小話倉庫(深上)
2025-08-09 15:06:24
3066文字
Public 悠アキ/haruwise
 

あの頃僕らは(悠アキ/haruwise)

悠+アキくらいの距離感。年が近いことを知った二人が過去の流行りで盛り上がる悠アキ話(全部妄想)。

「あ……
 自室のテレビから流れてきた曲に聞き覚えがあり、アキラは思わず声を漏らしていた。何の映画を見るかを決めかねて、とりあえずお茶を濁すように適当にチャンネルを変えていたアキラの手を止めたのは、昔流行っていた音楽を年代順に紹介する特番だった。
「何?」
 ソファでクロと遊んでいた、いや遊ばれていた悠真が、アキラの声に反応して顔を上げる。ぽい、と投げられたネズミのおもちゃにクロは素早い動きで追いつき、両手で床に押さえつけた。そこから微動だにしなくなったのは「この獲物は誰にも渡さない」という意思表示だろう。
 悠真は満足気にクロから視線を外すと、テレビの方に向き直って僅かに目を見開いた。
「あー、このアニメ、たまに見てたな。懐かしい」
「君も? 僕は子供の頃にリンとよく見ていたよ」
「アキラくんも? それ、何歳くらいの頃?」
「えぇと……八歳くらい、かな?」
 まだヘーリオス研究所にいた頃だった。夕方にやっていたヒーローもののアニメ。治安官が主人公なのだが、敵は宇宙人で、戦う時にロボットに乗ってロケットパンチを放つ、という子供向けの内容だ。その割にはストーリーが濃く、人間関係の多様さを考えさせられると大人にも評価が高かった。
「毎回リンと、次はどんな話になるかって予想していたんだ。リンはいつも僕が想像もつかなかったストーリーを話してくれてね。さすが僕の妹だと……悠真?」
「え、ああ。ごめん。……いや、その頃アキラくんが八歳なら、僕ら結構年が近いのかなって思って」
「悠真もその頃、同じくらいの年頃だったということか」
 悠真の幼少期を想像して、複雑な感情が湧いた。恐らく彼はその頃、研究所のベッドの上だ。不治の病を患う彼にとっての過去は、軽く触れるだけでも痛みを伴う。悠真の方から話さない限りこちらからあえて尋ねることはほとんどないが、今日の彼はそういう気分だったのか、すんなりと言葉が返ってきた。
「そうそう。体調がいい時はテレビを見ても良かったからさ。確か土曜日の夕方だったよね? 絶対体調崩すもんかって気合入れて、結局当日ダメだった、みたいなことがあったからところどころ抜けがあるんだ」
「じゃあ、味方の治安官が実は敵のスパイだったけど、情に絆されて寝返った回は見たかい?」
「見てない! あれっ、主人公が新しい武器を貰って地面を割ったの何話くらいだっけ」
「終盤だね。それから少し闇落ちして、ダークヒーローみたいになるんだけど……
「その辺も見てない……うわ、結構抜けがあるなぁ」
 どことなく残念そうな悠真に、アキラは一つ提案をする。
「ビデオは全巻揃えているから、今度一緒に見るかい?」
「えっ、見たい見たい。アキラくんと見たら楽しそうだな。子どもの頃の事も色々と思い出しそう」
 悠真は鼻歌でも口ずさみそうなほどの上機嫌だ。しかしふと、何かを思い出したように考える仕草をした。
「今にして思えば、未来の子供に向けて治安局の啓蒙を含んだアニメだったのかもしれないね。まあ僕は忙しそうな治安局なんて選ばず、H.A.N.D.というエリート街道に乗ったんだけど」
「僕も治安局に目をつけられるプロキシの道を選んだな」
……捻くれてるねぇ、お互い」
「結果の話であって、最初からそうなろうとしたわけじゃないさ。少なくとも、子供の頃の僕はね」
 まさか自分の暮らしていた場所がホロウ災害に呑み込まれて、生活が一変するなどその頃の自分は思い描いてすらいなかった。あの時の自分は一体どんな大人になりたかっただろうか――思い出そうとして、やめる。過去があってこその今だ。それを否定するつもりはない。
 代わりに浮かんできたのは、子どもの頃に憧れを抱いていたおもちゃや本、映画、嗜好に関する諸々だった。その中からまずは一つをすくい上げて、話の種にする。
「年が近いなら、これも知っているかな? 昔流行ったおもちゃで、ヨーヨーみたいな……
「ヨーヨーと思わせといて実は激しめに飛ぶやつ?」
「それそれ」
「覚えてる。危険だって師匠が買ってくれなかったから、自作でそれらしいの作ってたよ」
「天才エピソードがそんなところにも……
「まぁ、空中で爆発して結局怒られたんだけどね」
「なかなかやんちゃな子どもだったんだな」
「アキラくんだって同じことしてたんじゃない? ボンプを改造して、とか」
「するわけないだろう。せいぜいカメラに加工したくらいだよ」
「してるじゃん!」
 けらけらと笑う悠真につられて、アキラも自然と笑みがこぼれる。これは掘り下げていくともっと共通点がありそうだ。まるで子どもの頃の自分たちが幼馴染で、偶然再会して過去を懐かしんでいるような錯覚すら覚える。他の友人には抱かないような近しさを感じて、秘密基地の場所を明かすようなそわそわした心地を胸の奥に秘めながら、次の話題をいつ出そうかとアキラはタイミングを探っていた。


