fedge
2025-08-09 23:32:50
4390文字
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250809ワンライ③睡眠

2025.08.09開催カピオロワンドロライのお題③『睡眠』
60+15min

「ばあちゃん、調香について教えてほしい」
「ふぁ……突然なによ、珍しいじゃない。どうしたのよ」

謎煙の主のはずれにある黒曜石の老婆の家。昼を少し過ぎたであろうころに、珍しくオロルンが訪ねて来ていた。

「睡眠を促す調香をもっと知りたいんだ。以前炎神様が僕の知らない調香をされていて、ばあちゃんから教わってないのかと問われたんだ。基本的なことは教わってたけど、そういったことはまだばあちゃんから教わってなかったと思って」
オロルンはいつになく真剣な顔でシトラリを見据えた。決意の灯の宿る真っすぐな瞳に見つめられたシトラリは、大きく溜め息を吐いてやれやれと手を振る。
「十分教えたじゃない、あれでゼンブよ。普段の睡眠の香じゃダメなの?」
「ああ、普通のだと効かないと思う。だから別の組み合わせを知りたいんだ。炎神様は僕の知らない調香をなさってて、まだばあちゃんから教わることもあるだろう、とも言っていた。お願いだ、ばあちゃん。知っているなら教えて欲しい」

読みかけの小説を読みに自室に戻ろうとしたシトラリの手を掴み、オロルンは眉を寄せながら申し訳なさそうに再度頼んだ。シトラリはまた溜息を吐くと、オロルンの手に自信の手を重ねて優しく言った。

「効かないって……クマでも眠らせるつもり?それに、教えられるコトをゼンブ教えた、というのはジジツよ。炎神様がどういった調香をなさったのかは知らないけれど、彼女が生きてきた中で得たものでしょうね。それと同じよ」
「同じ、とは?」
「アンタがジブンで見つけるべきって言ってるのよ、薬草や植物はキミの方が詳しいでしょ?」
……そんなことは」
「あるわよ」
……うう」
……イジワルで言ってるんじゃないの。実際、伝統的な調香は教えた通りよ、そこから各部族にある別の香を加えたり、フォンテーヌや璃月の植物を加えたりって人によって改良して使われているの。炎神様ももしかしたら、別の部族にに伝わる調香を知っていたのかもしれないわね」

気を落としてしゅんとなっているオロルンを見て、シトラリは少しだけ語気を強めた。

「しょげないの!キミは前に自分で胞子を使った巫術を使っていたじゃない。アレと一緒よ、難しく考えなくていいわ。キミならではのお香を作ればいいのよ」
……わかった」

顔を上げたオロルンは小さく微笑むと、振り返って玄関の方へと歩みを進めた。

「どうしてもどうしても分からない、ってなったら一緒にやってあげるわ。でもその代わり基礎からみっちりやり直すからカクゴしておきなさい」
「ありがとう、ばあちゃん。ちょっと色々やってみるよ」

オロルンの気配が離れたことを確認し、シトラリは再度溜息を吐いた。

……ゼンブがゼンブ教えても、キミのためにならないのよ」

シトラリは読みかけていた小説を手に取るが、少し考えて栞を挟んで机に置いた。それから真面目な本を収めている方の書棚に向き合うと、そこから調香について記されたウォーベンを二、三枚ほど見繕った。


「というわけなんだ。カクーク、何かいい案はないか?」
「おいおい、きょうだい、マジかよ」
「カクークに聞いても分からんだろ、なにやってんだオロルン。あっこらそっちに行くなって、まだヒレの手当が終わってないんだ!」

調香を教えてもらうあてが外れたオロルンは、流泉の衆に往診に来ていたカクークを捕まえて一連の相談をしていた。カクークはもちろんイファについてきて助手をしていたところだったのだが、幸いにもオロルンがくる直前に忙しさのピークは抜けていた。だが哀しいかな、仔竜には調香のことは分からない。

「ばあちゃんに自分で色々試せ、って言われたんだろ?じゃあそれやるしかなくねーか」

怪我をしたコホラ仔竜を抱きかかえて包帯を巻きながら、イファが半分呆れたようにカクークに代わってオロルンのお悩み相談に応えた。

「でも今困っているかもしれない人のために用意したいんだ。一から考えていたら遅くなってしまう」
「困っているかも、って……確信してるわけじゃないんだな?それなら急ぐ必要もないんじゃないか」
「そうだぞきょうだい」
……

ここでもだめかとオロルンが眉を寄せたところに、底抜けに明るい声が飛び込んでくる。

「イファ、カクーク、それにオロルンも!今日はこっちに往診だったんだね!オロルンは何か用事……って、何か悩みがあるの?話きこっか?」

通りかかったムアラニが、オロルンの困り眉を見て何かあったと思ったようで、ずばり直球に斬り込んできた。オロルンは困ったような笑みを浮かべながら、これまでの顛末をムアラニにも話した。

「なるほど……それなら、瑞希さんに聞いてみるのはどうかな?あの人なら夢とか眠りに詳しいから、なにか知ってるかも!紹介しようか?」
「いいのか?助かる、ありがとう!お礼に今度野菜を持ってくるよ」
「いいっていいって、お互い様じゃん!あ、でもあまーいケネパベリーがあったらお願いしたいかも!早速お店に行ってくるよ、丁度昨日からナタに来てるんだ」
「そうなのか!それなら僕もついていっていいだろうか」
「もちろん!」

