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桜霞
2025-08-11 21:20:26
9812文字
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【RKRN】しのぶれど【雑夢】
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【RKRN】しのぶれど【ZAT夢】11
※つどい設定があります。
※雑高要素が香るほどあります。
※捏造がたくさんあります。
※なんでも許せるひと向けです。
誤字脱字がありましたら、該当箇所のみ教えて頂けると、大変助かります。
よろしくお願いします。
休むと言ったくせ、彼女はまめまめと動いて湯を沸かして雑渡の包帯を替え、薬を塗り直し、いつものように世話を焼いた。彼女に促されて、されるがままだった雑渡は、いや、やってくれるんだ、と思ってしまった。
貝の口から軟膏を塗り広げる手や指は、雑渡の記憶通りに腕や肩を、背をなぞる。彼女の所作から、苛立ちや怒りは感じない。
もう怒ってないのかな、と雑渡は昼間の彼女を思い出した。初めて目にする、誰ぞを射殺さんばかりの眼光だった。
普段からあまり表情を大きく動かす方ではないと思っていたが、彼女の雑渡に向けられる眦は優しかったのだと知る。よく考えてみれば、彼女が自分に対して怒りを露わにしたのも初めてである。普段から留守がちの夫を、何くれと気遣い、決して詮索しなかった彼女は、あの時初めて雑渡に怒りを向けた。
数年分の蓄積が爆発したのだろうか。初めて出会った時からこちら、ずっとその正体を隠し通して来たことへの怒りだろうか。加えて、その正体が、武士からは卑怯者と謗られる忍びだったからだろうか。
だが、それにしては、彼女からの言及はない。今日は休むと宣言したからなのか、聞かれない方が都合が良いと頭で理解しているのに、彼女が口を噤んだままでは胸の裡の据わりが悪い。
……
まだ怒っているのだろうか。
「
……
」
できるだけいつものように彼女の名を呼ばう。全然いつも通りでなかったような気がする声音に、なんです、と以前のように返事がある。返事があるという、ほんの小さなことが、それだけで良いと思わせるほどの安堵を連れてくる。
聞かないの。
怒ってるの。
気になって、そろりと彼女の方を伺う。暗がりの中、しかし雑渡の視界には彼女の表情がはっきりと見えている。
「
……
、」
雑渡は、ゆっくりと、空いている方の手を伸ばした。頬に触れる。ぎこちなく雑渡の方を見つめる双眸に、いつぞやの純な光はない。
「
……
助けが遅くなって、ごめんね」
掠れた声音で、思ってもみなかった言葉がまろび出た。遅かっただろうか。たった二日前のことなのに、しかし半年前のような出来事だった気さえする。彼女は、すこしだけ目を見開いて、はくりと唇を戦慄かせた。
「わた、し、の
……
方、こそ。
……
町に、走れば良かったものを
……
、城下の
……
兄の屋敷も、取り囲まれていたら
……
脱出できなくなると思って
……
」
少しずつ、力を失って、彼女が俯いてゆく。はらりと、横髪が垂れた。
「
……
お前の判断は、間違ってなかったよ」
「いいえ」
俯いたまま、彼女が鋭く否定する。
「いいえ。尊奈門と残るべきでした。逃げるなど」
震える手が、顔を覆う。声は震えて、引き攣っていた。
「逃げるなど
……
逃げてさえいなければ
……
」
「おまえは死んでいたかもしれない」
「
…………
」
彼女は沈黙した。静寂が、痛いほどに肌を打つ。身動ぎしない彼女は、やがてぼそりと吐き出した。
「あなたに、ご迷惑をおかけしました。逃げて、迷ったせいで。団蔵くんに、会わなかったら
……
」
「私達が見つけ出していた」
顔を上げて欲しくて、雑渡は彼女の肩に手を添えた。包帯の巻かれた痛々しい腕を、できる限りそっと掴んで、顔を上向かせる。腕を下ろさせると、彼女はどこか冥い瞳で遠くを見つめていた。
