人間は昼行性だ。個人の判断でそれに反しようとしても、どうしても夜の活動では賄えない事柄が発生する、自分以外はそうは行かないからだ。
戦争後遺症はその日は用事があった。つまり昼間に外に出た。仕事自体は自宅で戦争の経験談をノンフィクション、あるいはフィクションに仕立てるライターをして居る。戦争後遺症はそれを治療と呼ぶのか知れなかったし、他の誰かに確認を取ろうとも思わなかった。
ただ邪魔されなければ良い。
帰宅した頃はまだ陽が出ていて、暗所嗜好は眠っていた。
彼は明かりを嫌う。
スイッチ一つで消せる電灯も嫌うのだから、日中に活動するのは無理だ。明るい世界を見たくないがために、意識を閉ざす。
せめてそうして眠っている間、体は陽に当たっていてほしくて、窓の大きな部屋を寝室にした。
みてくれからは瞼なんかなくて、起きているのか分からないが、陽が沈まないと目覚めないことは絶対の法則なので、逆にそれを判断することが出来る。彼には自分だけのルールがあるのだ。
かと言って、夜になっても明かりを灯さないこの家で出来ることなど限られている。彼の調子によっては端末の液晶さえ光ることが許されないので、食事は朝方か夕方にでも用意しておく。カーテン越しの街の街頭だけで、ただ見詰め合うだけの夜を過ごすこともある。
戦争後遺症が目覚めると、辺りはすっかり暗所だった。
彼を探すと、すっかり起き上がって、けれど虚空を見ているようだった。
彼は影の中に自分にとっての嗜好を見ている。
それは彼が描く芸術作品だったり、美しい朧月だったり、麗しい女性だったり、戦争後遺症の姿だったりする。
彼は闇夜を好むが、特別夜に良く見えるわけでは決してない。
そうして自分が何を視ているのか分からないことを求めて暗所にいるのだ。直ぐそばで立つ男が、一緒に暮らしを共にしている相手なのか、それとも暗所が創り出した妄想なのか、それすらも分からない、けれどそれをそのまま求めて今に至る。それが暗所嗜好が暗所嗜好たる所以だった。
「こっちだ。」
「あっ……。」
その背中を抱き締めると、存外に艶っぽい声が上がった。
「おや、おまえ、いつの間に後ろに?」
「……おれがどこに居たって?」
「さあ?ああ、右と、左と、前にいたかも。」
「……三人いたって?おれが?」
「そう、そう。赤と、青と、緑。」
暗所嗜好は、暗闇に自分の望んだものをなんでも生み出す。楽しいことも、面白いことも、気持ちの良いことも。
どうせその中に自分もいるなら、妄想じゃなしに現実の自分を相手にしてもらおうじゃないかと思うと、こう言うこともある。
「おまえ、おれ一人じゃ足りないって言うのか?」
「三人でも、足りていると言えるかどうか。」
「なんてことだ。」
ただ、現実よりも妄想のほうが優れていると思われてしまうものもある。例えば、妄想の中でなら、一人として同じ人物のいない存在を、何度でも殺せる。
「なあ、おい。おれが、三回でも何回でも付き合うから、おれにしとけ、いいな。ほら。」
「あっ!……そんなこと、影の中から言われたのは、初めてです。ああっ!」
「だろ。」
妄想を三人相手にして、足りないと言いながらも消耗した様子の、くたりとした肢体を強く抱く。影の中から伸びる腕は、元から暗所にあった体と、傍目からはぐちゃぐちゃに混じり合っている。区別が付かないのは、妄想と現実だけじゃない、現実と現実だってそうだ。
だから戦争後遺症は、自分に纏わり付く影が、この暗所嗜好の男であれば良いと思う。
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