浮き流し
2025-08-11 11:34:17
2279文字
Public イチ松
 

それはきっと仕様(イチ松)

推しカプシチュガチャより
「イヤホンのコードを絡める達人のイチノとイヤホンのコードを解く達人の松本。イチノのおかげで身に付いた芸道です」
うっすら両片思い

 部屋に松本が来た。
 予定があるわけではないが、別に約束をしていたわけでもない。松本は床に座ってクラスの友達に押し付けられた漫画を読んで、オレはベッドに転がりながらゲーム中だ。たまにとりとめのない会話をする以外、それぞれが好きなことをしながらただゆっくりと同じ時を過ごしている。
「あッ!」
 そんな中、オレは思わず声を上げる。
 自分の操作するキャラクターが攻撃を食らってしまった。判断ミスに気が付くがもう遅い、ゲームオーバーだ。自機の操作ができなくなり、画面が切り替わると獲得したアイテムと今回のプレイ時間が表示される。
「ハ〜〜!」
 抑えきれないイラつきがため息となって出る。今やっているのは、何度もゲームオーバーを繰り返してパターンやタイミングを覚えて進むタイプのゲームだ。しかし突破の糸口が見えたと思いきやあと少しのところから一向に進まない。むしろ少し前からミスが増え、さっきまでできたことがだんだんとできなくなってきている。
「もうやめ!」
 楽しさをイライラが上回りながらやるほど不毛なものはない。オレはゲーム機を放り、気分転換をしようと頭上に手を伸ばす。手探りでヘッドボードにある長方形の機械を見つけると、より机に近い松本に声をかける。
「松本〜、イヤホン取ってくれない?」
「ん?ああ」
 松本は机の引き出しを探り、やや間を置いてイヤホンを渡してくれる。
「ありがと」
 オレは貰ったイヤホンの端子をウォークマンに刺そうとするものの、イヤホンのコードが絡まっていることに気が付く。
 コードは輪の形に巻いてあり、紐同士が自由奔放に交差しパッと見るだけでも線が上に乗り下へ潜り行方をくらませる。ついでに飛び出るように謎の丸が発生し結ばれている。
 思い出してみれば確か、引き出しを開けてすぐのところに物を詰め込んでいたような記憶がある。だから松本が探し出すのに時間が掛かっていたし、いつもよりコードがぐちゃぐちゃになってしまったのかもしれない。
 試しに片耳を引っ張ってみればぐるぐると和の形に巻いた部分ごと持ち上がってしまう。流石にそのまま使用するには都合が悪いため、まずは絡まった部分を解こうと観察してみる。
 今日のは難敵だ。イヤホンから繋がっているであろう部分に当たりをつけて緩めようとするものの、逆に意図しない場所が引っ張られて締まってしまう。

 思いの外手強いコードに苦戦していると、隣で見てた松本がオレの手元からイヤホンを攫っていく。
「貸してみろ」
 松本は多分すぐ解ける。と言うと、松本の指がどこにどう繋がるか分からないこんがらがった塊をスルスルと解いていく。
 オレが魔法のような手際のよさに目を奪われている間に、松本は1本の真っ直ぐな紐となったイヤホンを渡してくれる。
「ホラ。きちんとまとめれば絡まないんだから、気を付けろよ」
「やってはいるんだけどね」
 今日のは若干イレギュラーではあるが、順番が前後しないよう戻らないよう気を付けながらぐるぐる巻いても同じ結果なため仕方がない。多分、オレのイヤホンは絡まる運命にあるんだと思う。
「でも流石。助かる」
 オレが笑みを浮かべるとわざとらしいため息を吐かれるが、そこまで悪い気はしない。
「ありがと」
 なぜなら、ウォークマンを手にした瞬間から松本がオレの様子を窺っているのを知っているからだ。


 ウォークマンにプラグを刺して再生ボタンを押すと、これからサビに向かう男性ボーカルの陽気な曲が流れる。目を閉じて音楽に集中しようとするものの、松本の気配は変わらずすぐ隣にある。
「聞く?」
 片目を開けて尋ねれば、松本は遠慮しながらも嬉しそうに答える。
「ああいいのか?」
 近距離でなにか言いたそうに様子を窺っていれば嫌でも気にもなる。それに、オレが音楽に集中したいならヘッドホンで聴くことを松本だって知っているのに、松本は毎回遠慮がちに尋ねてくる。だけどオレの答えだっていつも同じだ。
「ダメなわけないじゃん」
 シャッフルしてるからなにがくるか分からないけど、と線で繋がった片方を渡せば、松本の顔が喜色に染まる。
「オレはあまり歌を聞かないから、なんでも楽しみだ」
 オレは笑みを深めると、松本がイヤホンを嵌めたのを確認し進むボタンで次の曲を呼び出す。
 次の曲はギターのメロディが印象的なバンドの曲だ。ヘッドホンとは違い、イヤホンで聞く音楽はいつもの低音が心許ないし全体的に音の響きが弱い。
 だけど隣には距離の少し近くなった松本が、オレの好む曲を嬉しそうに聞き入ってくれている。
 それに、あまり丁寧に扱っていないイヤホンは当然よく絡まる上、オレがこれみよがしに不器用を披露すれば松本が代わりにコードを解いてくれる。おかげで松本がオレのイヤホンのコードを解く技術は上達して、今は達人や魔法使いの域だ。
 だから、チープな音を聞きながら松本とこの短いコードで繋がる時間は、割と悪くないと思う。


(おまけ)
 単に一緒にいるだけもいいが、近距離で同じことをするのはもっと嬉しい。少しの特別感を味わいながら松本を見ると、松本とばっちり視線が合う。
「っ、この曲なんだっけ」
 分かりやすく目を話題ごと逸らされてしまう。そんな松本の声は若干上擦っているし耳がほんのり赤い。
「これは――
 オレの好きな曲が入っているため曲名は反射的に浮かぶししっかり答えられる。だけど内心は大騒ぎだ。オレの勘違いでもいい。ずっとこのままでいさせてほしいと思う。