水樹
2025-08-11 16:21:34
11686文字
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怖がりなのは、いったいだあれ?

sgao
肝試しする話。夏ですし
いつもより長め

……肝試し?」
「そう! ブルーベリー学園夏の風物詩ってやつよー」
「夏の風物詩」
「何で繰り返すんでい」

 カキツバタの言葉が理解できず、オウム返しを繰りだすわたし。それを見かねたタロとネリネが、説明と解説をしてくれた。
 ここブルーベリー学園は、言わずもがな施設のほとんどが海の中。外に出たって周りは海。一見自然豊かなテラリウムドームだって、温度湿度その他もろもろ全部機械管理。すなわち、学園生活を送るうえで季節を感じる機会があまりないのだと。うん、言われてみれば確かに。

「そこで、有志によってイベントが催されることがあってですね。そのうちのいくつかは、去年やって楽しかったし今年もやりたい! じゃあやろう! で、続いてるんです」
「シアノ校長による発案イベントも存在。ですがほとんどは前者」
「な、なるほど……?」
「んで夏は肝試し! ってわけよ」
……えと、それで肝試しって、なにをするの?」

 肝を試す……度胸試しとは違うのかな。そもそもどうして夏は肝試し、なんだろう。

「それはあたしから説明してあげるわ」
「ゼイユ?」

 ゼイユはふふん、と笑うとそれはそれは楽しそうに説明をしてくれた。カントーやジョウト出身の生徒が言い出したイベントだけれど、キタカミでもやったことがあるんだとか。
 まず時間は絶対に夜。決まったルートやチェックポイントを通過して、最終的にスタート地点に戻ってくるだけ。道中おどかし役がいたりいなかったり、二人一組だったりそうじゃなかったりと違いはあるみたいだけど、ルールとしては概ねそんな感じらしい。

「えっとつまり……ホラーハウスみたいな?」
「ホラーハウス? ……ああ、お化け屋敷のこと? んー……当たらずとも遠からずってとこかしら。まあ要するに、恐怖で肝を冷やして涼しくなって、それで暑い夏を乗り切るわよ、的な感じね」
「へ、へえ……
「ってことだからよ。キョーダイもぜひ参加してくれぃ」
……わかった。準備ならいくらでも手伝うからね」
「いやイベントそのものにも参加してくれよな?」
「う、うん……

 うう、どうしよう。わたし、怖いのちょっと苦手なんだよね……

……
「スグ? どうかした?」
……なんでもね」



 懐中電灯。チェックポイント用のスタンプに、それを押すための用紙。ペアを作るためのくじはたくさん用意して。ドームはポケモンたちがいて迷惑になっちゃうから、場所は教室棟をメインに。スタート地点はエントランスロビー。

「あとは何を用意すればいいの?」
「そうね……。今回はおどかし役を生徒のポケモン――ゴーストタイプとかあくタイプの子ね――その子たちにやってもらう予定なの。だからその選出くらいかしら」
「加減ができる子じゃないといけませんからね。いつだかは、大変なことになったと聞いてます」
「大変なこと……?」
「失禁するやつだの気ぃ失うやつだのが出ちまったんだよ。あとは失踪しかけたやつとか」
「し、しし、失踪!?」
「一部のゴーストタイプにおける本能のようなもの。対策は可能」
「そ、そっか」
「ここから先はあたしたちでやるわ。せいぜい楽しみにしてることね!」
「は、はーい……

 ああああ、どうしようどうしよう。せめて、せめて運営側になりたかったのにぃ……


 やっぱりわたしも運営側やる! と言ってはみたものの、「あんたは初なんだからこっち側はダメ」の一点張りで。あっという間に肝試し当日になってしまった。思っていたより参加人数は多いけど、でも一緒に行けるのはペアの人だけなんだよね……。うう……。楽しみたいけど怖いのはやっぱりちょっとやだあ……

「そんじゃ各々くじ引いてくれーい」
「ペアができたらこちらに並んでくださいねー」
「えっ、タロちゃん先輩不参加なんですか!?」
「うげーっ、よりによってお前とかよ!」
「やったあ! 〇〇ちゃんとなら安心だよぉ!」

