ナスカ
2025-08-10 18:36:00
4162文字
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カラミティアンドアストロジャー 15

前回の続きです。

『今日は皆さんに、悲しいお知らせをしなければいけません。地底調査の要と呼ぶべき『地底の星』アストルさんが、突然倒れられました。城の直下で発見された瘴気の元凶を叩くべく、複数名の調査隊員と我がシロツメ新聞社取材班と共に向かった折のことでありました。原因は恐らく瘴気だと思われます。これまで『瘴気が効かない』とされていたアストルさんですが、想像を絶する濃さに身体が耐えきれなかったものと思われます。地底では現在、調査隊員が一丸となってアストルさんの回復を女神ハイリアに祈っています。私たちも、我々のために力を尽くしてくれているアストルさんの無事を祈りましょう。 記者ミツバ』

✽✽

「どうして叔父様を守れなかったのですか!」
ゼルダは光り輝く手のひらをガノンに突きつけた。その聖なる光に思わず目眩がしそうだが、そんなことになっては彼女は更に怒ることだろう。
「ほう、我への恨みを糧に封印の力が目覚めたか」
「誤魔化さないで下さい!」
今にもこちらを引っ叩かんとしてワナワナ震える姫の手に、その本気を思い知る。正直ガノンも、こうして巫山戯なければ胸が痛むばかりだった。
……まさか、此れが我を庇うなど、思ってもみなかったのだ」
ガノンは簡素なベッドに横たわるアストルをチラリと見た。
あの時ガノンドロフに虚を突かれ、ガノンはよもや塵となって消滅するところだった。しかしアストルが二人の間に割って入り、ガノンドロフの瘴気を帯びた刃は彼の腹を貫いた。幸いなのは、刃が『物理的存在』ではなかったことだ。皮膚や内臓が傷つけられることは無いが、その代わりにいつ目覚めるかもわからない深い眠りの中にある。
「本気で仰っているのですか?」
「冗談で言うと思うか?」
「叔父様は……ずっと貴方に会いたがっていたのですよ」
そう訴える姫の顔は、どこかで見たことがあった。いつだったかと記憶を手繰り寄せ、それは遙か一万年以上も昔だったと思い出す。それは、とある二人のヴァーイたちに関わる話だ。
懇意になったヴォーイと仲違いをしたという引っ込み思案の若い娘と、その親友のこちらは気の強い娘。気の強い娘のほうが、『あの子とあの子のヴォーイと私の三人で話し合いをする。それを隠れて見守っていてほしい』と頼んできたのだ。
『ずっとアンタに会いたがってたのよ!』と気の強い娘は、友のために男を叱責した。姫の顔は、その時の彼女にそっくりだった。
まさかあのアストルが……常に己にできることを追い続け、手が届きそうな『わかりやすい幸せ』を自ら遠ざける彼が……恋に恋する若者のような行動をしていたというのだろうか。
「あまり言葉にはしませんでしたが、顔を見ればわかります。本当に、おいたわしくて……けど叔父様は、いつだって誤魔化そうとするんです! まるで、そんな悲しみなど、抱いていないみたいに!」
馬鹿な。そんな風に言えたらどれほどよかっただろう。こんなに必至な姫の顔を見れば、それを偽りだと一蹴できない。ここまでアストルに対してひたむきな姫は信じても良いかもしれない。信じられないのは、『自分が好意を持たれる』という事象だ。
「だが……何故、我などを。我は、奴を殺すと……
……しばらく、叔父様と二人にして差し上げます」
ゼルダはそう言うと、アストルの仕事部屋から出ていった。昏昏と眠り続けるアストルと、二人きり。普段色白な顔は蒼白になり、呼吸しているのかも怪しいほど唇はうっすらと開いているだけ。寝相が良すぎるのは知っていたが、これでは死んでいるように見える。これで生きているというのだから、ガノンは余計に気分が悪くなった。
いっそ死んで魂だけになってくれれば、会話ができるのに。
そう考えた瞬間、ガノンは思わず右手で頭を抱えた。
今自分は、どうしてそんなことを考えたのだろう。アストルを殺すのは自分だ。あの女の手などにかけさせたくない。それは自分のプライドが許さない。
だが死んでいれば話ができると思うのは……アストルと言葉を交わしたいということではないか。
矛盾する思いは、既に無いはずの心臓を締め付けてくる。
「アストル……
こんな想いになったことなど無い。王として生きることを運命付けられ、個人を愛する余暇も与えられなかったから。
ガノンは眉頭を寄せ、アストルを見つめる。このまま彼の息が無くなってしまうのが異様に怖くて、床に膝を付けて屈み込んだ。
もしかすると、自分の本当の運命はここにあったのかもしれない。厄災となって一万年以上も存在し続けたのは、アストルに会うためだったのでは無かろうか。
「我が殺すまでは、絶対に死ぬな……!」
枕とアストルの後頭部の境目にそっと手を差し込み、僅かに顔を上に傾けた。もう片方の手を薄い胸板に押し付け、回復を心の底から祈る。作法も知らず、信仰などしていない神に対して。砂漠の女神に祈ったことは数あれど、『アストルの生きる世界の神』に縋ったことなどない。そんな必要はなかった。
だが、今は必要だった。
「お前の中に瘴気が溜まっているなら、我の怨念でそれを追い出してやる。我にできるのは……それだけだ」
ガノンはそっと、血の気が引いたアストルの唇に、自分のそれを重ね合わせた。彼を内側で蝕むものを挿げ替えるように、ゆっくりと、ゆっくりと呼気をアストルの中へ送り込んでいく。
「ッ……! 流石にキツいな……
息切れしそうになったところでガノンは口を離した。これが今の自分にできる全て。あとは天命を待つのみだ。すぐに目が覚めるとは思わない。だからこのまま……そっと姿を去ってやろうと思っていた。よりによって手段が口づけなど、気恥ずかしくてならない。
……ガノン?」
そのはずだったのに、存外アストルは早く目を覚ました。一瞬裏返った声は、やはり情けない。
「あッ…………目が、覚めたか。随分長い事眠っておったぞ」
「そうか……。では、夢なのだろうな。お前が私に口づけてくれたような……
「ば、馬鹿を言うな! 我は厄災だ! 人間であるお前に、そのようなことをするはずが無かろう!」
焦りを隠そうとして、かなり突き放すような言い方になってしまった。嫌われるだろうか。ガノンは気まずくなりながら、アストルから顔を逸らしたままにする。
するとアストルの乾いた笑い声が聞こえてきた。
……やはり、夢だな」
いや、それは現実だ、と言ってやれる器が、ガノンには無かった。如何せん、個人への愛など……ましてや、恋など、アストルへのそれが初めてだった。それでも、制御の効かぬ想いがアストルを傷つけているような気がして、ガノンは「アストル」と声をかけ直した。
「なんだ?」
「何故我などを庇った? 死ぬかもしれぬというのに……
アストルは耳先までを真っ赤にして、先程まで血の通わぬ色をしていた唇を尖らせた。そこまで照れる必要があるのかと、こちらまで緊張してくる。ガノンは催促せず、アストルの返事を待った。
「お前が……。お前が側に居てくれていたのが、嬉しかった。だから、お前を、助けたくて……
一言一言、噛みしめるように、確かめるように返事を紡ぐアストルに、頷いて応えた。
「頼むガノン、もう何処にも行かないでくれ」
かつて一等星の力強い輝きを見せたアストルの瞳は、淡く儚げに、うるうると瞬いている。こんな顔は見たことがない。そしてそれを、他の者に見られたくないとすら思った。
これではもう、認める他無さそうである。
「我はお前に取り憑いておるのだ。離れなどせぬよ」
アストルは安堵したのか、ガノンへ寄りかかった。密度の低い身体は、アストルのほっそりした肉体を支えるだけで精一杯だった。それでもアストルの中でゆらゆらとしている、渦のような優しい風が嬉しくて、ガノンはそのままアストルの壁になった。

