彌夜
2025-08-11 22:05:28
5306文字
Public 景丹
 

【射止められないフォローショット】

閲覧ありがとうございます。
拙作は巡海レンジャーifパロな景元×丹恒です。ざっくり説明すると二人で逃亡中。細かなことはふんわり目を瞑って下さい。
例の曲祭お衣装の景元さんに、ビリヤードをプレイして欲しかっただけです。制作者は未プレイなので、雰囲気だけでお読み下さい。

長々ご確認ありがとうございます。
地雷なく大丈夫という御方はどうぞお楽しみ頂けますと幸いです。


【射止められないフォローショット】



(巡海狩猟者if景丹)



宴の星は眠らない。特に真夜中で秒針が止まり、朝が訪れぬ黄金の刻の商業エリアとレジャーエリアは、悲喜こもごもな欲で熱気に包まれていた。輝きが眩しければ目映いだけ、影も色濃く巣食っている。それでもルーサンコインは絶えず行き交い続けるのだろう。
この騒がしさに丹恒は馴染めなかった。気後れするわけではないが、できれば博物館や図書館を擁する太陽の刻へ赴きたい所だ。
だが一緒に行こうと誘った連れを置いていくのは、気が引ける。時間を食う原因となったのがその連れ自身だとしても。

「もうワンゲーム!」
「ふふ。スピードエイトボールを一回だけなら、御相手仕ろう」

ビリヤードでも迅速に勝ち負けが決まるルールを持ち出したのは、丹恒を待たせている自覚があるからだろうか。
いきりたつ若者を甘ったるい声で嗜めるのは、赤いリボンが洒落たハットを被る美丈夫だ。白を基調としたスーツは、一歩間違えばセンスを台無しにして着る者を選ぶが、成熟しきった雰囲気の男にはしっくりくる。気品ある老紳士然としながらも、若い見目のアンバランス。黒手袋へ収まるキューはまるで縦笛のよう。若い年齢層向けな娯楽エリアよりも高級ホテルのバーが相応しい佇まいに、雑然とした競技場へ集まった集団で溜め息が連続する。
唐突に現れた男はゲームの腕前もさることながら、存在感で完全に場を掌握していた。
負けじと噛みつく対戦相手もそれは分かっているのだろう。だが同じ雄として、尻尾を巻くのも癪なのだ。連れの女性が見惚れたのも良くなかった。
面目を潰された若者が貨幣を積み上げる。傍観する丹恒は、全財産を失うであろう彼を内心憐れむ。止める発想が無い分景元と同罪である。

「バンキングは省略して、先手を君に譲ろう。ブレイクしたまえ」

傍観する間にもゲームは進む。
相手を立てるようでいて、余裕綽々な言い回しが怒りを煽った。血気盛んな相手を激情で押し流し、盤面を俯瞰できなくさせるなど、知恵を蓄えた長命種にはお手の物。
もう勝敗は決している。積み木より無秩序に散らばるラック、不格好なフォームは観賞するまでもない。そもそも痙攣が止まらぬ腕で集中するなど、困難なのだから。
丹恒視点で若者は善戦した方だ。小気味良く響かぬキューを必死で繰り、ポケットへひとつ落としてみせた。しかし気難しい淑女は、二球目を撞いて、真っ先に景元のグループボールへキス。選手交代のファウルだ。
ボールを撞く権利を得た景元が、ハットを取って恭しく一礼する。悔しがる若者を横目に位置へつき、肩幅より足を広げるスタンスは優雅そのもの。

だがキューを見据える金色の酷薄さに、どきりと心臓が跳ねた。

日頃おっとりとした景元が剥き出しにする闘争心。喉首を噛み千切られる寸前の獲物だけが拝める、ある意味羨ましい姿だ。高まる緊張感。観衆もごくりと息を呑み、意外と無骨な手許を注目する。テーブル周辺が静まり返った。だが景元は銀の髪をそよとも乱さず、しなやかな左右の腕とキューで見事な三角形のラインを描く。垂涎物な体の線をくっきり浮かばせるスーツの皺。長い指同士が組むのはスタンダートブリッジ。位置と角度を調整し、ダンスを誘うようにタップの先端が揺らめく。

どのポケットへ球を入れるか宣言するコールは、愛を囁くのに似ている。
丹恒は耳奥へ残る囁きを、生々しく巻き戻してしまった。


丹恒。大丈夫さ、私が居る。私が君を愛しているよ。だから安心してお休み。眠れるまでこうしていよう』


魘され飛び起きた夜。脱獄後しばらくは目覚める度に酷く混乱し、過呼吸どころか、無意識の自傷行為へ走る丹恒を景元は必ず温かい両腕で閉じ込めた。振り回す拳を逞しい胸板に受け止め続けてくれたのだ。
思い出すと恥ずかしいやら申し訳なさで、むずむずする。
あの頃からずっと男の慈愛は変わらない。寄辺なき旅烏。逃亡生活の不透明さで、精神が不安定な幼子を抱えて景元も心乱れていたろうに。何度大丈夫だよ愛しているよとなだめられ、夜明けまで寄り添って朝を数えただろう。
夢見が落ち着いてからも、抱き締められ、共に眠るのを習慣にされてしまった。
だから愛しているの紡ぎかたを、丹恒はよく知っている。残念ながら情の種類を分別できていないけど。