「
……
」
「
……
何か、あった?」
瞼が伏せられる。雑渡は待ったが、彼女が口を開こうとする素振りはなかった。
聞き出しはすまい、と雑渡は決めた。雑渡とて、彼女にずっと本性を隠していたのだ。
「
……
何があっても、必ず、見つけ出したよ。おまえを」
再び、頬に触れる。眦を、親指が優しくなぞる。
「たとえ、どんな姿になっていても」
静かな声音に、彼女の眉が寄る。
「
……
どうして
……
」
呟いて、彼女はぎこちなく、そっと雑渡を見上げた。雑渡を見つめる瞳が、小さく揺れる。
一度開きかけた口を閉じて、雑渡は胸の詰まる心地を無視しながら言った。
「おまえと私は、家族だろう」
彼女が動きを止める。はく、と唇が震えた。
「おそばに、
……
おいて、くださるのですか」
「おまえが傍にいないと、困る」
眉を寄せたまま、彼女は動きを止めた。
雑渡の言葉を受け止め、咀嚼し、飲み込む。ややあって、彼女の顔が、くしゃりと歪んだ。
「
……
怖かったね」
彼女は首を横に振った。怖くはなかった。ただ、───かなしいことがあったのだ。
見つめられて、雑渡は彼女を引き寄せた。逞しく、分厚い体躯に包まれた彼女が、雑渡に縋る。
彼女を追い詰めるだろう何かがあったのだろう。しかし、彼女は今ここに、自分の腕の中に抱き竦められている。
それで良かろうと、雑渡は彼女を抱きしめる腕に力を込めた。
翌朝。
彼女は起き抜けに、雑渡に包帯を解かれた。何事だと呆けていると、傷跡に軟膏をこれでもかと塗りたくられる。全ての傷を同じようにして、雑渡は丁寧に包帯を巻いた。澱みない手つきに、彼女はなんと言ったものか、「お上手ですね
……
?」と小首を傾げながら言った。
「そりゃ、散々練習したからね」
あ、と彼女は口を手で押さえた。自分を指さしている雑渡に、彼女は確かにと頷いて見せたが、小さく眉を寄せた。
「でも、一度に使う軟膏の量が多くありませんか」
貝の口に収められていた軟膏は、傍目にも分かりやすく削り取られている。訝しげな彼女に、雑渡は平然として言った。
「こんなものだよ」
「本当ですか
……
?」
ほんと、と雑渡が神妙な顔で頷く。これは言っても無駄かもしれない、と彼女は嘆息して朝餉の支度に取り掛かることにした。しかし、腰を上げかけた彼女を遮るように、とん、とどこかから音が響く。彼女は瞬いて視線を巡らせたが、雑渡は心得があるのか、庭に面する障子を開けた。縁側の向こうに、人が傅いている。
雑渡が縁側に出ると、男が顔を上げた。直後、蘇莉子の雑面がこちらを向いて、彼女は思わず、小さく身を引いた。
「押都長烈と申します」
「、お初にお目にかかります
……
」
一礼され、彼女も慌てて床に指をつく。押都の側に雑渡が屈み込むと、押都は雑渡の右耳に何事か囁いたようだった。うん、と頷いた雑渡に、押都が元の姿勢に戻る。
「ご苦労」
頭を低くして、半瞬後、押都の姿はそこになかった。
どこに消えたのか、思わず身を乗り出す彼女に、雑渡が「驚いた?」と訊ねる。彼女が頷くと、悪気なく雑渡は「ごめんね」と返した。
「でも、これからこういうことも増えるかもしれないから。慣れてね」
「? はあ
……
」
踵を返した雑渡は、玄関の方に向かって行った。彼女も朝餉の用意をするために後に続く。雑渡は玄関の戸を開けてそのまま外に出た。
井戸に向かう風でもない雑渡を、何をしているんだろうと見ていると、可愛らしい足音が駆け足で近づいてくる。彼女が瞬いていると、「おはようございます!」こどもの声が土間まで響いてきた。ハイ、おはようと雑渡が返すと、こども達は我先にと屋敷の中に入り、勝手場で立ち竦んでいた彼女にワーッ! と抱きついた。
「御方さまーっ!」
「おかえりなさい、御方さま!!」
「ごぶじでなによりです!!」
近所のこどもと、山本家のこども達である。彼女はくしゃりと眉を下げて、こどもたちを抱えたまま、その場にしゃがんだ。
「ただいま帰りました。心配かけてごめんなさい」
「御方さま、佐助兄がお城まで走って知らせたんだよ!」
