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もち屋
2025-03-03 22:10:31
4180文字
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ファイモス
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結局、最後まで奴が料理を覚えることはなかった
ファイモス
いつも食事を作ってくれるモスのためにファが料理を作ってくれた日の話。
少しだけ3.1バレがあります。ラブコメ風味。
「おはよう、モーディス。よかったら朝食を一緒に食べないか?」
爽やかな声がモーディスのプライベートルトロに響き渡る。朝の鍛錬を終えて湯浴みをしたばかりのモーディスは、扉の前でニコニコとしているファイノンに視線をやり
――
次いで、彼が両手に持っている盆を見て、無言でルトロの扉を閉めた。
「どうしてだい!?」
悲痛な声が扉越しに聞こえてくる。ヤーヌスの加護を受けた扉はファイノンの願いを受けて再び開こうとしていた。モーディスはぐるぐると健気に勤めを果たそうとしている扉の前で、開くな、と逆回転を念じる。
一旦、彼が手に持っていた得体のしれないものを見なかったことにしたかった。
「モーディス! 開けてくれないか!? 両手が塞がってるんだ!」
扉の前でわぁわぁ喚いているファイノンの声に渋い顔をしながら、モーディスは扉の前から離れた。人の部屋の前で叫ばれ続けては注目を集めるだろう。追い返すにしても、まずは話を聞いてからでも遅くはない。彼の捨てられた子犬のような哀れみを誘う声を聞いているとなんだかそんな気分にさせられるのだから不思議なものだ。後でその選択を後悔することになるだろうに、どうしてかモーディスはファイノンに対して冷酷になりきることができないでいる。
開いた扉から素早く中に入ったファイノンは、先程の声音はどこへいったのかと思うほど満面の笑みを浮かべて部屋の中をずんずんと進んでいく。盆を持っていなければ今にでもステップを踏み出しそうなほどだった。モーディスは、ファイノンに対して甘くしすぎたかもしれない、と自身の選択を少し後悔した。
「
……
それで、何の用だ」
「見ての通りだよ。いつも君に料理を作ってもらっているだろう? だから、今日はお返しをしようと思って作ってきたんだ」
「
……
そうか」
モーディスはそれだけを返して、全てを諦めた。ファイノンはそんな自身の反応など気にした様子もなく、我が物顔で室内に入ると食卓の上に盆を置く。ファイノンが作ったというそれは一応食べ物の見た目をしているが、モーディスは警戒を緩めずにそれらを見下ろした。
ファイノンは料理が下手だ。生い立ちを聞くに、平和な村で育った彼は料理と無縁だったようで、包丁を握ったことはおろか厨房に立ったこともないらしい。黄金裔として招かれるまでは野営経験もなく、オクヘイマに住むようになってからは市場で食べ物を買ったり、料理人が用意した食事を食べていたのだとか。
だから、初めてモーディスが彼らの食事を作った時にはたいそう驚かれたものだ。
「君って料理ができたんだ」とはその時のファイノンの言葉である。今思い返しても腹立たしいことこの上ない。
けれど、なんだかんだ文句をいいながらも、ファイノンはモーディスの作る食事を美味しそうに食べた。他の黄金裔よりも固いパンを渡されても、自分ひとりだけ味付けが違うものが用意されたとしても。胃に入ればなんでも同じといった顔をしながら、全て平らげる。モーディスが料理を作らない日には、プライベートルトロに押しかけて食べ物をねだることもあるほどだった。
隠匿の刻に「お腹が減った」と部屋を訪れる男を追い返したのは一度や二度ではない。けれど、「お腹が減って眠れないんだ」、と憐れみを誘うような表情で乞われてしまえば、そのうるさい口を黙らせるために、と夜食を提供してしまうのがモーディスの性分で。気分としては野犬の餌付けだったが、何を作ってもファイノンは美味しそうに食べるものだから、モーディスとしても少しばかり絆されている気がする。あまり認めたくないことではあるのだが。
それだけならまだ、自身の手間が一つ増えるだけで済む問題ではあったのだが
――
問題はファイノンが意外と義理堅い男であったことだ。
夜食をねだりに来る厚かましさや、常日頃から何かと張り合っては皮肉を飛ばしてくるところを除けば、奴も一応黄金裔の一員である。受けた恩義にはちゃんと報いろうとするきらいがあり、それが人一倍強いことも知っていた。
だから、時折こうして手ずから料理を作ってくれるのだが
――
手料理を振る舞うにしても、経験がないのなら、誰かに教えを請うなりして作ればいいのに、ファイノンは独学を貫いた。一応、市井でレシピ本を買い、調理器具を一揃い用意するなどの努力はしているらしいが、モーディスから見れば努力の方向性が間違っているとしか思えない。
レシピ通りに計量し、適切な手順を踏めば失敗しようがないものを、割と大雑把なところがあるこの救世主は、雑に進めた。
そのせいで味が濃すぎる炒め物が完成したり、逆に味のしないスープが生まれたりしているのだが。本人が胃に収まればそれで良いといったスタンスだからなのか「今日はうまくできたよ」と笑みを浮かべながらモーディスの下へと持ってくるのだから始末に負えない。
