まきわ
2025-08-08 18:25:56
6149文字
Public クロリン
 

逃げる君を追いかけて

創後クロリン、クロスベル再事変の後分校の学院祭後に再び旅立つまでの間くらいの話
ちょっと悪夢を見た先輩が後輩君探して駆け回る話です
よわよわめの先輩です

クロウはなんだか白くもやもやしたような空間に立っていた。
どうしてこんなところにいるんだったか、思い出そうと首を捻ったところで目の前に見知った人間が立っていることに気付いた。
「リィン?いたのか。なぁここって
声を掛けたが、リィンはまるでその声が聞こえていないかのように視線すら向けず、コートのポケットから端末を取り出して開いた。
「あぁもうこんな時間だ。行かなくちゃ」
「へ?行かなくちゃってどこへ」
聞き返した声にもリィンは反応する様子はない。
構わずに白い靄に向かって走り出した。
「いそげいそげ、行かなくちゃ」
「お、おい、待てって。それならオレも!」
手を伸ばしたがどんどん背中は遠ざかっていく。
妙な焦燥感が胸に生まれてクロウは慌てて足を踏み出した。
「リィン!」
その瞬間、地面が消えた。

「うおあっ!?」
背中に衝撃を感じて目を開く。
何が起こったのかわからず動揺したが、瞬時に自分を落ち着かせてみるとどうやらベッドから落ちたらしいと気付いた。
……夢かよ」
寝ぼけてベッドから落ちるなんて子供の頃にもやった記憶がない。
誰に見られているわけでもないがなんとなく気まずさを感じながらもそもそと起き上がる。
「頭とかぶつけなくてよかったぜ
こんなことで怪我でもしようものなら仲間達になんと言われることやら。
寝ぐせのついた髪をかき上げて一緒に転落した掛け布団をベッドに戻しながらふと夢の内容を思い返す。
………っ」
リィンの遠ざかっていく背中はなんだか妙に胸に来る。
伸ばした手が空を掴んでリィンの姿が消えて行ってしまうのを想像してクロウは頭を振った。
(ただの夢だろ。ガキじゃねぇんだから落ち着け)
自分に言い聞かせるも、胸を占める靄は晴れてくれない。
まさか彼に何かあったのでは、という不安が頭をもたげる。
ちょっと確かめてあいつがいつも通りにしてるってわかれば
クロウは枕元に置いていた端末を手に取り、リィンのアドレスを選んでメールを送信した。
『オハヨ』というだけの短いものだ。
(あいつ早起きだし、見ればすぐなんかしら返してくんだろ)
それを見ればきっと落ち着ける。
ただの夢だったと笑い飛ばせるはずだ。
テーブルに置いた卓上時計が針を刻む音がしばし部屋に響く。
5分、10分、15分……30分経っても、クロウの端末の着信音は鳴らない。
「来ねぇーー!」
叫んで思わずベッドに突っ伏した。
(くそ、マジでなんかあったとかじゃねぇだろうな。いやでもさすがにただの夢だし
予知能力を持った覚えはないし、夢は大概自分自身の中の問題だという。
悶々と頭の中で自問自答を繰り返すが当たり前だが答えはでない。
クロウは意を決してむくりと起き上がった。
(このままじゃ落ち着かねぇしとりあえずリーヴスまで行ってみるか)
クロウはベッドから飛び降りると手早く準備を整えて駅へと向かった。

早朝のリーヴスを顔見知りに軽く挨拶しつつ駆け抜け、分校の門をくぐる。
玄関を通って教官室の方へ曲がったところでトワと行き合った。
「トワ!」
「あれ、クロウ君来てたの?おはよう」
「おうおはよ。リィン見なかったか?」
挨拶から流れるように尋ねるとトワは首を傾げた。
「リィン君?今日はまだ見てないけど、朝稽古してるだろうから訓練場の方じゃないかな?」
「訓練場だな!サンクス!」
答えを得るなり脱兎の如く駆け去っていったクロウをトワは呆然と見送った。
「な、何かあったのかなぁ

