A4
2025-08-07 23:43:25
3172文字
Public 助手2号のお兄ちゃんのイトアキ
 

夏の砂浜ウォーキング/助手2号のお兄ちゃんのイトアキ

お兄ちゃんたらいちゃいちゃして!と言われてまんざらでもない兄になってきたなあって感じの話になりました

夏の砂浜ウォーキング

ファンタジィ・リゾートに滞在中、事件解決に妹たちが奔走している間、助手2号であるところの兄ができることといえば情報収集と妹のサポートだった。いつもと変わらないじゃないかと言われればその通りであるが、今回はもっとよくなかった。何せ、人為的なものであるということがわかっているものの、怪奇現象がこの事件のテーマともなっている。このホラーテイストのおかげでアキラはいつもよりいっそう表に出ることを躊躇った。
リンには当然、ホラーが苦手ということはバレているが、よほど顔色が悪かったのか、怪啖屋のメンバーにも心配されてしまった。
情けないという気持ちも一抹あったものの、アキラは開き直ることにして、普段より裏方に回ることを選んだ。何か起きる度にアキラとアリスがいちいち怯えていては話も進まない。
そんなこんなで、アキラは昼日中のビーチをあちらこちらと広くあさって歩くことにしたのだった。
ファンタジィ・リゾートのビーチはそんなに広くないが、遠浅が続き、大人も子どもも遊びやすい。波打ち際を歩いて真っ白な砂浜に自分の足跡をつけてそれが波で消えていくのを見るのは面白かった。普段から一人でこんな楽しみ方をしているので、リンには心配されてしまうのである。
さくさくと歩いていると、歓声が聞こえてきた。かなり盛り上がっている。そちらに足を向けてみた。
アリスたちが再建した熱波サーフィンのコースでどよめきが起こっているようだった。
観客席の端っこに陣取って眺めてみると、見たことのある人物がサーフボードを巧みに操り最高スコアをたたき出していた。均整の取れた見事な肉体をウェットスーツに包んだその男はサーフボードから飛び降りるとボードを片手に岸まで泳ぎ、それから上がって来た。観客が大声を上げて騒ぐ。それをひとつも気にしない風で、まるで大型の獣のようにゆったりと歩いてきた。
濡れた前髪をかき上げた時、彼はこちらに気づき、目を丸くした。アキラはにっこりして片手を上げる。
「ライトさん、久しぶり」
声をかけるが、ライトはかたまったまま動かなかった。
「ライトさん? おーい。聞こえてる?」
「ああ」
「よかった。バッテリーが切れたボンプみたいになってたよ、今」
「悪い」
「謝る事じゃないけれど。サーフィンで疲れたとか?」
そんなわけがないと知っているが、アキラは茶化して言った。すると、ライトは目を細めて口の端を上げ、ニヤリとした。
「誰かさんとは違う」
「おや。誰と比べてるんだろう」
「一泳ぎしてへたるやつのことだ」
「じゃあ、僕じゃなさそうだね。そもそも泳がないから」
えへん、と胸を張って言うと、ライトはいっそう相好を崩す。
「じゃあ、どうして水着を着てるんだ」
「ビーチにいるから」
「ここでの正装だから?」
「そうだね」
二人はごくごく自然に歩いて、熱波サーフィンから離れた。
隣を歩いて、アキラはライトを見上げる。ウェットスーツは彼の体の線をくっきりと目立たせている。筋骨隆々とはこういうことを言うのだな、と納得し、アキラは一人うんうんと頷いた。
「ルーシーにかり出されたって聞いたよ」
「ああ、あんたの妹と、ルーシーお嬢様の友人が発端だそうだな」
「人気のスポーツアクティビティになったみたいだ。ライトさんも気に入ったのかい」
「波に乗るのは悪くない。スピードを極めるのも、まあ、楽しんでいる」
「歓声が聞こえたから近づいたんだ。みんなライトさんに夢中だったね」
先ほど、ライトがゴールするまでの間、誰も彼もが波を切って走るサーフボードに釘付けになっていた。ライトの動きは無駄がなく、美しかった。そりゃあ、みんな見とれるわけである。
