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gib_fox
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tski松ガス
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hole
弱点、穴、弱さについて
⚠︎🌲母捏造、🌲にピアスが開いていたという設定があります
松田さんには弱点がある。
健康診断とか、赤ちゃんに会ったら百パーセント泣かれるとか、「なんでも食べれるようにならなあかんやろ」という顔をしながら、甘いものの中で苦手な部類があったりとか。
僕はときどき、松田さんの弱点を一つ一つ突いて、「味噌汁? 今日無いよ。健診まえくらいせめて
足掻
あが
こうよ」と言ってみたり、「まぁ、赤ちゃんなんて滅多に会わないんだし
……
」とフォローにもならないフォローをしたり、「それ甘くて嫌なら僕食べるから」と先回りしたりする。
──松田さんのお母さんと通話する機会を得た。「あのリュウトが誰かと一緒に住める日が来るなんて!」と感動したから、僕と話したいらしい。
この人も松田さんにとっては弱点というか、苦手な人だそうだ。母親っていうのは大体疎遠になるが、苦手にはならないんじゃないか、と思いつつ、恐る恐る電話口に出た。ソファに二人で並び、僕は膝の上で手を握り込んで。「初めまして」と僕が切り出すまえから、お母さんが唾を飛ばす勢いで「ありがとうなぁ本当に」と感謝してきた。いや僕は別に、と自分をつい卑下しようとしたら、スピーカーで聞いていた松田さんが
遮
さえぎ
って「山田の声かき消えるやろが」と僕の声帯の弱さをやや小馬鹿にしながら注意していた。
お母さん曰く、松田さんがこうやって誰かと共に過ごすようになったのは──一度実家に、結婚を前提として付き合っている人を連れてきて、破談となって終わってしまって以来のことらしい。
通話を終えたあと、僕は考える。松田さんがお母さんを苦手がるのは、息子の意図しないところでセンシティブな話題を出す、こういったところかもしれない。つい突っ込んで相手に新しい傷を作る、というか、傷の横に似たような傷をつける、というか。
「お母さんに聞かされなかったら、付き合ってた人のこと知らなかったよ」
「別に言うほどのことでもないやろ」
「でも、こう、経験談として、僕に言っとかないと、とはならなかった?」
「ならんなぁ」
そういうものなの? と僕は松田さんを疑って眉をひそめる。
僕としては、松田さんにもしも過去の傷があるのだとしたら、それを把握しておいて、避けるべき用語や設問を投げかけないよう、気にしたいのだ。一応そのくらいの配慮は僕だってできる。一緒に過ごす以上、地雷を踏み抜くのはお互いのためにも良くない。
松田さんのお母さんも、てっきりこの話は聞いているものだと思って僕に話したらしく、僕が「初耳です」という反応をしたせいで動揺させてしまった。
「どんな人だったの」
松田さんは口元を歪め、言いづらそうにしている。
「それ、言わなあかんか」
僕が頷くと、だいぶ口ごもったあと、彼は渋々話し出す。
「学生時代にずっと付き合っとった奴や」
「
……
それだけ?」
「付き合いが長かった、ってだけやからな」
なるほど。ある一定の長さは結婚に至る条件になり得る。
僕が質問したのは純粋に興味からだった。松田さんが選んだ人は、どんな人なのだろうという好奇心だ。でもそこに小さな
嫉
ねた
みが含まれているのも、隠し切れてはいない。自分で「興味本位だから」と誤魔化し、かえって悪化させていく。強がりを言う人間の典型的な落とし穴だ。
僕は頭に思い描く──僕と、僕の知らない彼女が松田さんの横に並ぶ、不思議な光景を。
松田さんから僕に向かう矢印はまだこの先も続いているのに、彼女との矢印は途切れてしまっている。ただ、途切れているだけで復活しないと決まったわけではない。彼は、彼女は、後悔していないのだろうか。いつか数年経って、ふと道で再会したとき、二人はなにを思うのだろう。
(まずいな、嫌な方向に考えてる)
僕はそこまでを想像して、ぐちゃっと思考を頭の中で潰して固めてしまう。両手で丸めて押さえ込むような具合にだ。固められた思考はなかなか元には戻らない。自分で戻そうとするのはなんとなく嫌で、できればこのまま葬り去りたい。
僕は僕に呆れてため息をついた。うっかり聞いてしまったこととはいえ、あえて嫉妬するようなことを掘り下げて松田さんを困らせた。
(ああ、だからか)
僕はピンと閃いた。というより、浅はかだった自分に気づいた。
(僕がこうなっちゃうから、松田さんは言わなかったのか)
──僕の弱点は松田さんにまつわることかもしれない。松田さんのことに関わるとどうにも感情的になってしまう。僕って昔から、こんな感じだっただろうか?