心穏やかならぬ丹恒をちらりと左側だけの金眼が撫でた。人々へ溶け込み目立たぬようにしていても、見失われたのは一度もない。矢じりより鋭い視線。その奥底で閃く雷霆の激しさに息を呑む。
動悸を狂わせ心臓が苦しい。
景元からすると我が子へ良い所を見せたい親の心情なのかもしれないが、種族的にも父として認識した事がない丹恒からすると、堪ったものじゃなかった。だってそうではないか。景元は既に丹恒にとって保護者の枠からはみ出で、密かに恋い慕う相手なのだから。
焦がれる相手のギャップは新鮮で、更に好ましい色合いを塗り重ねる。
思わず一挙一動を注視する碧がかった氷翡翠へ見せつけるように、すうっ、とキューが後ろへ引かれた。スーツの上からでも明らかな美しい筋肉の盛り上がり。豊かな胸元を包む黒いシャツの釦を弾け飛ばしそうに、肋骨を広げて深々酸素を吸い込み、肺を限界まで満たした景元は動きを止める。

喧騒は引き潮より早く沖合いへ遠ざかった。
誰もがその時を待っている。勝負を吹っ掛けた向こう見ずな若者も、無論、丹恒も。景元が手元を狂わせるとは欠片も信じていない。精緻で理性的に計算し尽くしたが故に、悩ましく官能的な、美しい球の軌跡を魅せてくれるのを幾つもの眼差しが今か今かと待ち望んでいた。
緊張が最高潮まで達する。
まるで引き絞った弓弦のように。それを放つ予備動作か、刹那艶やかな唇が笑みを消した。そして。

コォン、と一突き。

響き渡るのは、木琴を思わせる澄んだ快音。
絶対的なコントロール通り、他の球を季節ごと変わる星座の場所へ弾きながら、ポケットへグループボールは吸い込まれてゆく。
観客を沸かせる派手なパフォーマンスなど不要。抑圧すればするだけ男が纏う花明かりめいた色気で、次々撞かれた球は悩ましさに犯され、互いを弾き、穴へ身を投げてゆく。スピードエイトボールならあっという間だ。
駒は期待に応える。完成するのは約されていた勝利。不測の事態も援軍も、奇襲すらなくいっそ退屈な、しかし至極平和的な戦いだった。

最後の八番を見事に落とし、ゲームセット。

ふぅ、と汗の気配すらない秀でた額を景元は拭う。ウォーミングアップにもならなかったろうにと丹恒は声なく呟く。
勝者は礼儀正しくキューを置き、再びハットを外して頭を下げた。圧倒されていた周りはその仕草でやっと呪縛を解かれる。ぱち、ぱち。最初はまばらだった拍手が続々重なり合い、津波と化す。大音声の歓声が正体不明な撞き手の健闘を讃えた。きらきら輝く弧の曲線でハットへ投げ込まれる金貨が溢れそうになる。
止めたのはやはり、場の支配者である男だ。
獅子が尾の一振りで群れを従わせるのに倣い、ひらり、虚空を切った腕でざわめきが統制される。満足げに浮かぶ蠱惑的な微笑み。
他の観客共々拍手をしていた若者へ歩み寄り、白い掌を景元は差し出した。はっと目を見張り、不貞腐れてた敗者もすぐ快く握手を交わす。すっかり景元の腕に夢中のようだ。賭博にしてはやけに清々しいやり取りに胸を打たれ、若者へ集まる人の輪。そこからいつの間にか存在感を消し、勝者はするりと抜け出した。賭け金以上の儲けと目的は果たしたからだ。
見惚れていた丹恒の細腰を抱き、物陰へ連れ去る男の口角はお茶目に上がっている。



「良かったのか?我に返れば他の客も、貴方へ勝負を挑みたがっただろうに」
「構わないさ。路銀を余分に稼げたし、目的へ発信機も付けられた。完璧な仕事ぶりではないかな」
「依頼主の望みは果たせたし、問題ないか。それにしても、ビリヤードなんてプレイ出来たんだな。随分手慣れている」
「昔取った杵柄というやつさ。芸は身を助ける。お望みなら、身振り手振りじっくり教えようとも」
「遠慮する。ああいう場は性に合わない景元。少し屈んでくれ」
「こうかな?」