✽✽

アストルはみるみる内に回復し、三日後には地底内を歩き回れるようにまでなった。その驚異的な回復は『力に目覚めな姫巫女によるもの』と囁かれ、姫の神聖さを底上げした。が、当のゼルダ本人は不満である。
「ガノンさんのお陰ですのに……
「まあ、お前の促しが無ければ……ということを考えると、あながち間違ってはおるまい。そう気にするな。我は見えぬものだからな」
カラリしているガノンに、ゼルダは聞きたいことがたくさんあった。どうやってアストルを回復させたのか、アストルとどんな話をしたのか、妙に距離が縮んだ事について……などなど。
「知りたくても、話さんぞ」
「べ、別に私はそんなつもりではッ……!」
焦るゼルダを見て、ガノンはハハハと面白おかしく笑うのであった。アストルの可愛がる姪と言えども、『距離の近さ』で多少のライバル視をしていたことに気付いてからは優越感が勝る。
「ゼルダ、プルア女史がお呼びだ」
「わかりました。すぐに参ります」
入れ替わるようにやって来たアストルを、ガノンはチラと見た。回復はしたものの、時折よろけることがある。ガノンが受け止めようものなら、アストルは宙に浮いて見えるため、手出しはあまりしない。
……ご苦労な事だな。少しくらい、他の連中に任せればいいものを」
「ここで星を視れるのは私だけだ。それが私の……唯一の取り柄なのだからな」
よく言う、とガノンは笑う。並外れた行動力だってあろうに、そこまで卑下しなくてもとガノンは思う。
「それで……行くのか?」
……行かねばなるまい」
それまで地底問題に一切ノータッチだった王が、今更のように手紙を送ってきた。アストルの身を案じるような大仰な言葉、兵を送る故なんとしても瘴気の元凶を打ち倒してほしいと懇願する言葉……。どれもこれも、嘘くさかった。
「間違いなく罠だ。行く必要など、無いだろう」
「瘴気の元凶を根絶やさなければいけないことに変わりはない。罠だろうと構うものか。……それに」
「ん?」
意味深にアストルが言葉を切ったので、ガノンは続きを促した。
……お前が護ってくれるではないか」
照れくさくて、ガノンはンンッと咳払いをした。アストルはそれを見てケラケラ笑う。地底に、幸せそうな声が二つ静かにこだましていた。

続く