはこの関係に名前をつけようとはしなかったし、ファイノンとしても彼の隣でこうやって心配する権利が得られるならそれで良いと思っているから、不服に思ったことはない。
 関係に名前などつけなくても、こうやって自室に死んだ彼を連れ帰ることが許されているのだし。それを禁じられたら、少しだけ困ってしまうかもしれないのだけど。
 自身のベッドにモーディスを横たえて、そっと濡らしたタオルで身体を拭いていく。再生されたとはいえ、残されていた髪や皮膚の一部にはべったりと血が張りついていて、顔や腕は泥まみれだ。
 触れると少しひやりとする体温に、僅かに眉を顰める。再生中のモーディスの体温は驚くほどに低い。多分、体温維持よりもその他のことにエネルギーを回しているのか、はたまた体温は魂に依存するから器に魂がない時は温度がないのか。どちらにせよ、穏やかな呼吸をしているのに、その身体は死体のように冷たかった。
 顔周りの泥はタオルで落とせたけれど、ごわついた髪はどうにもならない。乾いてしまった血と泥のせいで、美しい金髪は固まってバサバサだ。桶に湯を張って何度も洗ってみたものの、完全に落とすのは難しかった。彼が起きた時にもう一度洗っていいか聞いてみよう。眠っている状態では限度があるから。
 彼が起きたらまず最初に、と思考を巡らせたところで指先が僅かに震える。まずい。感情を抑えるようにファイノンは深呼吸をして、目を閉じた。少しだけ乱れた鼓動を整えるように息を吸って、ゆっくりと吐き出していく。モーディスが死ぬのを見るのは初めてじゃないだろう。大丈夫。今回も彼はちゃんと帰って来る。
 死んでから戻って来るまでの時間はバラバラで、早い時もあれば遅い時もある。たまたま今回が遅かっただけで、ちゃんと彼は戻って、いつのように皮肉を飛ばしてくるはずだ。
「よし」
 がち、と歯噛みして、ファイノンは目を開ける。指先の震えはおさまっていた。モーディスに向き合って、その頬にそっと触れる。
 後で何か言われたとしても、それは死んだモーディスが悪いわけで。ファイノンの好きにされたくないなら、そもそも自分の生命を簡単に投げ出さないでほしい。彼としても苦痛を伴う行為だから望んでやっているわけではないとも分かっているけれど、それでも。
 そうすることが最適解だと思った瞬間、驚くほど簡単に彼は自身の生命を投げ出すのだ。それを周囲がどう思おうとも、必要だからやっていると本気で思っている。彼の不死性を信じていないわけじゃないけど、それでも。原型がわからなくなるような状態のモーディスを回収する側の身になってほしい。やっぱり、ちょっとだけ文句を言ってもいいだろうか。でも、生き返った直後って大分疲れてるとも言ってたし。ファイノンとしてはあまりモーディスに負担をかけたくもないわけで。なんだか貧乏くじを引いているような気分だ。いや、自分が望んでやっていることだから、そんな事を言ったらモーディスにすごい顔をされるんだろうけど。早く起きてくれないかな。
 僅かに鼻をついた臭いに、一気に脳が覚醒する。まずい。火にかけていたスープをほったらかしすぎた。止めどなく浮かんでくる思考を振り切るように、ファイノンはゆるく頭を振って、キッチンへと駆け出した。
 
