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宮森しの
2025-08-11 23:08:27
3294文字
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雑伊 夏祭り(現パロ36×20)
色とりどりの屋台が所狭しと並ぶ会場に、押し寄せる多くの人々。屋台から感じる料理の熱と、人々から発せられる熱がより一層気温を押し上げている気がした。
「いやあ、でも良かったですね! 今日、そんなに暑くなくて」
「三十度って、私が子供の頃はわりと無茶な気温だったんだけどねぇ。それが今や涼しい気温の仲間入りなんて」
「一昨日とか街全体がサウナでしたよね」
伊作と雑渡はそんな多くの人混みの中におり、その姿は浴衣に包まれていた。伊作は深緑を基調とし、雑渡は黒っぽい色を身に纏い夏らしい格好をしている。
「和服の着方、覚えてるものですね〜」
「ね、すっかり忘れてるものだと思ってたけど、案外手は覚えていたよ。不思議なものだ」
昔懐かしい、はるか六百年以上前の事をまるで昨日のように話す。ふたりを知らない者が聞いてもその真意は決して分からないだろう。
「雑渡さんとお祭り来れるなんて思ってもみませんでした!」
「可愛い恋人の可愛いお願いを断る恋人がいると思う?」
「ざ、雑渡さんってそう言うセリフ似合いますよね」
暑さだけではない顔の熱を手で仰ぎながら、伊作はぐるりとあたりを見渡す。たこ焼き、お好み焼き、りんご飴にイカ焼き
……
数え切れないほどの屋台が出ている。どれも美味しそうな煙と香りを空へのぼらせていた。
「何食べる?」
「イカ焼きは絶対食べたいです!
……
あっ、あのりんご飴屋さんは友達が美味しいって言ってたところのやつですよ!」
「へえ、評判いいところなんてあるんだ。どこも同じだと思ってたけど、違うんだね。最初はどこに行こうか。りんご飴は
……
後からの方がいいか。食べ終わるの時間かかるもんね。あ、いちご飴もある」
「はい! イカ焼きからいきましょう! イカが僕たちを待ってます」
「イカが
……
?」
イカ焼き屋を目指して足を進め始めた伊作の手を、雑渡がするりと掴み、繋ぐ。それに驚き伊作がまん丸とした瞳で雑渡を見れば、どこか悪戯っ子のように目を細めた。
「人多いし、誰も私たちに興味はないからヘーキヘーキ」
「雑渡さんが高身長でかっこいいので、目立ってはいますが
……
」
「伊作くんにだけ見てもらえれば私は幸せだし、他の目線なんてどうでもいいなあ」
胸の中に顔を出すちょっとした優越感を、伊作は行儀が悪いとしまい込む。今世の雑渡はかつて火傷を負った部分だけ肌の色が少し違うが、それ以外は健康そのものだ。一点、生まれつき左目の視力は悪いらしいが、それも日常を送る上で不便はないらしい。
室町の頃から変わらないクッキリした目鼻立ちに、綺麗な輪郭。ガッシリとした体格に和服がよく似合う。伊作は密かに、ナンパされないようにと祈っていたくらいだ。
「雑渡さんは僕の恋人ですからね!」
「えっ、急にどうしたの? キスしたくなっちゃう」
「それは外なのでダメです」
視線が絡まり、クスクスとふたりで笑い合う。ただのひとつの幸せがそこにはあった。
ふたりは手を繋いだままイカ焼き屋へ向かい、ふたり分購入すると次はたこ焼きに、その次はいちご飴を手にして焼きそばに手を出しかけた伊作を宥め、運良く空いていたベンチへと腰掛ける。
「焼きそばも食べられるんですが
……
」
「一度に買っちゃうと冷めちゃうし。これを食べてから買いに行こ。りんご飴と一緒に」
「は〜い。
……
今日は花火とかはないんですよね」
「ん? そうだね、今回のこの祭りには入ってないみたいだけど、花火見たかった?」
「はい。せっかくなので、雑渡さんと見たかったなあ
……
なんて」
ぺりっと水滴を弾きながらたこ焼きの容器を開ける。湿気ですっかり潰れていたが、それも含めて祭りらしい。
「なら、さ」
そのうちのひとつを雑渡が伊作へとあーんする。滑らかで無駄のない動きは、普段からしている事を窺わせた。伊作はそれを甘んじて受けながら雑渡の言葉を待つ。