 周りではどんどん着実にペアが成立していく。わたしのペアの人、一体どこなんだろう……? どんな人かな……

……あっ」
……?」

 どこかから、聞き覚えのある声がした。でも辺りを見回してみても、声の主であるだろうすみれ色は見当たらない。気のせいだったかなと気を取り直してペア探しを続けていると、満面の笑みを浮かべた金色と目が合った。その手には、わたしと同じ番号が。

「にへへ、やった。アオイとペアだ。よろしくな」
「う、うん。よろしくね、スグリ」

「みなさーん、準備は整いましたかー?」
「用紙と懐中電灯を受け取ったのち、出発」
「一組十分おきに出てもらうぜぃ」
「それじゃ一組目、行ってきなさい!」
……なんでねーちゃん、ちょっと偉そうなんだべ」
「あ、あはは……

 一組、また一組と暗闇の中へ吸い込まれていく。懐中電灯は光量を抑えられているのか、照らされる範囲が少ないように見える。
 そして、わたしたちの番がきた。
 あうう、怖い。でっ、でもでも! おどかし役っていってもポケモンたちだし! 万が一のときのためにアカマツたちがあちこちで待機してるらしいし! 本物のおばけが出るわけじゃないし! ……いや、それでも怖いものは怖いよお…………

「アオイ? 大丈夫?」
「ふぇっ!? あ、だ、だだだ大丈夫大丈夫!」
……そう……?」
「うんうん!」
――おっ、お次はチャンピオンズか」
「ふーん……へーえ……
「な、なに? ねーちゃん」
「別にぃ? なんでもないわよ」

 ではこれを、とタロから懐中電灯と用紙を受け取っり、ネリネの合図でいざスタート。……の前に。

「元チャンピオン、ちょおっと耳貸してくれるかい?」
「その呼び方やめろって。……なに?」

 カキツバタがスグリにこそこそと耳打ちする。その直後、スグリの目が見開かれた。

「そっ、んなことするわけねえべ! バカ! バカツバタ!」
「へっへっへっ、そうかいそうかい。んじゃいってらー」
「アオイっ、もう行こ?」
「えっ、う、うん……?」

 スグリが照らしてくれている心もとない明かりを頼りに、まずは一つ目のチェックポイントである教室を目指す。ルートは基本一本道だし走るのも禁止だから、先に出発したペアと出くわしたりすれ違うことはよほどじゃない限りはありえない。ということで、静かな廊下に響くのはわたしとスグリ、二人分の足音だけ。
 右側を歩くスグリに気づかれないよう、両手をぎゅっと重ねて握りしめる。スグリは前を見つめたまま、何も話してくれない。ボロが出るのが嫌で、わたしも何も喋れない。別に怖いの苦手なこと隠してるわけじゃないんだけど、なんとなく。

……あ。ここ、かな」
「んだな。中さ入ってみよっか」
「うん……

 そろりそろり、ヌメラの歩みよりもゆっくりとドアを開ける。な、何も、ない……

「ゲーンゲロゲーッ!」
「〜〜〜〜っっっっ!?!?」
「ぅわっ!?」

 目の前に現れた、飲み込まれそうなほど大きな口。これでもかってぐらい出した舌がゆらゆら。鳴き声ですぐゲンガーだって分かったけど、油断してたからか思った以上に驚いてしまう。そんなわたしの反応に満足したのか、出していた舌をしまってにんまりと笑うと、ゲンガーは音もなく闇の中へと姿を消す。

「びっ、びび、びっくりしたあ……
「んだな……

 気を取り直して中へ入ると、教室の中は真っ暗。スタンプが置かれている机だけが、卓上ライトの光によって浮かび上がっている。なんか不自然だなって近づいてみると、周りの机には光が反射しないようにか、黒い布が敷かれていた。て、徹底してるなあ……
 ヤバチャのスタンプを押して、次の目的地をスグリと一緒に確認する。

