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syanpon
2025-08-07 23:05:57
3904文字
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愛とはどんなものかしら
現パロ
オトスバ
時に人生というものには我慢というものが付きまとう。授業中にお腹が空いてもお昼ご飯を勝手に食べてはいけないし授業が退屈で眠たくてもちょっと外の空気を吸ってきますとやってはいけない。
たいていの物事にはルールがあり、規律があり、それぞれの常識と良識で成り立っている。
そしてそれは破天荒で賑やかで愉快な生徒会長ナツキスバルにだって当てはまる。
ここまでに約170文字、無課金の青かった鳥ならば弾かれてしまう文字数を使って結局言いたかったことは、『サッカー部が忙しすぎてオットーとここ三週間会えてない』という一文だけだ。
『一ヶ月後に大会があってそれに向けての調整があるんです』と柔らかな髪を風に揺らしながら困ったような顔でスバルに語ったのも3週間前なのだがそれがオットーとまともに話した最後の会話であるためスバルは今でも鮮明に思い起こすことができる。
一ヶ月、一ヶ月というのは三十日から三十一日、四週間、時間に直すと
……
計算がややこしすぎるのでそこでスバルは思考を止めた。ただ長い間オットーに会うことができなくなる、ということだけがわかっていればよかったので。
「パン屑ついてますよ」と口元を優しく拭われて現実に帰ってくる。ちょっと宇宙をみた猫の気分だった。お昼ご飯を食べていたのもオットーによって思い出される。スバルはパチパチと瞬きをした。困ったような顔をしていた男は眦を緩めてスバルを覗き込んでいた。
「
……
長いな」
「長いんですよ」
オットーとはおはようからまた明日まで大体一緒にいる。それがスバルにとっての当たり前の学園生活であった。それが一ヶ月なくなるというのだ。あんまりに想像がつかないため、寂しいとか驚きの感情の前に長いな、という感想しか出てこなかった。
ただ、スバルはオットーの全部が大好きであったし可愛くてかっこよくて最高な恋人兼友人でいたかった。何歳になっても好きな子には格好をつけたい、当然の心理である。
「
……
試合には呼べよ」
だからスバルはそんなことをいってオットーの抱きつくと大きくてあったかい背中をばしりと叩いてやったのだ。
朝、路地で待ち合わせをしていたのは朝練によってなくなった。
昼、一緒に屋上で食べていた昼食はミーティングがあるためなくなった。
夕、下駄箱から一緒に帰る帰り道は日が暮れるまでの練習によりなくなった。
なくなってしまった間をどう埋めたらいいのかスバルは考えた。ユリウスの眼鏡をピカピカに磨いてみたり、フェリスのほつれた袖口を縫い合わせてみたり、ラインハルトがヒビを入れた柱のひび割れを補修してみたりしてみた。ただスバルは要領がいいので思ったより早く終わってしまい結局いらないけどいるかも?みたいなつもりに積もった書類を裁くという単純作業に腰を落ち着けることになった。
書類作業はいい。あっても困らないがなくなっても困らない書類たちなのでちょっとミスっても大丈夫なところとかが特にいい。
「いて」
ピリッとした痛みに手を止めると指先から血が出ていた。爪先を改めてみてみると思ったより伸びている。いつもはこんなに伸びることなんてないのになんでだろうかと一人で首を傾げて理由には簡単に思い当たる。
「あー、普段手繋ぐからか」
帰り道の人気が少なくなった5分程度の時間、二人はいつもどちらとなしに手を繋ぐのだ。指先の手入れなんてものに興味はなかったのだがちょっとでも繋ぎやすい手だな、なんて思ってもらいたくて毎日爪を整えていたことを今になって思い出した。指先の水分も紙に吸われてしまったのか擦り合わせると少しパサつく。手を組んで顔の前に寄せれば古いインクのにおいしかしない。
人を払った昼過ぎの生徒会室にはスバルしかいなくて、その表情だってスバルが積み上げた書類の束によって誰も見ることは叶わなかった。
ナツキスバルはオットー・スーウェンのことを愛している。
多分。
多分なんて曖昧な言葉をつけてしまうのは愛というものに形がなくみえる正解がないからである。このスバルの思いを「これは愛じゃないですね」と赤線をひいて添削する専門家がいたらスバルは困ってしまったかもしれない。
木漏れ日にあたって柔らかく毛先が揺れるその瞬間を美しいと思うし、スバルを見た瞬間に雲ひとつない青空を閉じ込めたような瞳が飴を溶かしたようにやわく溶ける様を見るのがなんだか気恥ずかしい。男にしては少し高くて落ち着く声がほんの少し潜められた時、色を持った音に息を短く吸うことしかできない。抱き寄せられる時、壊れ物を扱うかのようなのにそのまま逃がさないというようにグッと力を込められる時スバルは口から心臓が飛び出そうになる。
