ふゆみず

てるてる坊主。

 篠突く雨が降っていた。前日の天気予報にも見なかった雨量は窓の外が烟るほどで、冬人はもう少し雨が落ち着くまでは、と前日泊まった水樹の帰宅を引き留める。
「この時期はどうしても雨が多いね……
「そうだね……大雨も珍しくないし」
「しばらくは遠出難しそう」
 残念、と短いため息を吐いた水樹と立てた予定は、今日のような雨で潰れることがあった。水樹の言うとおりどうしても雨の多い時期であるから、しばらくの間はおとなしくしているべきなのかもしれない。
「レインコートのポン吉みたいに雨ならではのもあるけどさ、そろそろ青空も見たいよね」
 片立膝の上で両手を組んだ水樹が窓の向こうをじっと見つめながら言った。
 いつぞや小雨の早朝、ふたりでコンビニへ向かった際にすれ違ったのはよく見かける犬と飼い主で、ふたりは同じ黄色のレインコート着て散歩していた。水樹は犬のポン吉へ似合う似合うと絶賛し、飼い主からは嬉しそうな笑みを向けられていたものだ。輝くような笑顔になったポン吉に足元をびょんびょん跳ねられていた水樹を思い出すと冬人も微笑ましくなる。
「あ、ひらめきました」
 ぽん、と手のひらを打った水樹にあらなにかしらと思えば「欲しいものがあるんだけど……」と水樹は控えめに窺ってくる。
「ふふ、なに? 言ってみて」
 水樹が無茶な要求をしないことを冬人は知っている。彼は他者との間にある線を読み取ることも慮ることも自然にできるひとで、親しい間柄だからといって無遠慮な要求をすることは絶対にない。もちろん、恋人として甘える姿は見せてくれるから……水樹はほんとうに「上手」なひとなのだ。
「いらない布とかあったらそれか……ティッシュとマーカーペンお借りしたいです。あ、紐も」
「いいけど、なにに使うの?」
「古式ゆかしくてるてる坊主を作ります!」
「てるてる坊主……
「そう。僕たち渾身のてるてる坊主なら、この雨雲をも打ち払う力があると言っても過言ではないはず」
「過言じゃないかな……
「まあまあ、ものは試しということで。冬人さんも作ろ」
 実際に晴れるかどうかは分からないけれど、きっと水樹は雨の日だからできることとして楽しみたいのだろう。きゅ、と左手の小指を握られ、冬人は苦笑しながら頷いた。
 手頃な布はなかったものの、ティッシュの他に必要なのは裁縫用の糸とマーカーペンくらいなもので、てるてる坊主を作るのは簡単である。簡単なはずだ。簡単だと思って作っているのだが……現実は少々怪しい方向へ向かっていた。
 まず、水樹はまんまるの頭にしたいから、とティッシュを多めに丸めたものを作った。冬人は多めにすると被せるティッシュを破ってしまわないか心配だったので少なめである。この時点で片や巨大な頭、片や貧相な頭で分かれた。それにティッシュを被せ、赤い糸で蝶々結びにした首は童謡を振り返るとなんだか嫌に示唆的になったが、この時点ではまだ目を瞑れた。
「これはだめではないだろうか」と冬人が思ったのは、ボールペンで顔を描き始めた辺りである。
「すっごく滲むね」
「滲んでるねえ」
 ティッシュにマーカーペンで描いた顔は物凄く滲んだ。まるでピエロのメイクを雑に手で擦ったかのような有様は恐ろしく、とてもではないが天へ雨を乞う使者には見えない。ハロウィンの飾り付けと説明されたほうがまだ納得はできる代物は互いの絵心も少なからず影響しているような気がしたが、こちらは気のせいだろう。なにもかもマーカーペンが滲んだせいだと冬人は現実から目を背ける。
「よし、吊るしてみるね」
「水樹くん、勇気あるね」
 諦めない心も強い。
 カーテンレールに糸を結び始める水樹に倣い、冬人も自身が作ったやけに貧相なてるてる坊主を吊るし始めるのだが、やはりてるてる坊主には見えず苦笑いしてしまう。
 水樹のほうはどうだろう、と思って見ると、彼はなにか苦戦しているようだった。
「ど、どうしても俯いちゃうんですよ……!」
 焦った声を出す水樹の手元を見れば頭の大きいてるてる坊主はぐらりと傾き、頭が下になりそうであった。水樹はこれをなんとかしようと奮闘しているのだが上手くいかない様子である。
 冬人はその様子を眺めながら、さてどうしたものかと考える。いまから詰めたティッシュを減らしても描いてしまった顔が余計におかしなことになるだろう。最初から作り直すのが一番良さそうだが、水樹はこのてるてる坊主に立派に勤めを果たさせたいと呟きながら四苦八苦している。
……俺ので支えてみようか」
「へ?」
 冬人は間隔を空けて吊るしていた己のてるてる坊主を水樹のてるてる坊主の隣にずらし、大きな頭が貧相な頭に引っかかって乗るように配置した。俯きがちなのは変わりないが、先ほどまでの天地がひっくり返りそうな状態よりはずっといいだろう。
「仲良してるてる坊主だね! これなら空への交渉も上手くいくんじゃないですか?」
「交渉っていうか脅迫にいきそうな面構えだけどね」
「いやいやそんな……愛嬌満点じゃないですか」
 冬人には水樹が本気で言っているのかは分からなかったが、彼が満足そうにしているのには変わりがないので微笑を浮かべる。恋人が喜んでくれるなら、それがなにより一番なのだ。
「あーした天気にしておくれ! 首はちょんぎらないので安心してね」
 榛色の目を細めながらてるてる坊主を見上げる水樹の声は優しい。きっと、このてるてる坊主たちが空を晴れにできなくても、彼はお疲れ様、なんて声をかけるのではないかしら。
(やまなくても、俺はいいんだけどな)
 冬人は水樹が歌うのを聞きながら思った。
 恋人を自分の傍から帰したいものなどいないのだ。これは水樹には秘密。
 外は轟々と未だに雨が降っている。
 遣らずの雨が、降っている。