もち屋
2025-03-02 03:01:13
3746文字
Public ファイモス
 

君のための特別な

ファイモス
セルフネグレクト気味のファの食事係をする小話

「そういえば、君って最初の頃からずっと僕の分の料理だけ変なものを作ってたよね」
……何のことだ」

 それは、いつものようにアグライアの依頼で荒野へと繰り出した日のことだった。
 オクヘイマ近郊のタイタンの眷属を討伐し、難民キャラバンへと物資を運び終えた帰り道。天幕の設営を終え、焚き火を囲みながら夕食の準備をしているモーディスに向かって、ファイノンは問いかけた。
 初めて会った時から今に至るまで黄金裔の口にするものの多くはモーディスが作っている。オクヘイマにいる間は流石に雲石市場で買ったものを食べたりするのだが、たまに「作りすぎた」といってモーディスがお裾分けをしてくれることもある。
 曰く、物心ついた時からずっと野営を繰り返していたから、料理をする習慣が染みついているのだとか。
 彼の作る料理は美味しい。ファイノンはあまり味に関心がなく、胃に収まってしまえばなんでも同じだと思ってるから、あまりそれらのの良し悪しは分からないが、それでもその辺の店に引けを取らない味だと思っている。火を追う旅が終わった後は、店でも開いてみるのはどうろうかと提案してみた時は、渋い顔をされたのだが。ファイノンとしてはとても良い案に思えたのに。彼が店を開いたら、常連として通い詰める自信がある。そう告げれば、モーディスは眉根をもっと寄せて、嘆息を吐いた。
 とはいっても、モーディスがまともな食事をファイノンに出してくれるようになったのはかなり最近のことなのだけど。

「ほら、君ってよくこうして野営の時に料理を作ってくれるだろ?」
「そうだな」
 
 鍋をかき混ぜている彼に対して言葉を投げれば、視線を動かさないままモーディスは頷いた。今日の夕飯はスープだろうか。鍋から漂ってくる食欲を誘う香りに目を細める。呼応するようにぐう、と小さくお腹が鳴って、ファイノンは困ったように眉を下げた。
 モーディスがこうして食事を用意してくれることそれ自体はとても嬉しいのだけれども、彼が時折ファイノンにわたす食事はなんというか、人の食べるものとしてはやや難度が高いものであることもあった。
 例えば、固すぎて歯の方が悲鳴をあげるようなパンや、咀嚼できないわけではないが、黄金裔に振る舞われる他のパスタよりも明らかに具材が違うものだとか。
 もしかして、嫌がらせの一貫だったりするのだろうか。まさか、モーディスに限ってそんなくだらないことはしないと思っているのだけれども。
 
「アグライア達といた時から思ってたんだけど、君って僕に出す皿だけ中身が違くないか?」
……
「もしかして……僕のことが嫌いだったり、とか?」
「文句があるのなら、食べなくても構わんのだが」
「ご、ごめん! 食べます! いただきます!」
 
 不機嫌そうに眉根を寄せたモーディスは、椀を手に取ると鍋の中身をよそっていく。今日は同じ鍋から食べるものだから、自分の分だけ違うということはないだろうと、内心胸をなでおろしたファイノンの前で、モーディスは持ってきたスパイスを椀にかけていた。

「お前の分だ」
「あ、ありがとう……?」

 ずい、と差し出されたそれはスパイスが多く、表面が赤く染まっている。モーディス側のものはそこまでではない。やっぱり、なんか違うような気がする。

「あの……これ、スパイスを多く入れたりした?」
「ああ。お前、辛いものが好きだろう?」

 今日のスープは薄味だから、味の調整を手元でしているんだ、と悪びれなく告げられて、なるほど、とファイノンは手元の椀を見下ろした。
 元々野営をするつもりがなかったから、今日の具材はそこまで多くない。普段常備している保存用携行食を具材とし、それらが柔らかくなるまで煮込まれたスープだ。栄養補給の意味合いが強いそれに、モーディスはファイノンの分にだけ香辛料をかけたのだ。多少なり食べやすいように。
 もしかして、結構自分は彼に大切にされているのかもしれない。
 首都から離れた荒野には黎明の光が差さない。他よりも肌を刺す風は強いし、夜ともなればなおさら体温が奪われる過酷な地となる。
 体温の維持には香辛料が欠かせない。あまり物資が満足に手に入るような状況ではないことも相まって、モーディスの気遣いになんだか胸の奥がじん、と熱くなる。
 まだ湯気の香るそれをそっと手に取り、口に運ぶ。舌に広がる香辛料の複雑な味が、スープを飽きさせることがない。

