饗李
2025-08-09 02:40:46
5766文字
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シーツとドレス、王子様。

跡部夢、名前変換有
保健委員の仕事を手伝いつつ、色んな人と会話する話。

饗李瑠梨瑠梨瑠梨瑠梨瑠梨饗李瑠梨 クラスの保健委員の子に頼まれて、保健室で使っていたシーツの洗濯を手伝う事になった。部活もないしいいよと快諾すれば「助かる!」なんて抱きつかれてしまって、少し照れくさい。
 カラッと晴れた空に雲はひとつもなく、空気は冷たいが洗濯物を干すにしては最高のロケーションだ。
 大量のシーツを抱え、テニスコートと交友棟近くの広いスペースに移動する。先生が物干し竿を用意していて、あとはもうそこに干すだけだと言う。
 乾燥機もあるのでは? と疑問に思ったが、どうやら少し前から乾いていなかったりしたことが多くつい最近壊れてしまったらしい。すぐ直すとは言われているが、たまにはこうやって干すのも悪くないと言い始めた先生によって保健委員も駆り出されて、部活との兼ね合いもあり委員も全員集められず各々人助けを頼んでいた……ということで私に白羽の矢が立ったのだと、そう友人が言っていた。
饗李さんはあちらの方を任せますわ」
「うん、分かった。……テニスコート近くない?」
「うふふ」
「ちょっと瑠梨ちゃん……
「え! いいじゃん! 跡部様の練習眺めながら干しなよ!」
「それがいいですわ」
「え、えぇ……?」
 別の子から手伝いをしてくれと言われその場に居た瑠梨ちゃんが指を指したのは、テニスコート寄りの物干し竿。近いと言ってもよく見ないと誰だか分からないかもしれない、なんなら見ていることだってバレない距離。それでもなんとなく 景吾先輩彼氏 のことを意識してしまって、顔がカッと赤くなった。
 そばに居た同級生も、瑠梨ちゃんに賛同するように食い気味で肯定してくる。もう、なんて困りながら、それでもそう思って配慮してくれることが嬉しい。だが、照れくさいのも事実だ。ひとりでああだこうだと駄々を捏ねていたが、瑠梨ちゃんと同級生から押し付けられるようにシーツの籠を受け取ってしまいテニスコート側に行かざるを得ない状況になってしまって困ってしまう。そんなふうに困った私を察したのか、ひとりでは大変でしょうから、と瑠梨ちゃんもこちら側に来るらしい。
……それにしたって多いな」
 カゴに山のように盛られたシーツを見て、思わずそんな感想がこぼれる。乾燥機を使うからこの量にしているのか、この量だから乾燥機を使っているのかは分からないけれど。乾燥機が壊れたのは痛手なのだなぁ……とぼんやり考えた。そもそも先程確認した保健委員の人数は少し少なめで、助っ人がいなかったら下校時間までに干せていたのだろうか甚だ疑問である。やることなすことの規模が大きすぎやしないだろうか?
饗李さん、おまたせしましたわ」
「あ、そんな待ってないしへーき。早く終わらせちゃお」
「そうですわね」
 またひとつカゴを抱えてきた瑠梨ちゃんからそれを受け取る。一枚シーツを広げればばさりと風になびいて大きく広がり、目にいっぱいの白が広がった。それを物干し竿にかけて、洗濯バサミで飛ばないようにぱちんと固定する。それだけの仕事だから楽ではあるのだけど、量があるから大変だとは思う。
 ……シーツを干しながら、ちらりと傍のテニスコートを盗み見る。いつものように練習している部員たちの中から、景吾先輩を意識せずとも探してしまった。彼の金髪は居るだけで凄く目立つけれど、オーラというか存在感がすごく遠くからでも探そうとしてなくてもすぐわかる。それでも探してしまうのは、きっと好きだからだろう。
 今は榊先生と話しているようで、こちらに背を向けている。今日は一緒に帰ると決めている日で私が学校に残っているのは知っているけれど、ここを手伝っていることは知らないだろう。バレても平気ではあるけれど、何となく恥ずかしい。お付き合いして数ヶ月経ったとはいえ、まだ目を合わせるだけのことでも照れてしまうから。

……わぷ!」
「あらあら、跡部様のことばかり見ているからですわ」
「瑠梨ちゃんー……

 そんな感じで景吾先輩のことばかり見ていたから、突然強く吹いた風になびいたシーツを避けきれず頭から被ってしまった。くすくすと笑う瑠梨ちゃんが手伝ってなんと顔は出せたけど、シーツに絡まってしまいそうだった。
 ありがとうとお礼を返せば、じっと瑠梨ちゃんがこちらを見る。どうしたのだろうと首を傾げていれば、瑠梨ちゃんが口を開いた。