「ちょっと距離あっけど、同じ階の教室だな」
「だね。行こっか」
「うん。…………あの、さ。アオイ」
「ん?」

 廊下は相変わらず真っ暗で。わずかな明かりに照らされたスグリの瞳が、わたしを見つめている。

「もしかして、だけど。アオイ、怖いの苦手?」
「えっ」
「さっきわや驚いてたし、ここさ来るまでずっと喋らなかったし……それに」
「えっと、あの」

 隠してるつもりはなかったと、そう、答えようとしたときだった。

「んひゃあっ!?」
「!? どうしたの!?」
「にゃ、なっ、なんか顔にっ、冷た、くもないけど温かくもないものっ、が……ひっ!?」
「わぎゃっ!? あ、アオイ!?」

 なにがなんだかわからなくて、怖くて。すがるものが欲しくて、なりふり構ってられずスグリに飛びつく。甘い香りが、鼻をかすめた。

「アオイ! アオイ大丈夫だから落ち着いて。な?」

 触れてくる手は、どこまでも優しくて。怖くてこわばる体を、ゆっくりとほぐしてくれる。

「落ち着いた……?」
「う、うん……。あっ、ご、ごめんね? 急に抱きついたりして」
「そっ……れは、んと、平気。それより、ケガとかしてない? 気分は?」
「だ、だい、じょうぶ。びっくりしちゃっただけ、だから」

 よかった、と笑うスグリの傍らに、小さなジュペッタがふよふよと浮いていた。その手には竿のようなものを持っていて、その先には何かがくくりつけられている。なるほど、さっきのはこの子のせいだったのか。ジュペッタはケタケタと笑うと、ゲンガーと同じように姿を消してしまう。

「な、なんだったんだろあれ……
「さあ……? 何かくっついてたみたいだけど、よく見えなかったな。……もう行けそう?」
「うん。……ん? あの、スグリ?」

 いつの間にかわたしの右手が、スグリの左手に捕まっていた。離しての意味を込めて軽く振ってみるけど、解放される気配はない。もう一度名前を呼べば、スグリは困ったみたいににへらと笑う。

「えっと……実はな? 俺怖いの、ちょびっと苦手なんだ。だからアオイさえよければ、このまま手、繋いでいってもいい……?」

 その言葉に、一も二もなく是と答える。スグリの手はぽかぽかとあたたかくて、怖いのは変わらないけど、それがほんの少し和らぐ気がした。
 二つ目のスタンプはポットデスだった。次のチェックポイントは、階を一つ降りた先。エレベーターは使えないから、階段で下りていく。

「足元、暗いから気ぃつけて」
「うん。ありがとう」

 さすがに踏み外したら危ないからか、階段にはなにもいなかったけど。
 いなかった、けど。
 ど、どうして踊り場に大きな鏡があるの……? こんなのなかった、よね……

「なんで、こんなところに鏡が……?」
……たぶん、演出かな。特に細工とかはされてないみてえだし」

 下から上へ、上から下へと照らしてみても、鏡の中には反転したわたしとスグリしかいない。……ほんとうに、ただの大きな鏡のようだ。うう、何もないのが逆に怖いよう……
 気を取り直して進もうとすると、足元の空気が揺らいだ気配。

「っ!?」
「アオイ? どうかした?」
「い、いい今、足元に何か……
「足元……?」

 なにもいねえけど、と呟くスグリにほっとしたのもつかの間。その胸元からひょっこりと、ドラメシヤが、顔を出していた。そう、まるで、スグリの体を、貫通するかのように。

「〜〜っっ!?!?」
「アオイっ!!」

 後ずさった足が、半分ほど地につかない。そうだ、ここ階段……! スグリを巻き込んじゃいけないと考えた矢先、繋がれたままだった手を引かれる。手からすっぽぬけたスタンプシートが宙を舞って、暗闇の中へ吸い込まれていく。足はきちんと地につき、胸と胸とがぴたりとくっついている。そこからスグリの体温と鼓動が伝わってきて……。わ、わあ、すごく、はやい。だけどどうしてかな、安心する。

「危な、かった……。ケガしてない?」
「う、うん……。ありがとう……

 落ち着かせるために体を離して、目を閉じて深呼吸をひとつ、ふたつ。目を開けば、それはそれはしょんぼりしたドラメシヤがスグリとわたしの間に浮いていた。

………………
「わ、そ、そんな悲しい顔しないで? きみはきみのできることしただけだもん。驚きすぎたわたしが悪いの。だから、元気出して?」
……アオイも悪くねっけど、言う通りだ。次から気ぃつければいいだけだべ」
……メシャ!」