 悠真を駅まで見送ってから帰宅すると、カウンターにいたリンが待ってましたとばかりに話しかけてきた。
「お兄ちゃん、なんだか楽しそうだったね。下まで声響いてきてたよ」
 にやにやと、どことなくからかうような視線を浴びて、アキラは妙に恥ずかしくなって口元を手のひらで押さえた。
「営業の邪魔になっていたかな? すまないね」
「お客さんは常連さんだけだったから大丈夫! ……いや、客が少ないのは全然大丈夫じゃないけど!」
 はあぁ、と本日の売上を思ってため息を吐く妹に近付いて、カウンターに先ほど買ったばかりのCOFF CAFEの新作カフェラテを置くと、その顔がぱぁっと明るくなった。浮き沈みの激しい妹だ、とつい笑ってしまう。うきうきとカップに手を伸ばしながら、リンは再び口を開いた。
「なんか、お兄ちゃんが誰かとあんなに楽しそうに話してることってあんまりないから、新鮮だったな」
「そうかな」
「そうだよー。お兄ちゃんって基本、誰に対しても一歩引いた感じで話すし」
……そう、かな?」
……え、もしかして無自覚? ごめん、忘れて! 別にそれが悪いって話じゃないからね!」
 誤魔化すようにカフェラテを飲み始めるリンから視線を外し、ううむ、と顎に手を当てて考える。悠真と歳が近いと分かったからだろうか。確かに彼に対しての心の壁が薄いというか、遠慮しなくてもいいという感情が湧いている。
……昔、治安官が主人公のロボットアニメがあっただろう。今度悠真と見ようという話になったんだけど、リンもどうだい?」
「えー? 私はいいよ。二人と一緒に見ても、盛り上がり方が違いそうだし」
「今と昔は違うだろう」
「違わないよ。私がかっこいいヒロインに感動してるところに、二人は武器の性能について盛り上がってるんだよきっと」
 ふふっとまるでお姉さんが男児を見守るような眼差しで、リンはアキラを見る。
「お兄ちゃんも悠真も、しっかり男の子なんだもんなぁ」
「その納得は些か了承しかねるぞ」
「私は嬉しかったの。お兄ちゃんにもちゃんと、あんな風に笑って話せる年の近い相手がいるんだって」
 反論が喉の奥に詰まって、ぐぅ、と音に鳴らない響きが漏れる。そんなアキラにリンはまたにやにやと、悪い笑みを浮かべた。
「次に悠真が来るの、楽しみだね」
 兄のことをよく知る妹に誤魔化しが利くわけがないのだ。それはまぁ、と曖昧にぼかすアキラに向けられるリンの微笑みは、しばらく崩れなかった。