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雪成はす子
2025-08-12 19:41:27
3540文字
Public
💛関連
空蝉灯籠記
💛のホラー+春夏秋冬旗揚げシリーズ第二段・夏
夜行の群れに🐧が誘い込まれてしまう話
⚠蟲ホラーというか妖怪系というか害虫駆除です←
無断転載・AI学習・コピペ・自作発言禁止Repost is prohibited
その日は久方ぶりの陸地で、俺は船番としてポーラータング号の甲板に座っていた。
グランドラインの夏島の、蒸し暑くて酷くじめっとした不快な夜だった。湿度の高い、生ぬるい空気が肌に纏わりつき、じっとりと浮かぶ汗で肌がベタついて余計に不快感が増す。風もなく、ただ生ぬるい風が時折頬を撫でるだけの、そんな不愉快な夜だった。
一口水を飲み、頬の汗を拭う。ふと、島の森の奥にぽう、と仄かな明かりが灯ったのが見えた。ゆらりと揺らめく橙色の明かりは列を成し、それは行列となって森の奥へと続いていった。
一体何なのか、と俺はその行列をじぃっと見やる。白装束の群れが、それぞれ手に灯籠を持って森へと進んでいった。恐らくこの島特有の祭りか儀式か何かだろう
――
そう思っていると、行列の中に白装束ではない衣装を纏った人物が紛れ込んでいる。それは俺と同じツナギを着ていて、そして頭には見慣れた鯱のキャスケットが見えた。
「
……
シャチ? 待て、何処に行く気だ!」
その姿を捉えた瞬間、俺は叫んでいた。
すると白装束たちは一斉に俺の方へと振り返り
――
先頭を歩いていた一人が、手に取った錫杖を地面に突き立てる。
――
リィィィィィン
……
錫杖に付いた鈴が、けたたましく鳴り
――
そこで、俺の視界がぱちりと入れ替わった。
***
次に気が付いた時、俺はいつの間にか加えられた行列の中で誰にともなく歩かされていた。
足を止めようと思っても、体が勝手に動いてしまう。灯籠を持つ夜行の群れは、更に森の奥の奥へと進んでいく。
拙いな、と俺は心の中で独り言ちた。
この夜行の群れが何なのかは分からないが、どうやら俺は誘き出されてしまったらしい。そしてそれは、前を歩くシャチも同様だろう。好奇心に駆られたのか、それともこの夜行の群れに最初から目を付けられていたのかは分からないが、一刻も早くここから出なければ、と密かに拳を握り締めた。
この夜行の群れの目的が何なのかはさっぱり分からないが、どうやら人間ではないらしいという事は肌で分かっていた。この夜行の群れにしても、灯籠を持つ連中の誰一人として自分の意志らしきものが感じられない。さながら蟻の行列のように、ひとつの大きな意思に突き動かされているだけの自我のない群れ。そんな連中が、俺とシャチを連れ出して一体何をしようと言うのだろうか。
――
まずは、目的地に着かねえ事にはどうにもならねえか。
はあ、とため息を吐く。すると、先頭の白装束がまた錫杖を地面に突き立てた。
リィィィィン、とまた鈴が大きく鳴る。すると灯籠を持った群れが森の中の開けた空き地をぐるりと囲って円になった。各々持っていた灯籠を地面に突き刺すと、それは円環となって地面に固定される。白装束は突き立てた灯籠を仰ぎ、奉り、ゆったりとした動きでそれぞれ動き始めた。優雅な動き、それは恐らく舞のようなものなのだろう。だが自分にはそれが一体何の意味を持つのか分からない。
――
当然だ、いきなり招かれて舞を見せられた所で何だというのか。
そもそも俺はこの島の風習も何も知らないのだ。それなのに、いきなり招かれて舞を見せられた所でどうしろというのか。
賞賛すればいいのか、それとも共に舞に加わるべきなのか、それすらも知らされていない以上はじっと立ち尽くす事しかできないというのに。
何処で抜け出したものかと思案していると、不意に俺の腕が掴まれる。振り向くと、そこには見慣れたキャスケットがあった。サングラスが灯籠の灯りを写し、ちかりと橙色に輝いている。あかがね色の髪の先が金色に光り、生ぬるい風にそっと揺れていた。
そして、シャチの後ろに白装束の者がふたり立っていた。灯りに照らされて、白装束に隠された顔が暗闇の中にぼんやりと浮かび上がる。
白装束の中のその顔は
――
俺の父さんと、母さんの姿をしていた。
「
……
ははっ」
気付けば、俺は笑みを零していた。
会いたかった人が、ずっと一緒に居たい人がそこにいる。大好きな人が、俺を宴に誘っている。
