もち屋
2025-04-01 13:00:23
3108文字
Public ファイモス
 

君じゃなきゃダメみたい!

ファイモス☀️🍷
相手のなりたいものに合わせるつもりがこんはずじゃなかったファのラブコメ

 きっと、初めて会った時から惹かれていたんだと思う。だから、彼の問いに対して柄にもなく自分の言葉を返してしまったんだ。

 クレムノスの孤軍と会敵した時、その先頭に立つ男の鮮やかに燃えるような金の髪に目を奪われた。美しい孤高の獅子がそこにいた。ファイノンは一瞬だけ息を呑んで、すぐに手元の剣に意識を集中させる。火追いの旅は再開したばかりで、こんなところで終わるわけにはいかなかったから。
 結局、十日間にも及び戦いは引き分けのまま双方引き下がることになった。ファイノンとしては、決着がつかないなんてことあるのか、と半ば呆然としていたのだけれど。紛争を信仰する都市国家の戦士が軟弱なわけがないとは思っていたが、まさかここまで互角に渡り合えるとは。むしろ、単純な膂力でいえばモーディスの方が上だ。剣の技量がわずかに上回っていたことが、かろうじてファイノンが負けずに済んだ理由でしかない。
 意外にも、先に鉾を収めたのはモーディスの方だった。
 
「剣士、名はなんという」
 
 太陽を映した瞳がこちらを値踏みするように睨めつけて、ただ一言、問いかけた。
 
……エリュシオンのファイノン。君は?」
「クレムノスの王位継承者、モーディス」
 
 それが、モーディスとの初めての邂逅だった。
 
 ◆
 
 アグライアとの間で取り決めを交わしたのか、モーディス達は火追いの旅に同行することになった。彼は料理が得意なようで、干し肉の残りを数えて日々を過ごしていた僕らにとって救世主のような存在となった。彼が作る料理はどれも、本当に野営なのかと疑うほどに彩り豊かで美味しい。おそらく栄養計算なんかもされているのだろう。野営が続く日々で摩耗していた身体が、少しだけ調子が良くなっていくのを実感する。やっぱり食は身体の資本なんだな。何故か僕のご飯だけはいつも変なものが出されるのだけれど。
 オクヘイマまでの道のりは遠い。道中、難民キャラバンを見かけたら声をかけたり、狂気に陥った眷属や野獣を倒していたらそれだけで一日が終わってしまう。今日も野営か、と思いながらファイノンは焚き火の側で食事の準備をしているモーディスの元へ足を向けた。
 そういえば、彼とは手合わせ以降あまり話していない。アグライアの話では、彼にも黄金の血が流れているのだとか。協力してくれるのなら心強い仲間となるだろう。
 
「手伝うよ、モーディス」
……
 
 根菜の皮を剥いている彼の隣に腰掛け、同じように野菜を手に取る。この間通りがかった森で取れた根菜は日持ちのするものらしい。皮むきくらいなら昔やったことがあるから、懐からナイフを取り出して同じように処理していった。
 モーディスはこちらをちら、とだけ見た後、そのまま自身の作業に戻っていく。しょりしょり、と皮を剥く音と、時折焚き火が爆ぜる音だけがその場の空気を支配していた。なんだかちょっと居心地が悪い。ここは自分から歩み寄るべきだろう。モーディスはあまり口数が多い方ではないことも、ここ数日の付き合いでなんとなく知っている。