分校内の地理は当然ながら頭に入っているので最短経路でクラブハウスの地下に駆けていく。
射撃ではなく武術訓練を行う部屋の扉を勢いよく開くと、汗を拭っていたクルトが驚いた顔を返した。
クロウさん?どうかしたんですか?」
「リィン見なかったか?」
トワにしたのと同じ質問をするとクルトは戸惑ったまま首を傾げた。
「教官なら先ほど朝稽古を終えて、そろそろ仕事だからと上がられましたが」
入れ違ったか、と思いながらも少なくとも普通に朝稽古はしていたのだということに一旦安堵する。
「何か急ぎの用件なら通信で呼んでみては」
「いや、そんな急いでるわけじゃねぇんだ。邪魔したな」
「い、いえ」
終始よくわからないという顔をしていたクルトを置いてクロウは地上に戻った。
仕事を始めるなら教官室にまずは行くだろうと再度本校舎へ戻る。
すると今度は教官室からイサラが出てきた。
黄昏後から分校職員に加わった、ミハイルの妹だ。
「あら、お久しぶり」
Ⅶ組メンバーとは一通り面識のある彼女は教材を抱えて軽く頭を下げた。
それに手を挙げて返して教官室の方を見た。
「リィン、いるか?」
「シュバルツァー教官ならHR前に学院内を一回りするってさっき出て行ったわよ」
「ぐっ」
どれだけじっとしていないんだあいつは。
思わずぼやきたくなったが、イサラが不思議そうな顔をしているので首を振って返す。
「いや、いねぇんならいいんだ。急ぎでもねぇしな。邪魔したな」
「ええ、いいけど
これ以上不審がられるのもなんなのでとりあえずクロウは校舎を出て正門前で唸った。
(こうなるともう今捕まえるのは無理だろうな。じきに授業も始まっちまうし
一度諦めるしかないだろう。
肩を落としてため息をつき、町の方へ歩き出す。
(とはいえ普通に出勤してんのは確認できてんだし、これ以上気にする必要はねぇんだよな)
あれは本当にただの夢で、リィンには何も起こってはいない。
いなくなってしまうこともないし、焦る必要もないのだ。
そう理性では理解しているのにどうしても顔を見なければ落ち着かない。
(そもそもなんでメール返さねぇんだよ。……なんかしたか?オレ)
急に別の不安が湧いてきて足を止めて考え込む。
とはいえ前回会った時も一緒に食事をして和やかに分かれたし、心当たりは何もない。
(というか何かしたとしてもメール無視するってタイプじゃねぇしなぁ
拗ねているなら、拗ねているなりの返事を返してくるだろう。
気付いていないのかもしれないが、これから仕事なのだし更にメールをするのも憚られる。
そもそも、発端はただの夢なのだ。
「くそー
駅前広場のベンチに腰を下ろしてがっくりと項垂れる。
考えてみたら初めて会った時もこんな風に追い掛けて回って、遭遇するのに苦労した気がする。
(なんだかんだ先輩だっつーのにあいつの背中を追い掛けてること多いな)
特にⅦ組に戻ってからは教官として、重心として大人びた彼を眩しく、遠く感じているのかもしれない。
正直再会してその成長ぶりに焦ったのは確かだ。
その焦燥があんな夢を見せたのかも。
「はぁ……
「兄ちゃん何してんの」
突然近くから声を掛けられて顔を上げると、リーヴスの子供達が不思議そうにクロウを覗き込んでいた。
確かザックとシェリルといったはずだ。
「よぉ」
手を挙げて挨拶してやるとザックはにや、と笑った。
「もしかして仕事クビになったとかか?」
「なってねぇっつの。そもそも仕事に就いてねぇしな!」
どや顔で胸を張ってやるとシェリルが呆れた顔をした。
「威張ることじゃないと思うんだけどじゃあ何かあったの?」
ふとシェリルの顔に不安そうな影がよぎる。
ここ数年大きな事件が続いて、彼らもそれに翻弄されたろう。
クロウがⅦ組メンバーであることは知っているから、そのクロウが落ち込んでいる風なのを見てまた何か起こったのだろうかと心配になったらしい。
クロウは目線を合わせるようにしゃがむといつも通りの笑みを浮かべた。
「んや別に。ただちょっとうまいことリィンを捕まえられなくてな。疲れただけだ」
「あー。リィン教官探すの、生徒の兄ちゃん姉ちゃん達も苦労してるもんないつも」
「通信鳴らすほど急ぎじゃないけど全然捕まらない!っていっつも走り回ってるもんね」
思わず生徒達の苦労を思って遠い目をしてしまった。
最早希少生物並みの難易度なのではないだろうか。
だよなぁ。まぁいいか。授業が終わる頃にまた来るぜ」
「んじゃ遊ぼうぜ!」
「いやなんでだよオレだって忙しいんだっての」
「でも仕事してないんでしょ?」
「くっ。仕方ねぇな、午前中だけだぞ」
喜ぶ子供たちを見て悪い気はせず、クロウは午前中いっぱいリーヴスで子供達と戯れて過ごすことになった。