 元気を取り戻してくれたのか、ドラメシヤはその場でくるくると宙返りを繰り返す。……かわいい。
 どこかへと飛んでいったシートはドラメシヤが見つけてくれた。手を振りながらその場をあとにする。
 三つ目のチェックポイントに着いた。中の様子は、これまでと変わらない。ドアを開けても、なにも出てきたりしなかった。……でも、ゲンガーのときみたいにいきなり出てきたりするかもしれないし……

……なんもいねえな」
「うん……
「怖い思いさする前に、さっさとスタンプ押して出ようか」
……だね」

 ゴビットの柄が、シートに刻まれる。これで折り返しだ。……やっと折り返しかあ……

「次どこだっけ」
「んと、少し待って……。また階段降りるみたいだ。五つ目も同じ階だから、あとちょっとだな。んだば行こ」
……うん」

 手をつなぎ、ドアを開けて、一歩、踏み出す。

「ンベ〜〜〜〜ロ、バァァァァ!!!!」
「きゃああああ!?!?」
「わぎゃあ!?」

 突然の鳴き声とともに、ベロバーが現れた。どうやらオーロンゲに抱えられているらしく、もののみごとにわたしたちの顔の位置。下から照らされているからか、普段は小憎たらしくも愛らしい顔が、ひどく怖く見える。
 思わず後ずさってしまった、けど。
 きゅ、と力が強まった手が、安心させてくれた。

「オーロンゲ……。最近見ねえなと思ったら……
「オロ」
「え。こ、このオーロンゲ、スグリの?」
「うん。……たぶん、ねーちゃんの差し金」
「ああ……

 妙な納得をするわたしをよそに、ベロバーはそれはそれは楽しそうにしていた。イタズラを成功させたのが、よほどお気に召したらしい。こっちは心臓止まるかと思ったのに……。彼らの本能のようなものだから、仕方ないといえば仕方ないのだろうけど。
 ため息をおとすと、頭に何かが乗る感触。その何かを確かめようと顔を上げれば、オーロンゲの手(?)のようだった。それはそのまま、右へ左へと往復する。ん? んん? これって、頭撫でられてる、のかな……

「オロ、ロロ、ローゲ」
「えっ、と……?」
「相手が俺たちだったから、ちょっとばかしはりきっちまったみたい。やりすぎた、ごめんってことだよな? オーロンゲ」
「ロ」
「そっか。オーロンゲ、そんなに気にしないで? おどかすのは大成功だったんだから。わたし、すっごくびっくりしちゃっもん。この後もベロバーと頑張ってね」
「オロ!」
「べ!」

 オーロンゲとベロバーに手を振って、目指すは四つ目の教室。慎重に階段を下りていくと、そこには。

「わ、わあ……
「わや……

 廊下を漂う、たくさんのゴースたちがいた。彼らはこちらを気にすることもなく、ふよふよふらふら。自由気ままってこういうことなんだな、なんてどうでもいいことを考えてしまう。

「これまでとは、ずいぶん違うね……?」
「んだな。とりあえず先行こっか」
「うん」

 ところが、チェックポイントである教室にはなぜか鍵がかかっていた。

「あれ? もしかして教室、間違えた?」
「いや、ここで合ってるはず。……アオイ、これ」
「張り紙……? 何か書いてあるよ」
「えっと、『色違いのゴースから、鍵をもらってね』?」

 え、ええ!? こ、この大量のゴースの中から、色違いを……!? いや、ゴーストとかゲンガーよりはわかりやすいけど!

