芹沢亀吉
2025-08-10 19:02:19
2847文字
Public 風刺
 

空飛ぶ楠木武

横暴かつ悪趣味な楠木武が恥をかく物語の通算118話目。

 京都市右京区の愛宕山中の愛宕神社に陸上自衛官3人が駆け込んだ。湊川みながわまもる二等陸曹、乃木のぎまさる一等陸曹、そして楠木くすのきたけし一等陸佐である。

「クソ!何故国防を担う俺達が警察から逃げ回らないといけないんだ!乃木!貴様が女子高生を襲ったりするからだぞ!」

「黙れ、湊川!お前が年寄りから多額の大金騙し取ったのがバレなければこんなことには!」

「うるさいぞ、乃木!この国は年寄りが金を持ち過ぎなんだよ!前も言ったがあいつら年寄りは遅かれ早かれくたばるし、金はあの世には持っていけないから俺が代わりに使ってやろうと思ったんだ!それの何がいけない!?」

 当然ながら湊川の発想は己の詐欺行為を正当化していて自分勝手そのもの。一方乃木も逃走時に押し入った民間人宅にて女子高生を襲った身。湊川に対し「バレなければこんなことには!」と言ったのも「高齢者から大金騙し取るのはバレないようにやれ」という卑劣な認識に基づいていて、とどのつまり湊川の同類と断じて差し支えない。

 他の参拝者達が唖然とする中乃木と湊川が取っ組み合いの喧嘩を始めると、何と楠木は20式小銃を撃ちその2人を射殺する暴挙に出た。銃声そして自衛官2人の射殺に驚いた参拝者達が悲鳴を上げると、楠木はその参拝者達にも銃弾を撃ち込み次々屍に変えていく。

「クソ、もう弾が無いか!」

 弾切れの小銃をその場に投げ捨て、楠木は苛立ちが止まらない。屍と化した湊川、乃木から弾薬を奪おうにも2人共逃走中にバンバン撃っただけに奪える弾薬を持っていないのが実情だ。そもそも今回の逃走は部下の湊川、乃木と共に陸自の装備品を暴力団に横流しし私腹を肥やしていた楠木の悪事が露見したのに端を発し、言うなれば楠木が主犯。ちなみに湊川が高齢者を標的にした詐欺行為に手を染めたのは装備品横流しの「取り分」が少ないのが不満だったから。日頃から部下に暴言暴力を浴びせるのが当たり前な上官楠木と交渉する気概など小心者湊川は持ち合わせていない。

 夜になると愛宕神社に機動隊が到着した。元々楠木ら現役自衛官の逮捕に及び腰だった警察の上層部が何人もの民間人が襲われ、射殺される事態に至り渋々機動隊を出動させたと明記しておこうか。

 一応機動隊員達は凶悪犯楠木を崖の上まで追い込むも、その楠木が「許可取ってこい!」と叫ぶと全員が縮こまる体たらく。全く武器を持っていない辺野古移設反対を訴えるデモ隊は楽しそうに迫害する癖に、相手が現役自衛官なら何人もの民間人を射殺した凶悪犯だろうと確保を躊躇うのが機動隊の卑怯なところ。

 機動隊と対峙する楠木がふと上を見ると木から木へと飛び移る黒い影が。愛宕山の森に棲息するムササビだ。夜行性で昼間は木の穴に隠れているムササビは姿を見るのが非常に難しい。

「ムササビは飛ぶ。そしてこの愛宕神社に祀られている太郎坊も天狗だから飛ぶ。よし!」

 そう呟くや否や楠木は己の衣服も下着もビリビリ破り捨て、運動不足に加え缶コーヒーの飲み過ぎが祟ったブヨブヨの裸体が露わに。ただでさえ楠木に恐れを感じていた機動隊員達は開いた口が塞がらず、女性隊員の中には見たくも無い全裸が視界に入った途端に悲鳴を上げる者も。

「人間以外の動物は皆裸だ!つまりこれが自然の姿!そして楠木正成公の末裔である俺様はこの愛宕山の霊気を全身に纏っている!つまりムササビや愛宕山の天狗、太郎坊同様飛べるということだ!」