「そうなの?」
彼女に問われて、佐助は澄ました顔をしようとしたが、口元をもにょりとさせて、視線を泳がせてしまった。柔い微笑みを浮かべた彼女が、「ありがとう、佐助」と礼を言うと、佐助は首を竦めてしまった。
こども達の向こうには、山本と尊奈門、高坂の姿があった。
「奥方さま、よく眠れましたかな」
「はい、おかげさまで」
おかげさまでーっ、と一番幼いこどもが真似をする。つい破顔する彼女に、山本は眦を緩ませた。
「さ、お前達。奥方さまを囲炉裏の側までお連れしろ」
「はーいっ」
「え? え、えっ?」
戸惑う彼女の手を引いて、こども達が板間に上がる。彼女が座ったと見るや、末子が我先にと言わんばかりに彼女の膝を占領した。満足げなこどもに、彼女はどこか困惑した表情で勝手場の方を見遣る。
「姉上はそうしていてください。お怪我をされてるんですからね」
尊奈門が、慣れた手つきで襷をかける。山本も同様に、さっさと竈門に火をつけてしまう。
「怪我と言っても、動きに支障は
……
」
腰を浮かした彼女を、だめーっ、とこども達が引き戻した。膝の上の末子は「おちる!」と騒いで彼女にひっしと掴まった。
「動いたら、包帯で閉じて塞いだ傷の面がずれて、治りが遅くなる」
横に座りながら、雑渡が幼子に諭すようにして言った。
「大人しくしていなさい」
彼女は内心、「えーっ
……
」と、ほとほと困り果ててしまった。後ろでこどもが走り回るのを、囲炉裏の火を熾しながら、高坂が埃が立つと嗜めている。
「組頭、こども達のぶんも用意していいですか?」
ばちん、と佐助が彼女の耳を塞いだ。他のこどもの手がその上に重なる。思わず目を見開いて固まってしまった彼女の口を、ぺち、と未子が塞いだ。
「うん。おまえ達も食べていきなさい」
「ありがとうございます!」
尊奈門が朗らかに言って、高坂が畏まって頭を下げる。彼女が目を瞬かせていると、雑渡が「離してやってね」とこども達に言った。
「で、でも」
「もういいんだよ。今日から、隠さないことに決めた」
こども達が瞠目して顔を見合わせる。
「でなければ私が奥方さまの前で『組頭』とお呼びするものか!」
口を挟んだ尊奈門に、こども達はじと
……
、とした目を向けた。
「
……
なんだその目は」
「だって」
「ねえ」
「尊兄、よくやらかすから」
「やらかしてなんかなーーーい!!」
尊奈門が顔を大きくしてがなる。こども達は楽しそうにきゃあっと声を上げて走り回った。一人が高坂に捕まって、きちんと正座させられる。他のこどもが雑渡の背中に回り込んだ。
「雑渡さま、ほんとにお隠ししなくて良いんですか?」
「うん」
「でも、御方さまのご安全のためではなかったのですか?」
「うん。隠していたら、また早晩、先一昨日のようなことが起こるだろうしね」
こども達が、なるほどー、と合唱する。一方、何がなるほどなのか、彼女は一人、疑問符を浮かべている。
「というか、昨日、忍者だってことがバレちゃったからね」
「えーっ」
「ばれちゃったんですか」
「じゃあ、しょうがないですねえ」
こども達がやれやれと肩を竦める。佐助がひとり、どうしてバレてしまったんだろうと不思議そうに首を傾げた。
「
……
本当に
……
忍
……
? なのですね」
呟くように言った彼女に、うん、と雑渡が頷く。
「うちの殿様直属の忍者隊。立場としてはおまえの生家に近いかな。仕事も一緒にやることが多い」
「奥方さまと組頭のご成婚のおかげで、無用な衝突や褒賞の取り合いのための争いが減ったと聞きました!」
朝餉の膳やお盆を用意しながら、尊奈門が朗らかに言う。尊奈門の言葉は、彼女に九年前の、初めて雑渡と会った日の後のことを思い出させていた。あのとき彼女は、兄に対して、この婚儀は訳ありなのだろうと話していた。思い返してみれば、生意気な盛りだった。
「尊兄と山本さまは、おおかみ隊!」
「高兄もー!」
こども達が、がおう、と狼の真似をする。ちゃんと座れ、と高坂がこども達の足を手際よく折り畳んで正座させた。
「おおかみたい」
