まきわ
2025-08-11 19:40:21
3600文字
Public クロリン
 

本当にほしかったなにか

閃2軸のクロリンがメインです
停泊地でたまたま遭遇したクロリン
そんな長くないです

停泊しているな、というのは認識していた。
なにせあの紅い船は目立つし、この辺りは正規軍の勢力が強くなった地域だったのでクロウはさもありなんと思った。
だがどうしても補給が必要だったし、人も多い街だったから一人で人ごみに紛れればそうそう出くわすまいとも思った。
(さっさと買い物済まして出ちまうか)
それでもほんの少しだけ、顔だけでも見たいという気持ちがかすかに湧いた。
それを頭を振って振り払ったところで袖を掴まれた。
咄嗟の反射で武器に手が行く。
が、同時に振り返った顔が視線で捉えた姿にその手が止まる。
「っ、お前
声を潜めたのは辺りを憚ったから、名前を呼ばなかったのは
前に見た目に反してお節介なところのある彼の導き手に「名前を呼ぶ時、人は一番相手に向けた感情が滲む」と言われたのを思い出したからかもしれない。
敵対関係にある以上、今の自分の想いを彼に知られたくはない。
クロウの袖を引いた少年は縋るように潤んだ目に強い意志を込めて見つめてきた。
ため息をついて、クロウは彼を細い路地の方へ行くよう目で促す。
両側の建物の庇が伸びて昼間でも薄暗い、人気のない路地に入ってそれでも少年はクロウの袖を離さなかった。
「ちょっと補給に来ただけだ。すぐ戻るんだよオレは」
だから離せ、と言外に言うと少年、リィンはいやいやをするように首を振った。
「クロウ」
あぁ本当に想いが滲み出ている、とクロウは思って眉間に皺を寄せた。
見つめてくるリィンの潤んだ瞳が子供のようなのは、きっと自分でも無理な我儘を言っているとわかっているからだろう。
今度はクロウが首を左右に振った。
「わかんだろ。ぶん殴って負かされねぇ限りオレは譲る気はない」
「わかってる。でも
「でもじゃねぇっての。舞台は用意される。どうしても連れ戻してぇならその時オレに示してみろよ」
………
疑似的な相克ヴィータはそう呟いていたが意味はまだよくわからない。
わからなくていいのだ、ただリィンと本気でぶつかり合うその瞬間、それだけが今のクロウの生きる意味だから。
こうやって突き放してもしっかりとクロウの袖を握った拳に目をやる。
8年かけて準備した復讐を成し遂げたと思ったあの一発を放った後。
本当はどうしようもないくらい魂から力が抜けていくのを感じた。
何をもって生きていく理由とするのか、何もかもを失くしてどうでもよくなったような。
それでも本当の虚ろに身を浸さずにいるのはきっと、この縋るような目と駄々をこねるように握られた手があるからだと思った。
いずれ整えられる舞台でただ彼とぶつかり合う瞬間を今クロウはただ待っている。
それだけを願ってクロウは今役目を果たしている。
勝っても負けても結果はどちらでもいいとヴィータは言ってくれたから、本当に気負うことなく彼と全力で刃を交えればいい。
リィンならきっとその一戦の中で何かを掴むだろう。
そうやって彼を未来へと送ることこそが、今のクロウの生きる理由で、自分の存在価値だった。
だからこそどんな顔をされようが絆されるわけにはいかないのだ。
(本当はどうしたかったかなんざもう、今更)
胸の奥から何かがこみ上げてきてクロウは唇を噛んだ。
「クロウ?」
好きだ、とか二人で逃げよう、とか一緒に生きたい、とか色んな言葉が胸の中を荒れ狂って堪らなくなってクロウは両腕を伸ばしてリィンを抱き寄せた。
「あっ……
息をのむ気配と一瞬体が強張る感覚があった後、リィンはふっと力を抜いてクロウに体を預けた。
それをまるで一つに取り込んでしまおうとするかのように強く抱き締める。
しばしそうしてから、重い塊を吐き出すように大きく息をついてぱっと両腕を広げてリィンを解き放つ。
ほら、これで勘弁しろ。ちゃんとお前の場所に帰れ」
……クロウ」
リィンは探るようにクロウの顔を見つめた後、諦めたように溜息をついた。
わかったよ。でも」
言って一歩近づくと今度はリィンからぎゅうっとクロウの背中に手を回して抱きついてきた。
「ちょっ、おまっ」
「やられる一方なのは癪だからな。これでおあいこだ」
ほんと負けず嫌いなのなお前
抱き締め返すのもどうかと思ったので満足するまでされるがままにしておいてやる。
クロウの体温を覚えようとするかのようにしばらく体をしっかりとくっつけた後リィンはゆっくりと体を離した。
リィン」
今日初めて名前を呼びながらクロウはコートのポケットに手を突っ込んだ。
離れていく体温に未練を感じてしまった。
恐らくこのまま伝えられないままになるだろう想いを何かに託したいという思いが生まれた。
だからポケットに入れたままにしていたそれを引っ張り出してリィンに向けて突き出した。
「これ前につけてたバンダナ?」
学院生として過ごしていた時つけていた白いバンダナをリィンの手に乗せてクロウは頷いた。
「やるよ。今の恰好には合わねぇからな」
リィンはバンダナを、次いでクロウをじっと見つめて頷いた。
「わかった。じゃあクロウがこっちの方が似合う格好に戻る時まで預かっておく」
あくまでそのつもりなのだ、と知ってクロウは思わず苦笑した。
「ま、お前の気の済むようにしていいぜ。んじゃな」
これ以上自分が余計なことをする前にできるだけあっさりとクロウは身を翻して路地を出た。
リィンが手を伸ばした気配を背中で感じながらも振り向かず、クロウはオルディーネの元へ戻っていった。
買おうと思っていたものも、結局忘れていったのだった。