……花嫁みたいですわね」
「え?」
「いえ、シーツがベールみたいに見えたので」

 花嫁みたい、という言葉に一瞬ぽかんとしてしまう。花嫁って、結婚式場で真っ白なドレスを着てる、それだよね? そんなふうに見えることなんてあるのだろうか。そう意識してしまえばぶわりと顔が熱くなる。花嫁姿の自分なんて全然想像がつかないのに。

「顔が真っ赤ですわ」
「だって瑠梨ちゃんが……!」
「私はそう見えると言っただけですわよ?」

 からかうように笑う瑠梨ちゃんが楽しそうなのはいいけれど、こちらが照れてばかりなのは何だか悔しい。もぞもぞ動きながらシーツの海から抜け出して作業に戻った。
 ……花嫁、花嫁みたいかぁ。ぼんやりと着ている自分を思い浮かべてみる。憧れはあるけれどまだ中学生の私には花嫁姿の自分なんて上手く想像できなかった。真っ白なドレスを着て、大好きな人と並んで歩いて、大好きな人達に囲まれて結婚する……なんてありきたりなことしか想像できない。

「随分と賑やかだな」
「跡部様」
「景吾先輩!?」

 そんなことを考えながらぼんやりしていたものだから、背後から聞こえた景吾先輩の声に大きく肩を揺らして振り返る。驚いた私が面白いのか、先輩は喉の奥を鳴らして笑っていた。
 肩にかけたタオルで顔の汗を拭いていて、片手にはテニスラケット。榊先生と話し終わって練習をしていたのだろうか、こんな寒い日に汗をかくくらい練習をしていたのだろう。

「何をしてるんだ?」
「保健委員の仕事手伝ってます。シーツ干して……
「乾燥機が壊れたのだと、先生が仰っていましたわ。来週には修理の目処が立ったとも」
「あ、そうなんだ」

 少しだけ緊張してる私を横目に、瑠梨ちゃんは景吾先輩と話し始める。私はちらちらと二人の横顔を盗み見ることしかできなかった。
 お付き合いを始めたと言えど、まだ先輩と話すのにはちょっと心の準備がいる。干そうと思っていたシーツをぎゅっと握り締めていると、瑠梨ちゃんが少しだけ笑った。

「そしたら、わたくしは向こうの方に干してきますわ。饗李さんは少しだけ残ってるものをお願いしますね」
「えっ? うん、分かった」
「では終わったら合流ということで」

 ひょいとカゴを持って「あとはおふたりでどうぞ」なんてウインクをひとつ残していった瑠梨ちゃん。気を使ってくれたのだろうか、それとも話出さない私に痺れを切らしたのかどちらなのだろうか。ちらりと先輩を見れば、優しい目でこちらを見ていてドキリと胸が高鳴った。

……先輩は休憩中ですか?」
「ああ。こっちの方が騒がしいと目線を向けたらお前がいたからな」
……私のために来てくれたんですか?」
「それ以外に理由が必要か?」

 あんまりにも優しい顔で笑って私の頭を撫でるから、どんな顔をしたらいいのか分からなくなってしまった。ふいと目線を逸らせば、風に揺れるシーツが目に入る。その時ふと、瑠梨ちゃんに言われたことを思い出した。
 真っ白なシーツに手を伸ばす。自分からシーツを被り、先輩のほうへ向き直した。

……何してるんだ」
「瑠梨ちゃんが、こうしてる私を見て花嫁さんみたいって言ってくれたんです」

 自分からシーツを被ったのは少し……やはり可笑しかっただろうか。でも、照れてしまっても花嫁みたいだと言われたことが嬉しくて先輩にも見てほしくて。子供っぽい行動かもしれないけれど、彼はどう思ってくれるだろうか。
 少し私のほうを見たと思ったら、テニスラケットを傍に置いて近付いてきた。きょとんとしている私を横目に、先輩は迷いなく私の前に片膝をついてこちらを見上げる。そして手慣れたようにそっと私の左手を取って薬指にキスを落とす。
 その動作がまるで王子様に見えて、息が止まるくらい綺麗で。夢みたいだと思ってしまったけど、顔を上げた先輩は夢じゃないぞと言っているようだった。

「なら、ここはもう埋まってるよな?」
…………! も、もう!」

 一瞬何のことだろうと思ったけれど、左手の薬指なんて意味は1つしかないだろう。その意味に気付いたととき、今日一番顔が熱くなる。でもずっと嬉しそうに笑う先輩から目が離せなくてどうしたらいいかわからない。満足気に先輩が離れても、私の心臓はずっとうるさいままだった。

……先輩のせいですから」
「いきなりそんなこと言われても分からねぇぞ?」
「うるさいです! わからないのならわからないままでいいですから!」
「そういう割には顔が赤いぜ、饗李」
「見ないでください!」