「モーディス、君はどんな関係を必要としている? 君の望むように何にでもなるよ」

 いっそのこと、彼が望む関係を聞き出した方が早いかもしれない。ファイノンは誰とでも仲良くなれるという自負があった。簡単なことだ。ただ、相手が望むように振る舞えば良い。救世の英雄を望むのならそのようにすればいいし、友人を求められるなら、都合の良いように振る舞えばいい。弟子がほしいのなら師と崇めるし、遊び相手がほしいのならそれに付き合ってあげる。恋人は流石にちょっと、救世の英雄が作るべきものではないと思っているから断っているけれど。求められる振る舞いは色々な書物を参考にした。今のところ誰からも排斥されたことはないから、きっとそれで合っているのだろう。
 だから、モーディスに聞いた。周囲の人間は今まで問いかけなくても求めている人物像が見えてきたのだが、モーディスだけは何も分からなかったから。本来であれば直球で聞くようなことはしない。普段の過ごし方や言動から相手が望むものを慎重に見極めてきた。けれど、今回に限っては、数日一緒に過ごしてみてもモーディスのことが何も分からなかった。
 彼のことは噂でしかその生い立ちを知らない。生まれてすぐにステュクスに落とされた不死なる王子。孤軍を率いてクレムノスの王を倒し、放浪の旅を続けているということくらいしか。なら、本人に直接聞くのが早いだろう。もしかしたら、ちょっとだけ焦っていたのかもしれない。
 
……では、貴様は俺の何になりたい?」
「えっ……
 
 質問に質問を返されて言葉に詰まる。ファイノン個人がどうなりたいかというのを問われるのは初めてだった。そもそも、直接『どういう関係を求めているのか』と問いかけたのも初めてではあるのだが。
 
「友人……とか?」
 
 思わず口をついて出たのは『友人』だった。そうか、僕はモーディスと友になりたかったのか。改めて口にするとそれだけでなんだかむずむずと落ち着かない心地になる。そもそも友人になりたいってなんだ。子供でもあるまいし。
 
「なら、そのようにしろ。くだらん」
 
 自分から出た言葉に困惑しているファイノンを横目に、モーディスはふん、と鼻を鳴らし興味を失ったように野菜の皮むきへと戻っていった。
 その日のスープは、やけに小さくて不揃いな根菜ばかりで。モーディスには金輪際料理の手伝いをするなと言いつけられてしまった。

 ◆

「お前は昔、そんなことを言っていたな」
 
 ぱしゃ、とプライベートルトロの浴槽の湯を肩にかけながら、ふ、とモーディスが笑う。今日はファイノンがモーディスの身体を清める日だ。先程まで互いの境が分からなくなるくらいに睦み合ったばかりで、べとべとになってしまった身体を洗い流すべく浴室へとやってきている。
 珍しく上機嫌なモーディスは、ファイノンに金の髪を解かれた後、そのままくて、と頭を預けた。甘えたい時の彼の仕草だ。存外、彼はルトロの中で甘えることを好む。こうして身体に触れる許可をもらえるようになって。奥の奥、彼自身も知らない場所まで暴く権利をもらって。なんだか幸せだな、と思う反面、初対面の時のことをこうやって掘り起こられるとちょっと恥ずかしい気持ちもあって。

「そう、だったかな」
「ああ、そうだ。急に何を、と思ったからよく覚えている」

 不敬なやつだとも。と続けられて、はは、と乾いた笑いが漏れる。彼が心情をこうやって吐露してくれるのは珍しい。あまり口数が多くない方だからなおのこと。
 結論からいえば、友人関係はうまく構築できたんじゃないかと思う。彼が望む姿が全然分からなくて、ファイノンとしては初めて素の自分で体当たりをするなんて経験をした。それが功を奏したからこうやって彼の肌に触れる権利を得られているのだけれども。

――それで」

 不意に、モーディスがこちらを見上げる。さっきまでとろとろに蕩けていた黄金の瞳は、普段の鋭さを取り戻していた。
 
「今のお前は、何になりたい? お前にとって必要な関係はなんだ?」

 ニヤ、と不敵にな笑みを浮かべてモーディスが問いかける。君、いつからそんな風に聞くようになったんだ、とか、もしかしてあの時のこと結構根に持ってる?とか、言いたいことはいろいろあるけれど。

……それを今聞くのはずるいんじゃないかな?」

 結局、ファイノンはそれだけしか返すことはできなかった。


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