「秋口に花火大会やる所あるって聞いたから、そこに行こうよ」
「えっ、本当ですか?! 良いんですか?!」
「うん、もちろん。私も伊作くんと花火みたいし。手持ち花火なら夏の間いくらでもできるけれど、本格的な打ち上げ花火は見れる場所も機会も限られているからね」
伊作はしなしなになったたこ焼きを飲み込むと、器用に雑渡へ抱きつく。
「嬉しいです!」
「そんなに喜んでくれるなんて、私も嬉しいよ」
「ふふ、前の僕たちが出来なかった事、たくさん出来るのが嬉しくて」
室町時代。はるか六百年以上前のふたりも恋人同士ではあったが、時代は戦乱。そもそも、のんびりとした時間を過ごす事が貴重だった。
「穏やかな時間の中、ただただ雑渡さんを見つめて、見つめられて、笑い合える夏がやってくるなんて
……
今でも少し、夢のようで」
今世の出会いは少し遅かった。伊作が二十歳になったばかりの今年の春に、偶然再会したのだ。ふたりとも記憶を持っており、再会したその日に恋人同士の縁を繋ぎ直した。
「夢じゃないよ。
……
でも、気持ちは分かるんだ。伊作くんと浴衣を選び合ったり、家に泊まってくれたり、朝起きて一番に見るのが伊作くんの顔なんて夢みたいだから」
「雑渡さんもそうだったんですね。ふふ、本当に僕たち、お互いを好きすぎますね」
「そりゃあねぇ。好きすぎるから、こうして生まれ変わってもまた繋がれたんだ」
「来世でも繋がってくださいね。予約です」
伊作は冷め始めたたこ焼きをひとつ、雑渡の口へと運ぶ。このたこ焼きはどうにもたこが小さいが、それもご愛嬌なのだろう。
「永久予約席だよ、私の隣は」
「僕もです。お揃いだ」
再会してから初めて過ごす夏。
あの頃よりずっと暑く、人はぎゅうぎゅうで息が詰まりそうになる事がある。それでも、ふたりはどこ吹く風という表情で、ただただ幸せを噛み締め合う。同じ人として産まれられた奇跡、同じ国に生まれた奇跡、そうして再会できた奇跡。
「仙蔵たちからは相変わらずバカップルだ〜、なんて言われてますけど、雑渡さんと素直に気持ちのやり取りできるのも、明日の約束がすぐできるのも、本当に嬉しいんです」
「
……
私も。約束ができるって、気持ちの良い事だね。冬になったら、春になったら、来年の夏になったら
……
伊作くんとはやりたい事だらけで、一生かけてもきっと終わらないだろうね」
夏の闇と、人工的な屋台の灯りに照らされて雑渡が笑う。その笑顔が炭酸のように弾けて可愛いと、伊作は思った。
「雑渡さんの笑顔って、可愛いですよね」
「そんな事を言うのは伊作くんだけだよ」
「えぇ? そうでしょうか。絶対ほかにも同じ気持ちの人、いると思うんですけど」
「三十六のおじさんに可愛いはないって。あ、たこ焼き食べ終わったね。次はイカ焼きにしよっか。こっちも少し冷めてるけど」
「イカ焼きなんて祭りの時にしか食べないです」
「食べる機会がないもんね〜」
ぬるい風がふたりの頬を撫でていく。これだけ騒がしい中だと言うのに、いとも簡単にふたりの世界に入れてしまう。
「帰ったら一緒にお風呂入りませんか?」
「いいの?」
「はい! この前小平太から貰った虹色の入浴剤があるので入れてみたいです! 多分ドブの色になりますけど!」
「ははっ、そんなキラキラした顔でドブって。うん、いれようね」
「あと、明日の朝ごはんには魚が食べたいんですが、ありましたっけ」
「うーん、ないかも。コンビニで買っていく?」
「賛成です!」
そっと伊作が雑渡の肩にもたれた。密着した体からは、あたたかな温もりが浴衣越しに伝わってくる。
なんでもない小さな約束。それはふたりにとって、シーグラスのような輝きを含んでいるのだ。
「
……
雑渡さん。大好きです」
「私は伊作くんを愛してるよ」
「あっ、ず、ずるい
……
」
「んふふ」
そんなシーグラスのような約束を、夏の喧騒にまみれながらも交わし続け、愛を伝える。
六百年前から変わらぬ、たった一人へ向ける愛を。時を経てもずっとずっと、大切に持ち続けていた愛を伝え合うのだった。
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