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Public まほやく
 

近距離恋愛(フォ学オーカイ)

フォ学卒業後、同棲している二人がカの誕生日を祝う話(めちゃくちゃ両想い)。お誕生日おめでとうの気持ちをこめて。

※ 独自設定(2025年7月発行のポリセク本の続きのような感じですが、読んでなくてもわかります)



AM5:30


 もともと朝は得意なほうで、毎朝決まった時間に目が覚める。ゆっくりと瞼を開いて、しばらくそのままじっとしている。この半年ほどで、そんな癖が身に付いた。隣から聞こえる静かな寝息に変化がないことを確かめて、そろそろとベッドから抜け出す――その前に、そうっと恋人の顔を覗き込んだ。
 ついつい起き抜けにはそうしてしまう。オーエンの寝顔はちょっとだけ幼く見えて、かわいい。付き合って一年ちかく経っても普段はこういう無垢な表情を見せることがないので、なおさらだ。
 さらさらした前髪を指先でそうっと掻き分けて、額に唇を落とした。あと数時間、よく眠れますように。毎朝の秘密の儀式だ。

 ベッドスプリングのかすかに軋む音で意識が覚醒に導かれる。それ自体は不愉快だ。こんなに朝早く起こされるのも、そうならないためにベッドを二台買ったのに、結局、毎晩一緒に眠る羽目になっているのも。
 ルームシェアを始めて最初のうちは起こされるたびに飛び起きて文句を言っていたけれど、一度、あまりに眠くてゆっくりと目を開くと、カインが驚いたように目を丸くして、頬を赤く染めていた。へえ、と思って、僕は寝ぼけているフリで二度寝を決め込んだ。
 それからは、起こされてもこうして狸寝入りをしている。いつ「ずっと気づいてたよ」と明かして驚かせてやろうか、想像するだけで愉快になる。
 カインが寝室の扉を静かに閉める気配がして、僕は隠していた笑みを口端に浮かべると、ふたたび眠りに落ちていった。



AM7:00


 ランニングシューズの紐を締めて、今日も暑くなりそうだなあなんてスマートウォッチに目をやって、それで今日が誕生日であることに気がついた。
 専門学校が夏休みに入って、でもこの期間に作りたい曲は山ほどあって、バイトのシフトも増やしているし、その隙間を縫うように遊びの予定も入れているし、それはもう目が回るほど忙しい。意外にも高校時代のほうが暇だったぐらいだ。
 今日も一日バイトが入っている。たぶんオーエンも同じはずだ。「おまえがバイト?」と迂闊にも尋ねてしまって機嫌を損ねたときを思い出す。「おまえ僕をなんだと思ってるわけ」「人間は息をしてるだけで金がかかるんだ」とネチネチ言われた。
 走り終えてシャワーを浴びて、朝食を作る。もうすぐオーエンの起きてくる時間だ。彼の第一声を心のどこかで期待してしまっていることに気がついて、目の前のパンケーキの焼き加減に意識を集中させる。

 去年はどうしたんだっけとぼんやり思い出そうとして、そのころはカインと付き合っていなかったことに気づく。あいつの存在がこんなに日常に――人生に侵食してきているのに嘘みたいだ。
 ダイニングキッチンからパンケーキとベーコンの焼ける匂いがする。扉を開くと、カインが振り向いて「おはよう」と笑った。「おはよう」とだけ返して、僕はテーブルに着いた。カインは何も変わらない様子で料理を続ける。
 去年は彼が苦手な蛇の模型を大量に下駄箱に詰めてバースデーカードをその上に置いてやった。今年はどうやって誕生日を過ごせばいいかわからない。祝うとは、どうすればいいのかを知らない。
 狭いレンジ台に不釣り合いな仰々しいコーヒーメーカーが、カインのマグカップに淹れたてのコーヒーを注いでいく。カインの両親が引越し祝いに贈ってくれたという、ピカピカのコーヒーメーカー。その輝きを横目にしながら、目の前に置かれたパンケーキに僕は乱暴にイチゴジャムを塗りたくった。



AM8:30


 オーエンのバイトは午後からだから、俺が先に家を出る。身支度をしているあいだにも友人たちからのメッセージや、SNSの投稿への反応で、スマホの通知はひっきりなしに鳴っている。それは嬉しくて、すごく嬉しくて、同時に胸の奥がしんと鎮まるようだった。
 オーエンはイベントごとを好むタイプではない。理解しているし、それは俺に対する気持ちとは無関係だとも理解しなければならない。これまでのところクリスマスもバレンタインもホワイトデーもスルーだった(エイプリルフールだけは嬉々として便乗していた)。最初のうちはさみしかったけれど、俺はこんな性格だからさみしがるのにもすぐ飽きる。
 ダイニングのソファに寝っ転がってスマホを見ているオーエンに「行ってくるな」と声を掛けると、なにか言いたげにチラリとこちらを見る。「ん?」と尋ね返すと、「……夕飯は一緒に食べよう」と淡々とした声で言った。
 うん、と頷く自分の声が弾んでいることに気づかずにはいられなかった。

