望月 鏡翠
2025-08-08 23:44:08
881文字
Public 日課
 

#1807 「わっと」「調義」「勝因」

#毎日最低800文字のSSを書く


 昔、父のことを料理人だと思っていました。調義と調理を聞き間違えていたのです。父は役人でしたが、それが特に得意だと聞いていました。少し考えれば役人が調理をしているわけがないのですが、子供でしたからわからなかったのです。
 しかし、子供が馬鹿正直に父は謀が得意だなどと言ったら警戒されたでしょう。それは父の仕事に少なからず影響が出る。悪意なく家族から盛れる話が一番信憑性があり、そして予期せぬところから出ていってしまうものです。
 だから私が父のことを料理人だと信じていたのは幸いだったのかもしれません。
 だから訂正をせずにいて、むしろその誤解がそのままになるように、あれやこれやとそれらしく振る舞っていたのでしょう。
 役人の中でも父はそれ相応の身分でしたから、使用人を召し抱えることだってできたはずです。しかしもっぱら、母にさせるか自ら料理をすることを好みました。きっと暗殺を警戒していたのだと思います。
 何しろそのときの父は、人生をかけた仕事の最中で、たとえ息子の罪なき一言であっても、一家全員を巻き添えにして滅亡しかけない有様だったのです。
 年老いた皇帝が崩御し、その血族で誰が玉座につくのかを争いました。力ある鳥使いの一族を滅ぼそうとした勢力が、逆に滅ぼされました。
 動乱を迎える国の中で、父は激流の中川底深くにまで撃ち込まれた杭のように揺るがず、生き残りました。
 国の頭はすぐに移り変わっていきます。変わればそこに属していたものは引きずり下される。どちらともつかぬ地味な立場を貫いて、目立たぬまま、そこそこの立場を維持すれば、権力の社会で長く生きることができる。そのための足場を父は整え続けていたのです。そして次は、私はそれを受け継ぐ番だった。
 勝因はいつだって人をわっと驚かすような奇策ではなく、一つ一つ積み上げた堅牢な足場。
 私もまた父と同じく、目立たぬ官吏のまま一生を終えるつもりです。子供に料理人と間違われるような、地味な男のままで良いのです。
 家族の誰も欠けることなく天寿を全うできる以上に、望むことがあるでしょうか。