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syanpon
2025-08-07 23:07:53
2868文字
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「眼鏡、邪魔!」
オトスバ
現パロ
世の中は恋で満ち溢れている。
映画館に向かえば何らかの作品はやっているし、流行りの歌手も恋をうたう。教室内でだって好きな子はいるのかやあいつとあいつが付き合っているなんて話で溢れかえっている。
スバルだって今をときめく男子高校生、恋に対し興味がないわけではなかった。
世界は恋で満ち溢れているが誰も恋のはじめ方を教えてはくれない。感情に正解も不正解もないのだから仕方がないといえど、校則のように目に見えた規範がないというものはほんの少しだけ不安になったりもするのだ。
だからスバルは三日前に幼馴染から受けた告白を宙ぶらりんのままにしている。
「ナツキさんまだ日誌書き終わらないんですか?」
学級日誌を埋めているスバルに対しオットーが呆れたような間延びした声で話しかけてくる。六限まであった内容を簡単に要約して提出しなければならないのだがスバルはすっかり忘れておりとうに記憶の彼方に飛んだ一限から頭を捻って思い出しているところだ。
「じゃあお前も協力しろよ」とじとりと睨みつければ友人はしょうがないなという表情で一緒に頭を捻らせ始める。その普段と全く変わりない男の姿がなんだか面白くなくてシャーペンで日誌の端をカツカツと叩いた。
「お前ってさぁ、俺に告白したんだよな」
「しましたねえ」
あっけらかんと肯定される。
「告白したってことは俺のことさ、す、好きってことなんだよな
……
」
「はい」
なんかさぁ、とスバルは目の前の男に対して口を開いた。その声音が文句をつけようとするそれだったためオットーも片眉をあげてなんだと男の次の言葉を促した。
「好きっていう割にフツーでむかつく」
「はぁ」
スバルは恋を上手く知らなかった。メディアに誇張され綺麗に整えられて出荷されていっている恋しか知らなかったのだ。
だから好きな人がいるのなら顔が赤くなったり、胸がドキドキしたり、愛の言葉をこれでもかと囁いたり、彼を彼女を一番知っているのは自分であるのだと豪語したりするものなんじゃないかなんて思っていた。
だけど目の前の男はスバルに「好きです」と言ったきり特に態度を変えることがなかった。
「それが、なんか納得いかない」
スバルの言葉をうけて「うーん」とオットーは宙に視線をずらした。ちょっと困ったようにズレた眼鏡をなおして机の上に置いていた両手をぐーぱーとあそばせる。
「僕、あんたの友人だという自負はあるんですけどあんたのことあんまり知らないんですよねえ」
「は?」
ぱきり、なんて音をたててシャーペンの芯が折れた。気分としてはキャッチボールをしようとしていたはずなのにいきなりフリスビーを投げられて高鬼をしようと言われたようなそんな今のわからないめちゃくちゃな気持ちであった。
めちゃくちゃな気持ちであったのだが同時にになんだか心の空いた隙間にささくれだった気持ちが湧いてくる。唇をほんの少し尖らせて可愛くなんてないのになぜだか拗ねたような声が出た。
「俺のこと、知らないくせに好きって言ったのかよ」
「はい」
「
……
知らないやつに好きって言えるんだ」
なんだかずっと面白くなかった。恋というのは相手を知って好きな面をどんどん広げていくような、そういうものではなかったのだろうか。
高校の屋上に立ち入ることはできないし生徒会だって華々しいものではない。バイトもちゃんと申請を通さないと自由に始めることはできないし文化祭だって大掛かりなことをするのには骨が折れる。
いつかの世界で夢見たそれらと現実のギャップに折り合いをつけてスバルたちは今日を生きている。それはわかっているのだが、恋というものも存外それに当てはまってしまうのだと目の前の男に言われたような気がして、それがやはり面白くなかった。
「あのね、ナツキさん」
夕焼けに照らされてスバルをみて嬉しそうにはにかむ男に対してどうしてこんなに面白くない感情が浮かんでしまうのかスバルにはわからない。目の前の男がその答えを持っているかのように話し始めるし、シャーペンの芯は替えをいれないとかけない状態だったのでスバルはまた日誌から手を離した。
「あんたのことを全部知っているから好きになったんじゃなくてあんたのことを好きだから僕ぁ知りたいって思ったんですよ」
スバルは首を傾げる。オットーの言っている意味がわかるようでわからなかった。オットーがスバルの書いた日誌の文字を指先でそっとなぞる。
「
……
筆圧が強くて芯を何本も変えないといけないのを今日は知れました。お弁当の包みを曜日によって分けているのを昨日は知りました」
ほんの少し余らせたパーカーの袖口で口元を隠すようにして目の前の男は楽しそうに喋る。それを話す声が聞いたことのない色を含んでいるのに気がついてしまってスバルはただただ目の前に座る男を見つめていた。
この男を見ていたいだなんて、思った。
「僕が好きですって言った時、あんためちゃくちゃ固まってましたよね。ああ、この人はこういう反応をするんだなっていうのもあの時、僕は初めて知ったんです」
オットーの手がゆっくりと伸びてきてスバルの手をすっぽりと覆い隠してしまう。親指で手首のふちをなぞられるのがくすぐったかったけれど何故だか逃げる気なんてものは起きない。
「好きだからあんたの見えなかったところがみえて、それを知るたびにまた好きだなって僕は感じるんです。そしてそういうものを積み重ねて行った先であんたに僕があんたのことがものすごく好きだっていうのを
……
知って欲しいんです」
ちょっと欲張りですかね、なんて言って目の前の男が照れたように笑う。
ふわっと、風が吹き抜けた気がした。
教室は締め切っていてカーテンの一つも揺れてはいない。それなのにスバルは胸をくすぐられたような、何かに頬を撫でられたかのような錯覚を受けた。ぐんと血の巡りが良くなって、耳が熱を持っているのが自分でもわかる。
何かこたえてやらないとと頭ではわかっていたのだが口の中が乾いているのか湿っているのかもわからなくてとりあえず口を引きむすんでみる。なんならどうやって目の前の男に語りかけていたのか、数刻前のスバルがどうであったかも今のスバルにはとんと思い出せない。
体中が汗をかいているような感覚がした。そうして自分の片手がオットーの手に包まれているのを思い出してスバルはそれを引っ込めようとする。しかし被さった手のひらが咎めるようにほんの少し力を入れてきただけでスバルはそこから動けなくなってしまった。
夕焼けが差し込んでも男の青い瞳は輝いて美しいままだった。
オットーが笑う。
「ナツキさんの手って、僕よりも小さいんですね」
また一つ、あんたのことを知れましたと言って笑みを浮かべてくる男に意趣返しがしてやりたくなってスバルは目の前の男のフードを力任せに引っ張ってやることにしたのだ。
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