 洗面所にいるカインのスマホがひっきりなしに短く鳴っている。僕はソファに寝そべったまま、スマホの画面をスクロールする。カインのSNSアカウントは、僕がまだ眠っていた朝早くに更新されていた。今日が誕生日であること、今年の抱負、それから誕生日配信の告知。ずらりと付いた祝いのコメントは似通った言葉ばかりで、見る価値なんかない。それでもカインはひとつひとつに「いいね」マークを押している。
 誕生日配信は明日だった。去年は当日に配信していたはずだ。ふと思いついて、カインのファンの裏垢を閲覧するためだけに作ったアカウントを開くと、「彼女とお祝いするから今夜は配信ないのかな」と本人には訊けない臆病者たちがこぞって嘆きを投稿している。
 最高の気分……というわけでもなかった。僕は今夜の彼の予定を知らない。もしかしたら大勢いる友人たちと飲みに行ったりするのかもしれない。
「行ってくるな」
 カインの声がして、僕はなぜだかスマホを強く握りしめながら口を開いた。



PM9:30


 オーエンのバイト先は動物病院で、話を聞いたときには意外な気がしたけれど、この世に存在するもの大半に露骨な皮肉や冷笑を浴びせる彼がときおり優しい眼差しを向けるのは動物と甘いものなので、よくよく考えればほかの選択肢はなさそうだった。ケーキ屋では仕事にならなそうだし。
 いつもは20時過ぎに帰ってくると知りながら俺はそわそわと夕方に帰宅して、やっぱり俺が夕飯を作っといたほうがいいよな、もし何か買うか頼むとしても明日に回せばいいんだし……と食料品の買い出しに出かけ、料理をして、そわそわしながら汗を流すためにシャワーを浴びて――この時点で21時を回っていたけれど、オーエンからの連絡はなかった。
 ラップをかけてダイニングテーブルに置いておいた二人分の夕飯を、冷めたのを確認して冷蔵庫に入れる。その瞬間だけは、ちょっと胸が疼いたけれど、なにか事情があるのかもしれない。事故やなんかなら俺に連絡があるはずだから(オーエンのバイト先には一度傘を届けに顔を出しただけだけど、話が盛り上がって今ではSNSで相互の人が多い)、たぶん残業だろう。
 ソファに横になると、空腹にも関わらず瞼が重くなってくる。起きていたいのにと願いながら、夢も見ない眠りに落ちていく。



AM0:15


 なんでエレベーターのあるマンションを選ばなかったんだろうと思うけれど、築古のエレベーター無し四階だから僕らのような学生がしかもルームシェアをすることを許しているわけで、僕は自宅に続く階段をのぼりながら息を切らしていた。
 急患があって、ただの動物看護師見習いのバイトにできることなどなにもなかったけど、上司である獣医師は「きみも見ていなさい」と言って、どうしてか断る気がしなかった。しかし、よりによって今日にと舌打ちしたい気持ちがなかったわけではない。
 最寄り駅から早足で帰りながら、今さら「起きてる?」とメッセージをしたけれど返信はなかった。どうせ寝ているんだろうと思いたかった。
 辿り着いたダイニングは明るくて、しかし静かだった。壁掛け時計は既に日付が変わったことを示していた。
 ソファを背後から覗き込むと、部屋着姿のカインが寝ている。ひとまずホッとする。気配に鋭い彼は、ふるりとまつ毛を震わせて、瞼を開いた。僕の姿を認めると、むう、とした表情を作ろうとして、しかし僕の手にあるものを見ると笑った。
「ホールのやつ?」
 ケーキ屋は閉まるのが早いから、バイトの前に買って、休憩室の冷蔵庫に置かせてもらっていた。それ以外のカインの好物であるフライドチキンやなんかは帰りに買えばいいと思っていたけれど、結局ケーキだけになってしまった。
 カインはゆっくりと起き上がると、僕の手を引いて冷蔵庫の前まで連れて行った。「汗かいてる」と、なぜか嬉しそうに笑いながら。
 冷蔵庫の扉を開くと、そこにはカインの作ったのだろう夕飯と、ケーキ屋の紙箱があった。
「俺も買ってた。ホールのショートケーキ」
 そう告げたあと、明るい声で笑い出す。
 「僕なら二ホール食べられるから平気」と言うと、「俺にはくれないのかよ」と苦笑混じりのツッコミが入る。当たり前だろう。ケーキは僕のために買ったものだ。きっとカインも、一切れぐらいは食べて、残りは僕に奪われる覚悟で買ったはずだ。
 ひとしきり笑ったカインが、ことん、と僕の肩に頭をもたせかけた。その拍子に、すとんと言葉が口から出てきた。
「ねえ、好きだよ」
 カインは「うん、知ってる」と答えて、また笑った。