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shiroyakei
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タトゥー
20250726 第4回オロイフワンライ
※「くすり」の後日談
「イファ、もう怪我の具合はいいのか」
「ああ、もう大丈夫だ。きょうだい」
イファは視線を合わせない。視線は手元のカルテに落としたまま。背中に落ちてくるオロルンの抗議の視線に気がつきながらも、この後口を開けば己の今の行動を咎められてしまうとわかっているから、これ以上は口を開けなかった。
アビスの影響で暴走したテペトル竜の爪を左目に受けたイファが、大量の出血と軽度のアビスの汚染で倒れたのが3ヶ月前のこと。
イファは黒曜石の老婆のもとで数週間療養していたが、イファは黒曜石の老婆から渡されていたくすりを拒んだ。シトラリのご命令でオロルンがイファを説得し、くすりを服用するのを見張り、食事や睡眠の面倒を見ていたのが約2ヶ月前のこと。
そしてイファの健康状態が当初より安定してきたのを見届けたオロルンが、イファを謎煙の主のはずれにある自宅から花翼の集の自宅へと送り届けたのが1ヶ月前。
そして今、オロルンは1週間前に訪れた時にはなかったはずのイファの首元の山と谷をなぞった。
「このタトゥー、どうしたんだ。君はまだ彫っていい体調じゃないだろう」
「あー。うん。気分だよ気分」
「しらばっくれないでくれ。君の身体はまだ本調子じゃないだろう。どうしてそんな状態で燃素銘刻なんてしたのか、ちゃんと話してくれないか」
オロルンの詰めるような声を受けたイファは、走らせていたペンを置き、オロルンへと向き合った。
「首に彫る燃素銘刻の意味を知ってるか、きょうだい」
「己の信念を貫くって意味だったな。何か貫かなきゃいけないものでもあるのか」
「
…
例のテペトル竜をお前が葬ったと聞いた」
イファの体重を受けてぎい、と椅子が鳴った。二人は無言で数秒見つめ合う。イファはあの時同行していた仲間からこのことを聞いたのだろう、とオロルンは仮定を出し、結果の感情だけを問う。
「僕を責めるか?」
「いや、仕方のないことだったと思う。お前は俺のことを思って弓を引いたんだろ?」
「そうだ。あの時君は致命傷を負ってた。もしかしたら他の方法もあったのかもしれない。でも僕は弓を引くしか無かった。」
オロルンはイファの隣に腰掛けた。ぎい、とまた椅子の木目が音を鳴らす。
「
…
まずは助けてくれてありがとな、きょうだい。」
「
…
うん」
「俺は嘘をつかれてたわけだけど」
「それはごめん。だって君あの時目が覚めたばかりだったじゃないか」
「確かにそうだけど。」
「過ぎたことだ、もうこの話はいいだろう。君がなぜ燃素銘刻を掘ったのかって話だ、話をそらさないでくれ」
オロルンはイファの首に視線を移した。掘ったばかりの山と谷は燃素を注がれて線のふちが少し腫れている。数ヶ月前に気絶するような量の出血をして、おまけにアビスの幻覚に悩まされて苦しんでいたのに。首に針を刺して燃素を注ぐ自傷に近いものは、今の彼は到底してはいけない行為のはずだと、医学の知識が少ないオロルンから見ても明確だった。
「半年ぐらい前だったかな。ウィッツトリの丘で2匹の野生のテペトル竜に会った。遊びすぎて喉が乾いてたみたいだったから、手持ちの水とケネパベリーと竜用氷菓をあげたらえらい懐かれてな。ついでだから軽く診察して、野生で影響が出ない範囲での爪の手入れもやって、ブラッシングもしてやった。そうしたらもう日がくれそうだったから帰るって言ってもわかってもらえなくてな。もうすぐ花翼の集だってところまでついてきてしまって。可愛い奴らだった。
…
俺が倒れる直前、あいつらは自我を少し取り戻してた気がするんだ
………
」
「イファ」
「オロルン、お前は間違ってない。助けてもらったのは俺なんだから。でも俺は
…
俺はあの時間違えた。もし安定剤を素早く打ってたら。後少し早く現場についてたら。なんの罪もない竜が、人を攻撃してしまったという罪悪感だけを抱えて夜神の国にいくなんて、そんなの悲しいじゃないか。俺はもう竜医として竜の前で倒れない。血反吐吐いてでも治療してやる」
「それが君の信念か」
「ああ、そうだ」
「そうか。」
オロルンはイファの首をもう一度見つめた後、椅子を引いて腰を上げた。
「君はまだ体調が万全じゃないだろう、今日はもう寝よう」
「ん? 泊まってくのか?」
「心配だから泊まっていく」
「おー。そうか。ほんとにもう大丈夫なんだけどな
…
」
「って言ってたくせに朝起きたらいないってどういうことだ きょうだい」
ぶつぶつとイファはひとり文句を言いながら今夜も昨晩と同じようにカルテと向き合っていた。どれだけ体調が悪かろうが、気分が沈もうが仕事は山のようにあるし舞い込んでくる。こうしている合間にも戦火はどこかで上がっているのだ。首輪をかけてもうこの感情はおしまいにしたつもりだった。
それにしてもきょうだいは何故今朝挨拶もせずに出て行ったのか。イファはまた眉間に皺を寄せた。普段はイファより遥かに遅くのそのそと起床してくる男なのに。彼が泊まった痕跡は貸したシーツが綺麗に畳まれていたことと、昨日使用していた流しの横に置かれた洗われて乾かされたマグカップふたつ。今度会った時には文句を言ってやろうと、イファが思った時だった。
「イファ」
昨晩ぶりの声が玄関の奥で響いた。いつもなら勝手に入ってくるのを待っているが、今夜は文句をすぐ言ってやろうとイファは玄関の扉を開けた。
そこでみた信じられない光景に、イファは驚いて腰を抜かしそうになった。
「どうしたんだよ、その
…
燃素銘刻
…
」
オロルンの頬には昨日見られなかった雫型のタトゥーと、それに合わせて泣くようにキラキラと光る、彼の夜魂の光。
「今日彫ってもらったんだ。今までばあちゃんが麻酔をかけておまじないとして彫ってくれてたけど、今日はじめて燃素銘刻をばあちゃん以外の人に彫ってもらったよ。結構痛いんだなこれ。」
「当たり前だ、そんな眼に近いとこ、痛かっただろ、どうして急に」
「君が泣かないのなら、僕が代わりに泣いてやると思って」
「え、は、俺が
…
?」
「君、ずっと泣いてる。」
「俺が、いつ、どこで」
「君の魂は今この色だ」
とん、とオロルンは己の左頬骨を叩いた。月の明かりを反射して光る青が、本当に涙のようで。
「これ結構気に入っているんだ。鏡を見るたびに僕も信念が見れる」
オロルンの飄々とした物言いに、イファはなんだか力が抜けてフラフラと彼の左肩に頭を預けた。
「ばかオロルン、ばあちゃんに一回怒られろ」
「君も同罪だよ、イファ。一緒に怒られにいくぞ」
左肩のオロルンのストールの色が、少し湿って変わっていた。
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