「ペンギン、一緒に踊ろう?」
腕を引っ張り、シャチは輪の中に入るように誘う。そのシャチの腕を掴み返し、俺は懐に隠していたナイフでシャチの喉を一気に引き裂いた。サングラスが落ち、見開かれた瞳がどうして、と声もなく叫ぶ。そのままざらりとシャチの体が崩れ、黒い塊がぶぅんと唸りを上げた。
返す刃で、俺はシャチの後ろに立っていた白装束の二人も刺した。ナイフで貫いた体は途端にざらりと崩れ、同じようにぶぅんと唸りを上げて霧散する。いつの間にか灯籠の火が消え、ざわざわ、ざわざわとぬばたまの闇が蠢いていた。
まるで一つの大きな生命体のように、ざわざわ、ざわざわと蠢いている。
――
リィィィィン
鈴の音が、大きく唸る。
「
――
ああ、まんまとしてやられたな。俺は餌だったのか?」
ざわざわ、ざわざわ。闇が蠢く。光る蟲、鳴る蟲、ありとあらゆる蟲が蠢いている。灯籠の灯りが消えた事で、どうやら辺りを誤魔化していたありとあらゆるものが取っ払われたようだ。
蠢く蟲の下に、白い骨の腕が覗いている。蒸し暑い空気の中に立ち込める腐臭すら、灯籠の灯りは掻き消してしまっていたようだ。
あの白い骨も、きっと自分のように誘い込まれてしまったのだろう。あの蟲の群れに取り込まれ、幸せな夢を見せられたままこの蟲らに喰われてしまったのだ。
そして自分もまた、違和感に気付かなければあの骨のように喰われていたのかもしれないのだと思うと
――
全く、吐き気がする。
後で改めて弔いに戻ると心の中で呟き、俺は懐の中に手を入れる。目当ての物を探り当て、俺はくっと口角を上げた。
「俺を誘い出した手腕は褒めてやる。お陰でまんまと誘き出されちまった。
――
でもなあ」
懐から酒瓶を取り出し、蠢く闇の中心めがけて投げた。パン、と酒瓶が割れ、中身が飛び散る。そしてもう一つ取り出したソレにライターで火を点け、酒瓶が割れた地点に同じように投げた。途端にゴウッと上がった爆炎と共に、パチパチと蟲が爆ぜる音が混じる。ぶぅぅうぅ、と低い唸り声のようなものが辺りに響いた。
――
リィィィィン
……
ひときわ大きな音を立てて、鈴の音が途絶える。
ぱとぱちと燃え盛る炎を背にして、俺は森を後にした。
***
「あ、ペンギンやっと起きた」
ぱちりと目を覚ますと、太陽を背にしたシャチが俺の顔を覗き込んでいた。
「この島暑いんだからこんな所で寝てると危ねえぞ? 熱中症には気を付けろってキャプテンも口酸っぱくして言ってただろ?」
甲板の上の、丁度日陰になってる部分
――
そこでどうやら俺は眠ってしまったらしい。
「シャチ、いつから戻って」
「いや、俺は船番としてずっと艦に居たぜ? ペンギン昨夜は不寝番で甲板に出てたけどさ」
「そうか
……
だよなあ」
がりがりと頭を掻きながらゆっくりと起き上がる。昨晩のアレはやっぱり夢だったのだろう。
全く、蟲に襲われるなんて最悪の悪夢もいい所だ。やれやれとかぶりを振ると、帽子からぽとりと何かが落ちた。
「ペンギン、何か落ち
……
ってギャアアアア虫!! 虫だあああああ!!」
帽子から落ちたソレを見たシャチが飛び上がってのけ反る。すかさず後じさり、「ペンギン早くソイツどっかやって!」と甲板の隅でシッシッと腕を振りながら震えた。
「相変わらず虫ダメなんだなあ、シャチ」
「いいからさっさとどっかやってってば!! それに仕方ねえだろスワローには虫ほとんどいなかったし!!」
「その理屈だと俺も虫ダメじゃねえとおかしい気もするんだけどなあ」
なんて苦笑しながら蟲を摘まむ。特徴的な翅を持つこの蟲は、確かこの翅を震わせて鈴みたいな音を出すんだったか。
弱々しく肢を蠢かせるその蟲を摘まみながら、残念だったなあ、と誰にともなく呟く。
「俺を喰えなかった事も、シャチを喰えなかった事も、本当に残念だったなぁ。
――
でも、テメェにゃもうあんな力は使えねえ、そうだろ?」
蟲は弱々しく、翅をばたつかせる。どうやら図星だったようだ。
「ま、そうは言ってもあの骨は浮かばれねえよな。害虫は、きっちり駆除しちまわねえと」
最早飛ぶ力も残っていないその蟲を、ペンギンは躊躇うことなく海へと投げ捨てた。
蟲はあっという間に波間に消え、海はいつもの静寂を取り戻していく。
ぱんぱんとペンギンは手を叩き、くるりと踵を返した。
波に揺られる憐れな鈴虫は、不意に海面に現れた魚にぱくりと喰われて呑み込まれていった。
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