対戦相手だった家出息子には鈴を吊るせた。景元が気を引いている間、こっそり丹恒がスーツの襟裏へ貼り、すぐ景元の側へ誰にも不審がられず戻っていたのだ。無事願いを果たしたし、ルーサンコインも充分得られた。換金すれば現実世界でも使える。草臥れてきた装備を整えるのに丁度良い機会かもしれない。
冷静に考えながらも、どうしても腰へ回された太い腕を意識せざるを得なかった。がっちりと安定感がある景元の一部。丹恒の所為で謂れなく不名誉な雨に濡れ続けるからだ。惜しみなき親愛は時として冷たい毒となる。
感傷ごとぺしりとその腕を叩いて教唆と拘束を断り、気になっていた事をまず済ませようと丹恒は思考を切り替えた。
素直に景元は膝を屈める。眦にそっと花を添える泣きぼくろ。近付く目線。丹恒を映して好意的な思慕でふんわり広がる金の瞳孔は、勝負中の危険な滾りをすっかり鎮めていた。少しだけ勿体ない。そう感じてしまうのは、きっと惚れた欲目だ。
誤魔化すように瞳を泳がせ、ホワイトカラーのリボンタイへ指を掛ける。

「曲がっている」

喉仏を隠す蝶の羽は成人男性にしては愛嬌があり、造型が優しい景元を引き立てるものだ。縒れてはおらずほんの僅かなズレ。身の回りに割と適当な自分なら放っておくが、この美しい獅子に関して丹恒が妥協する余地はない。

「ありがとう。首周りは鏡がないと直せないから、難儀なものだ」
「最もだが、俺はこのスーツが嫌いではない。貴方の正装姿を見れるのだから」
「おや、随分気に入ってくれたようだね。張り切ってお洒落した甲斐がある。折角だから君も着飾って、ビリヤード場デビューしないかい?」

冗談めかした口調は、拒否されるのが前提だからだろう。丹恒の性格からして華やかな社交場を好めない。それに人前で目立つのを景元があまり歓迎していない空気を察しているからだ。
しかし。なめらかな手触りのサテンを皺にせず真っ直ぐ結びながら、少しだけ丹恒は悩み、口から零すのは先程の言を翻す答えだった。

「デビューするつもりはない。だが、迷惑でなければ、やはり教えてくれ」
「勿論だとも。だが、君が前言撤回するのは珍しいね?」

ぱちり。川の底から砂金が舞い上がるような瞬き一つ。
すぐに破顔するも、やはり心変わりを訝しまれる。当たり前だ。丹恒の思考をトレースするなど容易い景元だけど、変遷させたきっかけである感情は、まだ秘しているのだから。
この下心を、きっとこの男は理解できない。だから丹恒はそっぽを向いた。

………別に。単なる好奇心だ」
「まあ良いさ、気まぐれも人生のスパイスだとも。ともあれ。君へしっくりくるキューを探さなければ。折角だからスーツも、オーダーメイドしようか」
「勘弁してくれ、その熱意は貴方自身へ向けるべきだろう」

私が見つけたお勧めの店はと、俄然乗り気な男へ苦言を呈する。自分が店員に見立てて貰った時は半分寝ぼけていたのに。何故丹恒がテイラーへオーダーすると決めつけ細部までこだわり抜くのだろう。丹恒にもしっかりその気質が継がれているが、知らぬは本人たちばかり。
あれこれ注文を夢想する景元の腕を引く。

貴方が教えてくれるのならば、それ以上望まない」

別に本気でビリヤードの技術を磨きたいわけではなかった。
唯仄かな欲を抱いてしまっただけ。
キューを打ち抜いた腕。持ち球へ向けた眼差しとコールする声の甘さが、夜ごと自分に降り注ぐ慈しみと何ら変わりないと再確認したいというわがまま。
単純な話、長く共に居ながら初めて見た男の一面に、子供っぽく独占欲が疼いてしまっただけで。
きっと景元の事だから宣言通りルールだけでなく、手取り足取りフォームまできっちり習わせてくれるだろう。

触って、もっと。深くまで。

成長するにつれ素直にそう言えなくなった丹恒にとって、渡りに船だ。少なくとも接触する言い訳で悩まずに済むのだから。
自分の首を絞めるとしても、どうかしていると自嘲しても。今度こそ改めるつもりはない。
願わくばこの鈍い男にも分かるよう、丹恒が球を指名する声と、景元へ向ける愛しいばかりの音の違いを思い知らせてやりたい。ポケットへ投身したボールより確かな想いが、景元の胸をざわつかせればいい。この逃亡生活のピリオドがいつ打たれるかはわからない。だから、それまでにやれることで丹恒は虎視眈々と懐を狙うだけなのだ。丹恒を見ているようで、もっと遠いものを透かし見て、憂いを帯びる黄昏の金の瞳。置いてきたものが、計算から外れたボールのように銀獅子の未練となっていようとも。



(いつかコールが、愛しているが、慕情のそれに置き換わればと)