昼食を取って昼からは帝都でギルドなどの手伝いをこなし、夕暮れ頃にクロウは再びリーヴスにやってきた。
駅前広場に降り立ち、なんとなく端末を開く。
……結局返信来てねぇんだよな)
おはようの挨拶だけだったから、昼以降に気付けば返すのは微妙だろう。
だが律儀なリィンのことだ、何かしらは返すはずだと思う。
返せないような状況にないのは朝確認しているし、喧嘩をした覚えもない。
どうして返って来ないのか、それを思うと夢の遠ざかっていく背中が浮かんで胸がざわざわと不安に揺れる。
(顔を見れりゃ落ち着くとは思う。つっても会ってなんていうんだ。怖い夢見て不安になった~ってさすがにかっこわるすぎだろ)
かっこよさなんて関係ないでしょ、とサラなどにはよく言われるが、リィンの先輩で悪友でライバルで相棒な男がかっこ悪いなどというのはありえないのだ。
(あーやめだやめ。明日の朝もう一度メールしてみりゃいいし、それで返って来なけりゃそれこそ何かあったか聞きにくりゃいいだろ)
もやもやは消えたわけではないが、ぐずぐずと引きずるのも格好がつかない。
クロウは物思いは断ち切ることにして踵を返した。
……クロウ?」
その途端呼びかけられてクロウは思わず肩を揺らした。
声でわかりはしたものの、ぎぎっとゆっくり振り返ると案の定リィンが驚いた顔をして立っていた。
リィンはクロウが振り返ると顔を緩めて駆け寄ってきた。
「来てたのか。どうしたんだ?」
「あ、あーいや
なんと返したものか迷っていると、たたっと誰か駆け寄ってくる気配がした。
「なんだ兄ちゃんリィン教官に会えたんだなよかったじゃん」
「え?」
「おまっ」
駆け寄ってきたのはザックとシェリルで、にこにこと嬉しそうに二人を見上げている。
「俺を探してたのか?」
「い、いやーまぁ探してたっつーか」
言い淀んでいるとザックがうんうんと頷いて腰に手を当てた。
「なんか朝から会えないっつって凹んでたぜ」
「え……
「ぐっあぁくそっ。まぁそうだよ。朝も来たんだけど入れ違ってな」
ザックとシェリルはよかったね、と嬉しそうに言うと家に帰るらしくまた駆けて行った。
二人を見送った後、リィンは眉を下げて首を傾げた。
「それは悪かったな。でも探してたなら通信で呼んでくれたらよかったのに」
「いやそこまで急ぎってわけじゃねぇしそもそも、お前メールしたのに返さなかったろ」
あんな他愛ないメールに返さない事を責めるのもどうかと思ったがどうしても非難する口調になってしまう。
だがリィンはそれを聞いて目を見開いた。
「クロウからメール?来てないぞ」
「はぁっ?いや朝送ったって!」
「来てたら絶対に返す。だからそんなわけ……うん、やっぱりないぞ」
リィンは自分の端末を開いてメールの受信ボックスを確認し、クロウにもそれを向けて見せた。
確かに、クロウが送ったはずのメールはそこにはない。
「は?へ?いやなんで
慌てて自分の端末を取り出し、送信ボックスを確認する。
そして朝送ったメールの宛先を見て愕然とした。
「やっべ宛先間違えた!」
「ええ。なんて送ったんだ?誰に?」
クロウは引きつった笑みと共に端末の画面をリィンに向けてみせた。