「火器を専門とする部隊のことです。この里に住んでいるのは、ほとんどが狼隊に連なる者でございます」
山本が炊いた米を椀によそい、皆に配りながらこどもの言葉を補う。
「他にも、黒鷲隊、隼隊、月輪隊がございます。黒鷲隊は諜報など、隼隊は、
……
戦の間、戦地での連絡係のようなことをします。月輪隊は、特に近接戦闘を得意とする武闘派です」
山本の説明を聞きながら、尊奈門が味噌汁の鍋を囲炉裏にかけた。
「さっき来てた押都は、黒鷲隊小頭。狼隊の小頭は、山本が務めている。月輪隊は、高坂のお父上が務めておられる」
雑渡が言い終わると同時、皆が囲炉裏の周りに座した。彼女も未子を自分の隣に座らせる。雑渡が手を合わせていただきますと言った後、皆がいただきますと手を合わせて朝餉に箸をつけた。
この日から、朝餉は勿論、昼餉から夕餉まで、ほとんどを尊奈門が用意した。掃除は高坂が行ったし、洗濯は雑渡が片付けた。薪でも割ろうとした彼女はこども達に縁側に連れ戻されて、佐助がどこからか鉈を持ってきて、彼女の代わりに薪割りの仕事もやってしまったので、こどもがまとわりつくのを許し、話し相手になる以外、彼女にはやることがなくなってしまった。繕い物でさえ、尊奈門や、こどもの送り迎えに来た山本の奥方が持って行ってしまう。
尊奈門の目を盗もうとすれば、「あーっ! 姉上! 大人しくしていてくださいと言ったでしょう! 掃除くらい私がやります!」と声を荒げられ、高坂の目を盗もうとすればいつの間にか入っていたお茶とお菓子と共に「ここに座っていてください」と言われてしまい、山本の目を盗もうものなら「矢を受け肉の見えるほどの裂傷を負ったなら大の男でも休むものです」こんこんと説教される始末。彼女は誰かに説教を受けるなど、昔に遊んでいた頃以来だったので───その時分ですら兄からの説教などほとんど右から左で聞いていなかったので───、いっそ新鮮な気持ちになってしまった。
半周回って雑渡になら気付かれないのでは? という彼女の根拠のない自信は、久しぶりに家事に手をつけようとした直後、無言で背後に佇む雑渡の圧に気圧されて、渋々と部屋に戻ることになり、不完全燃焼となった。
雑渡達の過保護に呆れ果てて物も言えない彼女に何を思ったのか、雑渡は毎朝毎晩、自分のそれより余程入念に彼女の肌に薬を塗り、これまた丁寧に包帯を巻いた。
「あなた、まだ塗るんですか。百歩譲って薬はよしとして、包帯はもう不要でございましょう」
「どうして? まだ傷痕があるじゃない」
「もう見えるか見えないかというほど薄らとしているではありませんか!」
「でもあるよ。痕が。こんなにもはっきりと」
「本当に同じものを見ておいでですか?」
彼女は結構本気の声で聞いたが、雑渡がうんと頷いたので、辟易としてしまって、もう好きになさいませと四肢を投げ出したのだった。
そして、数日後。
「
……
こんなに一日が長いなんて、初めて知りました」
「? そりゃ、夏でございますから。日は長うございましょう」
夏の日差しが眩しく、田んぼの上を滑る風が日陰を涼しく通り抜ける、青鮮やかなとある一日だった。雑渡はこども達にまとわりつかれながら洗濯物を干している。
尊奈門の言葉に、彼女は溜息を堪えきれなかった。手慰みに、暑さに眠くなって彼女の膝に寝そべっているこどもを抱えてやる。しかし尊奈門は何事もなかったかのように、「奥方さま」と彼女に向き直った。
「なんです」
「実は、以前から、奥方さまに師事したきことがございまして」
彼女は片眉を跳ねさせた。自分が尊奈門に教えられることなどあるのだろうか。
「もう忍のことを姉上に隠さないでも良いのであれば、お願いしても良いのではないかと!」
「馬鹿。忍務内容はひとに言うものではない」
高坂が横から口を挟む。途端に尊奈門は頬を膨らませて眉を吊り上げた。彼女が瞬いて高坂の方を向く。
「そういうものなのですか」
「はい。それがひいては奥方さまの身を守ることにも繋がります」
「
……
確かに」
そこになければないというやつである。知らないものは誰にも話せない。