 被っていたシーツで顔まで隠す。シーツ越しでもわかるくらい先輩は笑ってるし、なんだか悔しい。この後どうしたものかとしていれば、先輩が不意に近付いてシーツを剝ぎ取ってくる。それに呆気に取られていればそのまま私のことを抱きしめた。一番近い距離感に頭がぐるぐる回ってしまって、聞こえないはずなのに私の心臓の音が景吾先輩にまで聞こえていそうな気までして。照れすぎて先輩の顔が見られなくて、途端に黙りこくってしまった。先輩も黙って抱きしめてくるものだから、本当に何もわからない。
 でも、それでも離れてほしくなくて、ちょっとだけ先輩の方に体を預けた。先輩の手が私の髪を優しく撫でる。恥ずかしいけれど心地いい。不思議な矛盾を抱えているけれど、ずっとこうしていられないのも事実。ここは学校だし、先輩は部活中だし、私は保健委員の仕事の手伝いをしている最中だから。
 名残惜しいように先輩が離れていく。離れる直前に私の頭をもう一度撫でていった。

「放課後、校門前で待ってろよ」
「はい」
「防寒もしっかりしろよ?」
「ちゃんとしますよ」

 「ならいい」といった先輩は傍に置いたテニスラケットを取ってテニスコートに戻っていく。その背中に「頑張ってください!」と声をかければ、ひらりと手を振って答えてくれた。
 さて、私も頑張らなくちゃ。



 私の家と氷帝学園までは、だいたい歩いて二十五分くらい。景吾先輩の方は何分かかるのかも歩いて帰ってるのか車で帰ってるのかも知らないけれど、私と帰るときは歩いてくれる。私があえてゆっくり歩いても気付かないふりをしてくれるから、いつもより帰る時間は遅めだ。
 今日もそんな風に並んで一緒に歩いて帰っていた。他愛もない話をして、勉強が分からないだとか今日のご飯が美味しかっただとかを話す。最初は私が緊張して何も話せなかったけれど、数ヶ月もすれば慣れたもので、私から喋る頻度も一緒に帰る回数も多くなっていた。

……そういえば景吾先輩。結局花嫁さんみたいでした? 私」

 放課後の、あの時の話。結局左手薬指をの予約をされただけでどう思われているのかは言われなかった。予約をしたということはつまりそういうことなのだと思うけれど、やっぱり言葉でちゃんと聞きたい。先輩の顔を見ていればいつもと変わらない表情で。なかなかこの人は表情に何も出ないというか、なんというか。

「そうだな……次はベール以外も着てみるか?」
「えっ」
「もっと似合うと思うがお前はどうなんだ」
「えっと……ま、まだ私には早くないですか、ドレスは!」
「まだ? いつか着る日が楽しみだな、饗李がその気なようで何よりだ」

 何を言っても墓穴を掘っているような気がして押し黙ってしまう。きっと私の顔は真っ赤なのだと思うけれど、先輩のせいだから仕方ないだろう。
 トントン、と景吾先輩より歩く速度を早くして前へ進む。立ち止まって視界を上にあげれば、空は真っ赤に染まっていた。今なら顔が赤いのを空のせいにしてなんでも言えたりしないだろうか。

……私、夢があるんです。笑わないで聞いてくださいね?」
 
 そう言って先輩の方に振り返る。私と一緒に歩を止めたのだろうか、私たちの間には数歩の隙間が空いていた。
 先輩の顔はいつになく真剣に見える。そんなかたっ苦しいものでもないのだけど……なんて思いながら、口を開いた。

「私、お姫様になるのが夢なんです。花嫁さんになるのも夢なんですけど」
「お姫様……?」
「はい。 可愛いドレスを着てみたくて、可愛いお姫様に憧れて……もう中学生なんだからって笑われることが多くて、もう誰にも言ってない夢なんですけど」

 苦笑を零す。なんともいえない顔をして口を開きかけた先輩にかぶせるように、「でも」と言葉を続けた。

「あの時、先輩が片膝をついてくれた時、先輩が王子様に見えたんです。……私の、私だけの王子様に」

 ふっと笑う。自分から話した距離を縮めて、先輩の左手を取る。両手で包み込むように握って、顔を見た。

「だから、私も先輩のここ、予約させてください。……先輩だけの、お姫様にして?」
……返事、ってことで受け取るぞ」
「逆にそれ以外あると思います? ほら、帰りましょ!」
「随分とお転婆なお姫様だな、饗李」

 先輩はそういうと私の手を引っ張り、更に距離感が近くなる。驚いている私の頬をそっと撫でる。

「お前が望むのなら、俺はいつだって王子様にでもなんでもなってやるよ」
……ほんとですか」
「嘘をついたことがあったか?」

 小さく首を横に振る。それを見た先輩は満足そうに私の腰に手を回し歩き始める。
 ドキドキする心臓は鳴り止む気がしないけれど、でも放課後のあの時みたいに嬉しくて。
 先輩のお姫様にも、花嫁さんにもなれるのだろうか。結婚だとかまだ想像なんてつかないのだけど、きっと先輩となら幸せなのだろう。そうなら、彼の隣に胸を張っていれる為に日々努力をするだけなのだ。
 私の、私だけの王子様のために。