……
自身の変化に戸惑いながら、「松田さんはさ」と話しかける。
「嫉妬する僕を、かわいいとは思わないでしょ」
「
……
思わんな」
前々から思っていたが、やはりそうだ。松田さんは決して嫉妬が嬉しいだの、かわいいだのとは言わない。そういう年下の男の、ふと出た棘を、引っ込めてあげたいとは思わない。
一呼吸置いて松田さんが口を開く。
「過ぎたことと比べる必要なんてないからな」
今が全てなのだとのたまう彼は、そんな過去などもうどうでも良かったのだ。僕が抱えた、固まった思考は、自分自身で機嫌を取って消化するしかない。腹の底が、ムカムカしてきた。
やまだ、と口の形が開くのを最後まで見ず、僕は座っている松田さんにひょいと跨って、休日のセットしてない髪をさらにぐしゃぐしゃにした。八つ当たりである。こうすると松田さんは前髪が降りて少し子どもっぽくなる。「こら、お前」と不満を露わにしても、上に乗られていてはどうすることもできないようで、松田さんは舌打ちをする。そんなのは全然怖くない。
僕が怖いのは、今まさに空いた心の穴だ。僕が強欲なばかりに、ぽっかり空いた穴。そこはもちろん空洞で、向こう側を覗いてもなにもない。うろんな目でこっちを見ている者が、その中にいるような気がする。そこから欲の叶わなかった僕を、
嘲笑
あざわら
うように見ている。
僕の欲は、過去の松田さんを知りたくて、できれば彼女だとか、友人だとか、僕の知らないもの、人、ことの全てが僕の心にぽっかり空いた穴に詰まって埋まり、「松田さんのことなら知らないものなんてなにもないよ」と鼻を高くできることだ。それを望んでいるのに、決してそうはならない。当たりまえだ。松田さんはあくまで他人で、僕の所有物ではないのだから。
──ふと松田さんの耳を見ると、そこにも僕が埋められない穴が空いている。軟骨に開いたピアスホールだ。
耳朶
みみたぶ
や他の部位の穴は全て埋まったのに、そこだけはしっかり小さな丸い穴を残している。誰が開けたの、どんなピアスを選んだの、どうしてやめようと思ったの。僕の心の穴はそのピアスホール一個分よりもっと広がる。
僕は松田さんの耳を触った。珍しく、ぴくりと松田さんの肩が震える。どうしたのだろう、と顔を覗くと、少し嫌そうな顔をしていた。苦くてまずいものを飲んだみたいな、でもそれを我慢しているような顔だ。触るのをやめようとすると、彼はこっちを見上げて問いかけてくる。
「この穴、気になっとんのか」
「
……
うん」
「自分で開けた。痛かった分、塞がんの悔しくてな、なるべく長く
保
も
つようにしとったら塞がらんくなったわ」
六十歳くらいで塞がるんちゃうかな、と気の長いことを言っている。当時のやんちゃな松田さんが開けた不恰好な位置の穴は、今もピアスホールとしてじゅうぶん使えそうだ。
「お前も開けてみたらええんちゃう、痛さがわかるで」
「痛さ、ねぇ」
ようやく僕は笑えて、松田さんの手が僕の耳をくすぐるのを甘く受け止めた。
松田さんが話す小さな過去。結婚前提で付き合っていた彼女がいたことに比べればなんてことのない話だ。けれど話してくれた。僕の心の穴はほんの少し埋まる。
僕が松田さんの耳を触るとやっぱり苦い顔をしているから、これはもしかして、と聞いてみる。
「松田さん、耳弱いの?」
──松田さんの顔が、ものすごく嫌そうな様子に変わった。健康診断であまり良い結果じゃなかったときや、大泣きした赤ちゃんを目のまえにしたとき、すごく苦手な甘いものを見たときより、はるかに「知られたくなかった」という顔だ。
僕は背筋がそわそわして、落ち着かなくなった。口の端が自然と上がるのを止められない。
「このこと、誰か知ってる?」
「
……
知らんやろ、耳なんて触らせたこともないわ」
「松田さん、背が高いしね」
そう取り繕う僕だけれど、相変わらず耳を触る手はやめないし、松田さんだって手を払わない。僕が彼の下唇を舐めると、仕返しとばかりに舌を甘噛みされた。松田さんは、耳がくすぐったいというより、性感帯に近いのかもしれない。だから今、スイッチが入りそうなのを堪えていたのだろう。気持ちはわからなくもない。僕だって松田さんに、自分が知らなかった性感帯をいろいろ見つけ出された。
これは、松田さんのどんな過去を聞くよりずっといい。今の僕しか知らない、僕だけの──松田さんの弱点だ。
ソファに倒され、荒く掠れる息の下で、僕はさっきまで通話していた松田さんのスマートフォンを、ラグの上にやさしく放った。画面には、松田さんのお母さんの電話番号の羅列が見える。そういえば、昔松田さんには結婚する予定の人がいて、付き合いが長くて
……
なんだっけ。松田さんからの、窒息しそうなほどのキスのせいで、どうやら僕の酸欠の頭から、余計な情報がするすると抜け落ちてくれそうだ。視界も脳内も、やがて松田さんでいっぱいになる。
この調子だと、松田さんのピアスホールが閉じるころには、僕の中も満ち足りてしまいそうだ。そうしたら今度は僕がピアスを開けようか。一生塞がらない穴に、僕は注がれていたい。そういう欲深い自分を、幸いまだ知られていない。
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