今日だって、一緒に食べようと満面の笑みを浮かべて持ってきた盆の上に乗っているのは、やけに平べったい茶色の板だった。
彩りを加えようとしているのか、果実が申し訳程度に添えられており、さらに上から蜂蜜がたっぷりとかけられている。時間が経って染み込んでしまったのか、茶色の板の一部は少しだけ色を濃くしていた。
「ところで
……
一応聞くが、これはなんだ?」
「黄金のハニーケーキだよ。最近市井で流行ってるだろ? 君も好きだと聞いて」
軽いケーキだから朝食にぴったりだしね、と笑いながらファイノンは茶色の板を器用に切り分けて口に運ぶ。フォークが刺さった瞬間、ばき、とおよそハニーケーキからするような音ではない異音が響いたが、気にした様子もない。
「俺の知るハニーケーキは、切り分ける時に異音を発しない」
「へえ、それは驚きだ。今日から知識を更新したほうがいい。最近の流行りは、甘さ控えめでしっかりと焼いたハニーケーキだからね」
ふふん、と胸を張りながらファイノンはハニーケーキを切り分けていく。曰く、伝言の石板にあった最新のレシピなのだとか。訝しむモーディスに対し、ほら、と手慣れた様子でレシピのページを開くと、端末ごと手渡してきた。
たしかに、そこに掲載されているレシピは、一般的なハニーケーキよりもしっかり目に焼くものだ。糖分を控えめにし、一部の材料を減らすことでパンのような食感に仕上げるのだという。蜂蜜をかければおやつに、塩気のあるものと一緒に食べれば食事にもなるというそれは、たしかにモーディスも噂程度に聞いたことがあるものだった。
とはいえ、切り分ける時に異音がなるほど固くなるまで焼くようなものではないのだが。はぁ、と小さくを吐いて、モーディスは自身の分として渡された皿のケーキにナイフを刺した。
はむ、と口に含んで咀嚼すれば、想像していたよりはマシな味がした。焼け焦げた炭を想像していたから、存外普通のハニーケーキであることに驚いた。それが表情に出ていたのだろう。ファイノンは満足げな笑みを浮かべて、こちらを眺めている。なんだかそれが癪で、モーディスはザクロジュースと共にそれを飲み込むと、じろ、とファイノンを睨めつけた。
「意外といけるだろう?」
「
……
貴様、材料の計量を疎かにしたな」
「そんなことは
……
ないよ」
ファイノンの目が泳いでいる。やはり、適当に計量したのだな、と溜息を吐いて、切り分けたハニーケーキの断面を見下ろした。
ぺちゃんこに潰れているそれは、火はちゃんと通っている。表面も均一に火が通っているからか、焼きムラはない。ただ、それだけだった。
ふわふわのハニーケーキとは程遠いそれは、新しい創作料理と言ったほうがマシなほどだ。
「菓子は計量と温度が一番大切だ。普段の料理でさえまともに計量しない貴様が手を出すのは早い」
「うう
……
で、でも美味しいだろう?」
なおも食い下がるファイノンに対し、そうだな、と返せば途端に嬉しそうにはにかんだ。食べられない物を作っていた頃と比べれば、たしかにはるかにマシだ。マシであることは変わらないが、それでもモーディスとしてはどうしてこれが生まれたのかは気になるところである。
ちら、と時計に目をやる。門の刻第四針
――
まだ一日は始まったばかりだ。
「
……
今日の予定は?」
「今日は特にないかな。君さえよければ、朝食の後に手合わせをお願いしようかと思ってたところだよ」
「なら、お前の使っている道具を持って来い。正しいレシピ通りの作り方を教えてやる」
「え
……
!?」
「いつまでもそれでは今後苦労するだろうからな。独学は控えることだ」
正しい包丁の握り方から叩き込んでやる、と伝えれば、ファイノンは困ったように眉尻を下げたのだった。
◆
そういえば、結局最後までファイノンは料理を覚えることはなかったな。
遠くから響いてくる眷属の足音を耳にしながら、モーディスはぼんやりと思考を巡らせた。
クレムノスの最深部
――
暗黒の潮を食い止める最前線の玉座で造物を切り捨てていると、時折オクヘイマで過ごしていた日々を思い出すことがある。
ひとけのない開けた広場では、孤独が足元からひたひたと迫ってくるようで。もう食事を必要としない身体になったというのに、時折ひどい空腹感を覚えることがあった。
そんな時はきまって、オクヘイマで過ごした日々がよぎっていく。ファイノンと勝負をしたあの頃や、奴が夜食をねだってきた日のこと。
結局、いくら料理を教えても、最後は「モーディスが作ってくれるだろう?」と真面目に取り組まなかった男は、今頃きっと食べるものがないと困り果てているのだろう。
もしかしたら、自身が奴の食事を用意していた頃の前に逆戻りしているのかもしれない。散々、身体は資本だと伝えたのに、少しでも目を離せば、すぐに適当な物で胃を満たそうとするのだ。
そんなことを考えいると、ふつふつと怒りが胃の底から沸き上がってくるような心地がして、モーディスは溜息を吐いた。
次に会った時には、ちゃんと食事を摂っているか問い詰めなければならないな、と苦笑しながら。
群を成す造物に向かって、紛争の力をぶつけたのだった。
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