wawan78
2025-08-11 23:48:17
2083文字
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セキュリティレベルS

フロスネ フロスネ?
やる気を出してしまったV.Ⅰ

「お前が女だったら良かったのにな」

 送られてきた申請や報告を、ろくに読みもせず適当に承認しながら、フロイトは「今日は良い天気だな」と言うのと同じ声色でそうつぶやいた。

 突拍子もない言動はいつものことである。スネイルもまた適当に「そうですか」と返すと、はじめから大した答えなど求めていなかったようで、視線はモニターに注がれたまま、話は続いた。

「俺のことをよくわかってるし」
「そうですね」
「カバーもしてくれるし」
「そうですね」
「口煩いし」
「そこは気にしなさい」
「あとは愛嬌があれば言うことないな」
「企業に有益なら習得します」

 本当はきちんと内容を理解して承認してほしいものだが、フロイトの手元に届く前に一度スネイルが確認している。形式ばかりのGoサイン、デスクにおとなしく座ってくれているだけで十分だ。

 サボり癖があるわけではない、一応仕事はする男である。……優先順位がおかしいだけで。

「なあ」
「ファーロンの新パーツは承認しません」
「じゃなくて、大豊の方」
「承認しません」
「うちはまだ出ないのか」
「今しがた貴方が承認したので来月には出るでしょう」
「ヴェスパーに配布か。楽しみだ」

 届いていたものに全て目を通したらしい。フロイトはワークチェアから気怠げに立ち上がると、伸びをひとつした。

「お前が女だったら良かったのにな」
「またですか」
「整備部にいいのがいたんだよ。ACも好きだって言うしな」
「何が不満なのです」
「乳が小さい」

 肺の中の空気すべてを吐き出す勢いでスネイルは天を仰いだ。こっちは集中したいのにどうしてそうくだらない。

「それとどうも攻めっ気が足りなくて受け身でな。もっとほら、あるだろう?」
「知りませんよ」

 やることまではやったらしい。ハラスメント関係で苦情が上がらないことを祈るばかりだ。

 何が物足りないのか。フロイトはいつも何かを探している。巨大企業の先鋭部隊、その首席にありながら満足しない。向上心の強い、と言えばスネイルだって歓迎だが、彼は前向きで生産的なそれではなかった。

 新しいものにはすぐに手を出し、死にかけてもなおACに乗り続け、欲求に素直。実力を伴っているから許されているものの。

「なあ」
「お断りです」
「お前がやらなくてもいいだろ、それ」
「貴方にやらせると全部承認するでしょう」
「何がいけないんだ?」
「シュナイダーの気の狂った提案など断じて認められません」
「なるほど」

 コア丸出し? ふざけている。人命は適切な価値の元、適切な使用方法で消費されるべきだ。フロイトが乗ってみろ、……まあ生還はするか。
 フロイトは退屈そうだった。いつもそうだ。たまには真面目に何かをしてみてもらいたい。生きること自体が退屈そうな彼は、常にスネイルの仕事を増やす。気が付くと真後ろにいた。

「お前が女だったら良かったのにな」
「例えそうだとしてもお断りです」
……待てよ」
「はい?」
「考えを変えよう。別に女じゃなくても良い」
「は?」

 話がおかしな方向に行っている気がする。さすがにモニターを突く指が止まった。
 フロイトはしげしげとスネイルの顔を眺めている。吟味している。この顔はACの新作パーツを選ぶときのそれにたいへん近い。

……まあ、物は試しだ」
「何を?」
「今晩暇だろ」
「暇ではありません」
「お前一回、俺に抱かれてみろ」

 コンプライアンス。セクシャルハラスメント。いろいろと過ぎった。告発してどうする。懲戒免職? ないな。企業に何の損があろうか。むしろ彼が抜けるほうが損害だ。あるとすれば個人としてのスネイルがただ不快だというだけである。

「慰安センターにでも行ってください」
「もう行った。なあスネイル」
「お断りです。私は忙しい」
「忙しくないならいいのか?」
「例えば?」

 部屋からいなくなった。まさか。フロイト宛に送られた様々な報告や承認要請が次々と消化されていく。待て待て精査しろ、上から来たメッセージには驚くほどまともに返事をしていた。あの男はこんなに丁寧な文が書けたのか。いやそういうことじゃない。呆気にとられているうちに積み上がった仕事は終わっていた。
 やる気を出せばなどというレベルではない。不正アクセスかと疑われるくらいの。実際上司から通信が来た。ええ問題ありません。フロイトが何故かやる気を出しただけでして。はい。

「これで忙しくないな?」

 戻ってきたフロイトは若干高揚しているようだった。何に。まさか。本気で。

「男は初めてだがなんとかなるだろう。とりあえず脱いでくれ」
「想像以上の変態ですねあなたは」

 何故そんなに興奮できるんだ。スネイルは身の危険を感じた。おかげさまで仕事が片付いたのだ、この部屋にいる必要はない。今夜はしっかりと施錠して、セキュリティを強化して自室に篭ろう。
 まずはこの大馬鹿者を振り切ってから、だが、しかし、





(やる気スイッチ)