……ん、美味しいね」
「今日は冷えるからな」
……じゃあ、もしかして、今までも……?」
「さてな」
 
 思い返してみれば、麺類が少し短い時間で茹でられたものだった日は、ファイノンがその日口にしていたものが液体補給食だけだったり、ソースが激辛になっている日は、寒い地からの遠征帰りだったりしたような気がする。
 存外、モーディスは人のことを良く見ている。オクヘイマにいる時のお裾分けも、それがファイノンがその日口にする初めての食事となることが多い。たぶん、それもバレているのだ。流石に一日に一食も食べないのはよくない、という程度の意識が働きはするものの、それでも雲石市場に行って何かを選ぶような気力もなく。
 そんな風に無気力にすごしていると、たいていモーディスがお裾分けを持ってきてくれるのだ。タイミングが良いな、と思ったことは何度かあるけれど、こうやって思い返してみるとモーディスはファイノンがびっくりするくらい、自身の生活を観察しているように思う。
不意に、モーディスが口にしているスープを認めて、ファイノンは目を細めた。なんか、自分に与えられたものと違うような気がする。香辛料の違いかと思っていたのだが、よくよく見れば、入っている野菜や肉の量がぜんぜん違うのだ。
 ファイノンの方は肉類を中心としたスープで、対するモーディスの方は、野菜が多いスープとなっている。もう見た目からしてぜんぜん違うものになっていて、ファイノンは小さく目を見開いた。

「君の分と具材の量が違うような気がするけど……
「お前は今日、初の食事だろう? タンパク質が足りていないからこれで良い。逆に俺は他の食事で必須栄養素を賄っている」
「ええと……呪文かなにか?」
……自身の健康と栄養状態くらい常に把握しておけ」

 小さな舌打ちが響いて、古クレムノス語で何かをひとりごちる声がする。意味はわからないが、きっと良い意味ではないのだろう。
 
「はぁ……救世主。お前が本当に救世の道を歩むというのなら、自身の肉体をおろそかにするのは今すぐやめろ」

 眇められた瞳が、こちらをじ、と睨めつける。そこに浮かぶ剣呑は光には、怒りが混ざっていた。

「別に疎かにしているわけじゃないけど……
「では、昨日は何を食べた?」
「ええと……朝はパンとフルーツジュース、昼は任務でいそがしかったから、完全栄養食のパンを一切れ。夕飯も、完全栄養食パンとスープ、かな」

 昨日はモーディスと一日も合わなかった日だ。思い返してみれば、栄養素が一度にとれるという栄養食パンばかり口にしているような気がした。
 ファイノンの言葉を聞いたモーディスは、なるほどな、と嘆息を吐いた。想像通りだ、とぼやいた後に、モーディスはファイノンが持っていた椀を手に取ると、追加で鍋の中身をよそっていく。そのまま香辛料で味を整えた後、椀と一緒に小さなチーズを差し出した。

「食べろ」
「あり……がとう?」
「この程度では栄養状態は改善されないが、食べないよりはマシだ。お前が本当に救世の道を歩むというのなら、その身体を形作る食事から改善していくことだな」
「うん……分かった、けど」
「分かっていない顔をしている」

 ありがとう、と伝えようとした言葉は、モーディスに遮られて止まってしまう。自分だって健康に気を配る必要があるというのくらいは理解しているのだけど。
 む、と唇を尖らせたファイノンを見下ろしたモーディスは、もう一度盛大なため息を吐いた。

「では、お前は毎日必要な食事量を適切に摂れるのか?」
「それは……取る努力をするよ」
「努力ではダメだ。万が一のときに戦えなくては困る」
……そんなに言うなら、僕の食事管理でもしてくれるのかい?」
「そうだな……勝負のときに「健康管理を怠ったから全力を出せなかった」などと言い訳されないために、お前用のメニューを用意してやる」
「えっ……!?」

 はん、と鼻で笑ったモーディスは、そう返しながら、ファイノンの椀におかわりを注いだ。

 そうして、遠征から戻った後、ファイノンのプライベートルトロに毎日のように料理を届けるモーディスの姿が、見られるようになるのはまた別の話。

 ◆

「そういえば、モスちゃんはいつもファイちゃんのご飯だけ、別に作ってたね」
「ええ。あまりにも彼の栄養状態が悪いから、と気にかけていたようです」
「噛む力もあんまり強くなかったもんね。モスちゃん、やさしいなぁ」
「ファイノンは食材が硬すぎて困っていたようですが……けれど、コミュニケーションをとれるのは良いことです」




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