もち屋
2024-12-05 13:11:03
2790文字
Public その他
 

この世界の片隅で

2.7バレを少し含む。
ワーヴィックとサンデーがエディオンパークで会話するだけ。
この二人の会話をもっとたくさん見ていたい。

 ――煌びやかな夢境世界を彩る調和の音に異音が混ざってはならない。
 全ては規則正しくあるべきで、美しくあらねばならない。正した襟は乱れてはならないし、規則は遵守されなければならない。
 それは、幼い頃より養父に強く言いつけられ、守らなければならなかった戒律だ。
 半音もずれることなく正しく正確に。定められたテンポで、譜面の通りに。
 その演奏に欲望の音を混ぜてはならないし、アレンジを加えてもならない。全ては秩序に則って進行するものであり――ワタシはそのための駒だった。
 それに疑問を覚えたことも、意を唱えたこともない。人はみな、自身の本当の願いを真に理解できていないのだから。
 人々が安心して幸福を享受できる世界を生み出すという理想が。それが真に実現できるのであれば、これ以上にない楽園であると思った。
 生まれつき損なわれた欠落が大きすぎる者、外界において行き場を失った者、帰る家がない者、もはや生きることが困難な者――彼らが安住の地として身を寄せることができる寄る辺。
 それを提供することこそが、ワタシがここにいる意味であり理由であると。

 だから――あの日。散歩の最中に養父がこぼした「ここを任せる」の言葉が、幼少期のワタシとの訣別の言葉となったとて。
 それは、いずれ来る日がその日だったというだけのこと。
 だというのに――

「ワーヴィック、アナタ一体何をしているんですか」
「見りゃ分かるだろ。アイス食べてる」
「エディオンパークではハンバーガー以外の飲食は禁止されていますが」
「今はそうらしいな。こんなに美味いのに、売るだけ売って食べられないなんて可哀想だ」

 サンデーの言葉を聞いているのかいないのか。ピピシ人の少年はさして気にした様子もなく、3段に盛られたカラフルなアイスを口に運ぶ。
 ハウンド家の調査によって立ち入り禁止が敷かれたエディオンパークは、普段の賑やかさは鳴りをひそめて静まり返っていた。
 調査メモにあった事項を無視すれば一体どんなペナルティが課されるのかわかったものではというのに。ワーヴィックと呼ばれたピピシ人の男は、美味しそうにアイスを口に運んでいる。

「デーさんも食べればいいのに」

 今年の限定フレーバー、美味しいぞ。と続けられた言葉に嘆息を返す。残された時間はそう多くない。こんなところで油を売っている暇は正直ないのだが。

……今期の限定フレーバーは虫歯になりやすいんですよ」
「ふぅん……デーさんってそういうとこあるよな。息苦しくないか、それ」
「余計なお世話です。それに、もう子供でもないのですから――んぐっ!?」

 不意に肩を叩かれ、振り返った瞬間口の中に異物が入り込む。反射的に閉じた口の中に広がるパチパチと弾ける甘味に、サンデーは眉根を寄せた。恨めしげな視線を投げてやれば、いつの間にか同じ目線に戻っていたワーヴィックは、ニヤリと口角を上げて笑う。してやられた、と思った時にはもう遅い。
 
「いいだろ。子供じゃなくてもアイス食べたって」
……はぁ」

 そういう問題ではないのだと続けようとした唇は、じ、とこちらを見つめてくる視線に閉ざされる。

「デーさんは肩に力を入れすぎなんだよ。アイスを食べたなら歯を磨けばいい。襟が乱れたなら正せばいい」

 何を小難しく考える必要があるんだ?と続ける男は、心底理解ができないといった様子で肩を竦める。
 そんな、小鳥でさえ分かる道理になぜ囚われるのか。答えなど分かりきっているだろうに、目の前の男はあえて言葉を口にする。何故、と。
 
……その時間があるのなら、他のことに充てたいからですよ。それ以上でもそれ以下でもありません」

 アナタのせいで、歯磨きをしなければならなくなりましたが。と続ければ、大仰なため息が落とされる。

「つまらない男だ、本当に」
「つまらなくて結構」
「はぁ……デーさんのそういうとこ、嫌いだ」
「嫌いで結構です。アナタのように、言葉が軽いわけではありませんので」
「はいはい」

 不満げに食べ終わったアイスクリームの紙を折りたたんだワーヴィックは、乱雑にそれをポケットに入れる。
 ゴミ箱にゴミを捨ててはならない――このパークの掟の一つだ。律儀にそれを守るあたりも、この男だって本質的には囚われているというのに。なんだかおかしくなってくる。

「品がないですよ」
「デーさんが決めたんだろ? ここにゴミを捨てるなって」
……はぁ。アナタ、そういうところは守るのですね」
「さてね。守る時もあれば、そうじゃない時もある。今日はその気分なだけだ」
「減らず口を……

 だからさ、と続けられた声は明るい。ぐ、と服の裾が引っ張られた感覚に視線を落とせば、丸いピピシ人のポンポンが視界に映る。コロコロと姿を変えて忙しい男だ。

「デーさんも好きにしなよ。全部が全部、守らなきゃいけないわけじゃないだろ」
……そうですね」

 取捨選択は委ねられている。戒律によって定められたものが全てとも限らない。頭で理解はしているのだ。その実感が伴わないだけで。
 ぐしゃ、と服の裾に皺が寄る。美しく整えられていたズボンに寄ったわずかな皺。けれど、すぐには戻らないだろう。

「全てを正す必要って、どこにもないだろ。デーさんも、僕も。だからさ、こういうところから始めた方がいいと思うわけ」
……人の合意も得ずに?」
「デーさんにはそれくらいしないとダメだからな」
「はぁ……

 悪びれた様子もなく笑うピピシ人の少年を引き剥がし、溜め息を吐く。ドリームリーフの子供たちでさえまだ遠慮があるというのに。
 けれど、不思議と嫌悪は湧いてこない。正しい姿で在らねばという強迫観念さえも。昔の自分であれば、アイスを食べた直後に口を濯いでいただろうし、服に皺が寄れば、すぐさま着替えるか整え直していただろう。
 胸の内では、既に変化し始めているのかもしれない。それが善いことなのか、判別はつかないのだけれども。

「行きますよ。ワタシに許されている時間は少ないのですから」
「はいはい」

 そっと唇に触れる。かつての秩序を刻まれた公園のアイスは、甘く。けれど、その甘さは、幼き日の己が求めた美しい夢の味で。
 規律を作り縛る必要などないほどに、簡単なことだったのだ。
 ――アイスを食べたのなら歯を磨けば良い。
 服が汚れたのなら拭き取れば良い
 ネクタイが曲がったなら、正せば良い。それだけのことなのだから。

 ◆

「そういえば、デーさんに一つ言いたい事があるんだけどさ」
……なんですか」
「字は、もっと綺麗に書いた方が良いと思うよ」
……アナタに言われたくはありません」
「ははっ! 見たこともないくせに」
 


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