「た、大変じゃない……?」
「いや、そうでもないみたいだ。ここ見て」

 スグリが指さした先、張り紙の端っこ。よーく見ないと気づかない位置に、小さめの文字が書かれている。

「『ヒント:決まったルートで動いてるよ!』って……つまり、鍵を持ってる色違いの子は、規則的な動きをしてる……?」
「だろうな。一旦階段まで戻って探そう。俺は右側見てるから、アオイは左側頼める?」
「わかった」

 ゴースたちはわずかに発光していて、懐中電灯がなくても彼らが見える。というより、照らすと驚いてどこかへ行ってしまうから、使えないと言ったほうが正しい。漂っているのは階段からポイントの教室までだけど、壁をすり抜けて他の教室に入りこんでいるようで、なかなか見つからない。……もしかすると、廊下にはいないのかも……

「ね、スグリ。もしかして、だけど」
「俺も、たぶんアオイと同じこと考えてる」
……色違いのゴースは」
「どこかの教室にいる」
「あたり!」
「にへへ。以心伝心、だな。片っぱしから探すべ」

 そしてやっとのことで見つけた色違いの子。その子をポイントの教室まで連れていくと、べろんと口からボールが出てきて。その中には、クレッフィがいた。

「ふぃ〜、ふぃっふぃ!」
「それ、ここの鍵だよね? 開けてくれる?」
「ふぃ!」

 中に入ってゴルーグ柄のスタンプを押す。ここはそんなに怖くなくてよかっ…………? …………!?!?

「すっ、スグリ! 早くここから出よう!?」
「わや!? い、いきなりどうしたのアオイ!」
「い、いいいいいから!!」

 見てない見てないなんにも見てない!! 白いワンピースで長い髪の女のひとなんて見てないんだってばあ!!

「えっ、うそ!? な、何で開かないの!?」

 鍵は開いているのにドアは開かず、ガタガタと音を立てるだけ。スグリも手伝ってと振り返る。

「〜〜〜〜っっっっ!?!?」

 スグリの肩越しに、さっきの女のひとが。うそでしょいつの間に!?
 長い髪から見えた目は、どこか虚ろで。でもしっかりこっちを見ているようで。
 だけど、次の瞬間。
 その目が。
 ぼとりと。
 落ちていった。

「〜〜〜〜!?!? いっ……いやああああああ!!」
「アオイ!?」
「やだ! もうやだあ!!」
「アオイ!!」
「やっ……っ!?」

 突然体がぎゅっとしめつけられる。だけど苦しくはなくて、あたたかくて。耳元で響く音は、自分のものよりも穏やかで、リズムが次第に同じになっていく。

…………
……お、落ち着いた?」
「う、ん……もう、大丈夫。ごめんね取り乱して」
「平気。何か怖いもん見たんだよな? えと……少し、休憩してく?」
…………ううん。次の組来ちゃうかもしれないし、あとひとつ、だから」
……そっか」

 スグリが手をかければ、さっきまで頑として開かなかったドアがすんなりと開く。……おそらく、ゴースたちが動かないようにしてたのかも。
 廊下に出ると、クレッフィがすかさず鍵をかけて、ゴースの口から出てきたボールに戻っていく。……仲良しなのかな、なんてどうでもいいことを考えてしまった。……うん、現実逃避だなあ。

「ん? んん?」
「どうしたの?」
……ライト、つかね」
「えっ」
「接触不良ってわけでもなさそうだし、電池切れかな……?」
「ええっ!? こ、この先まだ必要なのに……

 ゴースたちから離れれば、その先は当然真っ暗。暗闇に多少目が慣れてきてるし廊下は平坦だとはいえ、明かりなしじゃさすがに危ない。うう、あとちょっとなのに……

「ど、どうしよう……
……壁さ伝って行こう。次の教室まではそう遠くねえはずだから。アオイは俺の手、ちゃんと握っててな」
「う、うん」

 スグリの手を両手でしっかりと包むと、肩がぴくりとはねた。驚かせちゃった、かな……? でも両手のほうが確実だし、はぐれたくなんてないし……

「こっ、転んだとき危ねえから、片手で大丈夫、じゃねっかな」
「あっ、そ、そうだよね!」
「んだば行くから、足元気ぃつけてな?」
「わかった」

 暗闇の中を、ゆっくりと歩く。わずかな光さえない廊下はどこまでも続くようで。うう、いつまで歩けばいいんだろう……

「ね、ねえ、スグリ。あとどれくらい、かなあ」
「ん? んと、ちょっと待ってな……
「うん……

 さっきの場所から次の目的地までは、いくつかの教室を挟んでいる。そして壁伝いに進んでいるから、ドアにも触れる。つまりその数を数えればいいと、数えていると、スグリは言った。