こんな目つきの悪い男を捕まえて本当に幸せそうに、可愛いと囁かれる時スバルはこの男にとって世界で一番の宝物になってしまったような気がするのだ。
だから、だからそんな時の感情をなんとなくスバルは愛と呼んでみたりしている。
だからそんな愛がなくなってしまった時、なんだか今日も空っぽかもしれないな、なんて思ったりもしているのだ。
***
それは週の真ん中の水曜日、しかも午後であった。
三週間も書類と戦っていればうず高く積まれた山だって切り崩されていく。切り崩された側からユリウスの紅茶缶が置かれているような気がするのには今は知らないふりをしてやっている。
廊下の角を曲がれば生徒会室だが慣れ親しんだ道のためスバルは前を向いて歩いておらず廊下を見つめながら歩いていた。
「あ?」
浮遊感、足が宙に浮く。
目線がほんの少し高くなる。
「あ、え?」
誰かの肩に担がれている、と気がついた時にはその不埒な誘拐犯はスバルを抱え上げたまま窓枠に足をかけているところだった。
「は⁇」
決して人通りの少ない廊下ではないため状況が読めてきたスバルの耳に混乱した周りのざわめきが聞こえてくる。
「ナツキさん」
そこにずっと聞きたかった声が飛び込んできたのでスバルの世界からはまた音が消えてしまう。
「お、おっとー、これ、え」
「おとなしく僕に攫われてください」
もう一度感じる浮遊感、前髪が風圧で上がる感覚がする。持ち上げられた時とは違うそれにスバルは思わず声を上げた。
「だー!?オットー!?ここ二階〜!!」
「あはははは!」
スバルはオットーのことを愛していたが落下する数秒間だけは本当にぶん殴ってやりたかった。でもそれで落とされるのも嫌なのでサッカー部の筋肉に願いをかけぎゅっと縮こまるしかできなかった。
時刻はお昼、週の真ん中の水曜日。午後の授業も部活だってあるのにオットーに抱えられてスバルは揺られていた。
細身の身体のくせに自分がすっぽり乗ってしまうことが悔しかったが暴れて落とされてもしょうがないので荷物のように揺られている。
「なぁオットー」
「なんですか?」
「これ、どこに行ってんの?」
「さぁ?僕にもわかりません」
「はぁ?」
ケロッとした声で答えられて怪訝な声が上がってしまう。スバルの知るオットーはこんな向こう見ずな行動をする男ではなかったはずなのだ。
「でも、これが今一番、僕のやりたかったことなんですよねえ」
噛み締めるような、説き伏せるような声音に何故だか苦しくなってしわになってしまえばいいのだとスバルはオットーのブレザーの背中を強く握りしめてやった。爪も伸びてるのであとだってつきやすいんじゃないだろうか。
口を開けば憎まれ口しか出てこない。
「
……
お前らしくねぇの」
「そうですねえ」
「授業と部活どうすんだよ」
「一緒に怒られちゃいましょうね」
ふわふわと核心からそれた会話しかできない。ただ学校に戻ろうなんてことだけはなんとなく言いたくなくてスバルはアスファルトに伸びる影を眺めながら言葉を探した。
オットーが柔らかな声で語りかける。
「ナツキさんの顔がものすごく寂しそうだったので。つい攫っちゃったんですよね」
「は
……
」
さみしい、とこの男はスバルの感情に名前をつけたらしい。
「それはさあ」
「はい」
「それはさ、飯が食えなくなったり一人が嫌になったり夜が来るのが嫌なのにお前がこない朝が来るのも嫌になったり空っぽになったりするようなやつのことか?」
「あんた
……
」
オットーの声が低くなる。どこかで今地雷を踏んでしまったらしい。マインスイーパーは得意だがバージョンオットーは地雷を踏みがちだ。オットーがため息をつく。どうやら今回は飲み込んだらしい。
「そうですよ。あんたは僕に会えなくて寂しくなっちゃったんですよ」
「そんで俺抱えられてんの?」
「そうですね」
「考えなしのオットーに?」
「言葉にだいぶ棘があるな!」
「
……
バカじゃねえの」
悪態をつくとオットーは笑って俺を抱えたまま走り出した。風景がぐんと遠ざかり慌ててしがみつく。
「そうですよ!僕はあんたのことになると後先考えたくないくらいバカになっちゃうんですよ!」
愛した人間の破天荒さを一身に受けてスバルも笑った。顔を上げると全く知らない住宅街で帰り道はスマホ頼みだなと思って笑った。多分オットーがいるだけで今スバルは箸が転がっただけでも大笑いできる。
スバルはオットーのことを愛している。
そうして今日のこの、ルールを全部破ってしまった真昼間のことだってきっと愛と呼ぶのだ。
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