「道理であのひとが何も仰せにならぬ筈ね
……
」
得心がいったように見える素振りの彼女に、尊奈門は眉を寄せた。
「あの
……
まさか、我らが忍者だということ、信じてなかったんですか
……
?」
「そりゃあ旦那様が忍者なんて、ねえ
……
九年も隠されたのだし
……
」
うぐ、と口ごもる尊奈門。高坂は気まずそうに視線を逸らした。二人の若者が、それぞれ、約十年もの間、真実をひた隠しにされていた彼女と、仕事の本分を全うし彼女のために嘘を貫いた雑渡を天秤にかけていると見て、彼女は、ふむ、と思案を巡らせた。
ちょうど、空になった盥を持って、雑渡が戻ってくる。すかさず高坂が汲んできたばかりの井戸水を出して、雑渡はこども達にも水を飲ませた。
「あなた」
「ん?」
「約十年、忍のことを何も仰せにならなかったことへ、何か仰ることは」
「
……
ごめんなさい?」
「宜しい」
大仰に頷いた彼女に、高坂と尊奈門がホッと肩を下ろす。雑渡は瞬いて、こども達はきょとんとしている。
「それで、何だったかしら」
水を向けられた尊奈門は、嬉しそうに居住まいを正した。
「はい! 私に化粧を教えてください!!」
「化粧」
まさかそう来るとは思わなかった彼女に、高坂が耳打ちする。
「忍は、忍務でおなごになることもありますので」
「なるほど、
……
そういうことでしたら」
確かに、どこぞに潜入するならおなごの方が怪しまれずに済むこともありそうだ。良いですよ、暇ですしと首肯する彼女に、おそるおそる、高坂も手を挙げた。
「あの、
……
私も
……
」
「もちろんでございます」
彼女はしっかりと頷いた。
「尊奈門も高坂殿も、私が一番綺麗にして差し上げます」
「えーっ、高兄はともかく、尊兄に化粧なんか似合わなーい!!」
こどもが揶揄うように言って、なんだと、と尊奈門がいきり立つ。こらーっ、と尊奈門に追いかけられるこども達は暑い日差しの中、目一杯に楽しそうだ。雑渡は「よくやるねえ」と呆れ、ちょっと水を浴びてくると井戸の方へ行ってしまった。
「
……
」
「
……
」
腕の中でくてんと眠るこどもを好きにさせてやりながら、彼女は高坂を見遣った。彼女の視線を感じた高坂が、そっと瞼を伏せる。彼女は小さく苦笑した。
「忍術学園では、八つ当たりをしてしまって、ごめんなさい。
……
あなたには、いつもそうね」
「そんなことは」
高坂は咄嗟に否定した。
勝手に口走った言葉が真実であると、高坂は思っている。あの凍てつくような眼差しは、因果応報なのだ。彼女には雑渡達を詰る権利がある。心底からそう思えるほどに、彼女は雑渡達のために口を噤んでくれたことを、高坂は知っている。
いつかのように、どこか遠く、高坂には知り得ないほど、ひどく冥い場所を見ながら、彼女はぽつりと言葉を続けた。
「あなたがね。味方と言ってくれたから」
彼女が顔を上げる。いつかの微笑みは、すこしだけ悪戯っぽくなっていた。思わず瞠目して、きょと、とする高坂に、彼女は忍び笑いをこぼした。
「だから、つい、気が緩むの。
……
ごめんなさい」
「
……
いえ」
いいえと、高坂は噛み締めるように否定した。
彼女が、自然に頬を緩めてくれている。
「これは、嘘じゃないでしょう」
「───はい」
しっかりと応える高坂に、彼女は眦に安堵を滲ませた。
ここ数日のぎこちなさが嘘のようにこども達と一緒になって笑っている彼女と高坂を見て、雑渡は静かに嘆息した。ちょうど雑渡と尊奈門に用があって立ち寄った山本も、何を察したのか、「ようございましたな」と微笑む。そうね、と眦を緩める雑渡に、山本は、「ところで」と咳を払った。
「昆」
「うん?」
「おまえ、忍のことは、婚姻の前後に伝えておくのではなかったか」
「
……
その予定だった頃もあったね」
あらぬところへ顔ごと視線を向ける雑渡。
「昆
……
」
はあ、と山本は特大の溜息をついた。
「今回のこれは、自業自得だぞ」
「うーん」
雑渡は眉間に皺を寄せた。相変わらず山本の小言は耳に痛い。
「