「だから今は、四……いや、三分の一くらいまで来てるかな」
「そっか……。って、数えてるのに話しかけちゃった。ごめんね、大丈夫?」
「ん、平気。まあ、近くまで行けばポケモンっこもいるだろうし」
「あ、そうだよね……

 そして再び歩き出す。ゆっくり、ゆっくり。けれど、確実に前へ。
 どれくらい歩いただろうか。本当にこっちで合っているのだろうかと不安になってきた、そのときだった。

……ねえあそこ。なにか見えない?」
「ほんとだ。なんだろ」

 廊下の真ん中。進んでいけば、位置的には足下になるだろうか。そこに、ぼんやりとしか見えないけれど、何かがある。

「ポケモン……?」
……わかんね。アオイはちょっと下がってて。ゆっくり行くから」
「うん」

 スグリ、怖いの苦手だって言ってたのに。ずっとずっとずーっと、わたしを守ってくれている。取り乱したときには落ち着かせてくれる。自分だって、怖いはずなのに。…………なんだろう。なんか、どきどきする。でも、このどきどきは、嫌じゃない。

……あ」
「モ……? モシ!?」
……ヒトモシ?」
「モシ! モシモシィ!」

 ヒトモシはわたしたちに気づくと、頭の火を大きくして、ゆらゆらと揺らした。それを合図にするかのように、あちらこちらで火が灯る。

「わ、こんなにいたんだ……
「これ、また色違い探せとかじゃねえよな……?」
「ええ……? 連続でそれはないんじゃない?」
「だといいんだけど」

 少しだけ明るくなったことで歩みは進み、最後の教室へたどり着いた。
 難なく開いたその中は、これまでと変わりなく。最後のスタンプは、ロトム柄だった。

「これで、終わりだよね」
「うん。後は戻るだけ。帰りはエレベーターさ使えるんだったよな」
「そうだよ……ってあれ? ね、なんだか外、暗くない……?」
「えっ」

 ヒトモシたちによって明るくなっていたはずの廊下。ゆらゆら揺れる影も見えない。え。うそでしょ、もう真っ暗な中歩きたくないよ……!?

「とりあえず出てみよう。最初みてえになってるだけかも」
「うん……

 廊下に出て、近くのヒトモシに近づいてみる。話しかけてみても触れてみても、何も反応はかえってこない。

「寝てる……のかな」
……アオイ。少し静かにして、耳すましてみて」
「?」

 スグリの言う通りにしてみると、囁くような歌声が聞こえてきた。

「これってまさか、うたう……?」
「うん。みんな、眠らされちまったんだ」
「ま、また真っ暗な中歩くの……?」
……そうするしかねえべな」

 歌声が止む。ヒトモシたちは、起きる気配がない。
 うう。もうやだ早く明るいところに出たいよ……

「ひゃっ!?」
「えっ、アオ……わぎゃっ!?」

 今、いま足に、なんかちょっとあったかくてふわふわしたものが……!!

「いっ、いいい、今何か……
「足元に、なんかいる……?」
「ぶらっき」
「え」
「えっ」

 ぶ、ブラッキー……? そう呟けば、赤い瞳と特徴的な模様が浮かび上がる。そして一声鳴くと、ヒトモシたちがいる方向とは逆、つまりエレベーターがある方向へと歩き出し、止まる。

「ええと、ついてこい、ってことかな……?」
「たぶん……?」

 追いつくことはないけれど、見失うこともない絶妙な距離を保って、ブラッキーは前を行く。スグリは右手をずっと壁に触れながら、わたしはその反対の手を握りながら、それについていく。
 しばらくそうしていると、人工的な明かりが見えてきた。

……あ」
「つ、着いた……! ありがとう、ブラッキー」
「ぶ」

 お礼を込めて撫でてあげると、目を細めてすりすりしてくる。か、かわいい……
 もう一度ありがとう、とお礼を言えば、ブラッキーは一声鳴いて来た道を戻っていった。
 そこへタイミングよく、エレベーターが到着する。