ムアラニに手を引かれてオロルンはその場を去っていった。

「なんつーか、嵐みたいだな」
「ハハッ」


稲妻の心理療法士であるという瑞希から詳しい話を聞いたオロルンは、書き留めたそれらの知見とシトラリから習った基礎を思い返しながら自宅へと戻った。ところがどうしてだろうか、家から出るときには何も置いてなかった筈なのに、家の戸を開けてすぐにあるテーブルの上に、出した覚えのないウォーベンが三枚置かれている。

……これは?」

見ればどれも調香に関するもので、基礎として教えられたことの起源であったり、希少材料の調香の際の注意点であったり……とにかく、調香に関する事柄が記されている。

……ばあちゃん、ありがとう」

祖母からの不器用な贈り物を受け取ったオロルンは、ソファに腰かけてゆっくりとそれらのウォーベンを読み解いた。それに続けて所有していた植物図鑑とにらめっこし、瑞希に教えてもらった他国――主にスメール産のものだったが――の素材を用いた睡眠の香に入れるという植物を洗い出す。

「なるほど……ゆったりと落ち着きのある香りを出すにはこうすればいいのか……これならナタのこの薬草でも代用が効きそうだ、それならこれも……いやこれでも代用できそうだ……

別の図鑑も引っ張り出し、どれほどの時間書物と向き合っていただろうか。手持ちにあった薬草で思ったような香を作れて満足したころには、気が付けば辺りは薄暗くなっていた。

「できた……よし、行こう」

作ったばかりの香を荷物に入れ、オロルンは北の空を目指した。


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……

五百年間寝ずに魂たちを抱え続けていた隊長は、その責務から解放されたというのに眠りに落ちることができなかった。否、完全にできないというわけではないが、正しく言うと眠りに付くまで時間がかかってしまう。そして夜神の国……地脈の修復のために動いている以上、魂と言えど体力を消耗するので全く休養を取らないというわけにもいかなかった。
疲れている筈であるのに眠りに落ちれない自身を歯痒く思いながら、せめてもと夜神の国の丘に寝そべって休養を取ろうとしていた隊長の鼻孔を、嗅ぎ慣れない匂いがくすぐった。

……何だ?これは……

目を閉じ香りの方向を辿る。やさしくゆったりとした落ち着きのある香り……柑橘系の香だろうか、優しい中にさわやかさも混ざっている。それにこれは……獣の匂いのような……覚えのある香りが……
長らく感じていなかった睡魔がふわりと過る。このまま身を委ねよと本能が言っていたが、得体の知れないものに従うのはならんと起き上がる。香りのする方向を確定させ、そっと目を開けて匂いのする方向へ歩み寄ると、小さな裂け目のようなものを手のひらに乗せて竹製の枠に薄紙を貼ったもの――確か稲妻にある「うちわ」というもので、パタパタと炭火を煽ぐ時と同じようにその裂け目を煽いでいる夜神が、居た。

「何をしている」

夜神はてへ、と笑うと裂け目をそのまま隊長へと渡そうと手を差し出した。隊長がそれを受け取って自身の手のひらの上へと移すと、確かにそこから先ほどの匂いが漂ってくる。

「あなたへの贈り物よ、届けてあげようと思ったの」
……この「匂い」がか?」
「ええ。貴方に、って。玉座のあなたのところでお香を炊き始めたから、面白くなって匂いだけ繋いだの。それなら力もあまり使わないもの」
……オロルンか」
「そうよ。彼くらいだもの、こうやって来てくれるの」

隊長は裂け目を見つめてしばし黙ったあと、接続が切れないようにそっと手のひらで裂け目を包んだ。

……これはいつまで持つ?」
「うーん、一晩は使えるんじゃないかしら、多分一晩中居ると思うし」
……オロルンが玉座に居る限りということか。家に帰してやれ」
「干渉はできないの、知っているでしょう?まあ、彼が自分から帰るまでは匂いが届くと思うわ」
「あいつは今どうしている」
「寝てるわ」
「何?」
「あなたの足にもたれ掛かったまま眠っちゃったみたいよ、自分で作ったお香が効きすぎたみたいね」
……風邪を引いてしまう、どうにかできないか」
「貴方がそこまで言うなら、冷えないように加護をあげるくらいならできるわ。それでいいかしら?」
「ああ、頼む」

隊長は自身の寝床としている場所――眠りに落ちたことは数えるほどもないが――に帰ると、枕元に裂け目を放す。漂う香りに身をゆだねて横になると、数分もしないうちに穏やかな寝息を立てた。





オシカ・ナタの玉座を訪れたのは日が落ちてすぐだった筈だが、気づけば灰色の雲海から黄色味のある鮮やかな光が刺している。

「やってしまった、僕に効いてしまったみたいだ……でもこれなら、君も寝ることができただろうか」

ぐっすりしっかり眠ってしまったオロルンは、身体を寄せていた脚から身体を離し、隊長の仮面を見上げる。

「君が困っている気がしたんだ。役にたてただろうか?」

そう「思っている」だけで言われたわけではないし、果たしてここでお香を焚いて効果があるのかもわからない。でも何か少しでも出来ることをしたい、と思った結果がこれであった。

「たてていたら、嬉しいな」

照らされて不思議な色を抱く雲海を眺めながら、ぽかぽかとした感覚に包まれ、未だ眠気に誘われていたオロルンは、再び脚に躰を寄せてもう少しだけと目を閉じた。