「よーしこれで全部か?」
数年後のリーヴス。
クロウは旅に出る前にリーヴスに家を一軒借りた。
ちょくちょくここに戻るつもりではあったが、その度寮や宿に泊まるのでは逢瀬も落ち着かない。
だからその時だけ使えればいいというつもりだったのだが、それを伝えるとリィンはクロウがいない間は自分がそこに住むという。
帰ってくる場所を守りたいのだと言われれば止めることもできず、リィンの荷物を寮からこちらに運び込む手伝いをしたのだ。
「うん、もう寮には残ってなかったから……あれ」
「ん?なんか忘れモンか?」
「いや
呟くように言いながらリィンが箱から引っ張り出したものを見てクロウは目を瞠った。
それは昔クロウが着けていた白いバンダナだった。
まだ持ってたのかよんなモン」
「これが似合う恰好に戻ったら返すって言ったの忘れたのか?預かってるだけなんだから持ってるに決まってるだろ」
拗ねたような、けれどどこか得意げな声音で言ってリィンは懐かしそうにバンダナを見つめた。
「んじゃ返して」
言って手を差し出すと、リィンはクロウの頭のてっぺんから足の先まで検分してからぷいっと顔を逸らした。
「今の恰好には合わないからだめだ。というかもうクロウしてないじゃないかバンダナ」
「いやほら、顔洗う時とか髪上げんのに使うし」
「そんなのだめだ。これは俺にとってはクロウがいない間の、せめてものよすがみたいなものだったんだから」
「リィン……
というかリィンはそのよすがになりそうなものなら傍から見ればガラクタにしか見えないようなものまで全部貯め込んで宝物のようにしているのだ。
特にクロウが身に着けていて、クロウ本人から渡されたソレは特に大事なのだという。
「あーならよ」
クロウはリィンの傍に歩み寄るとあの時したようにぎゅっと抱き寄せた。
今は本物が傍にいんだから、いいだろ?」
「クロウ
リィンは嬉しそうに自身もクロウの背中に手を回して抱きついた。
甘い空気に次は口付けか、と思ったところでリィンが抱き締める力がきゅっと強まった。
「いや、両方ほしい」
「こ、この欲張りさんめ!」
リィンはしがみついたまま顔だけ上げてクロウを見つめた。
「欲張りじゃ、ダメか?」
あぁこの目だ。
この目に昔から本当は絆されっぱなしなのだ。
もはやあの当時何をもってこれに耐えられていたのか今となってはわからない。
クロウは諦めてため息をついた。
「へいへいコーサンです。元々やったつもりだしお前の好きにしろよ」
「やった」
リィンは嬉しそうに破顔するとバンダナを大切そうに箱に戻した。
こういう子供のような論理のない我儘を言うところが甘ったれだと思うのだが、それを言うと仲間達には「いやクロウにだけだから」と返される。
まぁそれもいいと思う。
自分も意地ゆえの我儘で散々リィンを振り回してきたのだと思うから。
「んじゃ顔洗う時に使う分は新しく買うかねー」
「それはいつくれるんだ?」
「何その献上システム?!」
くすくすと笑う声がまだがらんとした家に響く。
あぁ本当はこんな生きる理由と存在価値がよかったのだ、クロウはそう思った。