「アオイ、行こう?」
「うん!」

 あとはこれに乗って、エントランスに戻るだけ。
 それで、終わり。
 終わり、の、はずが。

「な、なんで手前で止まって……?」
「ボタン押し間違え……てねえな。なんでだ?」

 なぜかエントランスより手前の階で、止まってしまった。だけどドアが開くことはなく、ボタン操作も受けつけてくれない。
 なんだろう。
 すごく。
 嫌な予感がする。

「ゲーーンガーーーーッッッッ!!!!」
「きゃああああああああっっっっ!?!?!?」
「わぎゃーーっ!?」

 たいあたりどころかすてみタックル顔負けの勢いで、スグリに飛びつく。なりふり構ってなんかいられなかった。予感がしてても身構えてても、怖いものは怖いよ……! それにそれに! 驚いたのだって怖いのだってスグリも同じだもん! だってだって! ぴったりくっついたところから、すっごくどきどきが伝わってくるもん!

「あお、い……
…………ゲンガー、もう、いない……?」
「う、うん」
「よかっ……ってわあ!? スグリごめんね!? ケガしてない?」
「あ、や、だ、だいじょうぶ……

 どうやらわたしは、飛びついたときの勢いで、スグリを押し倒してしまっていたらしい。
 そしていつの間にか動いていたエレベーターはエントランスに到着したらしく、ドアが開いた。

……これで、ほんとうにおわり……?」
「あとは、タロとネリネに懐中電灯とシートさ渡すだけかな。……まだなんかあるといけねっから、手繋いで行こ?」
……うん」

 その後は特に何もなく。すべてのペアが戻ってきたのを確認して、肝試しイベントは終了した。



「にしても、あんたがそんなに怖いの苦手だったとはねー。ふふっ、かわいいとこあるじゃない?」

 黒い布を丁寧に畳みながら、ゼイユがそれはそれは楽しそうに笑う。こっちはそれどころじゃなかったっていうのに……

「スグリがペアでよかったよ。他の子だったらしっかりしなきゃって思ってたし、不安だったから。……別に怖いの苦手なこと、隠したいとかじゃないんだけど」
……だからスグのやつ参加したのね……
「ゼイユ?」
「なんでもないわよ」

 布は来年も使えるよう、きれいに畳んでしまうそうだ。確かにこんな大きな布、毎年買うわけにもいかないもんね。

「それにね? スグリも怖いの苦手なのに、ずっとわたしを気にかけてくれてたんだよ」
「はあ? スグは別に、そこまで怖いの苦手ってわけじゃないわよ?」
「え? で、でも苦手って言ってたよ?」
……よく考えてみなさい。怖いの苦手なやつが、憧れてるから、好きだから、会いたいからってだけで夜の山に一人で行けるわけないじゃない」

 言われてみれば、確かに……。でっ、でもでも!

「わたしがひっついちゃったとき、スグリもすっごくどきどきしてたんだよ? それってやっぱり、怖いからじゃ、ないの……?」
……さあ? 藪からアーボ出したくないし、あたしからはこれ以上なんにも言えないわ。知りたかったらスグから直接聞きなさい」
「え、ええ……?」

 畳んだ布をきれいにしまって、ゼイユが立ち上がる。長くてきれいな髪がなびいて、それでひとつ、思い出した。……思い出したくなんてなかったけれど。

「ねえゼイユ。聞いてもいい?」
「なによ」
「おどかし役は、ポケモンだけ、だったんだよね?」
「そうよ。アカマツたちはあくまで待機。あとはちょっとした補佐くらいね。それがどうしたの?」
「えと、わたし、白いワンピースの女のひと、見たん、だけど。それも、ポケモン?」
「白いワンピース? 女? どこで見たの?」
……んーと、四つ目、だったかなあ」
…………そこにそんなの、仕掛けてないわよ?」
「えっ」
「というか、どこにも仕掛けてないわね」

 それからタロに聞いても、ネリネにもアカマツにもカキツバタに聞いても、答えはみんな同じだった。
 じゃあ、じゃああれはなんだったの……!?