「『オハヨ』って、ハイアームズの坊ちゃんに」
……ハイアームズのってパトリックか?!」
アドレス帳は名前順に並んでおり、Rのリィンのすぐ上がPのパトリックだったのだ。
Ⅶ組メンバーならともかく、パトリックとは親しくメールをやり取りするような間柄ではない。
当然、朝の挨拶を送るような間柄でもない。
唐突にかつての先輩(特に親交もない)から朝の挨拶のみが送られてきたパトリックの心情を思うとやるせない。
「ぷっくくっクロウ、それ、早く訂正した方が、ふふっ、いいぞっ
「お前めちゃくちゃ笑ってんじゃねーよ!もうしたっつの!」
即座に「朝のメールはリィンへの送り間違いだから気にしないでくれ」と送信した。
一日どんな気持ちでいたかと思うと申し訳なく、もし次会うことがあれば珈琲の一杯でも奢ろうかと思ったほどだ。
そしてリィンはまだ懸命に笑いをこらえている。
「いつまで笑ってんだっつの」
「いやだってクロウがそんな間違い、珍しくてっあははっ」
ツボに入ったのかリィンは目尻の涙を拭いながらひとしきり笑った。
自分でもやらかしたと思うからクロウは引きつった笑いを浮かべたままリィンが落ち着くのを待った。
リィンは落ち着くと、とんっと弾むように一歩歩み寄って間近からクロウを見つめた。
「遅くなったけどおはようクロウ。せっかくだから食事でも一緒にどうだ?」
「へいへい、喜んで」
やけくそ気味に返すとリィンは楽しそうに笑って頷いた。
なんだかその笑顔を見ていると夢は本当にただの夢だったのだとあっさり思えた。
胸を覆っていたもやもやは跡形もない。
(現金なもんだな、ったく)
だが背中を見ているのはもういやだ。
とっとと胸を張れるような仕事を見つけて抱き寄せてしまうべきだろう。
本当は今すぐにでも、抱き寄せてこの笑顔に口付けたいものだが。
そんなクロウの考えを知ってか知らずかリィンは夕暮れに照らされた笑顔をクロウに向けた。
「夕食、バーニーズでいいか?」
「おう。でもまだ晩飯にははえぇし、どうせ巡回してんだろ?付き合うぜ」
「ありがとう。ならちょっと買い出しをしたくて
クロウはリィンと並んで歩き出した。
一歩も遅れることが無いよう、歩幅を合わせて、同じ方向へと。

同刻、セントアーク。
「パトリック様?どうかなさいましたか」
主に渡す書類を持ってきたセレスタンはなんだか何とも言えない複雑な表情で端末を見つめているパトリックを見て心配そうに眉を寄せた。
「いや。クロウ先輩から朝妙なメールが来ていてな。結局リィンへの送り間違いだったと今連絡が来たんだが」
「あぁ
アドレス帳の並びを思い浮かべて一つずれたのだろうと思い至ってセレスタンは頷いた。
「解決したならどうしてそんなお顔を?」
「いやうん。まぁ、いいんだけどな
不思議そうにしているセレスタンに手でなんでもないと示して、書類を受け取る。
朝そんな間柄でもないのに挨拶のみのメールが来て、なんと返したものか悩んでいたので間違いだったことがわかってそれはよかった。
だが先輩であるクロウと友人であるリィンが、他愛もなさすぎる朝の挨拶だけのメールを毎日交わしているのかと思うと、その関係性になんとなく遠い目をしてしまうパトリックなのであった