 この全裸男楠木の台詞、何処から突っ込みを入れれば良いのやら。

「機動隊員の諸君!この楠木が飛ぶところをとくと見よ!ナンマイダホーレンソー!アーメンソーメンカップヌードル!」

 実のところ楠木は湊川と同じく小心者、その小心者が機動隊に追い込まれた結果自暴自棄になり自分は飛べると思い込んだ挙句滅茶苦茶な呪文を唱え崖から飛び降りた、ただそれだけの話。機動隊側も自衛隊に及び腰なのもあり楠木確保を躊躇っていたのだから自暴自棄になる必要性など全く無いのは黙っておこう。

 ふと全裸男楠木が両目を開くと既に夜が明け朝日が眩しく、何と眼下に広がるのは京都の街並みだ。

「飛んでる!?この楠木が飛んでいる!?凄い、凄いぞ、俺!グハハハハ!」

 下品な声を上げ大笑い、これは楠木が上機嫌の時よくあること。その笑い声のやかましさに他の自衛官達が内心辟易していたのはここに書くまでも無いか。

「そこの女子高生達!早朝から登校とは実に結構!そんな君達にはあのミケランジェロのダビデ像に匹敵するこの楠木の裸体を満喫する権利がある!おっとあっちは冷たい大理石製、そしてこの楠木の裸体は毎日太陽を浴び続けた小麦色故冷たい大理石には無い温かみがあったか!グハハハハ!」

 登校中の女子高生達の目の前に舞い降りて己の全裸を見せびらかす、楠木が今やっているのは完全に露出魔のそれ。そしていきなり空から現れた全裸男に驚き悲鳴を上げると思いきや、女子高生達は楠木のいる方向にスマホを向け撮影を開始した。

「そうか、この楠木の裸体を撮りたくて仕方無いか!それなら気が済むまで撮れ!撮れ!撮れ!グハハハハ!ただし後で撮影料をガッポリ請求するからな!この楠木の裸体は生きた芸術!撮影料は高いぞ!」

 早くも女子高生達から幾ら巻き上げるかを皮算用しほくそ笑む楠木、その嫌らしい微笑みは陸自の装備品を暴力団に横流しし私腹を肥やした時と全く同じ。

「楠木武、貴様は深刻な勘違いをしている。あの女子高生達は貴様の裸体を撮ってなどいない。そもそも彼女達には貴様の姿が見えていない上貴様の声も全く聞こえないのだからな。」

「貴様、火車か。亡者の魂を喰らう妖怪がこの楠木に何の用だ!?あの女子高生達にはこの楠木の裸体が見えていない?馬鹿も休み休み言え!」

 突如姿を現した火車に対し全裸男楠木が粋がると、その全裸男の胸元から1匹の蝶が飛び出した。

「その蝶はギフチョウ、絶滅危惧種の珍しい蝶だ。彼女達はその蝶を撮っていたんだよ。楠木武、今の貴様は浮遊霊、だから蝶が身体をすり抜けた。貴様はもう死んでいる。」

 そう言って火車が浮遊霊楠木に見せたのは全裸男楠木の遺体を警察が収容する映像である。何のことはない、先程愛宕山にて滅茶苦茶な呪文を唱え崖から飛び降りた時楠木は死亡し、火車が言った通り今の楠木は浮遊霊故飛ぶことが出来たのだ。

 先程機動隊員達を恫喝した際味を占めたのか浮遊霊楠木が往生際悪く「許可取ってこい!」と叫ぶも、火車は顔色一つ変えない。

「許可なら取った、閻魔サンからな。数々の平行世界の楠木武がくたばって冥府に押し寄せ全員腐れ外道故地獄が大変なことになってな。それ以来何処かの世界の楠木武がくたばる度吾輩がその魂を美味しく頂いているんだよ。さて、貴様の魂を頂こうか。」

 火車は浮遊霊楠木をあっという間に飲みこんだ。(終)