「あんたは?」
「ん?」
「どんな感想を?」
ライトの視線を感じて、アキラは目を瞬かせた。
少しいつもと違う気がしていたが、彼はサングラスをしていないのだった。
「かっこよかったよ」
素直に言うと、ライトは押し黙ってしまった。
しばらく、砂浜を歩く。ふと振り返って、ライトの足跡を見る。アキラより体格が大きいせいか、砂地に沈み込んでいるようで、一度の波くらいでは足跡はすぐには消えず、踵のくぼみに水が残り、何度か波が寄せて返してようやく消えていた。
「ところで、アキラ」
「うん」
「足を怪我してるのか」
ライトが立ち止まるので、アキラも足を止めた。そして、片足を上げる。
「怪我ってほどじゃないさ。久しぶりにサンダルを履いたから、靴擦れで皮がめくれてるだけ」
「おいおい」
「パッドを貼ってるから痛くないよ。あ、痛いのは痛いんだけど、海水がしみたりはしないから安心してほしい」
「歩きにくいだろう」
「ちょっとね」
「おぶってやる」
「え!?」
ライトの申し出にアキラは大きな声を出してしまった。
成人してからこの言葉が自分に向かって放たれるとは思っていなかった。
「大した傷じゃないんだ」
「気にするな。あんたを背負って運ぶくらいどうってことない」
「そりゃ、ライトさんにはそうだろうけど」
靴擦れごときで、まるで骨折のごとく背中に乗せられるのはいささか恥ずかしい。怪奇現象で客足が減ったとはいえ、まだまだビーチにはバカンスを楽しむ客で賑わっている。
ライトが黙って膝をつきこちらに背を向けてきたので、アキラは断り切れず、おそるおそる、背中にちょこんと乗ってみる。何年も負ぶわれていないから、これでいいのかどうかもわからない。
「肩に手を置いてくれ。膝、掴むぞ」
「ああ、うん」
言われたとおりにすると、ライトの腕が足をしっかり固定して、立ち上がる。
「うわ」
目線が高くなり、アキラはバランスを崩しそうになる。慌ててライトの肩にすがりついた。
「どうだ」
「背が高くなった」
「乗り心地の話だ」
「ああ、それなら、最高」
ライトはのっしのっしと歩き始める。
人の視線がやや気になったが、アキラは開き直り、景色を楽しむことにした。
「ライトさん、どこに行くんだい」
「あんたが寝泊まりしているところまで送り届ける」
「あ、これって猪突猛進の新サービスだったんだ」
「違う」
「でも、配送されてるよ、僕」
「あんたは荷物じゃない」
「人も輸送するだろう」
「俺がやりたくてやってるんだ」
ライトが笑い混じりに言った。その声音は、アキラに対して「どうしようもないやつだ」と言っているようであり、しかしやさしさがにじんでいる。
不意に、アキラは胸のあたりに喪失感を覚えた。痛みにも似ている。郷愁のようでもあった。
なぜそのような気持ちが沸き起こったかわからず、アキラはライトの肩に頭を預けた。肩の前に腕を伸ばし、背中に体をぴたりとくっつける。ライトの体は一度だけびくりとした。
人に背負われた記憶はあまりない。物心ついたときにはすでにリンがいて、彼が負ぶってやる方だった。
「ライトさんの背中は広いな」
「気に入ったか?」
「とても」
「そりゃよかった」
はは、とライトが笑う。
チャンピオンにこんなことをさせていいのか、とおかしくなって、アキラも笑った。
「ねえ、ライトさん」
アキラはすっかりライトに体重を預けて、言った。
「僕はぶらぶら歩くのが好きなんだ。だから、今度はこうじゃなくて、二人で歩こう」
…………
「あまりこういうのは好まない?」
「いいや、まさか。あんたがそうしたいなら、喜んで付き合う」
「大げさだな……
アキラは苦笑する。
たまになら、こうされるのも悪くはない。
波打ち際をしばらく歩き、ホテルに送り届けられる頃にはすっかり人目も気にならなくなり、出迎えたリンに「お兄ちゃんたら!」と言われたが、「いいだろう」と返すくらいには、アキラは上機嫌だった。