……
ますます学園との関係には気をつけないとね、陣内」
「おまえの撒いた種だろ。おまえが頑張れ」
「ええ
……
」
あえなく切り捨てられて、雑渡は少々途方に暮れてしまった。
数日後。
暗闇の中、雑渡が彼女の細腕を検分する。彼女はどこか凪いだ心地で好きにさせていた。
「ん。治ったね」
「左様ですか。
……
えっ!? 治った!?」
「うん、治った。綺麗さっぱり」
「やったあ」
彼女が心底から表情を綻ばせる。雑渡もにこりと微笑んだ。
「これで明日からは私に家事を任せていただけますね。もう体が鈍って鈍って、」
明日からと言わず早速薬箱を片付ける彼女に、さりげなく雑渡の影が掛かる。
「きっと明日は一日がとても」
そっと肩を押されて、彼女は重心を崩した。
「早いのでしょう
……
ね
……
?」
とさり、と彼女が横たわる。照らす明かりを、雑渡の体躯が遮った。
「えっ?」
「ん?」
何が起こっているのか分かっていない風の彼女に、雑渡は褥に肘を着きながら囁いた。
「家事はまた今度かな」
「、ん
……
っ」
文句を言う間もなく、口を塞がれた。唇を喰まれたかと思えば、肉厚な舌が縁をなぞっていく。咄嗟に、いや、と暴れて顔を背けても、口づけられるごとに体から力が抜けていく。以前身体を開かれたのは幾月も前なのに。雑渡の手管を、少しずつ、体が思い出している。雑渡の手がどのように体を這うか、身を捩る彼女を、分厚い体がどのように閉じ込めるか。どうやって蕩かされていたか、悦楽を味わされていたか、許される乱れ方、閨での所作、すべてが、彼女の意思とは裏腹に、身は雑渡に従順だ。
体が言うことを聞かなくなってしまえば、いずれ心とて引きずられる。言葉ばかりの嫌では、雑渡は止まってくれない。雑渡が次にどこにどう触れてくれるのか、肌が気配を探っている。こうなってはもう、彼女の体も、意思もすべてが、雑渡の手の中にあった。
ぢゅっ。
「いッ、」
急に視界が焦点を結んだ。サッと頭が冴えて、熱のくすぶる体がいやに重たい。
腕が痛んだ。矢を射られたところだ。顔ごとそちらに視線を向けて、彼女は瞬いた。
雑渡が、あぐ、と彼女の腕に歯を立てていた。彼女の感じた通り、ちょうど矢傷のあったところである。
言葉を失う彼女を、隻眼が射抜いた。ひくりと肩を跳ねさせた彼女が身を引こうとするが、雑渡に掴まれた腕はびくともしなかった。離してもらえないのかと彼女が身構えると、雑渡はあっさりと彼女の腕を解放した。矢傷のあったところが、じわりと赤くなっていく。彼女がそちらに気を取られていると、今度は足が持ち上げられた。緩んでいた単衣が更に乱れたが、雑渡は気にした風情もない。雑渡の視線の追うところに、そう言えば裂傷があったのだと気がついた時には、雑渡が「あ」と口を開けていた。
「っま、
……
!」
がり、と音がした。
痛みから反射的に逃れようとしても、雑渡の膂力の方が上だ。褥が波打つだけで、雑渡に掴まれている足だけが微動だにしない。噛まれたところは薄く赤くなり始めていた。何度も噛まれ、鋭く吸われて、痛痒さが彼女をもどかしくさせた。
「、せ、っかく、治ったのに、」
憎まれ口を搾り出しても、雑渡にはまるで響いていなかった。雑渡の隻眼が、児戯を見つめるように撓む。
「こんなものは、数刻で消えるよ」
甘やかに、雑渡がふくらはぎに頬を擦り合わせる。眉を寄せる彼女を宥めるように口付ける、その仕草ばかりが覚えのある。吐息混じりに、雑渡が「あぁ、」と彼女を見下ろした。
「だが、それは
……
」
雑渡の膝がにじり寄る。見逃されていたもう片方の足を持ち上げられ、がぱりと開かれて、彼女はサッと血の気の引く音を聞いた。
「気に食わん。口惜しい」
囁くようにも、怒鳴っているようにも聞こえる声だった。喉奥が唸っていたのだと気がつく頃には、彼女は完全に覆い被さられていた。
◆
戦から戻ってきたら、お前に言おうと思っていたことがあったんだ。
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