 ◆
 
「はい、モーディス。ハニーフルーツスープ」
……お前が作ったのか?」
「うん。ほら、生き返った後はお腹が空くって言ってたろう?」
 目を覚ましたモーディスにハニーフルーツスープを差し出すと、困惑したように金の瞳がまあるく見開かれた。てっきりいつもみたいに複雑な表情をされるものだと思っていたから、ファイノンとしてもちょっと動揺している。
 ほら、とスプーンと一緒に手渡すと、おずおずとスープを口にする。なんだかその姿が妙にあどけなくて、胸のあたりが妙にざわついた。なんだ、その表情。
 死を拒絶して戻って来たばかりのモーディスは、いつもより少しだけぼうっとしている。心ここにあらずというか、寝起きで頭が働いていないというか。普段の調子に戻るまで数刻はかかるから、きっと今は一番素直な反応が表に出ているのだろう。だとしても、あまりにも無防備な反応だったものだから、なんとも言えない心地に包まれる。
「ん……美味い」
 ゆる、と金の瞳が甘く蕩ける。ほんのりと目尻に朱が佩いていて、幸せだと伝えてくるような表情に頭を殴られたような気分になった。君、そんな表情できたんだ。それを伝えたら不機嫌になってしまうだろうから、ファイノンはぐ、と堪えて自身の器に口をつけた。
 煮詰めすぎてしまったハニーフルーツスープはどろどろとしていて、甘ったるい。飲み込むのも苦労するほどのそれを、モーディスはごく、ごく、と喉を鳴らして美味しそうに飲んでいた。
「ちょっと濃くない?」
「そうでもない」
 作っておいて何だけど、ファイノンは自分の分も飲み切るのは難しそうだ。既に器を空にしているモーディスに「あげる」と自分の分を差し出すと、ふ、とやわらかな笑みがこぼれおちた。
「救世主様には甘すぎたか」
……僕はさっぱりしたほうが好きかな」
「そうか」
 ファイノンから器を受け取ると、あっという間に平らげていく。一杯でも一日の糖分上限に達しそうなものなのに。でも、それだけ再生にはエネルギーを要するのかもしれない。
 空になった器をサイドデスクに置くと、モーディスはファイノンの肩にその頭を預けて目を閉じた。すり、とすり寄ってくる所作にどく、と鼓動が跳ねる。急にどうしたのだろうか。
「モーディス?」
「世話をかけたな」
……僕がやりたくてやってることだから」
 本当は言いたいことが山程ある。自分の生命を投げ出さないでくれ、とか。こんなことはもうこれきりにしてくれ、とか。でも、自分たちが歩む火を追う旅の中で、同じようなことはこれからも起こるだろう。民衆を助けるために、再創生のために、英雄と呼ばれる自分たちは生命を賭して戦うのだ。それが果たされるまでは、自分たちは個を慈しむことは良しとされない。そんなこと、ファイノンだって分かっている。
 それでも、不死身だからと彼が自身の生命を軽く扱って、それを周囲も容認して。そのうちに彼の死を当たり前のものとして気にも留めなくなったり、彼の生命を使うことを前提にするようになったりするのが恐ろしかった。生き返るだけで、その身体には傷も痛みも存在するのに。彼自身がそうやって自分の身体と生命を軽く扱うのなら、せめてファイノンは大切にしたいとも思うのだ。それが、自身のエゴだとしても。
……そうか」
 すきものだな、とだけぼやいて、モーディスはファイノンの首筋に鼻先を寄せて目を閉じた。そのままぎゅう、とファイノンを抱き込んで、ベッドに倒れ込む。
……もう少し、寝る」
 抱き枕のようにガッチリと抱きしめられて身動きがとれない。困惑するファイノンを気にした風もなく、モーディスはもぞもぞと身体を動かして位置を調整している。一体これ、どういう状況なんだろう。触れてくるところから体温が伝わってきて、モーディスの心臓の音が鼓膜を打っていく。あ、生きてる。さっきまでは冷たかった皮膚にちゃんと温度が戻っていることを認めて、緊張の糸が解けたみたいにファイノンは脱力した。
「モーディス、寝るのはいいけど僕を抱きまくらにするのは……
「おまえのにおい……おちつく……から……
 安心するんだ、と続けられた言葉が形をとる前に、すぅすぅと静かな寝息へと変わっていく。今日は一体どうしてしまったんだろう。
 今まで、モーディスがこんな風に甘えてくることなんてほとんどなかったから眼の前の情報に脳が追いつかない。匂いが落ち着くなんて、初めて言われた。
 そういえば、モーディスのストレスが溜まってそうだな、と思う時によく嗅がれたような気はするけれど。まさか、そんな。
 彼は鼻がよく効くから、ファイノンが不摂生をすると匂いですぐバレて。それを指摘するために嗅いでいるのかと思っていたから、何も気にしていなかったのだけれども。
 モーディスに真意を問い質したい気持ちに駆られながら、ファイノンはモーディスの身体をそっと抱き寄せて目を閉じた。


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